第14話 インドからの提案
「ロンドンの夏って、東京よりも過ごしやすいですよね」
順一と同じアパートに住む華村遥は、極秘に人工地震作戦成功に向けて二日に一度の割合で話し合いを重ねていた。
「今頃は沖縄当たりかな…」
順一が小さく頷きながら独り言のように呟いた。心は朝鮮半島に飛んでいるようだった。
「明日、シドニーに出発します」と田中一佐から順一に連絡が入ったのは十日前だった。その三日後、シドニー湾から海上自衛隊の潜水艦二十艦が北上を始めた。その二日前には、オーストラリア海軍の艦船とタイガーフィッシュを運んだイギリス海軍潜水艦「アンソン」が出航していた。ロシア海軍と中国海軍の目を逸らす動きをするのが目的だった。
「間もなく、私の部屋に野口さんが来ますよ」
スマホを机に置きながら話す順一の言葉に、パソコン画面を見つめていた華村は大きく頷きながら視線を上に向けた。
「何か懐かしい…二か月くらい会っていないだけなのに。ロンドンに来て、初めて会うのかなぁ」
呼び鈴がなった。ドアの向こうに野口がTシャツと半ズボンの軽装で現れた。スーツに身を固めた姿しか見たこと無い順一には「不自然な東洋人」に見えた。逆に目立つような印象だった。
「随分と軽装で…暫く会っていない間に職業が変わりましたか…」
「あんまり堅苦しいスタイルで尋ねるのも不自然で怪しいので。菊地さんは日本政府代表で表の顔、私はあくまでも『裏で仕事』をする人間ですから「ロンドンに長く住む日本人の設定」スタイルにしたんです。あまり目立たない方がいいんですよ、私は」
順一の皮肉のような言葉に、野口は表情を変えずに答えた。
「エミリーも間もなく到着しますよ、軽装で」
程なくエミリーもMI6とは思えない軽装で尋ねてきた。
「エミリーが来るとは知らなかった。今日は二人共、仕事抜きなのかなぁ…」
「いえ」
エミリーの返事は仕事口調だった。
エミリーは「独立国家日本復活作戦」に大きく関わる話しを始めた。
「インド政府が日本復活に向けた作戦に協力すると伝えてきました」
「何故、インドが…亡命したことを知っているのでしょうか…」
順一の不安な表情に対して野口が答えた。
「私がMI6を通じてインド政府に『日本には反撃する意思がある』と伝えていました。勿論、亡命のことは伏せています。そのことはバレていないはずです。軍事大国インドの力を借りないと、ロシアと中国に対して同時攻撃するのはかなり厳しいですから。『インドが動く』その保証は全くありませんが…エミリーには申し訳ないですが、イギリス軍やオーストラリア軍だけでは到底太刀打ちできないですから」
順一は大きく頷いた。
「確かに…素人でもそう思います…」
「それで…なんですが、時間を無駄にかけていると情報漏洩のリスクが高まるだけです。急に申し訳ないのですが、菊地代表に明後日の夜、インドに行って頂きたいのです。野口さんと一緒に…」
エミリーの青い瞳が順一を見つめた。
二日後、順一が降り立った「プライズ・ノートン基地」からインドに向けて軍用機一機が飛び立った。
機内で順一が野口に尋ねた。「何故、インドが『独立国家日本復活作戦』に協力をする気になったのか」と。
「私が集めた情報から判断すると、インドが日本に対して協力を申し出てくれた理由には四つあると考えます。一つ目は『日本とインドは友好国』だったこと。無難な理由です。二つ目は『インドと中国は凄く仲が悪いから』です。インドと中国は国境紛争で度々衝突しています。全面戦争に近い状況が長年続いています。『いい加減にケリをつけたい』と考えているのでしょう。三つ目は『中国の覇権主義を何とか食い止め、これ以上、世界で大きな顔をさせたくない』と考えていること。アジア諸国、特にミャンマー、タイ、ネパールが中国よりになってしまいました。元々敵対しているパキスタンを加えるとインドの周りには、中国に付く敵対国だらけになってしまいましたから。そんな焦りが一番大きいかもしれません」
「なるほど…」
「あと、もう一つ」
野口が最後の一つを話し始めた。
「インドはこの機会に、ドローン兵器を世界に売り込もうと考えているようです。『独立国家日本復活作戦』をデモンストレーションのチャンスと捉えたのでしょう。私の情報によると、ドローン兵器開発とAI兵器開発に裏でかなりの金をつぎ込んでいるようです。これが一番の理由かもしれません」
「さすが、内閣府情報調査室」
順一は、軽装で隠されている野口の「スパイの姿」を見たような気がした。
イギリスを飛び立った軍用機は、暗闇に紛れてニューデリー郊外にあるヒンダン空軍基地に着陸した。
深夜にも関わらずドラグ・ハーン国防大臣を始め五名のインド政府要人が出迎えてくれた。基地内で簡単に挨拶を済ますとそのまま宿泊先に向かった。日付が変わってから到着したのは「ラシュトラパティ・バワン」インド大統領官邸だった。
「お二人に連絡があります」
ハーン国防大臣が笑顔で話し掛けた。
「現地時間午前二時、一時間程前になります。朝鮮半島で戦闘が起きているようです」
順一と野口は顔を居合わせた。言葉は出てこなかった。代わりに大きく息を吐き出した。
「それでは8時間後、向いに建つ首相官邸で我々からの『プレゼンテーション』を楽しみにしてください」
ハーン国防大臣はそう言って背中を向けた。
豪華な応接セットが並ぶ部屋にアールシュ・アーナヴ・シン首相が同席した。順一と野口は国賓のような扱いを受けた。
「同盟国の中で、最も親しい日本国民が被っている多くの不幸に深い悲しみと強烈な怒りを感じています…」
シン首相の迫力ある怒った表情は、ニュース映像で何度か見ていた順一だったが、実際に見ると恐ろしほどの迫力があった。自分が怒られているるのではないのに順一の心は緊張より恐れの方が大きくなっていた。
「大丈夫ですよ菊地さん。『取って食われる』訳ではないですから。開き直りが大事です」
野口が囁き口角を上げた。
シン首相の挨拶が終わるとハーン国防大臣が立ち上がった。
「我々は既に、ロシアと中国を覇権国家から突き落とす策略を極秘裏に進めています」
ハーン国防大臣から驚きの話がいきなり飛び出した。
「既に…」
順一と野口が同時に呟いた。野口も知らなかった様子に順一の不安が大きくなった。そのあと続いたハーン国防大臣の話しは、やはり「ビジネス」の匂いがしていた。
特に声高になったのは「航続距離三千キロのドローン兵器が完成した」「性能は世界最高水準である」「それを反ロシア、反中国組織に運び込みをしている最中であること」「コンテナ船を改良し、一万機を超えるドローンをどこまでも運ぶことが可能になり、どこの国にも攻撃を仕掛けることが出来る」とかだった。それに加え「極超音速ミサイル数十発も配備を完了した」と報告があった。
順一と野口、日本にとっては、インドがビジネス絡みで「独立国家日本復活作戦」に参戦することに「何の問題も、異議も」なかった。「インド政府の思惑がどんなものでも結果的に目的が達せられればそれで良かった」からだ。ロシア、中国が衰退し「日本のお蔭でインドが世界の覇権を握った」そんな形になった方が、日本にとってはいい方向だからだ。
シン首相は、順一と野口に「インドが思い描く独立国家日本復活作戦概要」を語った。その作戦に加わる国々をインドに招いて「独立国家日本復活作戦会議」を開催したいと提案してきた。二人に異論は当然なかった。
ハーン国防大臣から作戦会議に参加要請をする国名が伝えられた。
「イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、そして、大韓民国…」
順一と野口は顔を見合わせた。言葉が出て来ない。呼吸も止まった。
「三時間前、朝鮮半島内が戦闘状態になりました。状況分析の第一報が先ほど入り、
『朝鮮半島の戦闘がほぼ終わったようです。残すは平壌だけのようです』と。大韓民国は日本国より先に復活するようです。ほぼ間違いなく」
順一と野口は軽く拳を握り突き合わせた。
「インドは中国に取って代わる気なのでしょか…」
順一の呟きに野口が囁き声で返してきた。
「いくら友好国でも『日本の為だけに正面切ってロシア、中国相手に戦争してくれる国』なんてどこにも在りませんよ。『自分の国は自分で取り返さなくてはならない』のです。インドは、ロシアと中国の反政府勢力を使ってそれぞれの国内に混乱を起こし、弱体化させたいのです。そして、兵器市場で優位に立ち外貨を得る。そして『国を豊かにしてもっと大きな国家になる』そいう流れになることを目論んでいるのでしょう。『そこに日本も乗って来ないか、乗りたいのであれば手を挙げろ、そして、金を出せ』そうことです。作戦が成功すれば、インドは間違いなくアジアの…いや、世界の最重要国家、盟主国家になるでしょう。逆に失敗したとしても、インドが受けるダメージはさほどありません。核兵器保有国ですから、ロシア、中国といえども簡単には手を出せませんから」
「なるほど…世界の覇権争いの中では、日本なんてちっぽけな存在なんですね…」
「そうです。核を持たないちっぽけな国の宿命なのです」
プレゼンテーションが終わった夜、順一と野口はヒンダイ空軍基地に戻って行った。到着してから二十四時間しか経っていなかった。
二人を見送りに来たハーン国防大臣が二人に話し掛けた。
「友好国だった日本を救うためですから、先程の価格より格安で提供することにしました。当然、後払いで構いませんよ」
「ロンドンに戻ったら最高指揮官の田中と話します」
野口は苦笑いを浮かべた。
「あと、一時間程前に大韓民国は完全に復活しましたよ」
ハーン国防大臣が握手をしながら「ついでの様に」伝えてきた。インドにとって大韓民国の復活は、それほど重要なことではないようだった。
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