第3話 苦難のはじまり

 全栄進が朝鮮半島を武力統一してから一か月が経った。貧困に喘いでいた人民軍兵士による旧大韓民国内の殺人、略奪、強姦、破壊が常態化していた。朝鮮民主主義人民共和国政府は人民軍兵士のやりたい放題の暴挙を見て見ぬふりをしていた。罪に問われるものなど当然いなかった。旧大韓民国内は、自由も人権など何も無い恐ろしい無法地帯になってしまった。

 国連、国際社会は非難声明のオンパレード。しかし、それだけ。何を言っても後の祭りだ。朝鮮民主主義人民共和国の後ろにロシアと中国がハッキリと控えている状況では、アメリカ政府も非難声明を読み上げるだけだった。しょせん対岸の火事にしか過ぎなかった。

 日本政府だけは対岸の火事を眺めるかのように悠長に非難声明を発信している場合ではなかった。日本の国土内に「今日、弾道ミサイルが飛んできても不思議ではない」状況に置かれてしまったのだ。

 そんな状況に日本が至ると、在日アメリカ軍は静かに撤収を始めた。アメリカは日本を完全に見捨てた。


 日本政府は総理官邸地下にある危機管理センターを大きく改修した。そこに『侵略対策対応チーム』を置いた。正式な日本政府の発表は無い。詳細の全てが極秘事項だ。

 省庁の枠を超え、若く有能な国家公務員を『危機管理メンバー』として召集した。召集された一人に、文部科学省地震防災研究課課長補佐菊地順一、三十八歳がいた。北海道大学では地震学研究室で「地震発生メカニズム」を研究していた。

 順一は、歩いて総理官邸に向かっていた。昨日の昼に辞令を受け取っていた。その夜、妻の美香に「当分、帰れないかもしれない」と伝えていた。辞令と一緒に召集令状が付けてあった。順一には『召集令状の赤紙』に思えたからだ。嫌な勘が働いたからだろう。

 赤紙には「明日の八時三十分まで総理官邸正門の方に来るように」と書いてあった。練馬の自宅を午前五時に出た。ここでも嫌な勘が働いた。その勘は当たりだった。霞が関周辺の地下鉄の駅は全て閉鎖され、有楽町線は飯田橋駅から新富町までの駅は全て通過になっていた。順一は飯田橋駅で降りた。

 道路の規制はしていないようだったが、いつの間に来たのか数十台の自衛隊車両が整然と政府中枢に向かって停まっていた。

 官邸の周囲、正門には警察官だけでなく数十人の自衛隊隊員が警戒警備を敷いていた。隊員全員が重装備だった。そんなことを取り上げるニュースはどこにも無かった。既に戦時下体制並みの報道規制がされていたのだろう。

 官邸正門前には、横幅五メートル高さ三メートル奥行五メートルほどある黒い鋼鉄製の枠に屋根が付いたゲートらしき物体が設置されていた。そこで官邸を出入りする人物、車輌をチェックしているようだった。

 順一もIDカードを提示して、身体と荷物の検査を受けた。検査を受けている間、官邸を見つめた。テレビでよく見る官邸正面で黒塗りの車が停まっているスペースには、これもいつの間に出来たのか深い緑色をした建物があった。

 順一が官邸敷地に入ると、直ぐに政府職員と思われる人物が「案内します」と言って順一の前を歩いた。「この建物は何ですか?」と聞く勇気が出ないまま無言で建物を眺めながら職員の後を歩いた。

 建物の周囲所々に警察官と自衛隊隊員の十数人が警備していた。建物の脇を歩きながら大きさを確認してみた。縦横が十メートル、高さも十メートルほどある立方体をしていて、窓は無く、凹凸も全く無い無機質な箱であることが分かった。

 官邸正面玄関に辿り着いた。案内してきた職員が「ここでお待ちください」と言って右手を差し出した。差し出した手は正面玄関の方では無く、箱の方を指していた。     順一が立ったところは箱の出入口のようだった。箱のそこだけ三メートルほど中に食い込み、高さも三メートルほどあった。食い込んだ突き当りの壁真ん中に、上から下まで細い筋が走っていた。ここも重装備の自衛隊隊員八名で警戒警備にあたっていた。隊員の間にビジネスコート姿の男性一人が立っていた。厳しい身体検査を無言でされていた。検査が終わると、一人の隊員が口元に付けてある小さなマイクに話し掛けた。三秒後、縦に走っていた筋が重々しく左右に分かれた。人一人が通れるほどの間隔で動きが止まった。検査を受けた男性は開いたスペースから箱の中に入るように促された。男性が中に入ると、開いていた隙間が直ぐに閉じられた。

 自衛官の方から「次の方」と声が聞こえた。順一が前に進むように促された。隊員全員がサングラスを掛け、目以外を布で覆っているので誰が話しているのか分からないのだ。三歩ほど進むと隊員の一人が順一に歩み寄ってきた。隊員は順一が首から下げているIDパスを手に取りスキャンを始めた。IDパスは辞令と一緒に昨日貰った。辞令を手渡してきた次官が「これがあれば国の機関どこでも入れるぞ」と冗談のように言っていた。

 目前になった縦筋が再び開いた。順一は通過しながら扉を見た。厚さ三十センチほどの金属製のようだった。それが二枚あった。「こんな分厚いのが二枚か」重厚さに思わず声が漏れた。直撃で着弾しない限り破壊されることない箱だった。

 箱の中は薄暗かった。順一の目が暗さに慣れるまで中の状況がほとんど分からなった。一瞬立ちすくんでいると僅かな明かりが近づいてきた。

「菊地順一さん」

「あっ、はい」

不意に視界外から不意に名前を呼ばれた順一は咄嗟に返事をした。驚きと不安でオドオドした挙動で周囲を見渡した。順一から二メートルほど離れた背後に女性自衛官が立っていた。女性自衛官は順一が気付くと一歩近づいた。

「突然声を掛けてすみません。暗くて分からないですよね」

「明るいところから来ると真っ暗ですよね…慣れてくると、ある程度は見えてきましたが」

「ここは外光が入らないですし、電灯は有りますからもっと明るく出来るんですが警備上暗い方が都合いいようです」

話しの途中で扉が開いた。順一と女性自衛官は視線を扉に向けた。人が入って来るのが見えた。

「入って来た…」

「あと十五名ほどここから入って来ます。少し急ぎましょう。遅れましたが、私は海上自衛隊の華村と申します。これから、菊地さんを会議室にご案内します。どうぞこちらへ」

華村はそう話しながら中央付近を右手で指し示した。

「会議室…」順一の心から恐怖の代わりに得体の知れない不安が涌いて来た。

 順一は女性自衛官の一歩後ろに付いて歩き出した。目が慣れてきた順一は視線を左右上と向けた。箱の中に人の気配を感じなかったが、自衛官と政府職員入り交じって二十名ほどの姿が見えた。自衛官の腕に自動小銃まではなかった。監視カメラの画像を見ているのか、出入口から離れたところに画面から出る光で明るくなっている一角があった。

 十歩ほど歩くと手すりが見えた。手すりの向こうに穴が開いていた。

「ここが入口です」

華村が立ち止まり右手を差し出した。その先に螺旋階段が続いていた。

「ここから地下へ行くんですか」

「そうです。短期間で造る必要があったので。それに、呼ばれている中にお年寄りは居ないので。どうぞ」

華村は手短に説明すると階段を降り始めた。「もしかしてこのサーカス小屋は、この階段の為に造られたのか…」順一が呟きながら華村に続いて階段に足を置いた。

「サーカス小屋ですか…面白い発想ですね。とてつもなく強固なサーカス小屋ですよね。地下に行くルートは複数有ります。そのうちの一つがこれです。複数のルートから会議室に入るようです。詳細は極秘ですので、私に聞かれても知らないですし、知っていても話せんませんので」

華村が微笑を浮かべた。「菊地さん」少し砕けた雰囲気になった華村の声のトーンが高くなった。

「菊地さんは、地震防災研究課の課長補佐ですよね…そういう部署が有るんですねぇ。私もそっちにすれば良かったかなぁ。やっぱり、考え直そうかな」

「ええ…有りますけど。華村さん、口調がだいぶ砕けた感じに変わりましたね…」

「上では上司や他の目が有りますから、堅苦しい口調でしか話せません。階段は監視カメラは有るけど、話しの内容までは拾えないでしょ」

華村の表情に少女のような笑顔が浮かんだ。自衛官の肩書を一旦外しているようだった。

「なるほどね…」

「ところで、地震に興味があるの…華村さん」

「そうなんです」

声を弾ませながら華村は順一に振り返り、三段戻って順一の脇に並んだ。顔を輝かせて話しを続けた。

「私は小さい時から海が大好きなんです。小学生の時にテレビで“地球深部探査船”を見たんです『乗ってみたい』と思ったんです。それで海洋科学を勉強したんですけど…女はどこも相手にしてくれませんでした。それで『似たようなことが出来るかな』て思ったんで海上自衛隊に入ったんです。でも、訓練が終わったら、ずっと陸の上です。つまらなくて」

「『似たような』って、潜水艦のこと…凄い発想だな。でも、こちらはもっと地味だよ。だけど、好きなことを生かしてやっているから楽しいよ。地震は起きないに越したことはないけどねぇ」

「菊地さん、私は卒論に“千島海溝と日本海溝の海溝型地震”についての研究を取り上げたんですよ。地震のメカニズムにも興味があるんです。それで、頭が勝手に反応して、自分の任務を忘れちゃいました」

順一に向けられた華村の瞳は一気に開かれていた。

「華村さんは、入隊して何年になるの」

「二年です。階級は三尉です。ちなみに名前は遥かです」

「そうか、遥かさんか。だと歳は、二十、四、五歳。やっぱり若いなぁ」

 底厚の靴を履いているせいもあるが、百七十ほどの身長でファッションモデルのような細身のスタイルに童顔の女性が迷彩柄のツナギを着ているのが不自然だった。順一も砕けた雰囲気の勢いで華村遥の第一印象を言った。

「戦闘服が似合わない理由が分かったよ。まだ若いから大丈夫だよ、うちに来るの待ってるよ」

「やっぱり、似合ってないですよね…本気で考えようかな」

華村遥が話し終わると階段の百段目が終わった。

「あそこに隊員二人が警備していますよね、そのドアが対応対策室の入口です」

順一は十メートル先にある黒いドアに視線を向けた。

「対応対策室…」

 順一の言葉を待たず、華村遥は順一に敬礼して、降りてきた階段を駆け足で上っていった。

「若いな…」 

 順一の検査が終わると、ドアがゆっくり右側にスライドした。この扉も分厚かった。

 扉の中は国会議事堂のような会議室になっていた。順一が入ったのは最後列の後ろにある扉だった。規模は国会議事堂ほどでは無いが、似たような作りになっていた。正面に政府首脳たちが座ると思われる椅子が横に十脚程並び、同じ配列で後方にもう一列あった。その後ろに大画面のスクリーンが三面横に並んでいた。その席にはまだ一人も腰を降ろしていなかった。

 手前に順一が座ると思われる椅子は、政府首脳席と相対する形で配列され一人づつに小さなモニターが付いている机が二十列続いていた。一列二十名で四百名ほどが座れる数だ。その椅子の半数近くが既に埋まっていた。

「菊地さんの席は…最後列から二列目で…左から三番目でお願いします。トイレは、中ほど両側にあります」

室内にいた案内役の政府職員がタブレットでID番号を確認しながら手で指示してきた。順一は既に着席している人に頭を下げながら指示された席に辿り着いた。

 席に腰を降ろし改めて空間の上下左右を眺め呟いた。

「官邸の地下にこんな大規模施設があるとは…驚きだな」


 順一が席に着いてから三十分で三分の二の席が埋まった。席に着く人物の顔を見たが、見覚えのある顔は二、三名しかいなかった。あらゆる省庁から集められたのだろう。「それにしても、若いメンバーばかりだな。確かに年寄りはいない」順一は、不思議に思いながら一人呟いた。緊張のためか誰も言葉を発せずに正面を見据えたままだったからだ。

 順一が腕時計に視線を落とすと八時二十八分に針がきていた。視線を戻すと同時に正面右側のドアが開いた。長門総理を先頭に菅原官房長官や山之内防衛大臣、自衛隊幹部などを含めて三十名ほどが一気に入って来た。隣の会議室で行われていた国家防衛会議を閉じて、そのまま参加メンバーが移ってきたのだ。

 前列中央に総理が座りその右側に官房長官、防衛大臣が並んで座った。総理の左側には竹上統合幕僚長を筆頭にした自衛隊幹部たちが座った。備え付けの椅子が足りず、何名かはパイプ椅子を自分で運び込んでいた。

 菅原官房長官が国家防衛会議メンバー全員が座ったのを確認した。端にいた職員が頭の上で大きな丸を作った。官房長官は頷き卓上のマイクを口元に向けた。全体を見渡し軽く三、四回軽く頷くように顔を上下させ最後に総理で視線を止めた。いつも「強気元気がモットー」の長門総理の視線が宙を彷徨っているように見えた。官房長官の視線に長門総理が気付き頷いた。

「これより、次世代を担う方々と共に国家国土防衛戦略を練る場所となる侵略対応対策会議の一回目を行います」

官房長官が言い終わった瞬間「んんん」「おおお」と困惑と驚きが入り交じったような唸り声が地の底から湧くように起こった。唸り声が収まると次に「侵略…日本が」戸惑いの言葉がそこかしこから漏れていた。『危機管理メンバーの増員』で集められたのが『侵略対応対策』と聞いて、集まった全員が動揺し始めたのだ。ごく普通に霞が関に勤めている国家公務員が「国家国土防衛戦略を練る侵略対応対策の一員になれ」と突然に言われる訳だから、詐欺にあったような感覚に近いのかもしれない。

 いつもの表情に戻った長門総理が口元にマイクを寄せた。鼻で息を大きく吸い込みながら姿勢を起こし話を始めた。

「我が国に対し、ロシアと中国の侵略が間近に迫ってきています」

僅かな唸りが湧いた。総理の首は上下左右に動いた。

「これは驚くことではありません。前々から企んでいるのは分かっていました。『いつ、侵略行動を起こすのか』そう、時期の問題だけだったのです。一か月前に、核弾道ミサイルの発射ボタンを握って離さない狂犬の指導者が電撃侵攻を行ったことで時期を早めてしまいました。皆さん、アメリカ軍は撤収します。間もなく。簡単にいなくなります。人間が感じない僅かな変化を感じとった動物や昆虫が災難前に脱出を始めるように、アメリカ人や多くの外国籍の人々が『何か災難が起こりそうだ』と日本から脱出し始めています」

総理の話がここで止まった。今度は唸り声は無い。恐ろしい沈黙が室内を覆った。

 大きな戦争、紛争に巻き込まれないでいた多くの日本国民は今も呑気に暮らしている。その呑気さは「在日アメリカ軍が日本を守ってくれる」そこから来ている。そのアメリカ軍は危険を察知して逃げて行く。集まったメンバーは少し理解し始めた。

「侵攻侵略を止めることは、在日アメリカ軍がいなくなれば不可能なことは…皆さん十分にお判りでしょう…」

総理の上体が後ろに倒れ、背もたれに付くと官房長官の方に椅子を少し廻した。

「私の方から話を続けます」

菅原官房長官の目にはいつもの鋭さが戻っていた。しかし、表情には疲れの色がハッキリ現れていた。日本政府は既に戦時下に入っているような雰囲気だった。

 官房長官が鼻から息を大きく吸い込むのが見えた。

「日本を独立国家として再興させる布石をこれより説明します」

今度は『再興』と『布石』の単語にどよめきが起こった。この場にいる国家公務員たちの意識の中で「日本に危機が忍び寄っている」のはこれまでの流れで理解できてきた。その程度の意識でいるメンバーに向かって、『日本を独立国家として再興させる布石』の話を『これよりします』と急に言わても、優秀な国家公務員でも付いていけない。それも、内示や前触れなく一枚の辞令を渡された翌日に始めて訪れた奇想天外な所で言われたらなおさらだった。

 動揺を理解したのか、メンバーに対する話しが止まっていた。国家防衛会議メンバーの中で話しをしているようだった。

 その状況を眺めていた順一の頭に「根本的に、戦後の日本は独立国家だったのだろうか」そんな思いが一瞬浮かんだ。

「驚いたと思いますが…」

スピーカーからでは無く、雛壇の右端から急に声が響いた。三百名ほどいたメンバー全員が話し始めた男性に視線を向けた。男性は、メンバー全員が自分に視線を向けたことを確認して軽く頷いた。

「急な話で混乱がありますので、私の方から少し話をさせて頂きます」

男性は総理と官房長官の方に改めて視線を向けた。総理はその視線に頷いた。官房長官のせっかちな性格に疲労と混乱が合わさり唐突な発言になり混乱が生じたような感じだった。男性はマイクを受け取り手にしている姿を順一は見つめた。

「歳は俺と同じ位か…それにしても、この状況で話しをするこの男は何者なんだ…」

長身で痩せ型、眼光鋭く普通の公務員に思えない雰囲気が漂っていた。

「これから、ここに皆さんが集まることになった理由を話します。まず先に、私の身分を皆さんにお伝えすることはありません。名前は仮に『野口』とでもしておきます。当然ですが、ここで話される内容全てが国家の最高機密に属します。くれぐれも軽く考えないでください。機密の漏洩は国家に対する重大な反逆罪となりますから」

男性は話しを一旦止めて、確認するかのように室内全体を鋭く見渡した。

「日本政府は、一年ほど前から他国が日本領土に対して侵略行動を起こした場合の対抗措置、行動指針の『具体化』を図っていました。その言葉通り、漠然とした措置や指針に沿いながら地域、施設、担当者等を具体化しました。明日にでも実行に移せるように…それに先立って二年前からロシア、中国を中心に情報収集の強化を行い『日本国土に対する侵略攻撃がどのようになされ、侵略後日本国土をどのように統治するのか』それを同時進行でシミュレーションしてきました」

 メンバーの表情は複雑だった。祖国が他国から侵略されることを前提とした話しを平然と聞いていられる訳は無かった。かといって、大きな恐怖を抱く訳でもなく「そうなれば自衛隊と共に、我々も戦いましょう」そんな特攻隊精神を抱く訳でなく「この話を聞いて『心にどう思えばいいのか』全く掴めない」のだ。

「外国の軍事的圧力にアメリカの軍事力と核の庇護が無ければ対抗出来ないことくらいは皆さんは理解しているでしょう。アメリカ軍がいなくなれば当然に侵略されます。そこで、侵略攻撃を受ける前に『布石』を打っておくことが重要となります。その『布石を打つ』為に皆さんに集まってもらったのです。どのような『布石を打つ』のか…」

自衛隊しか防衛力が無い日本が「宣戦布告」をされた場合は、即「降伏」するのは当然の選択、降伏を前提に話をするのは至極当然のことだと順一たちも理解した。

野口が官房長官に視線を送った。官房長官が頷くと野口が腰を降ろした。

 官房長官が立ち上がった。また鼻から大きく息を吸い込み、話し始めた。

「ここにいる皆さんに『独立国家日本を復活させるための戦士』になって貰いたいのです」

官房長官の話し方には強い闘志のような気持ちが込められている声に聞こえた。普段、感情を表に出さない官房長官だったが、日本の危機に気持ちが高ぶっているのだろう。そんな政府側の危機感と、急に集められたメンバーとの気持ちにはまだギャップがあった。「何をすれば…」メンバーの方から戸惑いの言葉が飛んだ。順一も含めて「日本に危機が迫っているのは理解した。だけど、何をしたらいいんだ」そんな感じの雰囲気が漂っていた。「それでは」野口がそう話しながら立ち上がった。

「ここから先の話は『戦士』に希望する方だけに話をします。ことの重大性、機密性から本人の意思を確認せずにここに来てもらいました。まだ十分に理解出来ていない方もいるでしょうが、時間はそれほど残されていません。全員の頭に十分な理解を求めている余裕はないのです。ここまでの流れで判断してください。正直に『私には無理だ』『私は嫌だ』そう思った方は、この会議室から出て頂いて構いません。いくら

『日本の将来のため』とはいえ強制は出来ません」

野口は話しを止めて、射貫くように全員を見渡した。

「当然ですが、ここまでの話は守秘して貰います。本人、家族に危険を及ぼす可能性もありる任務になりますから。それでは、総理、官房長官をはじめとしたこちらの前に座る方々は、一旦退席します。十分後、戻ります。その間に決めてください。理由は聞きません。それでは、短い時間で決断をして貰いますが…繰り返します、我々に残された時間は短いですのです」

野口が政府首脳、自衛隊幹部に視線を送った。総理が無言で立ち上がり、さっき入って来たドアの方に歩き出した。二分後、政府首脳、自衛隊幹部全員が部屋を出た。

 野口が最後にドア前に立った。「十分後、戻ります」野口がそう言ってドアを閉めた。

 ドアが閉じられると、十数人が部屋を出た。話しが急すぎて混乱はしていたが、順一は留まることを決意した。「妻、娘たちにすまない」と詫びながら。


 十分前に野口が締めたドアが開いた。長門総理が大きく頷きながら入って来た。後ろに続いたのは菅原官房長官だけだった。

 長門総理は中央に立ったままでメンバー全員を見つめた。メンバー全員が微動だにせず視線を前に向けていた。

「戦士諸君、ありがとう。これより官房長官が『布石の前段階』を話します」

 長門総理は、メンバー全員に深くお辞儀をして部屋から出て行った。





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