第11話 再会と新たな出会い

 駿河湾の深度三百メートルに潜航してから三週間が過ぎた。潜水艦「すさのお」は一度も敵に追尾されることなくシドニー湾に入っていた。暦は七月になっていた。

 暗闇の海上を男五人が乗ったゴムボートが飛ぶように進んでいた。ゴムボートの前方に星明りを反射した墨色の艦橋が微かに見えてきた。

「『はくげい』が見えてきました」

艦橋を出しているのは「すさのお」と共に駿河湾から潜航した潜水艦「はくげい」だ。

「寒い…」

順一の呟きに、見送りで同乗していた飯島艦長が答えた。

「駿河湾に潜った時は初夏、一ヶ月後に顔を出したら真冬、頭では分かっていても身体は反応出来ないですよね…余計に寒く感じますよね」

「順一さん、お願いがあるんです…」

飯島艦長の声がトーンダウンして、眼差しが険しくなった。順一の表情も警戒するように少し硬くなった。

「すいません。急に驚きますよね…でも、緊張なさらなくても大丈夫です。お願いと言うのはですね…実は、さっきまで菊地さんが乗艦していた潜水艦『すさのお』は、通常の潜水艦より四倍デカいんです。乗艦する時とボートに乗り移る時、どちらも暗闇でしたから全く分からなかったでしょうが」

「そうなんですか…」

順一の知識に「潜水艦の通常の大きさ」は無かった。飯島艦長は遠くに揺らめくシドニーの灯りを鋭く見つめたまま続けた。

「『すさのお』は、日本の国家最高機密なんです。世界は、まだ存在を知らないんです。『びしゃもん』と名付けられた同じ型の潜水艦も同じです。二艦の存在は、日本が独立国家として復活するための切り札なんです…最後の望みです。ですから、敵に感知されるのを出来る限り先に延ばさなくてはなりません。極秘にしてください。菊地さんは『はくげいに乗艦していた』そいう事にしてください」

順一の表情から緊張が無くなった。

「そいうことですか…分かりました。大丈夫です。命に懸けて…」

「ありがとうございます。ついでに話しますと『すさのお』は『潜水空母』なんです」

「潜水…空母…」

「長門総理は『潜水空母』を蘇らせたんです。私は『潜水航空母艦』建造の計画段階から携わっていました」

ボートが「はくげい」に横付けれ、飯島艦長の「潜水空母」の話しはそこで終わった。

 潜水空母は第一次世界大戦中ドイツで開発された。大日本帝国海軍が太平洋戦争末期に実戦投入していた。潜水空母に搭載していた「零式小型水上偵察機」は、アメリカ本土に爆撃を遂行した歴史上唯一の航空機だった。

 長門総理は、就任する二年ほど前から「国内では憲法に縛られ、外国に対し攻撃的な発言をするだけでも非難を浴びてしまい身動きがとれず、外国からは常に監視される海上配備型、地上配備型、航空機などの兵器開発を諦めて、極秘に活動出来る海洋国家日本に向いている海中兵器の開発、建造すること」を考えた。長門総理は、就任すると同時に進めた国土防衛強化策の一つに、太平洋側と日本海側に一か所ずつ海中から入れる潜水艦基地を造っていた。その基地内で「潜水航空母艦」の建造に着手した。「びしゃもん」と「すさのお」の二艦がそれだった。二艦共、幸いにも宣戦布告される半年前からテスト航行を始めていた。

「潜水空母」は、全長が三百三十メートルに及び、水中排水量は六万トンを超えた。二艦共、射程千五百キロの巡航ミサイル二十発と、艦載機として有人小型ステルス攻撃機三十機、小型ドローン攻撃機百機を格納していた。艦載機であるステルス攻撃機は、日本が以前から開発を進めていた次期国産戦闘機の影に隠れて完成させていた。空中戦闘能力は低かった。敵基地と敵艦隊に奇襲攻撃を仕掛けるのが目的だったので空中戦闘能力性能必要無かったのだ。開発時間が足りなかったこともあったが。  テスト飛行は当然極秘だった。テスト飛行は夜間におこなわれたので、世界からUFO扱いをされていた。小型ドローン機は偵察と敵施設に体当たり打撃を加える自爆型兵器を兼ねていた。

巨大な船体は「見つかり易く、攻撃され易い」という欠点を抱える。そこで巨艦を守るために、全長二十メートルほどの小型護衛潜水艦を四十艦建造した。小型護衛潜水艦の性能は速力、機動力に重点を置いていた。速力を大幅にアップさせる技術にロシアが開発した「潜水艦を空気の泡で覆い水の抵抗を極限まで少なくする“スーパーキャビテーション”技術」をスパイして用いた。そのかいあって速力は110ノット、時速二百キロ以上を海中で出す事が出来る別次元の小型護衛潜水艦を完成させていた。その性能と引き換えに最大潜水深度は百メートルほどしかなかった。小型護衛潜水艦は「シャーク」と命名され「びしゃもん」と「すさのお」に各二十艦ずつ配備されていた。

小型潜水艦には乗員八名が乗艦し、二十四時間体制で敵の警戒にあたっていた。僅かしかないスペースには小型魚雷や機関砲、小型の対空ミサイル、対艦ミサイルがきっちり搭載されていた。技術大国日本を象徴するようなコンパクト兵器だ。小型護衛潜水艦の最終攻撃手段は、乗員全員が詰める操舵室を潜水艦本体から切り離して、艦本体を敵艦や敵施設に高速でぶつけるという“無人特攻”だった。


 順一は「はくげい」で合流した亡命者達とシドニー湾に構えるオーストラリア海軍ガーデンアイランド基地に上陸した。亡命者は基地内に建つレンガ造りの建物に案内された。建物内に入ると、在オーストラリア日本大使と一人の日本大使館職員が出迎えてくれていた。秘密保持の為、極僅かな人数だけでの出迎えだった。

 身分確認と入国手続きを終えた亡命者全員に大島大使が話し始めた。

「長旅、大変お疲れ様でした。皆さんにこれからの亡命生活の流れをお伝え致します…」

大島大使の表情に翳りが出ていた。息を静かに吐き出すとゆっくり話しを再開した。

「が、先に、皆さんがここに到着するまでに日本を襲っている悲劇の話しを致します。日本国民は…」

 日本が降伏した三日後、日本の国土は琵琶湖を境に東西に二分された。琵琶湖から東側をロシアが占領し、西側を中国が占領した。日本国は分割統治されたのだ。

 ロシア、中国による二国統治の「国境」にしたのは、敦賀から琵琶湖湖畔マキノ梅津に伸びる国道161号線「西近江路」、長浜市から関ヶ原を経由して四日市市に伸びる国道365号線だ。二本の国道がロシアと中国の「国境」となった。日本人がこの「国境」を自由往来することは禁止された。道路中央には「壁建設」前の措置として、有刺鉄線が張られた。ご丁寧にも電流まで流していた。有刺鉄線は降伏後二日で張られた。

 降伏の一週間後からは、ロシア人、中国人が毎日数百人、航空機や船で押し寄せた。そして、そのまま日本国内に住み付いた。ロシア人と中国人の「国境」往来は自由だった。日本国内の道路標識、商業施設にはロシア語と中国語が直ぐに併記され、ロシア人と中国人は我が物顔で日本国内をうろついた。逆に日本国民の人権は制限され「母国語」と称して、ロシア語、中国語の教育を日本国民に押し付け始めた。

 日本国内の法律は「統治国に準ずる」となった。日本国内に居住するロシア人、中国人だけでなく日本国民に対してもロシア、中国の国内法がそれぞれ適用された。これが最も日本国民の心を大きく傷つけ、大きな悲劇をもたらした。日本国民に対してロシア人、中国人が危害、損害を与えたとしても犯罪者は強制送還をされるだけで、日本国内で裁かれることは無かった。送還された犯罪者が「どう罰せられたのか」は一切知らされず「損害をどう賠償するのか」も何も無かった。全てがあやふのまま日本国民は理不尽な境遇に置かれた。国連が何を言おうが何の意味も無かった。世界は日本から距離を置いた。早い話し、見捨てたのだ。「対岸の火事」を気の毒そうに眺めるだけだった。


 順一が到着する前、亡命者を乗せた潜水艦五艦が到着していた。五十名ほどの亡命者が先に入国していた。一週間以内に海上自衛隊の潜水艦全てが無事に到着出来そうだと大島大使から話があった。

「皆さんは、二日ほど休息をとって頂いてからロンドンに出発することになります。皆さんはロンドンで亡命生活を送って頂く事になります」

 大島大使の話しが終わり別室に移ろうとする順一の背後から「菊地さん」と声が掛けられた。順一が振り返ると、声の主と思われる日本人の男性と女性が立っていた。

「菊地さん、お久しぶりです」

声を掛けてきたのは田中一佐だった。

「お久しぶりです。元気そうで…もしかして、隣は華村さんですか…」

順一の視線が華村遥に固定された。

田中一佐と華村遥は、潜水空母「びしゃもん」で先にシドニーに来ていたのだ。

「華村さんが来ている理由は後ほど話します」

田中一佐は、順一の疑問を浮かべた表情を通り越して後方に視線を向けた。順一はその視線につられるように後ろを振り返った。もう一人の男性が近づいてきていた。野口だった。

「菊地さん、お久しぶりです。これからシドニーのホテルに一緒に移動します」

「野口さん…」


 ホテルの一室に四人が入った。田中一佐が話し出した。

「華村さんが一緒にいる説明をします。総理執務室で『人工地震作戦に関わる人物と先に亡命します』と話しましたが、その『関わる人物』が華村遥さんです」

「こんなに…若い女性が…ですか…」

順一の表情にはハッキリと戸惑と不安が出ていた。

「華村さんは二十八歳で若いですが、海洋底地質学を探求している女性なんです」

「海洋底地質学…」

順一の呟きにスマホの呼び出し音が重なった。

「野口です…」

野口が二言三言の会話を終えると、ドアを見つめた。

「もう一人、入ります」

 野口がドアを開けた。ブロンドのロングヘヤーの女性が立っていた。女性の口角は上がっていたが、表情は少し緊張が漂っていた。

「エミリー、どうぞ入って」

野口の左手が室内に向いた。女性は順一たちを見つめながらゆっくりと室内に足を踏み入れた。

 野口の脇に立った女性が順一に向かって自己紹介を始めた。

「初めまして、エミリー・ワトソンです。イギリス政府の一員で来ています」

順一は「自分以外は初対面ではない」ことを察知して挨拶を返した。

「初めまして菊地順一です。凄く、日本語が上手ですね…」

順一の疑問に田中一佐が話し始めた。

「エミリーは、日本に留学経験があるんです。卒業後は、在日イギリス大使館に7年ほど務めていたそうです」

田中一佐は順一の反応を待たずに話しを続けた。

「それでは、来ていただいている理由の説明をします」

順一が「はい」と小さく頷いた。

「エミリーは、イギリスに亡命する皆さんのサポートをしてくれるチームの責任者なんです。菊地さんもこれからお世話になる方です」

田中一佐が話し終わると、エミリーが順一に握手を求めてきた。

順一の表情から緊張が取れて、口角が自然に上がった。

エミリーは握手した瞬間、順一に伝えてきた。

「近々、お会いして頂きた方たちがいます」

順一の表情は再び硬くなった。



 











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