第4話 思わぬ依頼

 召集されたメンバー全員は「独立国家日本復活作戦の布石」の役割分担を伝えられた。役割の正確な内容はよく分からないまま解散となった。

 四百名の召集メンバーは自分が入っ来た出口に向かった。「自分が入ってきた所から外必ずに出る」そう指示がなされた。侵略対応対策室に出入りするルートが複数あるり、それぞれのルートは内閣府内や議員会館内に地下で繋がっているのだ。人の出入りを分散させることにより官邸に多くの人物が集まっていることを悟られないようにしているようだった。皇居や国会議事堂の周辺地下には、極秘の地下通路網が存在しているようだった。

順一は「一般国民には、思いもよらない地下世界が政治の中枢に有るのかもしれない」そう考えながら出口に向かった。その考えは正しかったが、中枢の場所はそれこそ「思いもしないところ」にあった。

 順一が侵略対応対策室を出たのは九時半を少し過ぎていた。僅か一時間で日本政府は「祖国の為に命を捧げる覚悟があるのか」そんな「特攻隊のような精神を持った人材」を確保しようとしたのだ。辞退者が多く出た場合は、次を探さなくてはならないからだろう。無駄な時間を掛けたくないのが雰囲気で分かった。

 順一は下りてきた螺旋階段を上っていた。階段の上を見上げると三十人ほどが列になっていた。小屋を出る時にも一人ずつ扉の前で本人確認のチェックを受けなければならなかった。

 順一が小屋を出ると直ぐに華村が寄って来た。「菊地さんは官邸に入ってください」華村は順一に伝えると、小屋目前の官邸正面玄関から中に入っていった。

 エントランスの中央付近まで進むと、華村は「菊地さんとまたお会いするかもしれないですねぇ」そう囁きながら敬礼をして、自衛官らしくきっちり百八十度身体を廻した。

順一が「えっ」と咄嗟に呟くと同時に「菊地順一さん」と聞き覚えのある男性の声で呼ばれた。声がした方を見ると、侵略対応対策室で見た野口が立っていた。

「野口…さん」

順一は名前を呟くと同時に身構えた。警戒感がハッキリと表れていた。

「覚えて頂き光栄です。でも、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。確かに怪しい男ですが、危害を加えたりはしませんから」

野口が苦笑いを浮かべながら順一に近づいて来た。

「たった一時間しか経っていないですから…それは、覚えていますよ」

順一の声は暗く警戒したままだった。

「時間が無いので、早速に本題を話します」

順一の表情は一層歪んだ。野口は、順一の表情変化に触れることなく話しを続けた。

「一緒に来て欲しいところがあるんです。それではこちらへ」

野口の話し方には強制さが感じられた。強制的な感じに順一は不快になったが「ここで抵抗しても無駄なことだろう」と直感的に悟り、歪んだ表情のまま無言で頷いた。返事をしないことがせめてもの抵抗だった。

 野口の先導で官邸五階に到着した。「総理執務室の階だ…」順一は誰に言うともなく呟いた。完成して間もなくの頃に一度だけ見学したことがあったので、間取りの記憶が残っていた。

「ええ、そうです。総理と官房長官に会って頂きます」

「はぁ、冗談でしょう…」

順一の表情と口調は「暗く不愉快そう」から目を見開いた「驚き」に一瞬で変化した。野口は順一の言葉には反応せず執務室のドアをノックした。

「どうぞ」室中から侵略対応対策室で聞いていた声が返ってきた。野口に続いて順一が室内に入った。

「文科省地震防災研究課、菊地課長補佐をお連れしました」

野口は順一がドアを閉めると、オフホワイトの高級ソファーに座る二人に伝えた。

「菊地です…」順一が名乗ると同時にソファーに座っていた二人が立ち上がった。「忙しいところ来てくれてありがとう」

長門総理はそう言って、自分が座っていたソファーの向かい側に右腕を差し出した。

「菊地さん、急にお呼び立てして申し訳無いですね。どうぞ」  

菅原官房長官も順一に声を掛けた。

順一がソファーの前に立つと、総理はソファーを指していた右腕を順一の前に差し出してきた。順一は総理と官房長官と握手を交わし総理と相対する形で腰を降ろした。座った順一の身体はそのまま固まった。順一の隣に野口が腰を降ろした。

「本当に、忙しいところ悪いねぇ」

順一の緊張を察した総理はリラックスさせる為に砕けた感じで話し掛けてきた。

「いえ、この後の予定は別にないですから…」

順一の声は少し震えていた。

「そうですか」

総理が返した言葉には感情は入っていなかった。気持ちが既に「順一を呼んだ本題」向いていたのだろう。総理は官房長官に視線を向けた。視線が合った官房長官は頷いた。

「菊地君に来てもらったのは、依頼したいことがあるからなんです」

「私に依頼…ですか」

想像すら出来ない言葉を官房長官から突然に言われた順一の頭は混乱した。

「そう、菊地君を見込んで依頼したい。『日本を独立国家として復活させるための作戦を立案してほしい』そして『その立案した作戦を時が来たら実行して欲しい』のです」

「『独立国家として復活させる立案と実行の依頼』を私に…『布石の話』は侵略対応対策室で聞きましたが…日本はまだ侵略されていませんし…」

急に降って湧いてきた話しに順一の思考は停止した。


 長門総理は日本が占領され属国に堕ちた後に、宗主国となる宗主国に反抗するための組織、伝達網などの「独立国家日本を復活させる為の布石」を占領される前に構築しようと数年前から考えていた。

 布石の柱となるのが「日本政府の意思を保ち続け、占領国に反抗するための大本営的な地下組織」だ。「日本が侵略攻撃を仕掛けてきた敵国に降伏し占領され、その後属国となってしまえば、日本を統治するのは占領国の傀儡政権が担うことになる」そう考えた長門総理が裏で組織づくりを行っていた。組織のメンバーには、三十名ほどの若手国会議員や自衛隊士官を任命していた。組織が入る施設は八年ほど前から「国防の最重要、国家最高機密扱い」で地方に建設が進められていた。

 その他にも布石を打とうと考えていた。そのうち二つを、一時間程前に侵略対応対策室で発表し召集メンバーに要請したのだ。召集メンバーに要請した布石は二つあった。

 要請した布石の一つは、召集された四百名ほどの中から三百名が「十日以内に地方に異動する」ということだった。異動したメンバーには「情報伝達官」になってもらうのだ。

 占領され属国に堕ちれば、日本国内でやりとりされる通信は、有線、無線に関わらず全て宗主国に監視される。そこで総理は、占領される前に「暗号を使った郵便」や「人から人に伝達していく伝言ゲーム」のような伝達網として「伝令係」の情報伝達官を配置することにした。

 情報伝達官は反抗地下組織から発せられた指令を受け取り、地方自治体の首長に伝達し、場合によっては駐在する地方において作戦を裏で指揮する任務に当たる。

 情報伝達官には道府県に駐屯している自衛隊隊員五千名ほども加わる予定なので、各道府県には人口規模により数十名から三百名ほどが配置されることになっている。

 情報伝達官は占領国の情報を集める役割も担う。占領国から見ればスパイだ。当然に危険が伴う。拘束され、拷問され、処刑されるかもしれない非常に危険な任務も担うことになる。

 もう一つの召集メンバーに要請された布石は、残りの百名に対しての任務だ。「日本の領土、領海、領空に対し敵国から宣戦布告又は宣戦布告無しに攻撃されたことが確認された場合には、召集メンバーは二時間以内に、侵略対応対策に駆け付ける」という役目だった。何の為に駆け付けるのかは伏せられたままで解散となったので、理由は分からない。駆け付けた後の動きは当日の指示になるようだった。順一はこちらの役割に回っていた。

「布石は、あの場で話した以外にもあります。既に数年前から打っている布石もあります。菊地君には地震発生メカニズムの知識を生かしてもらって、属国に堕ちた日本が反撃する最初の作戦を立案してほしいのです。独立国家として復活する為の非常に大事な作戦になります」

順一以外の三人が大きく頷いた。順一には意味が分からない話だったが、途轍もない依頼であることは理解出来た。

「そんな重要な役目を私に依頼するなんて…何をすればいいのか全く分かりませんが、そんな重要な…私が日本の運命を左右するような役目を出来るとは出来るとは到底…思えませんが」

「菊地君一人だけに重責を負わせる訳では有りません。作戦立案者はもう一人いますし、隣に座る野口も協力します。先ずは話しを聞いてください。これよりの話しは野口からします。無論、極秘です。命を懸けて守秘して貰います」

官房長官は、野口に視線をずらして頷いた。

「話を聞いて、『お断りします』と言う選択肢は有るんでしょうか」

順一に「断る選択肢は無い」ことは感じていたが、僅かな抵抗として尋ねてみた。

「感じていると思いますが、菊地さんには『断る』という選択肢は有りません。あまりにも突然な話で戸惑っていると思いますが、国家の未来、命運がかかっています。プレッシャーをかけるようですが、真実なのです。菊地さん、話しを聞いて頂けますか」

野口が低い声で静かに順一に語り掛けてきた。順一を落ち着かせるためだろう。侵略対応対策室の流れと同じだった。総理も目を見開き、ソファーに預けていた身体を起こした。自らも順一に「丁寧に依頼の念押しをしなければ」と考えたようだった。

「戸惑っているでしょうが、野口からの話しを聞いてください。よろしくお願いします」

「驚くと言うか、訳が分からなくて…」

野口が改めて姿勢を正し、出来る限り横に座る順一に身体を向けた。

「当然です。理解出来ます。それでは、菊地さんがここに座る事になった経緯から簡単に話します。繰り返しますが、官房長官が言ったようにこれから話すことは全て国家機密になります。最重要機密ですから、決して漏らさないでください。くれぐれも。よろしくお願いします」

野口の口調は柔らかかったが、鋭い視線には一段と圧力が加わっていた。

「十分、理解しています…」

順一の言葉は細かったが怒りに近い感情も読み取れた。

「それでは、菊地さんがここに座ることになったのは私のせいなのです。私が『作戦立案者』を探す指示を受けました。そして、菊地順一課長補佐に辿り着きました。私が菊地さんに白羽の矢を立てました。当然、途中の段階で菊地さんのことは大体調査致しました。大変失礼でしたが、国家の為、日本国民の為、ご家族の為ですのでご勘弁ください」

野口は順一を宥めるように、丁寧に話しをした。

「でも、何故私だったんでしょうか、そして、野口さんは何者…なんですか」

野口の右側の口角が少し上がった。順一には少し不気味に見えた。野口の視線は一瞬だけ総理に向いたように見えたが、直ぐに順一に視線を戻した。

「先ず、菊地さんを選んだ理由は『知識の豊富さ』です。菊地さんは文科省内で地震に詳しいことで有名ですし、卒論や大学で在籍した『地震発生メカニズム研究室』の担当教授から聞いた話からでも、菊地さんがこれから依頼する作戦にピッタリだと確信したからです。それに、今回の依頼は『作戦立案』だけではなく『作戦実行』もして貰わなくてはならないのです。体力面や復活後のことを考えると四十代前半までの方でなければならないのです」

野口はここで話しを止めて順一に承諾を求めるように見つめた。順一は反応しなかったが、野口は話しを進めた。

「二つ目の疑問の答えですが、私は、早い話しスパイです。内閣情報調査室とは違う、別に存在する諜報機関です。公表はされていません」

「スパイ…。日本にいるんだ、そんな人が」

順一はこの点では大きく反応した。

「いるんですよ、ここに」

野口はハッキリとした口調で薄笑いを浮かべていた。

「それでは、菊地さん…」 

「大丈夫です。覚悟は決めました。ですが、何をすればいいんでしょうか…」

「それでは」野口が身を乗り出し話し始めた。

「侵略対応対策室で話しましたが、日本は極近いうちに侵略攻撃を受けます。確実に。その時、間違いなく敵は核ミサイルの攻撃をチラつかせます。当然、日本の選択肢としてあるのは『降伏する』それだけです。残念ですが。日本領土は敵国に侵略され、占領されるのです。日本国民は大韓民国国民のように、人権など何もない奴隷のような扱いを受ける悲惨で惨めな占領下に置かれるでしょう。そして、永久に属国に堕ちるのです」

「酷い…」

「酷く惨い状況に置かれます。本当に…確実に。ここで、何の手も打っておかなければ…です。日本は永久に属国のままでしょう。そこで…です。『独立国家日本を復活させる為の布石』を今のうちに打っておく必要があるのです。それも出来る限り多くの布石を。勿論、敵国に知られないようにしなければなりません。菊地さんには、総理の考えた布石の一つ地震発生メカニズムの知識を生かした作戦の立案と、時が来たらその作戦を実行してほしいのです」

「地震の布石を打つんですか…」

「菊地さんが考えているのと少し違うと思います。地震発生メカニズムの知識をフルに生かして貰い、人工地震をある場所で発生させて貰いたいのです。正確には、大津波を発生させて貰いたいのです」

順一の口が半開きになったまま固まった。喉で言葉が固まったかのように出て来なかった。その様子を見つめながら野口が話しを続けた。

「独立国家日本復活への最初の作戦に行うなります。大津波を予定している地域に到達させて貰いたいのです。『予定している地域』は、今のところお伝え出来ません。作戦の立案を依頼をするもう一人には『予定している地域』を伝えます。どこに衝撃を与えれば巨大津波を起こせるのかを探して貰います。逆に『人工地震』については伝えません。二人が一緒になって作戦の全容が分かるのです」

 順一の表情は苦悶に満ちていた。

「大津波を到達させるなんて…間違いなく甚大な被害が出ますよ、総理、官房長官。どんなことになるかは、十分にご存じですよね…何千、いや何万という人命が失われるでしょう…いや、失われる。そんなことに私は、やはり到底加担出来ません」

順一の剣幕に三人は冷静だった。順一の怒り、動揺を想定していたのだろう。総理が両膝に両肘を乗せて前かがみになった。順一に顔を近づけた。

「菊地さん『大津波に襲われればどうなるか』それは日本人であれば十分承知しています。何の前触れなく大津波が襲えば、人的被害、建物への被害は当然甚大でしょう。しかし…これも今お伝えすることは出来ませんが、人的被害が出ないようにする方策を立てています。安心してください。ただ『人的被害を確実にゼロ』とはいかないでしょうが。港湾施設、船舶、沿岸の建造物には甚大な被害は確実に出ます。作戦は、そうなることを目的しているのです」

話しを終わると総理の身体がソファーに倒れ、視線を野口の方に向けた。

「人命にかかわることですから、菊地さんが不愉快になり『到底加担出来ない』そう思われるのは分かります。しかし、菊地さん、これは開戦後の話です。悲惨で惨めになった日本全国民の解放が掛かっているんです。その点を、身体と心の奥深くまで沁みこませてください。今『日本が世界に優しくしていても、世界が日本を助けてくれること』はありません」

順一の呼吸は止まったままになっていた。視線は宙を彷徨った。

 野口は、順一の頭の中に「占領された後の日本国民の姿」が浮かんでいるのだと考えた。役目を果たした野口の視線は順一から官房長官に移った。

頷いた官房長官が眼差しを強くして、順一の説得に入った。

「勿論、二、三人で実行して貰う訳ではないです。作戦を実行する際は、いろんなところに協力して貰います。安心してください。絶対に成功します。菊地さん、日本の未来、日本国民の未来、ご家族の未来、その為に協力してください。よろしくお願いします」

そう言って官房長官が頭を下げた。続いて総理も順一に向かって頭を下げた。「お国の為に働いてくれ」と頭を下げる国の指導者二人を順一は呆然と見つめていた。

「国民…家族…未来…」順一はそう呟くと、呆然とした顔を引き締め三人に顔を向け大きく頷いた。

 総理は両手を順一に差し出し強く握手した。順一は握手を終えると肩で大きな深呼吸をした。

「でも、根本的にそんなことが可能なんでしょうか…それに、出来たとしても思惑通りにいくんでしょうか…自信が持てないです」順一の呟きに総理は大きく自信を持って頷いた。総理達には、それも想定内のことだったようだ。

「これを見てください。見ていただければ、今の話が『十分に可能である』ことが理解出来ます」

総理は二つ折りされた一枚の紙片を差し出した。順一が紙片を受け取り広げて見た。紙片には手書きで文章が書かれていた。順一は書かれてある内容を読みながら大きく息を吸い込んだ。

「本当ですか…ここに書かれてあることは。信じられない。そんな昔にこんなことが出来たなんて」

「事実です。総理が情報を基に纏めたものです」

官房長官が総理に視線を向けながら話した。

「総理が直接書かれたのですか…この内容を」

「そうです。私が直接書いたのです。菊地さんに教える為に。この内容が書いてあるものはこれしか在りません。パソコンの中にも、サーバーにも在りません。有るのは、私の頭の中だけです」

総理はそう言って、こめかみに右の指を当てトントンと打った。

「情報を出来る限り漏らさない為です。この二つの地震は、当初から『アメリカ軍の仕業』そんな噂が付いて回っていました。アメリカの公文書には『それを匂わせる機密文書』が残されています。そのことは以前から知っていました。これを具現化するための情報が三か月前私にもたらされたのです。情報の入手先は言えませんが」

 紙片には「アメリカ軍による原爆実験と人工地震」とタイトルが書かれていた。内容は、簡単な箇条書きになっていた。

「1944年12月7日昭和東南海地震マグニチュード7.9。大津波により中京地区の軍需工場が壊滅的被害。1945年1月13日三河地震マグニチュード6.8。軍による情報統制のため日本には正確な情報は残っていない。いずれもアメリカ軍による原爆実験を兼ねた人工地震である」 

総理は手を伸ばし順一から紙を受け取った。二つ折りにして胸ポケットに仕舞込んだ。

「この作戦を私が立案するのですか…」

「はい、原爆のような強力な破壊力があれば十分に可能でしょう。それはこちらで手配します」

総理は淡々とした口調で話した。順一は大きく息を吸い込み吐き出した。

「原爆ですよ…原爆を手配するのですか…」

「『手配できます』と確約は出来ませんが、侵略攻撃が始まった段階で手配要請します。菊地さんには『どこに、どんな形式の核兵器をどうやって手配する』のかは、まだ言えませんが」

総理は口の前で両手を合わせ話しを止めた。

総理が核兵器の手配まで考えていることに順一は驚き再び言葉を失った。これから「日本がどうなり、自分が何を果たすのか」漠然とした恐怖が順一を取り巻いていた。

 呆然としている順一に向かって野口が話しを始めた。

「菊地さん、実は、もう一つ依頼があるんです」

「もう一つ依頼…まだ有るんですか。何でしょう…」

気を取り直した順一が力なく言葉を返した。

「大変混乱しているところすみません。もう一つの依頼というのは『若く優秀な科学者をリストアップをして欲しい』のです。百名ほど」

「科学者を百名もリストアップするですか…そんなに大勢のリストを…何で、ですか」

順一が首を大きく捻ると野口が少し慌てて付け足してきた。

「リストアップする理由は今は話せません。秘密ばかりですみませんが…」

「そうでしょうね。それにしても、そんなに大勢のリストをどの位で作成しなければならばいのでしょうか。他に頼める人はいくらでもいると思うんですが」

立て続けに思わぬ依頼を頼まれた順一の表情に疲労感が浮かんでいた。

「秘密漏洩を防ぐには、極秘任務にあたる人数は出来るだけ少ない方が良い訳です。文科省の菊地さんは、この依頼も打って付けなのです」

順一は大きく息を吸い込み吐き出し目を閉じた。

「菊地さん、大変でしょうが日本の為にここは頑張って頂きたい。リスト作成については、菊地さんの信頼出来る方数人に手伝って貰って構いませんから。理由は『若手科学者を官邸に呼んで激励会をする』とか何とか付けて」

官房長官は、救いの手を差し伸べたかのように自己満足の薄笑いを浮かべた。順一は目を開けたが言葉を発しなかった。官房長官は畳みかけるように話しを続けた。

「人工地震作戦案、科学者リスト作成、二つの依頼を二週間以内に持ってきたください。それがギリギリのラインなんです」

「たった二週間で…短すぎる。そんなに危機が切迫してるんですか…」

余りにも短い期間に順一の顔が不愉快で歪んだ。官房長官が短い期間の理由を話し始めた。

「一ヶ月程前になります。総理に複数のルートから同じような内容の情報がもたらされました。要約すると『極々近いうちに朝鮮が我が国にミサイルを撃ち込んでくる』と」

官房長官の表情が重苦しいく曇った。総理と野口も斜め上を見上げ大きく息を吐き出した。

「朝鮮が日本に向けてミサイルを撃ち込んでくるのですか…日本海とか太平洋でなく、日本の国土に…遂に打ちこんでくる訳ですか…」

「宣戦布告と共に、脅しの弾道ミサイル一、二発を日本に撃ってくるでしょう。続いて降伏を迫ってくる。『降伏しなければ核弾頭を撃ち込む』と脅迫してくるでしょう。勿論、ロシアと中国も名前を連ねて」

官房長官の言葉で総理の眉間に深い皺が現れた。野口が順一に身体を改めて向けた。

「『半島統一を果たした朝鮮が次に日本を攻める』ことは前から言われていました。統一後、アメリカ国内の混乱が酷くなり、加えて在日米軍が大幅に縮小されましたから、尚のこと『日本を攻めるチャンス到来』となったのです。核弾頭ミサイルを保有し、ロシアと中国が後ろ盾になっているのですから、日本に反撃される恐れはまず有りませんから」

四人の沈黙が数十秒続いた。首をうなだれていた順一の身体が勢いよく起き上がった。

「依頼の話が済んだのであれば、私はこれから直ぐにでも作戦立案に取り掛かります。それで、リストの件で質問が有ります」

順一の開き直ったかのような勢いの口調に、三人が戸惑いの表情に変わった。少し驚きながら官房長官が返した。

「ええ、どうぞ」

「リストに入れる科学者はどんな分野でも構わないのでしょうか」

官房長官は大きく頷き即答した。

「分野、性別は問いません。ただ、いくつかの条件があります。これからの日本に必要不可欠と考えられる人材、年齢は40代まで。当然、健康体の方であること。以上です」

「分かりました。あと、お聞きしたいことや、何かあったらどなたに連絡すればよろしいでしょうか」

「不明な点や突発的な事故、事件が起きた場合は、私に連絡してください」

野口がそう話しながら携帯番号だけ書かれたメモを順一に手渡した。

「あと、菊地さんが仕事をし易いように大原次官に言っておきます。『菊地課長補佐は、今日から一ヶ月間官邸付になります』と。それではその勢いで今日から直ぐに取り掛かってください」

 総理と官房長官がすくっと立ち上がった。続いて順一と野口も立ち上がった。順一は三人と握手を交わした。

「途中から急ぎ足になって悪いね。菊地さんの後に、あと二人と話しをしなければならないんで」

総理はそう言って腰を降ろした。そして、疲れた身体をソファーに深く沈めた。


 順一が官邸三階の通用口に差し掛かると、海上自衛隊の制服から黒のパンツスーツに着替えた華村遥とすれ違った。華村は順一に軽く会釈して官邸の奥に向かった。









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