第17話 人工地震作戦
11月14日、シドニー湾とオーストラリア西部スターリング海軍基地からイギリス海軍潜水艦隊、オーストラリア海軍潜水艦隊、海上自衛隊潜水艦隊が東シナ海、日本海に向けて出撃した。潜水空母「びしゃもん」と「すさのお」の二艦は、マーシャル諸島とハワイ諸島の間を抜ける大きく迂回するルートで日本沿岸を目指すため三日前に出撃していた。
潜水空母が出撃した翌日にタイガーフィッシュ三発を積み込んだ「はくげい」が出撃した。順一と華村遥は「はくげい」に乗艦していた。二人以外に「一般人」がもう一人乗艦していた。ブロンドヘアーを黒く染め、髪型をベリーショートに変えて一見すると「細見の男性」のように見えるエミリーが乗艦していた。エミリーが乗艦している理由は「タイガーフィッシュをどのように使用するのか」を知りたいイギリス政府からの要望だった。エミリーは、生還出来ないことを思いイギリス政府職員を退職し「一般人の身分」で終わる覚悟で乗艦していた。
十二月一日午前十時、択捉島沖東方二百五十キロ、水深七百メートルに「はくげい」は到達していた。艦内の物音は一時間前から無くなり、全員の表情は緊張していた。
「発射」
豊島艦長から静かに落ち着いた口調で命令が下された。日本で初めて核弾頭を搭載した兵器が発射された瞬間だった。
静まり返った艦内に命令を復唱する声、続いて金属音と水を切るような音が複雑に入り交じり合った音が艦内に響いた。その音が消えていくと、生唾を飲み込む音が順一の耳に入ってきた。発射されたタイガーフィッシュが四十五ノットで向かったのは
「はくげい」位置から西方十キロ、択捉島沖二百四十キロ東方の地点だった。
「発射完了。反転、全速離脱」
数秒前よりも高い声になった豊島艦長の命令が響いた。豊島艦長は号令を発すると順一たちに顔を向けた。
「急いで離れます。敵艦が近くで発射音を感知したかもしれませんので。水深七百メートルから魚雷を発射出来る潜水艦は、世界で海上自衛隊にしか無いですから、魚雷発射を感知されれば『日本国の潜水艦』だと気付くでしょう。そうなれば敵は必死に捜索してくるでしょう。八分後に、目標地点に着弾します」
豊島艦長の言葉に誰一人反応する余裕は無かった。
「私は、何があっても日本の味方です」
エミリーがそう言って、閉じていた瞼をゆっくりと開いた。その言葉には「多くの犠牲者が出ても、今行っている作戦は正しい」そんなエミリーの思いが含まれているように順一には聞こえた。
魚雷を発射する二時間前、順一と華村はエミリーに「タイガーフィッシュの使用目的」を伝えていた。
「タイガーフィッシュを千島海溝のある地点に直撃させて…人工的に地震を発生させます」
「地震‼地震を起こすんですか‼そんなことが出来るんですか…」
エミリーの視線が順一を刺すように見つめた。
「大地震が起きたら沢山の犠牲者出るでしょうし、建物にも大きな被害が…」
「ええ…確かに。私たちの想定では…」
順一は華村に視線を向けると小さき頷き話しを続けた。
「マグニチュード8.8、最大震度は7、を想定しています。予測している津波の高さは、根室、岩手県三陸で三十メートル、国後島、択捉島、色丹島には十メートルに達します。こんな大津波に何の前触れなく襲われれば東日本大震災を大きく上回る甚大な被害が間違いなく発生します」
「そうですよね…とても恐ろし…」
順一は大きく息を吸い込んだ。そして小さく吐き出しながら話し始めた。
「そうならない為に…宣戦布告される直前、長門総理の指示で日本国内に『地下政府』からの指示を伝達する情報網を完成させていました」
「『地下政府』…『情報伝達網』…」
「約一か月前、情報伝達網で二つの重大要請が日本国内の隅々にまで出されました。一つは『十二月一日八時三十分からに全国一斉の地震津波防災訓練を行う』要請でした。もう一つは後日話します」
「『地震津波防災訓練』で、予め避難させる…」
「そうです。『地震が発生する前、大津波が襲う前』に全員避難している訳です。北方領土には、地震が発生する一時間前に『緊急地震速報』を発して住民を避難させるよう連絡します。地震大国で地震予知能力が世界一の日本が警告する訳ですから、ロシアも無視は出来ないでしょう。これで人的被害は無い…筈です」
「『筈です…』では『確実性』は無い訳ですよね」
「百パーセントは、残念ながら無いです」
「…」
エミリーは言葉を飲み込んだ。
「でも『思惑通りに狙ったところで地震を起こし、思惑通りに大津波を起こす』そんなことが可能なのでしょうか」
「私は…と言うより日本が経験したことがないことです。当然、計算通りにいかない可能性はあり得ます。でも、間違くなく思惑通りの現象を起こせる確信があります。
『計算が得意』だとか『勘がいい』とかではないです。確信の理由は二つあります。
一つは、千島海溝の歴史です。千島は元々火山活動が活発な地域です。堆積物を調査すると、約三百五十年ごとに大地震が起きているのです。一番最近に起きたのは四百年前です。この周期からでも、いつ大地震が起きても不思議ではないのです。五年後、十年後に起きるかもしれないし、明日かもしれない。このタイミングで人工地震を起こす言い訳です」
「『言い訳…』ですか」
順一は大きく頷いた。息を詰めて話しをしていたので、一旦大きく息を吸い込んだ。
「この地域に必ず地震が起きることを歴史が証明しています。日本政府は何十年も前から警笛を鳴らし、同時にシミュレーションを繰り返してきました。マグニチュード、最大震度、津波の高さ、そして、死者数、被害額…。何の前触れなく大地震、大津波が起きれば東日本大震災を遥かに凌ぐ大惨事になります。そんな大惨事を…『事前に避難をさせた状況下で人工に地震を起こし人的被害を最小限に食い止める』ことが出来るのです。大惨事を未然に防ぐのです」
エミリーの目は厳しいままだった。
「未経験の作戦を成功させることが出来る確信を持っているもう一つの理由は『人工地震作戦が過去に一度、実行され成功している』事実があるからです。分かる範囲だけですが、もしかしたら何度もあったのかもしれませんが」
「一度…」
エミリーの表情に戸惑いが現れた。
「1944年十二月七日、三重県志摩半島二十キロ沖を震源とした『東南海地震』が起きました。地震により最大十五メートルの大津波が人家を襲いました。大津波に襲われ壊滅的なダメージを受けたのは人家だけではありません。大津波が襲った場所には大軍需工場地帯がありました。太平洋戦争が終戦を迎える八か月前、原爆が投下される八か月前です…」
「アメリカが原爆実験をしたと…でも、証拠は無いですよね…」
「大震災、大津波が襲ったところは『アメリカにとってあまりにも都合がいい場所、タイミング』でした。それに、アメリカの機密文書に『日本本土への地震兵器による心理的軍事作戦』が残されていました。アメリカは原爆実験を兼ねて『人工地震を起こし大津波を発生させた』のです。間違いありません」
エミリーは「だからと言って…」そう呟いて目を閉じた。
タイガーフィッシュを発射して二時間後、はくげいは潜望鏡深度まで浮上し、情報収集を行った。
暫くすると通信担当の乗員から豊島艦長に報告が上がった。豊島艦長は順一と華村、エミリーに報告の説明を始めた。
「それでは、人工地震作戦の戦果、状況をお話します」
豊島艦長の言葉に三人が緊張した表情で小さく頷いた。
「目標地点に魚雷を発射したとほぼ同時に緊急地震速報が出ました。同時に大津波警報が出されました。マグニチュードは9.1。最大震度は根室、択捉島7、国後島6強、
警報発令から約三十分後の午前十時四十分、根室、歯舞群島、択捉島、国後島、ウルップ島に高さ十五メートルの第一波が到達しました。更に三十分後の午前十一時十分、東北地方太平洋沿岸とカムチャッカ半島沿岸に二十五メートルの大津波が到達。
第一波から十五分後、三十二メートルから十五メートルの第二波が択捉島、国後島、歯舞群島に到達…」
豊島艦長から報告された数字は順一と華村、日本政府の予測通りだった。二人は顔を見合わせ大きく頷いた。エミリーは、身動きせず無言で一点を見つめたままだった。
三時間後「日本国内での人的被害は皆無。北方領土で数十人の犠牲者が出た模様」との追加報告があった。
「『犠牲者ゼロ』は無理だったか…」
順一の呟きにエミリーの口元はきつく閉じられたままだった。
「豊島艦長、それでは二回目、三回目の打ち合わせをお願い致します。次は、全員が避難しているでしょうから人的被害は出ないでしょう」
順一の言葉に華村は頷き、エミリーは目を見開いた。
「二回…三回目もあるんですか」
「そうです。ロシア政府、ロシア国民に北方領土と樺太を諦めてもらう為です。一日置きにタイガーフィッシュを撃ち込みます」
順一の口調は、開き直った様子で強くなっていた。迷いが完全に無くなっていたようだった。
「515、516準備完了」
副艦長の報告を受けた豊島艦長は、一回目の潜航より十三キロ北上した地点で八百メートル潜航を指示した。
順一は明かさなかったが、人工地震作戦には「びしゃもん」と「すさのお」も加わっていた。「はくげい」からだけでなく二艦からも核弾頭を搭載した魚雷が発射されていた。
三艦から十二月三日に二回目、十二月五日に三回目が予定通り発射された。一回目の大津波で日本国民、北方領土、樺太に住む全員が避難していたので犠牲者は出なかった。長門総理の狙い通り北方領土、樺太の建物への被害は甚大だった。建物は尽く消え去り、街自体が消滅していた。
「これで長門総理の思惑通り、北方領土と樺太からロシア人はいなくなるだろう」
順一と華村は握手を交わした。
大津波警報から日本海海上、太平洋海上で展開していたロシア海軍艦艇、中国海軍艦艇は予想通りにウラジオストク軍港、中国海軍軍港がある浙江省寧波港近海に集結していた。
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