第3話 身に覚えぬ再会②
開かれた扉から現れたのは着物を着た長い黒髪の女性だった。
艶やかなその髪を揺らしながら女性はなんら表情を変えずに入ってくる。あのメイドの言う通り、この屋敷の住人、奥様なのだろう。
「お帰りなさいませ、奥様」
メイドは綺麗に上半身を四十五度傾けて、最敬礼する。
「ただいま伊織さん。それとそんなに畏まらなくて良いのに。私たち、お友達なのだから」
黒髪の女性、奥様は頬に手を当てそう優しそうな声音で答える。
「ですが、今はお客様の御前ですので、こういう仕切りは必要かと」
それとは反対にメイドの方は冷たく言葉を自身の主人に放つ。
「お客様。はて、そんなお方との面会、今日の予定にありましたか」
指を頬に当て、首を傾げる。
「ええ。それに、ほらあそこに用意してあります」
メイドは此方の方に手を向けて彼女の視線を促す。
僕と女性の視線が合う。見知らぬ土地で縛られながら見知らぬ人を見上げるのは、なんとも恥ずかしいものだ。
「ど、どうも」
「ええ、こんにちは。貴方のお名前は」
どう名字を答えればいいだろうか。壱無か、それとも月見里か。
だが、相手はここが壱無邸と呼ばれる場所であり、その奥様、ということは壱無姓でほとんど間違っていないだろう。
「や、月見里灼梨と言います」
「月見里?灼梨?…失礼だけど、灼梨ってどう漢字で書くのか教えてくださる?」
「えっと、灼熱の『灼』に、果物の『梨』って書きます」
「やきり、やきり。あ、あっ、やーくん、もしかして、やーくん?」
「……やーくん?」
やーくんとは、いったい誰なのか。自分はそのようなあだ名で呼ばれたことは一度もない。
「えっと、初対面ですよね」
「ええ、初対面よ。はじめまして」
「えー。はじめまして」
全く理解できない。というか、この人のペースというか、そういう雰囲気についていけない。
「それなら納得ね。近頃やーくんが来るっていうのは聞いていたわ」
一人だけ納得がいったとばかりに深く頷いている彼女に余計に戸惑う。
「えっと、そのやーくんと貴女の関係性ってどんなのなんですか」
そのやーくんと自分が同一人物なのか、記憶を掘り起こすとともに彼女に聞く。
「関係性?えっとね、たしか、」
「たしか?」
「たしか、兄と妹、だったと思う。あっ、けど妹も普通の妹じゃなくて義妹だよ」
…余計に頭が混乱する。自分の歳はたぶん十七歳で、彼女の年齢は恐らく二十歳は超えているはず。それなのに、妹って。全く理解できない。
「ですが、僕に妹がいたとかそういうことは聞いたことがないんですけど」
「それはね―」
「それは貴方には元々、妹ではなくて弟がいたからなんですよ」
さきほど目の前の女性が入ってきた扉から今度は少し低めの声が聞こえる。
「あら、てっきり今日は本家にお泊りされる予定かと」
「意外と会議はすんなり進んでね、予定よりも五時間早く帰宅だよ」
「一色さんとのお食事は?」
「彼、お腹を近頃壊してしまったようで食事会は中止だよ」
「そうなのね、あとで真紀さんに良い胃薬を送ってあげましょうかしら」
「そんなことをしなくても、お抱えの医者が何とかしてくれるだろうさ」
スーツをきっちりと着用した男性が部屋の中に入って来るや否や女性と話し出す。どことなく、年齢が三十代、四十代のような雰囲気を醸し出しているくらい、ダンディという言葉がよく似合う。
「それで……。なんで、彼はこんなに縛られているのかい」
「防犯のためです、旦那様」
「それはよい心がけだ。だから、彼の縄をほどいてやってくれ」
「かしこまりました」
メイドは僕の体中を這っていた縄を荒々しくほどく。肌とこすれてすごく痛い。
「それじゃあ、そこのソファにかけてくれ。伊織、彼にお茶を」
「かしこまりました」
そう告げると、彼女は一瞬で部屋からいなくなった。
「それじゃあ、なにから話そうか」
男性は顎に手を置き、うーんと唸る。
「質問いいですか?」
「もちろんだとも。どんと聞いてくれ、僕の答えられる範囲で君の質問に回答しよう」
男性は嬉しそうににこにこしながらこちらを見つめる。
「えっと、僕の名字って本当に『壱無』なんですか。その、とある人から聞いて。それとこの家も『壱無邸』だってさっきのメイドさんに聞いたんで」
やはり、自分の名前について一番気になってしまい、無意識にそう質問してしまう。『壱無』という名字なんか一度も聞いたことがない。そんな中で、同じ名前を持つ建物に連れられたのだ、偶然なんかではないだろう。
「そうだね。その質問にはイエスと答えよう。確かに君の名字は『壱無』でここは壱無邸だ。その理由はなぜか。そんなこと単純明快だ」
「君の父親の名前は、
……うん?
「え、その人が僕と貴方の父親?ってことは」
「そういうことだよ。僕と君は兄弟なんだ。ちなみに、君が年上だ」
兄弟、とな。そして僕は兄。
「ええええええっ!?」
いやいやいや。さっきもそうだったが、ありえなさすぎるだろう。いきなりの兄弟発言もそうだが、こんな三十代のような人と兄弟と言われるのにも違和感がある。せめて、三歳差くらいにしてほしい、『実は兄弟いましたドッキリ』は。
「佐奈も言ってただろう、自分は義妹だって」
「いや言ってましたけど、歳が離れすぎてて」
「あら、誰が年増ですって」
座っていたソファの後ろからいきなりにょきっと現れて僕の両肩をつかむ。
「い、いえ。誰も年増なんか言ってませんよ。その佐奈さん?すごく若いですし」
いきなりのことに動転しながらも、なんとか声を出す。
「そう。次そんな言葉が聞こえたら、主人共々ラッピーさんの餌ですからね」
そう言いながら、彼女は部屋から出た。それと同時に、メイドさんがソファの前に設置されているテーブルにティーカップを置いていく。二人分、置き終わると彼女は礼をし。出ていった。
「ちなみに、ラッピーって?」
「彼女になついているライオンさ。彼女の命令ならなんでも聞くよ。というか僕までも巻き込まれているし」
彼は深くため息を吐く。
「まあ、いいや。それで話を戻すけど、本当は僕たちの年齢差は二歳だったんだ」
「二歳?ですけど、」
「そう、今の僕たちは年が離れすぎている。その理由は兄さんが交通事故にあったからだ。当時僕も兄さんも幼すぎたときに君が交通事故にあったみたいでね、その時の怪我がひどかったらしく、兄さんは『コールドスリープ』の状態にされたみたいだ。ちなみに事故の原因もなぜコールドスリープにされたのかも兄さんが『為縛』で過ごしていた理由もわからない。それらの情報について一切記載していなくてね。そういうことは毎回当主が記しておくものなっだけど」
それはそれで、どこか気になる出来事だ。僕の父?は何をしていたのだろう。
「というか、さらっと『コールドスリープ』って出てきたんですけど、それってもう実現できていたんですか」
「兄さん、敬語じゃなくていいのに。まあ、そういう世間で実用段階手前の機械とかシステムって実は国の上層部や富豪の人たちは当たり前に使っているよ」
まじか。SFの中だけだと思っていたものってそんな身近になってきているのか。
「それなら、魔法とかは?」
SFが実現しようとしているのだ。ファンタジーも実はあるのかもしれない。
「残念だけどは今のところ、そんな情報はないよ。だけど、昔には存在していたかもね」
「昔?え、なんで?」
あるかないか、でばっさり答えるのかと思えば、昔、ときた。
「火のないところに煙が立たないと僕は考えているからさ。昔にはたしかに魔法があって。だけどそれが現代ではあやふやになってしまった結果、本当はあったのだけれど誰も気づかずいつのまにか空想のものと考えてしまったと僕は思うよ。それにさ、ないって断定するよりもあるって可能性を考えたほうが楽しいじゃん」
ダンディなおじさんが子供のように笑う。なんとも違和感しかない。
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