第6話 復活への布石
順一は官邸に向かって地下通路を足早に進んだ。「人工地震作戦案」と「有望な科学者リスト」を入れたジュラルミンケースを左脇に抱えて。
執務室のソファーに、総理と菅原官房長官、その脇に野口が座っているのは予測していたが、思いもよらず官房長官の向かいにスーツの男性が一人加わっていた。順一の記憶に薄っすらと男性の顔が残っていたが、どこで会ったのか思い出すことは出来なかった。順一の表情に明らかな戸惑が浮かんだ。
立ち上がった三人と挨拶、握手を交わした。順一は三人と握手をしながら男性を一瞬観察した。「年齢は私より上かな、体つきからして体育会系、自衛隊だなぁ」そんな思いを巡らしていると、野口が改まり、スーツの男性に視線を向けた。視線を受けて男性が順一に一歩近づいた。
「こちらの方は、海上自衛隊、田中敦志一佐です」
順一は挨拶を交わしながら「的中…」と思わず呟いた。田中一佐は「何か?」と不思議そうに順一に視線を向けた。
「いや『思った通りの職業だった』んで、田中さんは自衛隊ぽいですよね…初対面で言うのも何ですが」
田中一佐が軽く表情を曇らせ苦笑いを浮かべた。
「よく言われます。三十年もやっていると身体中に自衛隊が沁みついてしまって…隠せないですね」
田中一佐は侵略対応対策室で総理の後方に座っていた人物だった。それで、順一は田中一佐の顔に覚えがあったのだ。
「田中一佐は『海上幕僚長に上り詰める人材』と言われる“超”が付く優秀な人物なんです」
官房長官の言葉に総理と野口は頷いたが、本人は右手を顔の前で大きく横に振った。
「田中一佐には『復活への布石』の重要な役目を担ってもらっています。菊地君に依頼した布石以外の多くを知る人物の一人です。菊地君が来るまで、田中一佐に依頼した件の報告を受けていました。田中一佐には、話しに加わって貰います」
官房長官の視線に順一は頷いた。順一の理解に関係なく話しが進んだ。
「それでは早速、それを渡してください」
官房長官が両手を差し出した。順一はジュラルミンケースを咄嗟に両手で差し出した。官房長官はジュラルミンケースを両膝に載せて九十度上に開いた。中から紐付きの茶封筒二つを取り出し、上座の総理に素早く手渡した。総理は一つをテーブルに置いて、右手に残した茶封筒の紐を外し、中から数枚の書類を取り出した。総理は身体をゆっくりソファーに倒し、書類一枚毎に三分ほどをかけじっくり見つめた。一つ目の封筒を見終わると官房長官に返した。官房長官も内容に目を通した。もう一つの茶封筒も同じように二人の間を動いた。
官房長官は二つの茶封筒に紐を掛け終わると、一つの茶封筒を田中一佐に渡した。田中一佐は持参したジュラルミンケースに茶封筒を仕舞い込み鍵を掛けた。もう一つの茶封筒は野口に手渡した。
順一は「人工地震の書類は田中一佐、科学者リストは野口に手渡されたのか」そう思いながら一連の流れを見つめていた。
茶封筒をきっちと仕舞い込んだ二人の表情は同じようだった。何か決意をしたかのように口元に力を込め視線は斜め上を険しく見つめ雰囲気が一層重くなった。そんな重い雰囲気の理由を説明するかのように総理が話し始めた。
「お疲れ様でした、菊地さん。短期間でこれほどの仕事をこなして貰い、助かりました。日本に残された時間は、あと僅かしかありません。これから我々は寝る暇もなく侵略対応をしなければならないでしょう」
「『残された時間は、あと僅か』ですか…」
「いよいよ、朝鮮、ロシア、中国が動き出します」
順一の向かいに座った野口が息を吐き出しながら、それこそ吐き捨てた。直ぐに表情は、いつもの無表情に切り替わった。
「アメリカ軍からの情報と日本独自の偵察、諜報活動により得た情報を分析すると『朝鮮半島統一完了した後、数万の人民軍を旧大韓民国国内に配置する大規模な移動と軍組織再編の動きが確認されていたのですが、その動きが数週間前に落ち着いたのと同時に、別の軍事行動を起こす準備が見られる』と分析されました」
「『軍事行動を起こす準備』ですか」
「具体的に『軍事行動を起こす準備』を説明すると『中距離弾道ミサイル火星15を載せた移動式ミサイル発射部隊と鉄道機動ミサイル連隊が朝鮮半島南部に移動を始めたよう』なのです。訓練かもしれませんが…」
「いずれにせよ、秒読み段階に入ったのは間違いありません」
官房長官の声に無念さが込められていた。
「今日、明日かもしれないと言うことですか…」
順一の言葉は、恐怖で重く沈んだ。
「攻撃の正確な日時を掴んでいる訳ではありません。情報から推測すると『一週間から二週間以内に、弾道ミサイル、巡航ミサイルのいずれかを発射するのではないか』と考えられます。菊地さんが運んでくれたリストが、残念なことに直ぐに役立ちそうです」
野口が話しを止めて総理と官房長官に視線を送った。二人は無言で同意するように頷いた。野口は前のめりになり、順一に身体を近づけた。
「菊地さんにこれから、朝鮮、ロシア、中国がミサイル攻撃を仕掛けてきてからの動き、日本政府が打つ『復活への布石』の内容を急ぎ話しをします。この内容には、菊地さんも関わっています」
責任を果たしたという安堵感に少し浸っていた順一だったが、野口から「自分も関わっている」と聞いて表情から一気に安堵感が無くなった。代わりに困惑と憂鬱が入り交じった表情に変わった。
「我が国に対して、三国の侵略行動が起こされた場合、知ってのとおり日本に反撃する軍事力、能力は今のところ有りません。『降伏する』しか道は残されていません。恐らく、宣戦布告されてから降伏までに三、四日の期間が空けられると思います。日本政府は相手に降伏を伝える前に、二百名前後の日本国民を日本から脱出させ、第三国に亡命させるつもりです」
「『第三国に亡命させる』んですか…」
独立国家日本を復活させる布石の一つは「日本の未来を造るのに必要不可欠な人物を第三国に亡命させ、匿って貰う」ことだった。順一が官房長官に渡したリストを中心に「四十代以下の若く有能な頭脳を守ろう」というのだ。政治家や国際的に有名な科学者は除かれる。「その人物がいなくなったことが直ぐにバレるようでは駄目」なのだ。出来るだけ長い期間「優秀だが占領国に行方を探されないような人物」が好ましかった。
「宣戦布告、侵略行為が発生してから三日以内に日本を脱出させる手筈になっています。『脱出する方法』や『どこの国に亡命する』のかは、秘密漏洩を防ぐために明かすことは出来ません。当然『どれくらいの期間亡命していなければならないのか』は誰も分かりませんし、命の保証もありません」
「私が作成したのは『亡命させる人のリスト』だった訳ですか…」
「そうです。日本の未来を拓く人たちを乗せる『ノアの箱舟』に誰を乗せたらいいのかのリスト作成をお願いしたのです。その『ノアの箱舟』に菊地さんも乗って頂きたいのです」
野口が説明している流れの勢いで順一に伝えた。
「『ノアの箱舟』に私も乗れと…何処に行くのか、どうやって行くのかも分からないままにですか…」
「『何処に、どうやって行くか』は、どんなことがあっても日本を脱出する直前まで極秘です。誰にも決して伝えません。菊地さんでもです。大事な人命、日本の未来がかかっています。失敗は絶対に許されませんから」
野口が固く口を閉じた。総理、官房長官、田中一佐、三名も同じく口を堅く閉ざして重い空気が室内に圧し掛かった。
「亡命する人に『どこに行くのか、どうやって行くのか』を全く知らせないまま日本から離れろと言うんですか。『君や家族、日本の未来の為だから』それで承諾する人がいるんでしょうか、まさか強制連行する訳じゃないですよね」
順一はリストを依頼された側の者として、腑に落ちない感情をぶつけた。
「『何処に、どうやって行くのか』を知らせないまま亡命意思の確認をします。聞かれた人は情報無しで決断して貰います」
官房長官は言い切った。
亡命者達を無事に亡命国に送り出し、占領国に知られず静かに暮らして貰うには、絶対に情報が事前に漏れる訳にはいかない。情報を漏らさない為には、亡命者予定者に対して、事前に「お伺いを立てる」訳にはいかない。総理の考えには「敵国から攻撃を受ける前に亡命する」そのような案もあったようだったが「パスポートを使用して移動すれば、安易に跡を追われる危険性がある」との判断で採用しなかった。やはり「混乱に紛れて姿を消す方が危険だが得策」と判断した。どうやって「侵略を企んでいる国に悟られずに日本国内から脱出するのか」それは、日本に唯一残された方法でやるしかなかった。その方法は、命懸けになる方法でもあった。
「亡命する国は複数あります。亡命者は数十人のグループに分かれて別々の国に入って貰います。一つの国に日本人が一気に増えたら目立ちますから」
「お聞きしていると『亡命要請された人物、本人だけが単身で亡命先に向かう』そいう風に聞こえるのですが…要請されたほとんどの方には家族が有ると思うのですが、私も有りますが…『家族を日本に置いて行け』と言う訳ですか」
他国に占領されたところに家族を置いて、自分だけ亡命することは事情を知らない周囲に許される事とは思えないし、自分的にも許せる事にはとても思えなかった。
「どなたも家族を連れて行くことは出来ません。本人だけです。移動手段に余裕が無いので」
野口がそう話すと、また三人が黙ってしまった。順一も言葉を発せず一分程が経過した。「本題に戻します…」野口が囁いた。
「朝鮮は、日が昇らないうちにミサイルを着弾させると予測しています。寝静まって雑音の無い状況下で爆音を響かせ、暗闇に巨大な炎を立ち昇らせたいからです。一発のミサイルだけで、日本国民にとてつもない恐怖を煽ることが出来ます。宣戦布告、ミサイルの発射が確認された次第、侵略対応対策室召集メンバーに対して日本政府から『戦時下緊急事態召集』がなされます。菊地さんも、です」
召集された百名ほどのメンバーが行う「復活への布石」の重要な任務は、亡命者リストに載っている人物に手分けして連絡を取り、亡命の意思を確認することだ。本人と連絡が取れ次第、五分以内に相手の意思を確認するのだ。「連絡が取れない人物や五分以内に意思を確認出来なかった人物は亡命者リストから外し、亡命者が二百名に達した時点で確認作業を終わりにする。確認作業を始めてから三時間が経過した時点で、二百名に達しなくても確認作業を打ち切る」それが、侵略対応対策室召集メンバーの任務だ。
「もの凄い、短期決戦なんですね…急に連絡が来て『そう言う事だ。家族を日本に置いて亡命するのか、しないのか、五分で決めろ』到底、私には決断できない…テレビショッピングを見て、衝動買いするように即断して『はい、いいですよ」って訳にはいかないと思いますけど…」
順一は天井を見上げため息をついた。「菊地さん」総理が身を乗り出した。
「亡命予定者に連絡をする頃には『立ち昇る炎の映像、爆音の衝撃が伝わった現象』などの情報がテレビやネットで発信されているでしょう。予備情報無しに目にしたり聞いたりしたら誰でもパニックに近い状況になると思います。次に、自分の、家族の、日本の将来に大きな不安を抱くでしょう。『平和に過ごしている今』に聞かれるのと、日本が『攻撃を受けた時に聞かれる』とでは全く違う感覚になっていますよ。菊地さんも」
総理が目を閉じ腕組をしながら呟いた。
「ここに」野口が封筒から数枚の書類を引き出し「連絡する時のマニュアルもあります」順一に手渡した。
そこに書いてあったことは「日本は宣戦布告、侵略攻撃を受けている。日本全土に『戦時下緊急非常事態宣言』が発せられた。日本は恐らく三日以内に降伏する。降伏後の日本は敵国の占領下に置かれ、属国となる。知識人は確実に迫害される。あなたは、未来の日本に必要不可欠な人物だ。降伏する前、(恐らく三日以内に)単身で亡命することを要請する。亡命国、亡命手段は日本脱出当日まで極秘です。我が国の未来への扉が完全に閉ざされた訳ではありません。日本の未来に向けてあらゆる布石を打っています」
順一が読み終え視線を上げた。「それで説得して貰います」野口の言葉に順一は頷いた。
「そうですね」順一は目を閉じ下を向いた。数十秒が過ぎた。順一が顔を上げて、目を開けた。そして、順一は亡命することに同意した。「もう、引き下がる事の出来ないところに来ている」そう考えたからだ。「行くしかないですよねぇ」息を吐き出しながら囁いた。聞こえていない風を装って野口は話しを続けた。
「それで、重ねてお願いしたいのですが…」
一段と言いづらそうな言い回しで言葉を止めた。
「この期に及んで言いづらそうですが、何でしょう」
「亡命後、菊地さんには亡命者の代表をお願いしたいのです」
順一が亡命者の代表となり亡命国との対応に当たる「表の顔」になって欲しいようだった。
「何で私が日本政府代表なのですか。小役人の私が」
「確かに文科省に勤める課長補佐がいきなり亡命者代表になるのは乱暴な話しのようですが、亡命予定者は若い科学者がほとんどで、政治的なことには素人ばかりです。それに、順一さんの年齢は四十二歳で亡命者の中では最年長の方なのです。亡命先にいる日本大使や職員たちも協力しますし、私も陰ながら協力します」
この話で野口も亡命することが分かった。順一は少し安心した。
「野口さんも亡命するのですか…それでは、野口さんが代表になればいいのでは」
「私はあくまでも裏方です。表に出ることは極力控えます。私は菊地さんより一足早く亡命国に大使館職員として入り、亡命国と現地の日本大使と亡命者受け入れについての打ち合わせをしながら菊地さんたちの到着を待ちます」
野口はそこまで話すと田中一佐に視線を向けた。田中一佐は頷き、順一に顔を向けた。
「私も『もう一人の人工地震に関わる人物』と亡命するのです。菊地さんと同じ手段で亡命しますが、菊地さんより少しだけ早く亡命国に到着すると思います」
ここで人工地震作戦に携わる順一以外の人物が登場してきた。順一が出来る限りの範囲で教えて貰った話しによると、その人物は「人工地震をどこで発生させるのが一番効果的なのかを調べた人物」のようだった。
順一の頭の中に亡命作戦と人工地震作戦の在り方がぼんやりと浮かんできていた。
「亡命作戦を指揮し亡命国と日本政府を繋ぐ役割を野口が担う。人工地震作戦を田中一佐が指揮する。しかし、田中一佐は作戦の全容を知らないようだ。亡命国で順一ともう一人の人工地震作戦を担う人物と引き合わせた時、作戦の全容を初めて把握するようだ。布石の全てを知っているのは、分かる範囲では長門総理、菅原官房長官と野口の三人だけのようだ」と、これまでの登場人物を眺めた感じで思った。
「菊地さん、人工地震作戦は独立国家日本を復活させる為の布石であると同時に『日本の長年の悲願を叶える作戦』でもあるんですよ」
唐突に総理が思いを順一に伝え始めた。
「長年の悲願ですか…『日本の悲願を叶える』そんな大それたことを、ただの公務員に託すのですか。どんな悲願なのかは分かりませんが」
「菊地さんと田中一佐、それにもう一人の頭脳が加われば、大丈夫です。問題はありません。『悲願』は人工地震作戦を実行する時に理解出来ます。よろしくお願いします。必ず、我々の『悲願』は叶えられます」
総理は、自分を納得させるかのように大きく頷きながら順一を見つめた。総理を見つめていた順一大きく鼻で息を吸い込むと「フゥ…」と口から吐き出した。
「情報伝達官が地方に異動したことは聞いていますよね」
野口の言葉に順一は大きく頷き「その話は、二日前に聞きました『いよいよ布石が始まった』そう思い、緊張しました」
情報伝達官に任命された職員はその身分を伏せて、地方自治体との人事交流名目で異動していった。「人事交流」と謳っていたが、地方自治体から中央省庁に異動する者は一人もいなかった。「何で?」そんな声がマスメディアからも出てはいたが、どこの省庁も「そのうちに異動します」そのセリフだけで誤魔化していた。
「情報伝達官に関わる…と言うか、情報伝達網構築の中で最も重大な布石の話しをしておきます。数年前から『極秘で取り掛かっている一大事業』の件です」
「『極秘の一大事業』ですか」順一が呟きながら首を傾げた。
「菊地さんは、太平洋戦争末期に長野県松代に造られた『象山地下壕』をご存じですか」
「ええ…知っています。家族旅行で長野に行った時、実際に入って見たことがあります。それが…」
太平洋戦争末期、東條内閣は、本土空襲、本土決戦に備えて、皇居、政府中枢機能、大本営を岩盤が強固で、かつ、日本本土の中では太平洋と日本海のどちらからも最深で防衛上優れていた長野県松代地区に極秘裏に移転する計画を立てた。そして、昭和十九年十一月十一日に工事が始められた。工事は終戦の日まで続き、僅か九か月程で全長十キロ余りの地下壕を完成させていた。
長門総理は六年前の就任直後から「象山地下壕」と同じような発想で、他国に占領された場合に備えて、日本政府機能を地下深くに移す構想を持っていた。その構想は象山地下壕と比較にならない規模で四年後に完成しようとしていた。
日本が降伏して乗り込んでくるのは間違いなくロシアと中国だ。日本はロシア、中国に占領された後、数か月後に両国の属国とされるだろう。日本政府からは何の権限も無くなり、実際は宗主国の言いなりになる「傀儡政権」になってしまうだろう。日本から民主主義は無くなり、日本国民の「人権」や「あらゆる自由」が無くなるだろう。どちらの国も自国民の人権すらまともに無い。そんな国が属国下に置いた民に対して、まともな扱いをするとは到底考えられないからだ。
それに加え、日本国民の言動は全て監視されるだろう。SNS、インターネットの検索や閲覧履歴、電子マネー利用状況、カード利用履歴、どれか一つでも気に食わないことがあれば適当な罪名を付けて、片っ端から逮捕されるだろう。「人権」と言う単語すら国語辞典から消滅しているから、捕まった人物のその後の運命はどうなるのか誰も分からない。マスメディアの発信も全て検閲され、全て統制される。正確な情報が国民に伝わることも無くなる。
長門総理は「占領国の監視する眼」が日本国内の隅々まで行き届く前に「日本政府の地下組織」と「情報伝達網」を何としても確立しておきたかったのだ。
日本政府地下組織の方もほとんどの骨格が出来上がっていた。首相や主要閣僚は四十代までの若手国会議員六名が任命されていた。首相には、豊富な資金力と人脈を駆使し二十七歳で衆議院議員に初当選し二回の当選で早くも「未来の総理候補」とまで言われるようになっていた大泉孝之だ。国会議員六名に自衛隊や諜報機関などから精鋭二十名程を加え、少数精鋭の日本政府地下組織を立ち上げていた。既に半数ほどの地下組織メンバーは、完成に近づいていた地下指令所に入って“本番”に備えていた。
地下指令所から発せられる指令を飛脚のように伝える情報伝達官も配置が完了した。長門総理が思い描いた「国内で打つ重要な復活への布石である情報伝達網」は、占領される前に完成させることが出来た。
占領された後に同じような組織を立ち上げ情報伝達網を築こうとすれば、大変な労力と犠牲を払い、数年の歳月を要するだろう。大きな代償を払い、多くの歳月を要したとしても同じような組織、情報網を完成出来る保証は無い。
「『象山地下壕』のような地下指令所をどこに、どうやって造っているのか、全ては極秘中の極秘です。正直、私が構想したことを実現する為に進んでいる訳ですが、全てを把握している訳ではありません。全てを大泉君を最高責任者にした極々限られたメンバーだけで遂行されています。思い描いている全てが完成すれば『地下指令所』は、四方を要塞によって守られた一万人ほどが生活出来る『巨大核シェルターの街』となるでしょう」
「確かに『一大事業ですね』…でも、そんな『一大事業』をどうやって『バレずに』進めているんですか…」
「その答えは、独立国家として日本が復活した時、菊地さんは亡命先から日本に戻ったら分かります。『地下指令所がどこにあり、どうやって造られたのか』が…その時までの『お楽しみ』にしておいてください」
総理がそこまで話すと官房長官が自分の腕時計に人差し指を置いた。その仕草を見た総理が肘掛けに両手を掛けた。
「それでは田中一佐は市ヶ谷に行く時間ですから」
官房長官と野口も立ち上がった。腕時計に視線を向けながら「それでは」と言いながら田中一佐も立ち上がった。
「田中一佐は今日で海上自衛隊を退官するんです。自衛官のままで亡命出来ないので、亡命する先から『現役自衛官の亡命』を受け入れることに難色を示されたからです。政治的な亡命で無く、難民的な亡命でお願いしたいと。あちらから要請があったので。それで、これから形式的な退官をする為に防衛省に行くのです」
野口が田中一佐に視線を向けた。田中一佐はその視線に軽く頷いた。
「私が持っている鞄の中には『人工地震作戦』を完成させる為の作戦指示書が入っています。総理が全て直筆で書かれたそうです。この『作戦指示書』を持って、菊地さんが立案した作戦と、もう一人の亡命者が研究調査した内容とを結び付けて作戦を完了させる役目も負っているのです」
田中一佐が左手に持ったジュラルミンケースを少し持ち上げた。
「では、菊地さん向こうでお会いしましょう」
田中一佐は、一瞬薄笑いを浮かべたが直ぐに厳しい表情に戻り四人に対してそれぞれに敬礼をして執務室を出て行った。順一も田中一佐の後を追うように執務室を後にした。順一はその足で自宅に向かった。妻、菊地美香に決意を伝える為に。
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