第2話 朝鮮半島統一

 2024年11月6日、カルフォルニア州、アメリカ海軍訓練施設。ネイビーシールズと夜間合同訓練を終えた大韓民国海軍特殊戦旅団旅団長ラ大佐が宿舎で眠りに就いたのは午前七時頃だった。

 ラ大佐の腕時計から緊急事態アラームが発せられた。大佐の上体は条件反射で起き上がり、直ぐに腕時計を見つめた。「十一時五十分、訓練か…」呟くと同時に、バン、バンとドアが激しく叩かれた。叩く音の間から「大佐」と叫ぶ声が聞き取れた。

「何が起きた、ハン少尉」

 少尉はネイビーシールズ側とスケジュール調整を行う役目を担っている担当者で、夜間訓練には参加していなかった。

 ラ大佐が大声で言葉を返しながらドアを開けた。怒り、悲しみ、恐怖が入り交じっている表情のハン少尉が立っていた。良くないことが起きたことは直ぐに理解できた。

「少尉、何が起きたんだ」 

「大佐…これを…。奇襲攻撃です…やられました」

少尉がタブレットの画面をラ大佐に突き出した。突き出された画面をラ大佐は見つめたが、直ぐには理解出来なかった。目を細め画面を数秒見つめた。暗闇を背景にビル群が炎でオレンジ色に浮かんでいた。

「ここは…ソウルなのか」眉間にシワを寄せたラ大佐がゆっくりと疑うように尋ねた。

「残念ですが、ソウルです。東側の…江南方面から撮影されているようです。左側の上にはソウルタワー…右側奥は青瓦台…が、有るはずなんですが…どちらも、砲撃を受け、もはや存在していないようです」

「んん…」ラ大佐が唸り声を上げながら息を吐き切った。今度は鼻から大きく息を吸い込み、吐き出す勢いで言葉を発した。

「全員を食堂に集めてくれ。私は本国に連絡を試みる。あと、ユン少佐にアメリカ国防総省と大韓民国大使館から情報を貰うように云ってくれ…十五分後、食堂で」

 

 ラ大佐は、大韓民国内の軍機関数か所と連絡を試みた。どこからも応答は無かった。最後に、ソウル市内のマンションに居るはずの妻に電話を入れた。

「向こうは、午前四時か…」息を吐き出すと、今度は呼吸が止まった。応答に神経を集中した。無音状態が何十秒間も続いた。耳を澄ませ集中していると不思議に心が落ち着いてきた。大佐は、応答の無い電話をそのままにしてパソコンにYouTubeを画面を出した。ソウルの惨劇が複数の画面に映し出されていた。テレビのチャンネルをCNNに合わせた。CNNの画面にもYouTubeと同じ惨劇が映し出されていた。現地レポーターの上ずった声が何度もミサイル、ミサイルと連呼された。画面から長距離砲の爆裂音が絶え間なく響いていた。自動小銃の乾いた音も微かだがレポーターのマイクを通して伝わってくる。電話には応答する声どころか、雑音すら入ってこなかった。

「大韓民国は終わったか…」

ラ大佐は呟きながら部屋を出た。二百名の隊員が待つ食堂に向かった。

 食堂には、虚ろな表情の隊員二百名揃っていた。師団長が入室した瞬間、一斉に立ち上がった。無音だった部屋に屈強な男たちが立ち上がる音と敬礼の動きから生じる乾燥した音が響いた。答礼が終わったラ大佐にユン少佐がメモを渡した。ラ大佐がその場でメモを見つめた。

 メモを読み終えたラ大佐の視線がユン少佐に向けられた。ユン少佐は頷き二百名の方に顔を向けた。

「それでは、大韓民国大使館とアメリカ国防総省から得た情報をこれより伝える。現地時間11月7日午前二時五十分より大韓民国政府と軍施設に対して大規模なサイバー攻撃を受けた。サイバー攻撃により通信網とライフラインが遮断された。ほぼ同時刻より、北の潜入特殊部隊員による青瓦台や主要軍施設、軍幹部への奇襲攻撃、工作活動が始まった。この段階で政府首脳、軍幹部は拘束又は処刑されたもよう…」

 ユン少佐が話しを止めて全体を見渡した。隊員全員の表情が固まっていた。ユン少佐は小さく息を吐き、話しを再開した。

「午前三時、朝鮮民主主義人民共和国側より国境沿いに配備された長距離砲から現在に至るまで数百発の着弾があり、加え短距離弾道ミサイル数十発がソウル近郊の軍事拠点を中心に着弾したもよう。大韓民国軍は反撃不能に陥っている。在韓アメリカ軍は沈黙している。現在のところ情報は…以上」

 殆どの隊員が目を閉じていた。ラ大佐が立ち上がった。180センチの身体は力なく肩を落とし、小さく見えた。

「奇襲攻撃から…三時間近く経った。恐らく、軍事境界線を越えて朝鮮人民軍兵士の先遣部隊がソウルに向かっている頃だろう…いや、入ったかもしれない。完全にやられた…」

 ラ大佐の言葉通り人民軍の兵士三万名近くがソウルに向かっていた。人民軍兵士は略奪や暴行行為をしながら進軍していた。飢えと貧困に苦しむ人民軍兵士に秩序や誇りは皆無だった。自分の欲求を満たすことしか頭には無かった。


 大韓民国が不意を突かれた理由は二つあった。一つはアメリカを過信し過ぎたこと。二つ目は、八年前から続けていた北に対する「融和政策」に自信と望みを抱き過ぎていたこと。その油断に、追い込まれた窮鼠が入り込み猫よりも大きい虎に飛びかかる賭けに出たのだ。全栄進の賭けは成功した。

 奇襲侵攻攻撃から六時間後、大韓民国は朝鮮民主主義人民共和国の統治下に置かれた。

 一週間後、龍山基地にいた在韓アメリカ軍兵士は一発の銃弾も撃つことなく一人もいなくなっていた。数か月前から極秘で撤収を始めていたのだ。奇襲攻撃を受けた時には、最大三万名いた在韓アメリカ軍兵士は二千名まで減っていた。

 日本政府、日本国民の目前で起こった惨劇と裏切りは、アメリカ政府、アメリカ軍の欺瞞を歴然とさせた。アメリカは、世界地図のどこにあるのか分からないイエローたちの国を守る気は無かった。「自国の若者を犠牲にしてまで守るべきものだ」とは最初かから考えてはいなかった。「世界の警察アメリカ」はおとぎ話だった。

 二人の独裁者は、日本侵攻作戦に自信を深めた。



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