第五話 〜夏休みの終末〜

 蝉の声があまりしなくなり、蟋蟀コオロギが鳴き始めている。もうすぐ夏休みが終わってしまう。夏休みの課題は全て終わらせたけど、やり残したことがないわけではない。

「風夏、少しいいかしら?」

「お母さん、どうしたの?」

 朝食を食べながら、残りの夏休みをどう過ごそうか考えていると、お母さんに呼ばれた。

「夏休みは楽しめた?」

「うん、結構楽しかったけど、まだやり残したことがある気がするんだよね」

「そうなのね。あっそうだ、風夏に手紙が届いていたわよ。送り主の名前は書いていなかったのだけれど……」

「誰からだろう?」

 母から封筒を受け取った。封筒から何か嫌な感じがする。

 封を切って、封筒の中に手を入れて取り出すと、中には一枚の白い紙が入っていた。紙には『一人でミステリースポットに来い。話がある』と書かれていた。

「これって誘拐とか?」

「何が書いてあったの?」

 お母さんが心配そうにしている。

「知り合いだったから、大丈夫だよ」

 なんとなく、送り主がわかった気がする。

「ごちそうさま。ちょっと出かけてくるね」

 食器を片付け、急いで支度をし、ミステリースポットに向かった。


 真っ暗な闇に包まれ、少し湿っぽく、不思議な空気感があるミステリースポット。こんな空間で話したいことがあるという人は一人しか思い浮かばない。

「ローブの人ですよね。どこにいるんですか?」

 初めて会った時から正体を隠し、謎に包まれていた。何かが解決するたびに現れ、よくわからないヒントを与えていった変な人だ。

「……よくわかったな。もう少し近くに来るがよい」

 暗くて姿が見えないが声のする方に近づいていく。……やっぱり、怪しい人だし少し離れておこう。

「別にお前に危害を加えるつもりはない。ただ、この世界の真実を教えてやろうと思っただけだ」

「……真実ですか?」

 この世界の真実ってなんだろう?

「この世界がおかしいと思ったことはないか?」

 現実では起こらないことが何回か起こった気がするが、それは奇跡が起きたのだろう。

「それは奇跡ではなく、必然的に起こったことだ。この世界では普通にあることなのだ。だから、私は常識に囚われてはいけないと言ったのだ」

「それで、この世界の真実ってなんですか?」

「それは自分で答えを見つけなくては意味がない。この世界を創造した者もそれを望んでいるはずだ」

「初めて会った時に言っていた台詞セリフですか?」

「そうだ。真実を人から教えられてはつまらないだろう? 今回も少し難しいからな。ヒントをやろう。そのヒントは今まで会ってきた人が教えてくれるはずだ」

 今まで会ってきた人ってことは、お母さんや空ちゃん、栞ちゃん、龍獅さん、海雷さんと夏渚さんたちのことだろうか。

「ヒントをもらって答えがわかったら、またここに来い!」

「わかりました」

「健闘を祈る」

 まずはお母さんにヒントを訊いてみよう。


 家に帰ると、お母さんはキッチンにいた。

「お母さん、変なことを訊いてもいいかな?」

「風夏、急にどうしたの?」

「この世界の真実って知ってる?」

「……誰かが創造した世界ということしか知らないわ。そうだ、風夏に伝えたいことがあるの」

「お母さん、なぁに?」

 お母さんは私ではなく、遠くを見つめていった。

「私はもう行かないといけないわ。またね、風夏」

「えっ、お母さん⁉︎」

 お母さんは最後の言葉を残して、光に包まれ消えていった。

「ーーお母さんっ⁉︎」

 私は叫んだが、お母さんは戻ってきてくれなかった。

「お父さんに話さないと!」

 階段を駆け上り、二階のお父さんの部屋に行く。

「お父さん!」

 ドアを乱暴に開けて入ると、机には飲みかけの紅茶があった。カップから湯気が出ている。少し前までは部屋にいたのだろう。

「ーーお父さんーーっ⁉︎」

 叫ぶが、お父さんは出てきてくれなかった。

「他の部屋にいるのかな……?」

 一人でいるのには無駄に広い家を一部屋一部屋まわっていくが、お母さんとお父さんはどこにもいなかった。

「私はこれからどうやって生きていけばいいの……?」

 ーーこの世界は作り物なんだし、別に何もしなくていいんじゃないかな。

 行くあてもないけど、家にいると気分が沈んでしまうため外に出た。

 町はいつもより人が減っているような気がする。

「あっ、風夏ちゃん!」

「栞、ちゃん……」

 栞ちゃんが走ってきた。瞳は揺れ、手が震えている。

「どうなっているのかな、お母さんがいないの。それに、お父さんに電話をかけてみても出ないの。……世界がなくなっちゃうのかな?」

「ーーもう、こんな世界どうでもいいじゃん!」

 無意識に叫んでいた。

「どうしちゃったの? こんな世界って、風夏ちゃんはそんなことを言わないよ! 風夏ちゃんじゃないんでしょ! 本物の風夏ちゃんはどこにいるの?」

「……なに、言ってるの? 私は夢乃風夏だよ。それに、この世界ってね、誰かが作ったまがい物なんだって。……それならさ、私が頑張ってきたことって何なんだろう? そう考えたら、もう、どうでもよくなっちゃってさ」

「……なんで、……どうして、風夏ちゃんがそんなことを言うの?」

 栞ちゃんに手を掴まれた。栞ちゃんがまっすぐに私の目を見据えて言った。

「風夏ちゃんは私に外に出る勇気を与えてくれたよ! この世界がたとえ紛い物だったとしても、風夏ちゃんが私にしてくれたことは本物のはずだよ! どんな世界だったとしても、どこかに存在していれば、きっと意味があると思うよ。世界がなくなったとしても、私は忘れない。風夏ちゃんが教えてくれたこと。外の世界は素晴らしいってことを。もし、この世界がなくなったとしても、次の世界もきっと素晴らしい世界だよ!」

「栞ちゃんがそう言ってくれるなら、私がやったことも無駄じゃなかったんだね」

「そうだよ。全てのことが無駄じゃないんだよ! 楽しいことも嬉しいことも、辛いことも悲しいことも、全部が必要なんだと思う」

「ありがとう。少し元気が出たよ。もう一回、頑張ってみる!」

「私の言葉でも勇気を与えることができてよかった」

 栞ちゃんは微笑んだ。私も微笑み返す。

「風夏ちゃん、この本を持って行って。きっと、役に立つと思うから。書斎にあって、私がずっと大切にしていた本」

「いいの、持って行っちゃって?」

 栞ちゃんは頷いて、本を差し出す。

 私が本を受け取ると、それに反応したかのように光が降り注いだ。

「私ももうすぐ消えてしまうんだね。あっそうだ、これも風夏ちゃんにあげるよ」

 栞ちゃんが差し出してきたものは『桜の柄が入った栞』だった。

「ありがとう、大切にするね」

 本に桜の栞を挟んだ。

「私はもうこの世界にいられないみたい」

 栞ちゃんは少し寂しそうな顔をした。

「風夏ちゃん、私に外の世界を教えてくれてありがとう。そのおかげで、たくさんのことを知ることができたよ。風夏ちゃんのことは絶対に忘れないから!」

 栞ちゃんを包む光が増す。

「また続編で会えるといいね……」

 栞ちゃんは光の中に消えていった。

「栞、ちゃん……」

 膝から地面に崩れ落ち、頰を一筋の水が伝った。

「あれ、どうして、涙が……」

 腕で拭いても拭いても涙が溢れてくる。

「こんなんじゃ、ダメだよね。せっかく、栞ちゃんが勇気をくれたのに……。でも、今はもう少しだけ」

 涙がとまるまで、しばらくそのままの体勢で泣き続けた。

「よしっ、この世界の真実を突き止めるまで、私は止まらないぞー!」

 とりあえず、みんなからヒントを集めればいいんだよね。

「空ちゃんの家に行ってみよう」

 隣にある家を訪れた。

「ーーあれ、何で誰も出ないの?」

 インターホンを押してみるが、返事がなかった。

「入っていいのかな?」

 人の家に勝手に入るのは気が引けるのだが、入るしかない。

「……お邪魔します」

 空ちゃんの家のリビングは閑散としていて誰もいなかった。

「部屋にいるのかな?」

 二階に上がって、空ちゃんの部屋のドアをノックした。

「空ちゃんはいますか?」

「入っていいわよ」

 ドアを開けると、空ちゃんがいた。

「お母さんとお父さんは?」

「どこかに行ってしまったわ。どこかはわからないのだけれど。それで、どうしたの? 何かあったの?」

「この世界のことって知ってる?」

 空ちゃんに訊くのは何か変な感じがした。

「……この世界のこと?」

「そう、この世界のこと」

「いえ、知らないわ」

 空ちゃんはまだ知らないようだ。

「この世界ってニセモノなんだって」

「えっ、この世界って偽物だったの! どうして、ふうちゃんは落ち着いているのよ⁉︎」

「さっきまで、どうしていいかわからなかったけど、何か行動をしないとって思って、ここに来たんだ」

「そう、だったのね。私も落ち着くから少し待って」

 空ちゃんは深呼吸を何回かした。

「……もう大丈夫よ。ひとまず、受け入れたわ」

「それで、この世界は何だと思う?」

「そうね……あの噂が関係しているんじゃないかしら? 鏡や窓に姿を写すとコピーされるっていう噂よ」

 修了式の帰りに話していた噂のことだ。

「私はそれがヒントだと思うわ」

「噂とこの世界が関係しているってことだね」

 その時、窓から光が差し込んで、空ちゃんを包み込んだ。

「ーーどうなっているの⁉︎」

「空ちゃんも消えてしまうんだね」

「消えるって、死んじゃうってこと?」

「わからないけど、この世界から消されるみたい」

「そんなの嫌だわ」

 普通の人だとこうなるのが普通だと思う。

「あっそうだ。これを持っていって。そして、これを私だと思って!」

 空ちゃんから渡されたものは『蒼穹日記そうきゅうにっき』と書かれた一冊のノートだった。

 空ちゃんを包む光が一層強くなる。

「もう消えてしまうようね。さようなら、ふうちゃん」

「またね、空ちゃん」

 眩しい光に包まれて、空ちゃんは消えていった。

「私だけここに残されることになるのかな……取り残されるのかな」

 また弱気になっている自分を振り払うため、頭を左右に振った。

「次に行かないと!」

 このまま、ここに居ても仕方ない。

「先生なら真実を知っているかも」

 空ちゃんの家を後にして、学校に行った。

 部活がないのか、校庭に生徒はあまりいなかった。

「学校に入れないよ!」

 校舎に入ろうと思ってドアを引くが開かなかった。

「あっ、霊華ちゃん!」

「あら、そんなに急いでどうしましたの?」

「先生を知らない?」

「私も捜しているところですの。学校にも入れませんし、どうしたらいいんですの?」

「もしかしたら、この世界の真実と関係があるのかな?」

 もう先生は消えてしまったのかも。

「この世界の真実って何のことですの? 何人かの人が消えていることと関係がありますの?」

「この世界は偽物らしいんだ」

「ーー何ですって⁉︎」

「この世界の真実が何なのかを探しているんだけど、何か知らない?」

 霊華ちゃんの発言からして知っているとは考えられないが、一応訊いてみる。

「真実を探していると言われましても……あっ、そうですわ⁉︎ 学校の噂ではなくて? 鏡というものは真実を写すためにありますのよ。しかし実際には、普通の鏡の反射率は九割程だと言われていますの。これが話を難しくしているのかもしれませんわね」

 霊華ちゃんが鏡の説明をしていると、光が霊華ちゃんを包んだ。

「鏡によって私も消されてしてしまうんですのね。風夏さん、短い間でしたが、とても楽しかったですわ。私もこの世界に招待してくださり、ありがとうございました」

 霊華ちゃんは諦めたようだ。

「待って、霊華ちゃん。私を置いていかないで!」

「さようなら、風夏さん」

 霊華ちゃんの手を掴もうとしたが、光によって消えてしまった。

「……霊華、ちゃん」

 霊華ちゃんの最期を見届けた。

「見届けてもらえないまま、消えていっている人もいるんだよね……」

 みんなを見届けることはできないかもしれない。だけど、一人でも多くの人に訊いてこの世界から見届けてあげよう。

「次は龍獅さんにヒントをもらおう」

 私は浮游海岸に向かった。

「まずは連絡をしないと。龍獅さんはまだいるかな?」

 消えてしまっていなければいいけど。

「あっ、もしもし、夢乃です。急いで浮游海岸まで来てくれませんか?」

『あぁ、わかった。今から行く』

「はい、待っています」

 しばらく待っていると、モーターボートで龍獅さんは来た。

「龍獅さん、まだいてくれて良かったです」

「あぁ、風夏がいてくれて良かったよ」

「仲間の皆さんは、もう……」

「風夏の方も同じようなことが起こっているのか。……この世界はどうなってしまったんだ?」

 龍獅さんなら何か知っているかな。

「この世界のことについて何か知っていますか?」

「この世界のことか……。この世界についてはわからないが、俺が送っていった時にいたローブの男のことなら、わかるかもしれねぇ」

 龍獅さんはローブの人について知っているのだろうか。

「ローブの人って何者ですか?」

「アイツは仲間ではないと思う」

「……私も何となく、そうではないかと思っていました」

 あの人は怪しすぎる。この世界のことも知っていたし、自分の素性を明かさないし。

「もしアイツが怪しい動きをした時のために、俺が見つけた中で一番の宝物をやろう!」

「大事なものをもらってしまっていいんですか⁉︎」

「あぁ、俺ももうすぐいなくなってしまうだろうからな。そうなったら、集めた宝がどうなるかわからん。それなら、知り合いが有効に使ってくれるほうがいいだろ? それに、いろいろ助けてもらったお礼も兼ねてだ。受け取ってくれ」

 龍獅さんはモーターボートから布に包まれたものを取ってきた。

「これは『ディヴァインソード』といってな、海の神から授かった剣だ。扱うのは少し難しいがうまく振ることができれば力になってくれるだろう」

 龍獅さんから『ディヴァインソード』をもらった。

「ーーお、重い!」

 受け取った瞬間に落としそうになってしまった。龍獅さんは軽々と持っていたから、もう少し軽いものだと思っていた。

「そりゃあ、鉄でできているから重いだろうよ」

「ーーうわっ、眩しいっ!」

 ディヴァインソードが強い光を放ち、龍獅さんを照らす。

「もうお別れのようだ。最初に会った時は驚いたなぁ。海賊の俺に話しかけてくるんだもんなぁ」

 龍獅さんは出会った時のことを思い出しているようだ。

「仲間を集めることを手伝ってくれたり、船の材料を集めてくれたり、いろいろとありがとな」

「こちらこそ、いろいろなところに連れていってくれてありがとうございました!」

 ディヴァインソードの光が強くなる。

「どこかの海でまた会おう! さらばだっ!」

 まばゆい光に包まれて龍獅さんは消えてしまった。

「ローブの人は仲間なのか、それとも敵なのかな?」

 まだローブの人の正体はわからない。

「他の人にも聞いてみないとわからなそうだね」

 町に戻ると、旅館に行った。

「海雷さんと夏渚さんはいますか?」

 旅館一階の一番端の部屋に呼びかける。

「入っていいですよ」

「失礼します」

 ドアを開けると、芳ばしい香りがした。海雷さんと夏渚さんは椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。

「ご飯を食べに来たのかしら?」

 夏渚さんは笑って言った。

「あの、そうではなくてっ!」

「どうしたの? そんなに慌てて」

 私は不安に駆られているのか、つい大きな声を出してしまった。

「ごめんなさい」

「落ち着いて話してごらん」

 海雷さんが落ち着かせてくれる。

「この世界が偽物だったんです。そして、私の周りからみんなが消えてしまって……」

「それは辛い思いをしたわね」

「あぁ、同じ悲しみを僕も味わったことがあるから少しはわかるよ」

「ありがとうございます」

 二人の言葉で少し楽になったような気がした。

「それで、この世界が偽物だという話は本当かい?」

「風夏さんの言っていることは本当だと思うわ」

「夏渚、それはどうしてだい?」

 私の代わりに夏渚さんが説明を始める。

「私が死んでしまった時に声がしたのよ。この世界ならやり直しが効くからここに残れって。だからきっと、この世界は現実ではなくて、誰かの空想や妄想の世界なのよ。その誰かが望んでいれば、ハッピーエンドが訪れるはずよ!」

「それが本当なら、それは君、風夏さんなんじゃないかな? この世界は君を中心に動いている。だから、君の周りの人が消えてしまい、君はこの世界に残っているんじゃないか?」

 そのことは頭を何度か行き来していたが認めたくなかった。認めてはいけない気がした。この世界の外に出たくないと思っていた。それがどうしてかはわからないけど。

「ここが私の世界だったとして、この世界に来たことをどう思いますか?」

「そうね、風夏さんに会えて、とても楽しかったわ。ありがとう」

「僕もだよ。君に会えたこの世界は最高だったよ。喧嘩もしてしまったけれど、君のおかげで仲直りもできたし、本当に楽しかった。この世界の外には何が待っているかわからないけど、君ならきっとうまくやっていけると思うよ」

 二人はともに光り出した。

「あぁ、もう終わりのようだね」

「私たちもこの世界にはいられないようね。頑張って風夏ちゃん」

「夏渚と仲直りさせてくれてありがとう。そして、奇跡を起こしてくれてありがとう!」

 二人は眩しい光を放ち、姿を消した。

「海雷さんと夏渚さんまで」

 もう、どうしたらいいのかわからない。感謝してくれるのはありがたいけど、一人取り残されて何をしたらいいのだろう。

「そうだ。希星ちゃんなら何か知っているかも」

 あの子は何か重要なことを隠しているような気がしていた。きっとこの世界のことを知っているのだろう。

「あっ、いた!」

 旅館を出ると、希星ちゃんと天宮くんが立っていた。

「お姉さん、こんにちは。そして、お疲れ様」

「希星ちゃん、こんにちは……?」

 お疲れ様ってどういうことだろう。やはり、希星ちゃんはこの世界のことを知っていたの。

「ねぇ、お姉ちゃん。あのローブの人って、お姉さんにどこか似ていると思わない?」

 私が訊く前に希星ちゃんが話を切り出した。

「それって、どういうこと?」

 ローブの人は私だったってこと、だろうか。

「似ているけれど、同じではない。同じではないけど、どこか似ているの」

「どういうこと。具体的に教えてよ」

 希星ちゃんは悪戯いたずらな笑みを浮かべて言った。

「お姉さん、焦りすぎだよ。もう少し落ち着かないと、見えるものも見えなくなっちゃうよ?」

「……そう、だね」

 私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。

「それじゃあ、重要なことを言うから、よーく聞いてね。お姉さんとローブの人はこの世界の重要人物なの。そして、それは私も同じ。だから、違和感があったんじゃないかな。この世界にいる人の中で、私とおじさん、それにお兄ちゃん、この三人と話をすると」

 おじさんと言うのはローブの人のことだろうか。そうだとすると、確かに何か違和感を感じていた部分があり、同じような素質を持っているのかもしれない。

「そうだ、これをあげるよ! 私のとっておきのアイテム!」

 希星ちゃんは『紫色の液体が入った小瓶』を取り出した。

「それは何?」

「これはね、とっても危険なものだよ。だから、飲まないように気をつけてね!」

「うん、わかった」

 希星ちゃんから危険なものをもらった。

「そろそろ、おじさんの元に行かないと。私はお姉さんと違って、おじさんよりだから。それと、もうこの希星っていう名前を名乗るのもやめないとなぁ。私は気に入っていたんだけど、おじさんがダメだっていうからさぁ」

 希星ちゃんは雲龍さんの子どもじゃなかったんだ。

「風夏さん、さようなら。次は向こうで会おうね」

「お姉さん、改め風夏さん、まったねー」

 希星ちゃん(?)と天宮くんは一瞬にしてどこかへ消えてしまった。

「他の場所も捜してみよう」

 町を歩き、森を歩き、浮游海岸や幽魂崖にも行ってみるが誰もいない。学校や旅館や図書館にも誰もいなかった。

「残っているのは私とローブの人だけかな?」

 ミステリースポットに行こうと町を歩いていると、栞ちゃんからもらった本を読んでいないことに気づいた。

「あれ、この本って私が借りた古い本に似てる!」

 栞ちゃんからもらった本も古ぼけている。この本を見ていると、なぜだか懐かしくなるのはなぜだろう。

 私は本を開いて読んでみた。


 あるところに、強大な敵と戦う少女と少年がいました。

 その強大な敵には四人の守護者がいて、守護者の一人の幻影使いが二人の前に立ちはだかりました。

 少女は神の剣という『ディヴァインソード』を使い、少年は氷炭剣ひょうたんけん『コントラディクションソード』という氷と炎の相反する属性を持つ剣を使って、幻影の守護者に立ち向かいます。

 しかし、どんなに強い装備を持っていたとしても、幻影が相手では全く効果がありません。次々と幻影を呼び出す幻影の守護者にどう立ち向かえばいいでしょうか。

 博覧強記の少年の知恵を借り、作戦を立てた二人は再び幻影の守護者に立ち向かいました。二人が立てた作戦とは幻影の守護者の前後に分かれ、両側から攻撃するというものでした。

 けれども、その作戦は幻影の守護者が幻影を大量に出現させたことで崩壊し、再び窮地に追い込まれてしまいました。

 どうにかして逃げることに成功した二人は、もう一度作戦を立て直します。この時に策士がいてくれたら、どれだけ助かったでしょうか。二人の知恵を振り絞り、勝機がありそうな作戦を練っていきます。ですが、何度考えても幻影の守護者に歯が立ちそうな作戦は思い浮かびませんでした。

 幻影の守護者も二人が作戦を立てるまで待っていてくれるほど、お人好しではありません。早く作戦を立てなければ見つかってしまい、そうなれば生きていられる保証はないでしょう。そのことをわかっている二人は余計に焦ってしまいます。

 ついに、幻影の守護者は二人を発見してしまいました。

 何の作戦も立てられないまま、戦場に出されてしまった二人は相手の隙を探して逃げようと考えました。

 そんな二人の考えを見透かしているかのように、幻影が二人を取り囲み、逃げる隙を与えてくれません。

 幻影の守護者はそのうちに少しずつ二人に近づいていきます。ゆっくりと長い呪文を詠唱しながら。

 二人は呪文を唱えながら近づいてくる幻影使いの恐怖に怯え、立っていることさえできず、膝から崩れ落ちました。

 幻影の守護者の詠唱は二十秒程度でしたが、二人にはとても長く感じられたでしょう。

 ようやく、幻影の守護者の詠唱が終わり、幻影の守護者の周りにいくつもの魔法陣が浮かび、いくつもの魔法弾が出現しました。

 二人に向かって紫紺の魔法弾が飛んでいきます。

 二人は抱きしめ合い、死を覚悟しましたが、幻影の守護者の魔法は睡眠の魔法でした。少年と少女は別々の夢に囚われてしまったのです。

 この夢からめるためには、この世界の真実を解くことが鍵です。

 さて、二人は夢から醒めることができるのでしょうか。


「あっ、そういうことだったんだ!」

 この世界に囚われてしまった原因やローブの人の正体、ともに戦った少年のことなどを全て思い出した。

「私はこの物語の少女だったんだ。そして、ローブの人は幻影の守護者で、希星ちゃんは別の守護者。だから、あの二人は違うんだ。じゃあ、天宮くんはどうなんだろう? 希星ちゃんと一緒にいたけど、別の守護者なのかな? それとも……」

 ローブの人にこの世界の真実を伝えに行こう。きっと、ミステリースポットで待っているはずだから。

 私は深呼吸を一つして、ミステリースポットに向かった。

「何度来ても、この空間に慣れなかったなぁ」

 この異質な空間にいると、いつも違和感があった。ここの空間だけ、特殊なのだろうか。

「この世界にいる私の最後のやるべきことをしに行こう」

 暗くて湿っぽくて空気が冷たい。まるで、現実にいるような気がした。

「幻影の守護者、この世界はあなたが創り出した世界ですね?」

「あぁ、私は確かに幻影の守護者だ。この世界を創ったのも私で間違いない。さぁ、答えるのだ。この世界は一体何なのかを」

 私は冷たい空気を大きく吸い込んだ。

「ここはあなたが見せている幻影の中で、私の夢だ〰〰っ!」

 私の声に呼応するかのように、突然地面が大きく揺れ、ミステリースポットが崩れる音がした。岩が上から降ってきている。

「その通りだ。風夏、お前が答えを言ったことにより、空間が崩れようとしている。もうすぐお前は夢から醒めるはずだ。次会うときは敵同士だな。俺と戦うまでは生きていろよっ! じゃあ、また向こうの世界で会おうな!」

 ローブの人は闇に姿を消した。

「えっ、私はどうやって出ればいいの〰〰っ⁉︎」

 とりあえず、避難しないと。

 私は走り回って、出口を探す。

「あっ、魔法陣がある! あそこから出られるかもっ!」

 魔法陣に飛び込むと、体が白い光に包まれた。

「あぁ、やっと元の世界に帰れるんだ……」

 少し寂しい気もするが、帰れてよかった気もした。

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