第四章 女子高生、徳川秀忠と対峙する
第四章-1 スマホの使い方
慶長十九年十月八日、徳川幕府二代目征夷大将軍徳川秀忠が五万の兵を率い大坂に着陣した。
「よく来てくれた」
「ははっ」
家康の陣を訪れた秀忠が叩頭していた頭を上げると、そこには戸惑いを多分に含んだ表情があった。
「道中で聞いたのですが、戦況がここまで思わしくないとは……」
「ああ」
秀忠の言葉に家康は黙って頷く。
二日の惨敗以後、南側を攻撃していた藤堂高虎率いる軍勢は態勢の立て直しが目一杯で攻撃する事などできず、自分たち本隊と南東の前田軍は連日攻撃をかけているが成果は上がっていない。
とりあえず大坂の城兵を休ませず、かつ大坂の火薬を浪費させるために攻撃は続けているが戦果は一向に上がらず、かえって勝利を続けさせて大坂の兵を調子に乗らせている気がしないでもない。
「お言葉ですが、堀を埋めてしまえば」
「わかっている。だがそれがうまく行っとらんのだ。奴らにとっては堀が頼りだからな」
秀忠の意見に、家康は首を振った。確かに今まで、大坂城を囲む巨大な堀のせいで侵入路が限られてしまい、そこに固まった所を一斉射撃を喰らって被害を受ける、と言う展開が続いている。
そこで家康はとりあえず自分たちと前田軍に堀を埋めるように指示しているが、少しでも堀を埋めにかかろうとするとすぐに銃弾と矢の雨が降り注いできて作業を妨害されるのだ。
鉄砲でその妨害を喰い止めようとしても、向こうの方が射撃の精度がよく、また真田が使った長尺の鉄砲の犠牲になる者も続出した。
この堀を埋める作戦への厳重な警戒は無論、堀が埋められたことによって大坂城が防衛機能をなくし落城するきっかけを作る事になったと言う史実を知る秀美の進言であった。
「そこで相談だが、北門を抑えてもらいたい」
「わかりました。それで、他の方角はどうなさるので」
「東門はこのままわしの手勢三万でよい。伊達や上杉が加わったらわしの所に付ける。西門は前田勢を回し、南東に義直を置く。南側はそのままにしておく」
「越前勢は?」
「前田の予備隊にする」
二日の東門での戦以来、越前勢と尾張勢の軋轢は大きくなる一方だった。その両名を一緒に置けばどうなるかわからない。だから、両名をばらして使う事としたのである。
「敵方の配置は変わっていますか?」
「ああ、こっちの手を読んでいるのかいないのかな」
西と南は変わっていなかったが、寝返った加藤嘉明が真田幸村と共に北門の守りに付き、東門の明石全登と入れ替わる格好になっていた。
「それならば東門を攻撃した方が良いのでは」
「大坂城に物資を入れさせないのが優先だ。それに相手は真田だぞ。隙を見せれば何をするかわかったものではない」
明石は一万六千、真田と加藤は合わせて三万であり、どう考えても明石の方が与しやすい。
だがだからと言って東門に集中しすぎれば、自由になった真田が何をするかわかったものではない。やはり、真田を抑えるためには五割増しぐらいの兵力は必要である、家康はそう判断していた。
それに、家康の作戦はいわゆる兵糧攻めであり、空白地帯を作ってそこから大坂城に物資を輸送されてはまずいのである。
「わかり申した。では仰せの通りに」
秀忠は家康に再び頭を下げ、本陣を後にした。
(それにしても……こんなに到着が遅れるとは……)
家康は秀忠の姿が見えなくなると爪を噛み始めた。
実はこの時、松平忠輝を含む東北の大名衆はまだ美濃にさえ入っていなかった。
先鋒は大将である忠輝であったが、これが急いでくれない。
この東北大名一行は一旦上野に集ってから中仙道を通り京へ進むと言うやり方を取っていたが、佐竹や津軽、南部と言った遠隔地から来た大名たちはなんと未だ信濃にすら入れていなかった。
上野や信州、更に東北は冬の到来が早くて寒く雪が大量に降るとは言え、まだ十月上旬ではさすがに雪はなく、あっても侵攻を阻害するほどには降っていない。これは明らかに、忠輝の家康に対する不満が滲み出た遅滞行軍であった。
家康は元より忠輝を嫌っていた。そして忠輝は今岳父である伊達政宗と親しくなっている。忠輝に力を持たせれば天下への野心を捨てていない政宗が政治の中核に躍り出て来て、収まりかかっていた乱世が長引く危険性があった。
だから成人しても忠輝は家康に認められなかったのだが、その結果この遅滞行軍となったのである。当然、忠輝の家臣たちは必死に忠輝をなだめ続けたが、忠輝は全く聞く耳を持たない。
政宗も政宗で、この戦で万が一の事態が起きるのを期待してか真剣に忠輝を励まそうとしない。現在の進行速度では美濃まで二日、京となると二十日はかかる。急げば一週間足らず、普通で十日ほどで済む距離なのにだ。そしてこれはあくまで忠輝が入るのにかかる日数で、最後尾が京に入るとなるともう三、四日かかるだろう。
そうなると後方の軍勢は雪にぶち当たり、その気がなくとも遅滞行軍に陥るか、下手をするとそれっきり動けなくなってしまう危険性があった。
(よいわ……それならそれで。後で悔やむなよ)
だが家康はこれを理由に忠輝を改易してやろうとも思っていた。そうなれば政宗の野望も潰えるだろうし一石二鳥だとも思った。やはり、家康は冷静な政治家でかつ冷酷な決断を下せる乱世の雄であり、一世の傑物であった。
※※※※※※※※※
「うーん……」
その三日前の十月五日、天下人徳川家康と戦っている女子高生・浅川秀美は物憂げな表情で自分のカバンをひっくり返していた。
「何か使える物でもないかなあ……」
正直、秀美は戦いに疲れていた。どんなに秀美が人並み外れた精神力の持ち主だとしても、突然四百年前の時代にやって来てから二ヶ月半も休みなしに動いて来たのだ。
幸村と出会ってから必死に走って来た間は感じる事のなかった望郷の念も、井伊直孝を自らの手で討ち取ってから家康が大坂城に来るまでの空白期間の間にじわりと芽生え始めて来た。
両親や友達は私の事を心配して心を痛めているんじゃないのか、いやあるいは私のせいで祖先を失った友達の一人や二人は私の時代からいなくなっているんじゃないか、そんな事ばかりが頭に浮かび出した。秀美が幸村に止められながら休みなく鉄砲の訓練に励んでいたのには、そんな理由もあったのだ。
秀美は中身を一つ一つ確かめながら溜め息をついていた。ボールペン、化粧品、ティッシュ……どれも役に立ちそうになかった。何かこの事態を打開に導ける文明の利器がないか……秀美の必死の期待は実らないかに思われた。
「スマホかぁ……でも相手がいなきゃなぁ……」
やっと見つけたのはスマートフォンぐらいである。だが二台あれば連絡に使えるが、一台では無理である。
「まさか、かかって来たりしないかな……戦の最中にかかってきたらどうだろ……まあこの時代じゃありえない音だしある程度びっくりさせる事はできるかもしれないし……」
そこまでつぶやいた所で、秀美はあっという顔になった。
「……これは使えるかも」
秀美は何かのきっかけをつかんだような表情になり、スマホ以外のカバンの中身を全て元に戻した。そして携帯を持って、幸村の元へ足を運んだ。
「いいですか、こうしてこうするんです」
「はぁ……」
真田十勇士の筆頭、猿飛佐助はスマホを右手に持ちながら呆気にとられた表情になっていた。
「まもなく秀忠軍がやって来ます。征夷大将軍秀忠を討てば世の中は一気に豊臣に傾きます。ですから、真田忍びの筆頭であるあなたの力を借りたいのです」
「それはそうですが……その……」
「ですからよく聞いて覚えて下さい。お願いします!」
「はい……」
その夜、秀美と佐助はスマホの説明だけで一夜を過ごした。
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