第13話 意外な要請(2) 

 順一達はロンドン西部イーリング地区のアパートで亡命生活を始めた。イーリング地区には日本人学校があり元々日本人が多く住む地区だ。日本人の新参者がうろついても然程目立たない。ロンドンでの生活に関わることは全てエミリーを中心としたサポートチームが面倒を見てくれるので、順一は思いのほか快適な亡命生活をスタート出来た。

 ロンドン生活が始まって二週間後、順一のアパートにシドニーから戻った田中一佐が尋ねて来た。政府代表の順一に「艦長会議の詳細」が説明された。

「潜水艦二十艦で旅団隊員二百名を朝鮮半島の鼻先まで運びます。東シナ海、日本海の警戒警備は大変厳しいですが、優秀な艦長達は任務を完璧に遂行してくれるでしょう」

田中一佐の表情は言葉とは裏腹に険しくなっていた。順一はただ頷くしかなかった。

「菊地さん、急で申し訳ないのですがこれから一緒にザ・リッツ・ロンドンに行って頂きたのですが…」

 順一と田中一佐は、MI6が警護する車に乗ってザ・リッツ・ロンドンに向かった。

 田中一佐がシドニーに到着した時、長門総理から預かった書簡をイギリス政府に手渡していた。順一が同行する理由は、その「手渡した書簡の内容に対する回答をイギリス政府から聞くため」だと聞かされた。


 厳重な警備の間を抜けてMI6専用のスイートルームに案内された二人は、外光が全く射し込んでいないリビングに腰を降ろした。五分後、エミリーが入ってきた。

「ホワイト首相がホテルに到着しました。間もなくこちらに…」

そのことを伝えるとエミリーは隣の部屋に向かった。

「首相も来るんですか…」

順一は、首相まで来ることは思っていなかったので驚いたが、表情は平静を装った。このころから順一は「日本政府代表」として開き直っていた。

 ドアが開いた。

「お待たせしました」

ニュース映像と同じ軽い口調でホワイト首相が入ってきた。ホワイト首相に続いて、トーマス外務大臣、マクミラン国防大臣、アンダーソン秘密諜報部長官、エミリーが続いて入ってきた。

 和やかな雰囲気の中で一通りの挨拶が終わった。笑顔だったイギリス政府側全員の表情が深刻な表情に変わった。室内には一瞬で緊張感が張り詰めた。ホワイト首相がゆっくり静かに話し始めた。

「田中一佐が運んでくれた長門総理の書簡には…全くもって、意外な要請が書かれており大変驚かされました」

ホワイト首相がスーツの裏ポケットから封筒を取り出した。長門総理の書簡だった。ホワイト首相は書簡を田中一佐に渡した。田中一佐は、ホワイト首相に書簡を渡しただけで、内容までは知らなかった。

 書簡を一読した田中一佐の表情にも驚きが現れた。田中一佐は順一に書簡を渡した。

「『タイガーフィッシュ』ってなんですか」

読み終えた順一が田中一佐に小声で尋ねた。

「核弾頭を搭載出来る魚雷です」

「核弾頭を搭載…『核を搭載したタイガーフィッシュ譲ってほしい』…」

会話の止まった二人に向かってマクミラン大臣が話し始めた。

「『何のために使うのか』は書いて無いので分かりません。可能であれば私たちに教えて頂きたいのですが…私たちは独立国家日本の復活を望んでいますが…」

「残念ですが、お教えすることは出来ません。と、言うより私たちは今初めて書簡の内容を知りました。タイガーフィッシュのことも…」

イギリス政府側五名はお互いの顔を無言で見合わせた。

「イギリスは、日本国が完全な独立国家として復活することを心より願っています。ですから、長門首相の要請に応えることにしました。タイガーフィッシュ三発を日本国の潜水艦に積み込むことを許可します。どうぞ有効にお使いください」

ホワイト首相は薄笑いを浮かべ、握手を求めてきた。


 順一と田中一佐の二人はホテルのロビーに移った。

「日本は現在極秘に『核を搭載した魚雷を持っている』訳ですよね…それなのに何故、イギリス政府に『タイガーフィッシュ』を要請したんでしょうか」

順一は、書簡を読んでからの疑問を田中一佐に囁いた。

「カモフラージュですよ、恐らく。この先どこかで『日本の潜水艦が核搭載した魚雷を発射した』となったことがバレた場合に『その魚雷は、イギリスから貰ったものだ』とするための…。海上自衛隊が『核搭載をした魚雷を持っている』ことをバレないようにするため…」

「なるほど」

 一週間後、タイガーフィッシュを積んだイギリスの潜水艦「アンソン」がシドニー湾ガーデンアイランド基地に入った。翌日、海上自衛隊潜水艦「はくげい」がガーデンアイランド基地に入った。



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