第四話 〜出逢いの島〜
「あれ、ここはどこだろう?」
目を開けると、霧はすっかりと晴れ、空が見えた。背中が妙に熱く感じる。
「私、どうしちゃったんだろう?」
起き上がってみると、どこかわからない島の砂浜にいた。
「ここが『出逢いの島』なのかな?」
腕を見ると、宝石のブレスレットがついている。海の神様と話をしたのは夢ではなかったようだ。
「
「ーーあっ、誰かいる」
近くにある私の背丈と同じくらいの大きな岩に隠れて様子を見る。
「女性一人かな。他には誰もいなそうだね。あの人が夏渚さんかな?」
海雷さんに特徴を訊いておくんだった。
「あのぅ、あなたは夏渚さんですか?」
女性に話しかけてみる。
「……ええ、そうよ。私は夏渚よ。あなたは誰かしら?」
「私は
「ごめんなさい、わからないわ。気づいたらここにいたの」
「そう、なんですね」
出逢いの島は海の神様が連れてきてくれるため、どこにあるかわからないようだ。
「ここって、出逢いの島っていうの? あなたは私と出会うためにここに来たの?」
「いえ、違います。
「海雷って、
「はい、そうです」
そういえば、夏渚さんは透けている。暑さのせいで私がおかしくなってしまったのだろうか。それとも、夏渚さんがオバケなのだろうか。
「夏渚さんはどこから来ましたか?」
「どこからって、それは家から……いえ、わからないわ。私はどこにいたのでしょうか。思い出そうとすると、暗くて冷たい何かを感じました」
「もしかして、
夏渚さんはやはり死んでしまったのだろうか。
「海雷のことをどうして知っていたの?」
「それにはいろいろと事情がありまして……それはともかく、海雷さんともう一度逢いたいですか?」
「えぇ、それはもちろん会いたいわ。会って海雷に謝りたいことがあるの。……でもね、それはもう叶わないのよね。私、崖から落ちて死んでしまったもの」
夏渚さんが一歩横に行くと、夏渚さんが立っていた後ろに誰かの遺体があった。
「いえ、会うことはできますよ」
「……どうして?」
「だって、私たちはこうして話しているじゃないですか」
「……確かにそうね。もし本当に会うことができるなら、きちんと謝るわ」
夏渚さんと海雷さんはお互いに会って謝りたいと思っている。それなら、きっと会うことができるだろう。
「それでは、海雷さんをここに呼びますね」
「呼ぶことができるの?」
「一度帰って海雷さんと話してきます」
「ごめんなさいね。手間をかけさせてしまって」
「では、また会いましょう。次は海雷さんも一緒に」
「えぇ、またね」
夏渚さんに手を振って、少し歩いてからあることに気づいた。
「これってどうやって帰ればいいの?」
わけのわからないまま歩いていると、
「船は……あるわけないよね」
桟橋の端まで行ってみるが、特に何も起きなかった。
「あぁ、誰か迎えにきてくれないかなぁ……」
助けを求めるように、私は広大な海に向かって手を伸ばす。すると、桟橋の先の空間に波紋のようなものが浮かび、手が吸い込まれていった。
「どうなってるの?」
波紋の先に入っている手に不思議な感覚がする。
次の瞬間、手が物凄い勢いで引っ張られた。
「ーーうぅ、吸い込まれる〰〰っ!」
宙に浮かぶ波紋に体が引き寄せられていく。
「……ここは、どこ?」
「おっ、起きたか」
「……龍獅さん?」
少し上下左右に揺れている感覚がする。どうやら、船の中にいるようだ。
「どのくらいの時間が経ちましたか?」
「風夏が倒れて、船室に運んで少し経ったら起きたな。だからーー」
「三分くらいよ」
百鬼さんが代わりに答えた。
「出逢いの島に行くと、あまり時間が進まないんですね。移動の時間くらいでしょうか」
「出逢いの島に行けたのか⁉︎」
「はい、行けました!」
「どんなところだったか教えてくれ!」
「とりあえず、港に戻ってもらってもいいですか? 帰る途中に話すので」
「あぁ、わかった。
龍獅さんは部屋から出ていった。
「あの、外に案内してもらってもいいですか?」
「いいわよ。ついてきて」
百鬼さんについていき、
「風が気持ちいいー」
爽やかな風が吹いていて、心地いい。
「おお、こんなところにいたのか。出逢いの島の話を聞かせてくれ」
「わかりました」
私は出逢いの島で起きたことを話した。
話し終えると同時に、港に船が碇泊した。
私たちは船から一度降りる。
「出逢いの島に連れて行ってくれてありがとうございました。もう一回行かないと行けないので、この島に今日はいてもらってもいいですか? もしかしたら、明日になるかもしれませんが……」
「あぁ、わかった。今日はここにいるよ。またな」
「では、また」
龍獅さんに手を振って、海雷さんの部屋に行く。
「あっ、海雷さん、まだいた」
「何か忘れ物かい?」
「いえ、出逢いの島に行ってきました!」
「それは本当かい? まだあれから数十分しか経っていないんだけど」
「はい、出逢いの島に行っている間は時間が進まないみたいです」
出逢いの島は時間が進まない謎に包まれた幻の島のようだ。
「そうなのか。それが本当だとして、夏渚には会えたのか?」
「はい、夏渚さんとお話をしてきました」
「ーー夏渚に会えたのか⁉︎」
海雷さんはすごく驚いたようで、勢いよく椅子から立ち上がった。椅子が地面に倒れ、大きな音が部屋に響く。
「夏渚は生きていたか?」
海雷さんは椅子を起こして座った。
私は答えることができず、ゆっくりと首を横に振ることしかできなかった。
「生きてはいなかったのか? でも、会えたのか……それってどういうことだ?」
「会うことはできましたが、体が透けていました。だから、出逢いの島は亡くなった人とも出会えるようですね」
「……なるほど。それなら、僕も会うことができるんだよね?」
「はい、会えるはずです。二人の思いが強ければ、ですが……」
多分、二人は会うことができるはずだ。
「夏渚は元気だった?」
「はい、元気そうでしたよ」
「僕も行って大丈夫そうかな?」
少しの不安はあるが、おそらく大丈夫だろう。……いや、本当に大丈夫だろうか。
「おそらく大丈夫だと思います。夏渚さんも会いたいとおっしゃっていましたから」
海雷さんには不安があることを言うことはできなかった。もし言ってしまったら、夏渚さんを思う気持ちが弱まってしまう恐れがあるからだ。だけど、何か嫌な感じがする。何かを忘れているような……。
「夏渚も会いたいと言っていたのか。それなら、会って謝らないとな。それに、いろいろ話したいこともあるから」
海雷さんは笑って言った。
「そうと決まれば、早速案内してくれ!」
「はい……」
こんなにうまくいくことがあるだろうか。少し心配になる。
「浮游海岸の港から出航するんだよね?」
「はい、そうです」
「いざ会えると思うと、少し緊張するなぁ。余計なことを言わないように気をつけないとな」
「少し待っていてください。連絡をするので」
私は龍獅さんに電話をする。
「もしもし、夢乃です。今から出逢いの島に行きたいんですけど、いいですか?」
『あぁ、船の中にいるからいつでも来ていいぞ』
「わかりました。ありがとうございます」
電話を切り、海雷さんと一緒に浮游海岸に向かう。
「龍獅さん、お願いします!」
「もう、出航準備はできている。
「了解! 三十ノットで西南西に向かいます!」
船は出逢いの島に向けて出航した。
「これはもしかして、海賊船?」
「あぁ、そうだ。カッコいいだろ?」
「ということは、あなたたちは海賊?」
「あぁ、そうだ」
「なんとっ!」
海雷さんは驚いている。急に乗せられた船が海賊船だったら、誰だって驚くだろう。
「あのぅ、風夏さん、大丈夫なんですか?」
海雷さんに小声で耳打ちされた。
「はい。優しい海賊なので、大丈夫です!」
「そう、なのか……?」
海雷さんは不思議そうにしていた。
「あれ、霧が出てきたけど大丈夫なのかい?」
「はい、このまま進めば、出逢いの島に行けるはずです」
海の神様と会って認めてもらえれば、だけど。
「あっ、そういえば海雷さん、海の神様に会う話はしていませんでしたよね?」
「海の神様と会うのか⁉︎」
「はい、海の神様と会って、自分の思いを正確に伝えるんです。そうすれば、出逢いの島に行けるはずです」
「そういう仕組みなのか。わかった」
「頑張ってください!」
「あぁ、やってみるよ」
だんだんと霧が深くなってきた。
『そこの船よ、止まりなさい』
女性の美しく高い声が辺りに響いた。
『我はソナタ達に問う。何が目的でここに来た』
海雷さんに目配せをする。
「僕は夏渚と会って、謝りたいんだ。夏渚に会わせてくれ!」
「私は海雷さん、この人の付き添いです」
『海雷、ソナタの思いは本物か』
「はい、僕は、夏渚と会いたい。会ってあの日のことを謝りたいんだ!」
海雷さんはしっかりと、海の神様に言った。
『……』
海の神様の声は聞こえない。
海雷さんの表情に不安が現れる。
『…………』
海雷さんは唇を噛んでいる。
ーー頑張って、海雷さん!
『ソナタの思いは伝わった。それでは行くがよい。……お気をつけて』
海の神様の反応が違う気がしたのは私の気のせいだろうか。
「ありがとうございます、海の神様」
海雷さんはお礼を言った。
波を感じる。この前とは何かが違う。
「船を動かすので、捕まっていてください」
暁烏さんの声が聞こえ、近くの柱に掴まる。
霧がさらに深くなり、波も荒れ始めている。私は二度目の不思議な感覚に見舞われ、目を閉じた。
「……ここはどこかな?」
目を開けると、紺碧色の雲が空を覆い、天から水が降ってきている。その上、空気が淀み、居心地が悪い。
「……出逢いの島に着いたのかな?」
起き上がって辺りを見渡すと、海雷さんは夏渚さんと話している。
「良かった、会えたんだ!」
一度はそう思ったが、すぐに様子が違うことに気づいた。
「……なんで二人は喧嘩しているの?」
近くの岩に隠れて様子を伺う。海雷さんと夏渚さんの声が聞こえてくる。
「あの時もだけど、すぐに文句を言うのをやめた方がいいと思うよ!」
「はぁっ! あなたは言わないと何もやってくれないじゃない!」
「僕はいろいろとやっているじゃないか!」
「仕事はしてくれるかもしれないけど、家事は一切やってくれないし、家に帰ってくるなりご飯を出せって言ってくるし、子育ては私がほとんどやったし。ーーあなたは仕事のことしかしないじゃない!」
謝りたいと言っていた二人がどうして喧嘩をしているのだろうか。
「二人とも喧嘩はやめてよ!」
「あなた、誰⁉︎ 部外者は少し黙っていて!」
少し前の穏やかな夏渚さんはどこへ行ってしまったのだろう。
「二人とも、落ち着いて! どうして二人は会おうとしていたのかを思い出して!」
「あなたみたいな人と会おうと思ったことなんてないわ!」
「あぁ、僕もだよ」
ーーなんでこんなことになっているの。どうしたら、いいの。
二人は喧嘩を再開した。
ーーあっ、そういうことか。
思い出した。天使が『海の神様はそんなに優しくない。海はほとんどの時は穏やかだけど、時には津波などの脅威がある』と言っていたことを。これは海の神様の
「私が頑張って軌道修正しないと」
そうしなければ、この世界から出られないような気がした。
「二人とも、一度落ち着いて私の話を聞いてください! お願いします!」
二人は私が見えていないかのように、喧嘩を続けている。
「お願いします! 一度、話を……」
このまま呼び続けていても届かない。何か他の方法を探さなければ。しかし、良い案は浮かんでこない。
ーー海の神様、天使さん、誰でもいいから助けて!
『僕を呼んだかい?』
「……はい。助けて、ください」
隣から天使の少年の声がした。しかし、姿は見えない。
『
砂浜に転がっていた私の鞄を拾う。鞄の中から希星ちゃんからもらった木箱を取り出し、中を確認する。
「海の宝の石って、どれですか?」
『箱はあるかい?』
「はい、あります」
『それなら、ブレスレットがついている手に宝の石を全て持って』
「はい、わかりました」
言われた通り、右手に宝の石を七つ乗せる。
『復活の神と口寄せの神、アマゾナイトとカルセドニーよ。かの者たちを助けよ!』
天使の言葉によって、二つの宝の石と宝石のブレスレットが光りだした。
『これで、二人に言葉が届くはずだ。僕が手伝えるのはここまでだよ。あとは君の力で頑張って!』
「はい! ありがとうございます!」
光っている宝の石以外を木箱にしまい、二人に向かって呼びかける。
「お願いします。話を聞いてください!」
「……今度はなんだ?」
「海雷さん、あなたはどうして仕事をしているんですか?」
続いて、夏渚さんにも。
「夏渚さん、あなたはどうして家事をしているんですか?」
「私は……」
「そして、思い出してください、ここに来た理由を」
海雷さんと夏渚さんは落ち着きを取り戻し、お互いに向き直る。
「僕がどうして仕事をしていたのか。それは、働くことによって得たお金で、夏渚が幸せに暮らせるようにと思ってだよ」
「私は海雷に負担がかからないようにしているの。だけどね、家事っていっぱいやることがあって、手に負えないことがあるのよ。私には海雷が働いているところを見たことがないから、どれくらい大変なのかわからない。でも、仕事のことだけじゃなくて、私のことも考えてほしいの。手間が増えないように協力して欲しいだけなのよ」
「それなら、お互いの仕事を見てみたらどうかな? 家事なら休日に見ることができるし、職場は社長とか上司に訊いたらわかるのではないでしょうか? 何か手伝えることがあったら私も手伝いますから」
お互いに思いを伝えたことで少し落ち着いたような気がする。いつの間にか雨はやんでいた。
「ありがとう、風夏さん」
「あぁ、ありがとう。相手のことを考えることができていたら、うまくいっていたのかもね」
「そうね。相手の気持ちを少し考えれば、こんなことにはならなかったのかも」
「今まで夏渚の気持ちを考えていなかった気がするよ、ごめん」
「私も海雷の気持ちを考えていなかった気がするわ。強く言ってしまってごめんなさい」
どうやら、二人は仲直りできたようだ。そして、もうこんな悲劇は起きないだろう。
『海の神が仕掛けた罠も風夏のおかげで、乗り越えることができたようだね。君たちはもう一度やり直せたら、うまくいきそうかい?』
天使さんの声が出逢いの島に響いた。まるで、この島を見守っているかのように。
「あぁ、大丈夫だと思う」
「えぇ、うまくできるでしょうね。でも、私は死んでしまったから……」
「そんなこと、この世界では些細なことさ。ーーえいっ!」
天使の声に合わせて、天から光が差し込んだ。その光は夏渚を取り込み、夏渚を包む。
「どうなっているの! 私、生き返ったの⁉︎」
『今回は海の神の試練を乗り越えたご褒美だよ。一度だけのサービスだから、次はもうないよ!』
「ありがとうございます、天使様!」
「お恵みに感謝します!」
二人はどこにいるかわからない天使に向かって、手を合わせて礼をした。天使は本物の天使だったようだ。
「風夏さんも本当にありがとう」
「僕からもありがとう。君がいなかったら、僕たちはまた喧嘩して、もっと仲が悪くなっていたよ」
「力になれたのなら、良かったです!」
二人は笑いあっている。私も思わず微笑んでしまう。
「それでお礼だけど、仲直りもできたし夏渚も生き返った。これ以上ないくらいのことをしてくれたんだ。どんなことでもいいよ」
「あなた、そんな約束をしていたの⁉︎」
「そのくらい、夏渚に謝りたかったんだよ」
微笑ましい光景を見られて、私も幸せを分けてもらえた気がする。
「お礼はいいですよ。その代わり、一つお願いしてもいいですか?」
「何かな?」
「希星ちゃんと遊んであげてください。一人で遊んでいて寂しそうにしていたので」
「希星に相当迷惑をかけてしまったんだな。これからは一緒に出かけたり遊んだりするよ」
「私もしっかりと面倒を見るわ。一人にさせてしまった分よりも多く、幸せになってもらえるようにね」
これで、希星ちゃんも楽しい毎日を過ごせることだろう。
「では、帰りましょうか、我が家へ」
「そうだね」
「あっ、こっちから帰れます」
私は桟橋の先に案内する。
「あっ、そうだ。晩御飯はうちで食べていかない? 海雷もちゃんとした食事をしていなかっただろうし、腕をふるって作るわよ!」
「お言葉は嬉しいのですが、早く帰らないと母が心配するので」
「そうよね。また今度、お母さんを説得できたら、来ていいわよ」
「はい、そうします!」
広大な海に大きな虹の円ができていた。
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