第2話 身に覚えぬ再会①
気づけば、飛んでいた意識が自分という存在を思い出す。
暗いどこか。目を開けようにも開かない。脳という機関はうまく機能しないからだろう。だが、自分にそれの動かし方なぞ知らないから、自力で起動させることもできない。
一度、落ち着く。
すると、だんだんと五感が戻ってくる。
触覚。うまく動けない。
味覚。なにも、味はしない。
嗅覚。どこか、甘い匂いがする。
聴覚。何かの衣擦れの音がする。
そして、視覚。そう思った瞬間、目に力が入り、ゆっくりと目を開けていく。
最初に目に入ったのは、視界の大半を占めるフローリングだった。埃ひとつ見当たらない、綺麗な床。丁寧に掃除が行われている証拠である。
ゆっくりと、他の方を向いていく。
天井で明るく輝くシャンデリア。真っ赤なカーテン。そして、そこから漏れ出すこの部屋以上の明かり。基本的に暖色が大半を占める部屋である。
体は予想通り、縄で縛られており、床に寝転ぶ状態である。
「どこだよ、ここ」
そう、言葉を零す。
あの激動の一日を過ごして、また厄日が降りかかってくるとは思わなかった。外に出てみれば拉致である。そこまで危険な世界なのだろうか。
「おめでとうございます。貴方はこの屋敷の千人目のお客様でございますお客様」
「うわっ」
いきなり、前触れもなく見覚えのない女性が視界に入ってくる。
「…メイド、か」
文化祭で見たことのある服装。あれは確か、去年為縛を盛大に盛り上げたメイド喫茶で三年生の先輩方が装っていた服装。たしか、あれを開野はメイド服、と言っていた。
「つきましては、貴方にプレゼントを差し上げましょう」
そう言って、彼女は寝転んだ状態である僕の頭の横に思いっきり大きな物を置く。
「いや、プレゼントじゃなくて、僕のキャリーケースじゃねえか」
反論する。だが、キャリーケースがあの場所に放置されていないだけ良かった、といっていいだろう。
「で、なんで僕は見知らぬ人たちにいきなり拉致されているのか知らないですか」
彼女に問う。するとメイドは長髪の茶髪を指で弄りながら首を傾げる。
「それは、こちらの質問です。何故、貴方はここの床で横になって寝ていたのですか。思わず、縛っちゃいました」
「貴女ですか、縛ったの。えっと、それならこの縄外してくださいませんか」
「嫌です。敷地内に不審者を縛るのはメイドとして当たり前のことです。ご主人様方が戻ってくるまで待ってください」
いや、ここで逃げても逃げきれないことはわかっているからそんなことはしないのだが。まあ、今は待つしかない。
「そう思えば、一人で縛ったのですか」
「もちろん、そうですけど。それがなにか?」
メイドはきょとんと首を傾げて言う。
「いや、怖くなかったのかなって、ほらいくら不審者でも床で寝ていたら、恐怖を覚えるというか、狸寝入りしている可能性とか考えなかったんですか」
「ああ、そういうことですか。いえ、そんなことは。むしろ、こんな時期にフローリングに寝転がっている貴方を見て、嘲笑していたくらいです」
「えっ、なんでそんなことをって、ああ、そういうこと」
いま、この瞬間に気がついた。床が冷たすぎる。
「それなら、なおさら、疑うべきでしょうに、そんな馬鹿なことをしている人ごもしかしたら犯罪者なのではないか、と」
「…これは、自分が犯罪者であると自白していると受け取ってよろしいのですか」
「…えっ、いや、あの、そういうことじゃなくて」
「ふふ、冗談ですよ、冗談」
「…冗談」
どういうことだよ。
「ええ、冗談です。すべて、冗談です。貴女のことは奥様からすべて聞いておりますよ。それに、本当に不審者ならば、縄を縛るときに亀甲縛りにするって、この屋敷一同、そう決めていますから」
どういう決まりだよ、それ。
「それじゃあ、最初から、この会話は」
「ええ、茶番です。最初から、すべて。ただの時間の浪費、メイドの暇つぶしです。メイドといっても今は暇でして」
茶番なのかよ。というか、問題はそれじゃない。
「あの、聞きたいことがあるのですけど」
「はい、なんでしょうか」
「ここは、何処なのですか。それと、僕は何故ここに呼ばれたのですか」
他にも聞きたいことがある。だが、肝心なのはこの二つだ。
「そうですね、ここは
壱無、それって、僕の。
「もう一つの質問ですが…、おっとちょうど良いタイミングですね。では、」
そう言ってメイドは喉を鳴らす。
すると、すこし離れたところにある扉が開かれる。
「奥様のお帰りです」
その言葉に合わせてか、カツカツと誰かの歩く音が聞こえる。
まだ。なにも見えていないのに思わず息を呑む。
僕は、これからなにをされるのだ。
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