第6話 もつれた糸
相談室に3人の女の子が座っていた。加藤と山下、それと対峙するように鈴木。顔を合わせてからもう30分は過ぎただろうか。僕はイライラしていた。まったく話が進まないのだ。
「なあ、3人とも何とか言ったらどうだ?黙ってたってわかんないだろ!」
僕は怒声をあげた。
「何を話すんですか?」
加藤が反抗的な目で僕の方をにらんできた。それで僕はますますイライラした。だれのために時間をとっていると思ってるんだ。
「だから、何度も言ってるじゃないですか!3人だけの秘密って言ってたのに幸子が橋本にバラしたんです。それで話をしなくなったんです」
「それは何度も聞いた!で、お前たちはどうしたいんだ?」
「どうしたいって、何をどうするんですか?」
「えっ…、だから…、その…」
僕は口ごもってしまった。こんな堂々めぐりのような会話が続いていた。ハテンコー先生からはそれぞれの言葉を引き出すといいよとアドバイスされていた。それで話し合わせようとするのだけれど、どうも上手くいかない。
僕は、何度も後ろに座るハテンコー先生に視線をやった。けれど、ハテンコー先生ときたら、聞いてるんだか聞いていないんだか、ぼんやり手の平を見つめていた。僕の背中には嫌な汗が流れていた。
「先生、もういいですか?私たち部活があるんです。もうすぐ大会だし。話すことなんて何もありません」
加藤は、そう言うと立ち上がろうとした。すると、ハテンコー先生はようやくその重い腰をあげると、フラフラと3人の方に歩みを進めた。
「あぁ、そうか。もうすぐ試合だったね。今年のバスケ部はいい感じらしいじゃない?」
「えっ…⁉︎そうですけど…」
加藤は困惑した表情を浮かべた。
「で、3人とも試合には出られるの?2年生なのにさ」
黙っていた山下が口を開いた。
「あの…、愛は上手いから3年生に混じって試合に出ることもあるんですけど、私たちは…、ねえ?」
思わず視線を合わせた鈴木が、驚いたような表情でうなづいた。3人の間にハテンコー先生は腰を下ろすと、さも驚いたように話し始めた。
「へ~っ、そりゃすごいね。ウチのバスケ部って強いんだろ?」
「えぇ、まあ…」
加藤の表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。ハテンコー先生は、相変わらず穏やかな表情のまま話を続けた。
「こうやって、3人そろって話すのっていつ以来だい?」
山下が少しふれくされた表情で口を開いた。
「あの、さっき田坂先生に話した事件があってからは3人で話していません」
「そうか。じゃあ、そのことについても話し合ったりしてないの?」
「はい…」
山下は小声で答えた。
その間、加藤は鈴木をにらみつけ、当の鈴木は俯いたままだった。
「そうなんだ…。別に仲良くしろ、とは言わないけどさ、もつれた糸がもつれたままだとモヤモヤしないかい?」
ハテンコー先生は、穏やかに声をかけた。すると、加藤が怒気をはらんだ声色で口を開いた。
「なんで、あんなこと言ったのかなって思う。親友だと思ったから話したのに」
「加藤さんは、何て聞いたの?」
微笑みながら尋ねた。
「橋本が知ってるって、私の好きな人のこと。幸子がバラしたって。信じてたのに」
そう話すと彼女は目に涙を浮かべた。
「そうなんだ。裏切られた気持ちだったのかな?」
「ううん、裏切られたってのもあるけど、なんだか悲しくなっちゃって。小学校のときからずっと親友で、それなのにこんなことになって」
「そうか。ずっと親友だったんだもんね。悲しい気持ちになったんだね」
ハテンコー先生は、終始穏やかな表情を浮かべていた。加藤はポロポロと涙をこぼした。
「鈴木さんに、そのこと、聴いたの?何で話したのって」
加藤は首を横に振った。僕は(親友だったら聞けばいいじゃないか?なんで聞かないんだ。そんなの親友っていうのか)と思った。最近の子どもたちというのは、よくわからない。僕と年齢は10歳も変わらないけれど、ずいぶんとジェネレーションギャップを感じる。
ところが、ハテンコー先生ときたら、また穏やかな声でこう言うのだ。
「そうかぁ…。鈴木さんとの仲が完全に壊れてしまうのが怖かったからかな?」
加藤は静かにコクリとうなづいた。鈴木も黙ったまま涙をこぼしていた。
「だそうだよ、鈴木さん。鈴木さんの今の気持ちを教えてくれる?」
鈴木はうつむいたまま鼻水をすすった。両手を膝の上で重ねたまま、黙っていた。正直僕はイライラしていた。鈴木のせいで、こういうことになったのだ。それなのに泣いていたら、話が進まないじゃないか。だが、ハテンコー先生も同じように黙っていた。それで僕は「鈴木、黙っていたってわからんぞ」と言おうとした。
「鈴木、黙っ…」
「あっ、いいからいいから。田坂先生。もうちょっと待ってあげてね」
ハテンコー先生が口を開いた。
「鈴木さん、僕はね、あなたを責めようとは全然思ってないのね。ただ、あなたの気持ちをわかりたいだけなんだよね」
そう言うと、ニッコリ微笑んだ。すると、鈴木はか細い声で話し始めた。
「ごめんなさい…。そんなつもりじゃなかったのに…」
加藤はにらむような表情で、言葉をつないだ。
「そんなつもりじゃないって、じゃあどんなつもりだったのよ」
「どんなつもりって…。愛が松ちゃんとうまくいったらいいのになって思って、それで…」
「幸子は、橋本と仲良くなりたかっただけでしょ?」
どうやら、鈴木は橋本のことが好きで、加藤は松本が好き、という構図らしい。
「うん、それで4人で遊びに行けたらなって思ったの…」
終始黙っていた山下がはじめて口を開いた。
「だけど、結局それって3人だけの秘密をバラしたってことだよね。それを愛は怒ってるんだよ」
鈴木は、また黙り込んでしまった。すると、部屋の空気はどんより重たくなった。その場にいる全員が深刻な表情を浮かべていた。僕も、なんだか気が滅入りそうだ。だが、この人だけはずっと穏やかな表情でニコニコとしている。どういう神経をしているのだろう。
「橋本くんとは話をしていないんだよね?」
言葉を向けられた加藤は、黙ってうなづいた。
「あの…、私が聞きました」
山下は続けた。
「幸子から聞いたけど、愛は松ちゃんのことが好きなのって。それで、秘密をバラしたんだと思って、愛に伝えました」
「うん」
加藤も応じた。
「そうなんだね。実はさ、先生ね、橋本くんからもちょっと話を聞いてきたのね。何て言ってたと思う?」
みんなの視線がハテンコー先生に注がれた。
「夏休みに4人で遊びに行こうって誘われたんだって。それで、何で4人なんだよって尋ねたら、加藤さんが松ちゃんのことを好きだって話になったって」
「そうなの?」と尋ねる加藤に、鈴木は視線を向けると、「ごめんなさい」とつぶやきながらうなづいた。瞳は真っ赤に充血していた。
「それで、橋本くんは山下さんに相談したわけだ。お前らいつも3人でいるのに、山下さんは一緒に遊びに行かないのかって」
加藤は鈴木と山下を交互に見やりながら、困惑した表情を浮かべている。
「山下さん…、それを橋本くんから聞いたとき、どんな気持ちだったの?」
山下もポロポロと涙をこぼし始めた。
「なんか、仲間外れにされた気持ちだった。夏休みも一緒に過ごそうって話してたのに」
「そうか、腹が立った気持ちだったのかな?」
「腹が立つっていうか、悲しくなりました。中2になって、同じクラスになって、やっと親友って呼べる友だちができたって思ったのに…」
「そうなんだね」
そう言うと優しく微笑んだ。僕はなんだか不思議な気持ちだった。これはどういうことなんだろう。それぞれに想いがあり、それぞれに少しだけ配慮が足りなくて、不器用で。その結果、まさにもつれた糸のように…。そうか。これがハテンコー先生の言う「もつれた糸をほぐす」ってことなのだろうか。
「鈴木さんは、山下さんの気持ちを聞いて、どう感じたかな?」
鈴木は言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。
「わかります。ごめんね、由香里…。でも、由香里は…」
「うん、山下さんも松ちゃんのことが好きなんだよね?」
ハテンコー先生が尋ねると、
「違います!」
二人は声をそろえて言った。
「あ~、じゃあ橋本くんかぁ」
と、ハテンコー先生は笑って尋ねた。それで、今度は二人は黙ってしまった。
「それで、誘わなかったんだね」
鈴木はうなづくと、そのままうつむいた。
「本当にごめんなさい」
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