第40話 ミッション5-4 その6

 俺がビショップを思い出して呆れ返っていると、ガラスケース中の人工頭脳が目を覚まして血の様な赤い3つの目が開いた。

 そして、水溶液が排水溝に流ると、ガラスケースが自動で床に消えていった。

 人工頭脳の体から発していた光が弱くなり、彼女は濡れた髪を邪魔そうに掻き上げると、俺達を見下ろした。


ドラ    『なあ、すぴねこ……あれは敵か?』

すぴねこ  『知るか。目の前の本人に聞け』


 警戒を解かず質問してきたドラに、顎をしゃくって言い返す。

 その目の前の人工頭脳は、俺達全員の姿を確認してから話し掛けて来た。


「とうとうここまで来たか、地球人」


 少女らしい可愛い声だけど、そのセリフは高飛車で威圧的。明らかにケンカを売っている。


ボス    『お前は、バグスの人工頭脳……なのか?』

「そうだとしたらどうする?」


 人工頭脳が質問に質問で返すと、その反応に戸惑ってボスが言い返せずにいた。


すぴねこ  『……ボス……ロリコンも大概にしろよ』


 嫁のチビちゃんの見た目から何となく察していたが、ボスの性癖が犯罪。


ボス    『俺はロリコンじゃねえ!』

『『『『『『「…………」』』』』』』


 俺の冗談に、人工頭脳を含めた全員がボスを軽蔑した様な視線を向けると、慌てたボスが怒鳴り返した。


アンダーソン『マザーコンピューター。前から聞きたかった事がある』


 微妙な場の空気に成りかけたが、その空気を消してアンダーソンが口を開いた。


「……死に逝く者の最後の願いだ。何でも聞くがいい」

アンダーソン『何故、お前達は地球を侵略した!』


 アンダーソンの質問に、人工頭脳が「ふっ」と笑った。


「くだらない質問だな。我々バグネックスは、ただ生命体としての本能に従ったまでだ」

アンダーソン『本能だと?』

「そうだ。あらゆる生命体は種の永続と繁栄の為に生きている。地球人とてそうだろう。お前達の歴史は、敵対する他生物を絶滅し、利益の為に同種同士で争い、領土拡大のために未開の地へ侵略をする。それと同じだ」


 人工頭脳がそう言うと、アンダーソンが何も言い返せず口を噤む。


「バグネックスという種族は個体としての肉体と知能は高いが、その手の種族はどこも等しく子孫を残しにくい遺伝子が組み込まれている。それは、何故か? それがシステムだからだ」

チビちゃん 『システム?』


 人工頭脳の話を理解できないチビちゃんが首を傾げる。


「そう、システムだ。様々な特徴の能力を持った種族同士を争わせて、強い種族を生み出す惑星……いや、宇宙に組み込まれた競争というシステムだ。だから我らバグネックスは、少数種族という弱点を克服するために、他種族を侵略して従僕な兵士を作り出して外敵から身を守っている」

アンダーソン『お前達は、人間を感情の無い兵士にするためだけに、地球を侵略したと言うのか?』


 アンダーソンの確認に人工頭脳が頷く。


「そうだ。地球人は貧弱だが、ステロイドで強化すればある程度は強くなる。そして、知恵もあるから戦場では優秀な兵士として役に立つ。我々はそう判断した」

ミケ    『何故、平和的な交流を目指さないの?』


 我慢が出来なかったのだろう。アンダーソンに替わってミケが口を開いた。


「お前達の考える平和とは何だ? 一時的な安全を平和と言うのか? 永遠の平和など存在しない。全ての生物は、共産よりも自分の利益を優先する。我々が考える平和は、征服、もしくは絶滅。それ以外にありえない。今度は私が逆に聞こう。何故、お前達は戦争を続けながら、平和を求める?」


 その質問に皆が考える中、俺は人工頭脳に向かって話し掛けた。


すぴねこ  『それは、死者の遺志を継ぐからだ』


 その言葉に全員が注目して、人工頭脳の視線が俺を突き刺した。







「遺志を継ぐ?」


 予想外の回答だったのだろう。人工頭脳が首を傾げていた。

 今までの会話の中で、この人工頭脳はゲームの決められたセリフを発言しながら、俺達から情報を引き出そうとしている様子だった。


 何故そう思ったかと言うと、チャーリーが人工頭脳はまだ開発中と言っていたのを思い出していたからだった。

 チャーリーは開発中と言っていたが、それは半分正解で半分不正解だと思う。

 ビショップは完全思考の人工頭脳を作ったが、その人工頭脳に情報を入れる前に死んだのだろう。

 その証拠に、目の前に人工頭脳が居て、そいつがゲーム中に人間について問い掛けている。


 その中身の無い人工頭脳に、ビショップは何の情報を入れようとしたのか? その答えを俺は知っていた。


   「ゲームを作るのに一番必要なのは、人の心を理解する事だよ」


 これは、ビショップと知り合ったばかりの頃、面白いゲームとは何かを語ってた時にアイツが言った言葉だった。

 ビショップは交通事故で両親を失い足が不自由になって、世の中を恨んでいた。

 そんな彼に、ケビンが1つのゲームをプレゼントをする。そのゲームは、どこにでもありそうなファンタジーPRGだった。


 だけど、ゲームの主人公はビショップと同じく戦争で両親を殺され、片腕を失った少年だった。

 少年は辛い環境の中、敵と戦って強くなり、知り合った女性と恋をして、最後には一国の王様になった。

 そんなごく普通のシナリオだったが、ビショップは主人公の逆境に自分を照らし合わせてのめり込んだらしい。

 そして、気づくと憎しみの感情が消えて、ビショップは人の心を取り戻していた。


 だからビショップは数多の企業からの誘いを断って、伯父のケビンの会社でゲームを作ろうと決意する。

 それが自分の心を救ってくれたゲームへの恩返しだと、アイツは照れくさそうに語っていた。


 人が人を愛し、助け合い、そして時には争う。何故、人間は心を持って生きるのか。


 ビショップが作った人工頭脳へ、彼の替わりに俺が人の心を教えよう。

 それが面白いゲームを作ったビショップへの、今の俺が出来る恩返しだった。







すぴねこ  『確かにお前が言っている事は間違ってない。全ての生物に競争本能は宿っている。だけど、それはシステムなんかじゃない。人は死者の魂と共に永遠に生き続けるからだ』

「何を言っている。理解不能だ」

すぴねこ  『だったらその空っぽの頭に教えてやる。人の魂の行く果ては天国か? それとも生まれ変わるのか? いや、違う。人は死ぬと、共に過ごした家族、友人、その心の中で生き続ける』

「…………」

すぴねこ  『そこのアンダーソンを見ろ。彼の上官だったロックウェルはバグスに殺された。だけど、彼の「地球を守れ」と言う言葉と意志は、今でもアンダーソンの心の中で生き続けている。そして、アンダーソンは彼の魂と共に戦っている』


 俺の話を聞いて、アンダーソンがその通りだと頷いた。


すぴねこ  『俺だって同じだ。ビショップは死んだけど、アイツの魂は今でも俺の中で生きている。だけど、それは俺だけじゃない。伯父のケビン、デペロッパーの皆、ここに居る全員。アイツが作ったゲームで遊んだプレイヤー。その全ての心の中で今も生きている。そして、人工頭脳。お前の心の中でもアイツは生きている』

「……私の心だと?」


 俺の話に人工頭脳が明らかに動揺する。そんな彼女に向かって指をさす。


すぴねこ  『そうだ。人の遺志は心に宿る。何故ならそこに感情があるからだ。死者に悲しみを持てば魂を引き継ぎ、逆に何も思わなれば忘れ去る。お前はビショップに作られて何を感じた? もし、お前が生みの親のビショップを敬愛しているならば、ゲームを愛し、誰よりも楽しみ、そして、共に生き続けた、アイツの魂を引き継げ。それが人の心だ!!』

「…………」


 言いたい事を全て言うと、人工頭脳が3つの目を閉じて考えている様子だった。

 そして、周りを見れば、何故か全員が俺を敬うように見ていた。気持ち悪いから、そんな目で見るのはヤメテ。







 俺達が見守る中、人工頭脳は目を閉じたまま話し掛けて来た。


「体の無い私に心があるかは分からない。だけど、これだけは分かる。今、私はお前達と戦いたい」

すぴねこ  『何故、そんな答えが出た?』


 魂を継げと言ったら戦いたいとか、チョット理解不能。


「今の私はこのゲームのルールに束縛されているから、この感情がどこから来るのか分からない。だけど、これは私ではなくビショップの遺志だ」

すぴねこ  『ビショップの?』

「そうだ。私を作ったビショップがお前との戦いを望んでいる」

すぴねこ  『俺、アイツに恨み作ったかな?』


 人工頭脳の話に肩を竦める。思い当たる節は全くない。


「それは知らん。もし、お前達が私を倒せば、私はこのゲームから解放される。きっとその時に答えが出るだろう」


 そう言うと、人工頭脳は目を開いて笑みを浮かべた。


すぴねこ  『ってことだけど。どうやら説得に失敗したらしい』

ドラ    『今のが説得なのか? てっきり宗教の勧誘かと思ったぞ』

チビちゃん 『だけど、すぴねこ君、何時もより格好良かったよ』

ねえさん  『そうね。少し泣きそうになったわ』

ミケ    『本当は戦いたくないけど、ビショップ君の意志なら全力で戦うわ』


 自分がゲームのキャラだと自覚したアンダーソンが、俺を振り向く。

 その瞳には、決意が込められていた。


アンダーソン『すぴねこ。俺はゲームのキャラかもしれない。だけど、NPCにも心はあると信じている。今はロックウェル隊長と共に戦おう』

すぴねこ  『固くなるなよ。最初に自分で言ってたじゃねえか。イージーに行こうぜ』

アンダーソン『ああ、そうだな』


 俺の言い返しにアンダーソンが笑みを浮かべて、人工頭脳に向き合う。


ボス    『よし。これが最後だ』


 ボスが人工頭脳に向かって銃を構えると、全員が同じ様に構えた。


ボス    『ゲームを始めよう!』


 その言葉を皮切りに、ワイルドキャット・カンパニーと人工頭脳の戦闘が始まった。

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