第三話 〜最後の依頼〜

 木材を持っていった翌日、砂浜に行くと、大きな船が碇泊ていはくしていた。

「おう、来たか!」

「立派な船ですね!」

「そうだろう。俺らの自信作だからな!」

 龍獅さんは高笑いをする。

「二つお願いを聞いてやるが、一つは貝殻でいいのか?」

「綺麗な貝殻を二つください!」

「わかった。葵香あいか、綺麗な貝殻を二つ渡してやってくれ」

 百鬼なきりさんは船から木箱を持ってきた。

「この中から好きなものを選んでいいわよ」

 木箱の中には宝石のように輝く石や虹色に光る貝殻などが所狭しと入っていた。どれも綺麗でどれにしようか悩む。

「この貝殻にします」

 悩んだ末、虹色にキラキラと輝く貝殻と紅玉ルビーのような赤い石にした。これなら、栞ちゃんも喜んでくれるだろう。

「どこで拾ったんですか?」

「船の中に残っていたものと、この海岸で拾ったものよ」

「落ちていることもあるんだぁ」

「夜に満ちて早朝に引くから、早朝に探すとよく見つかるわよ」

「そうなんですね」

 栞ちゃんに教えてあげよう。

「そろそろ、俺らは航海に出るよ。仲間の元に戻らなくてはならないからな。ここからそんなに離れていないところに俺らの基地があるんだ。もし、よかったら一緒に来るか? 他の仲間と一緒に歓迎してやるぞ」

「お母さんに言っていないので今日は行けませんが、また今度お願いします。それでは、お元気で」

「わかった。それじゃあ、またな」

 私が別れの挨拶をし、龍獅さんたちが海賊船に移動している時だった。

「ーー君たちは海賊だな! 大人しく船から降りてこい!」

 水色のワイシャツに紺のズボンを着用し、制帽を被った警察官が言った。

 海賊たちは顔を強張らせ、船から降りている。

「これで全員か?」

「あぁ、これで全員だ」

 おかしらの龍獅さんが言う。

「町で海賊が暴れているという情報と盗難被害にあったという情報が入った。どちらも君たちで間違いないな?」

「俺は身に覚えがない。お前たちはどうだ? 正直に言ってみろ!」

 おかしらが先導して言った。

「やっていませんわ」

「記憶にないです」

「誇り高き海賊がそんなことするわけないです!」

「他の連中に決まっている」

「やってないっス!」

 仲間たちも口を揃えて無実だと訴えている。

「本当に君たちじゃないんだな?」

「あぁ、俺もほとんどコイツらと一緒にいたが、おかしな行動をとったやつはいなかった」

「大抵の犯人はやっていないと言うものだ。それに、おかしらだか知らないが、君が嘘をついている可能性もある」

「信じないってことか?」

「証拠がないからな」

 どうやら、信じてもらえないようだ。

「少し署まで来てもらおうか。問題がなければすぐに終わる。君たちは海賊だから何もしていないなんてことはないだろうけどな」

 警察官が海賊たちに近づく。

「あの、この人たちは犯人じゃないと思います!」

 私は一歩前に出て、警察官に言った。

「お嬢ちゃん、海賊に騙されているんじゃないのか? 何かされたのなら、言ってみるといい。私がついている」

「本当に犯人じゃないんです!」

「証拠はあるのか?」

 何が証拠になるのだろうか。私は少し考えてから言った。

「おかしらは私との約束を守ってくださいました。二つともしっかりと」

「それは本当かい?」

「これがおかしらからもらったものです」

 虹色に輝く貝殻と紅玉ルビーを見せる。

「本当に海賊からもらったものなのか? 少し見せてもらってもいいか?」

「はい」

 虹色に輝く貝殻と紅玉を警察官に渡した。

 警察官は貝殻と紅玉を振ったり機械を使って調べたりしていた。

「普通の貝殻と宝石のようだな」

「はい、そうです」

「お嬢ちゃんが見つけたものではないんだな?」

「私が見つけたわけではないです。そこまで疑うなら指紋の検査でもしたらどうですか?」

「にわかには信じ難い話だが、一般人の、それもお嬢ちゃんから言われるとなぁ。ひとまずはわかった。もう一度調べ直してみることにする。君たちは一度署に来て話を聞かせてほしい」

 とりあえず、先延ばしにすることはできたようだ。

「ありがとな。危うく刑務所に行くところだったぜ。助けてくれたお礼に全て済んだら、島に案内してやるよ」

「はい、その時はお願いします。でも、まずは汚名を晴らさないと」

「あぁ、そうだな。最後に一つ頼んでもいいか?」

「頼みたいことはわかってますよ。犯人を捕まえてほしいんですよね?」

「わかっているじゃねぇか。それじゃあ、よろしくな。報酬は弾むぜ。そうだ、コイツを持っていけ」

 おかしらから渡されたものは短剣だった。

「何かあった時のために武器はあった方がいいだろう? 使ってもいいが、罪は犯すなよ」

「はい!」

「それじゃあ、よろしくな」

 海賊から最後の依頼を受けた。

「おい、早くしろ!」

 警察官がおかしらを呼んだ。

 犯人を探して、龍獅さんたちを解放してあげないと。

 町に戻って人に尋ねてみることにする。


「盗難があったお店ってどこだかわかりますか?」

「それなら、旅館よ」

「ありがとうございます」

 旅館に行けば何かわかるかもしれない。

「すみません、盗んだ人ともののことを訊いてもいいですか?」

「警察の方ですか?」

「いえ、警察ではないですけど、警察のお手伝いをしています」

「それなら、まぁいいか。防犯カメラにはピントが悪く、男性一人ということしかわからなかったんですよ。そして、盗まれたものは確認したところ、水羊羹と大金です」

「ありがとうございます」

 犯人は男性一人で、盗まれたものは水羊羹と大金。犯人は甘いものが好きなのだろうか。

「そのあとはどこに行ったかわかりますか?」

「いや、そこまではわからないなぁ」

「わかりました」

 私は引き続き、町で聞き込みをすることにした。

「ーーキャァアアア!」

 女の子の悲鳴が聞こえた。

 叫び声のした方へ行ってみると、泣いている女の子がいた。

「どうしたの?」

「い、妹が……ヒッ……連れて行かれちゃったの……ヒック」

「それは大変だね! 私が絶対に助けるから大丈夫だよ」

「……本当?」

「うん、約束する。連れて行った人はどっちに行ったかわかる?」

「……あっち」

 女の子が指差したのは闇に覆われた場所だった。

「ここはどこだろう?」

 辺りが急に暗くなり、何も見えなくなる。まるで、夢で見たような空間だ。

「ここにいるの?」

 目が慣れてくると、月明かりくらいには見えるようになった。

「懐中電灯があればなぁ」

 ここには端があるらしく、崖になっているようだ。どれくらい高いのか覗いてもわからない。

「ーーっ!」

 何かの気配を感じて、辺りを見渡す。

「だ、誰?」

 前方に黒い影を見つけ、問いかけてみるが答えてはくれなかった。

「あなたが女の子を誘拐した犯人? そして、私の夢に出てきた人?」

「夢に出てきた人かは知らないが、誘拐したのは本当だ」

「女の子は今どこにいるの?」

「ここにいるさ。口を塞いでいるため、声は出ないが」

 犯人と会うことはできた。あとは女の子を解放してもらうだけだ。

「その子を離して!」

「せっかく捕まえた人質をどうして解放しないといけないんだ? 代わりの人質になってくれるというなら解放してやっても構わないが」

 警察を呼んでおけばよかった。

「あの、交換しませんか? 虹色に光る貝殻とその子を」

「虹色に光る貝殻か。珍しいといえば珍しいな。高値で売れそうだ。しかし、コイツとどっちが高いかと言われたらコイツだろうな。もう少しいいものとなら、交換しないこともないが」

 何か高価なものはあるだろうか。

「あっ、そうだ。紅玉ルビーはどうですか?」

「貝殻よりか高値で売れるかもしれないが、人質よりは安いな」

 もっと高価なものはあるだろうか。

「話は聞かせてもらった。こっちに来てもらおうか」

「チッ、警察か。こっちには人質がいるんだ。それ以上近づいたら、コイツがどうなっても知らねぇぞ!」

「ここはミステリースポット、何が起きてもおかしくない場所だ。一刻も早く出たいとは思わないか。人質を解放すれば、今回は見逃してやろう」

 噂には聞いていたが、ここがミステリースポットなんだ。

「ーーえっ、見逃してしまっていいんですか⁉︎」

「仕方なかろう。この状況ではこれしか方法はない」

 確かに人質の解放が優先だ。

「さぁ、どうするんだ?」

「人質は解放しない。そして、ここから脱出もしない」

「どういうことだ?」

「ここは俺の住処すみかの一つだった。だから、ここから出る必要はないし、心配される必要もない。そんじゃあな」

 犯人の話が終わった時だった。

「ーーイタッ、なんだ!」

 暗くてよくわからないが、女の子が暴れて犯人を蹴ったようだ。女の子は解放されて、人質はいなくなった。

「どうなってんだ⁉︎ ……まぁ、いい。俺は逃げる!」

 犯人は暗闇に身を隠したのか崖から飛び降りたのか、姿が見えなくなり気配を感じなくなった。

「大丈夫だった?」

「……怖かったけど、大丈夫」

「君たち、少し話を聞かせてくれないか?」

 警察についていき、明るいところまで出ることができた。

「どうやって犯人から逃げることができたのか教えてもらってもいいか?」

「蹴ったことで力が緩んだんじゃないんですか?」

「いや、子どもの力じゃ逃げることはできないだろう」

「……靴のおかげ」

 靴に何かあるのだろうか。

「少し見せてくれるか?」

 女の子は片方の靴を脱いで警察に渡す。

「……なるほど」

「何かわかったんですか?」

 警察官に靴を見せられ、納得する。靴のかかとには鋭利なものが付いていた。

「なんでこんなものをつけていたんだ?」

「……何かあった時のための小細工。お姉ちゃんが教えてくれた」

「今回は助けられたが、これは使いようによっては危険だからなぁ」

 警察官はどうしようか迷っているようだった。

「気をつけてくれればいいのだが、姉の方が心配だな」

「それより、犯人を捜しませんか?」

 こうしている間にもどこかで被害が出るかもしれない。

「そうだな。それでは私は行く」

「ちょっと待ってください。私も手伝います」

「これは危険だぞ! 一般人を関わらせるわけにはいかない」

「さっきは私が先に見つけました。もし私がいなかったら、もっと窮地だったかもしれませんよ」

「うっ……確かにそうだな。しかし、これは極めて危険な事件だ。そこまでして犯人を捕まえたいか?」

「はい!」

「わかった。その短剣は自己防衛の場合のみ許可する」

 警察官は短剣に気づいていたようだ。

「わかりました。私はどこを捜したらいいですか?」

「学校の周辺と公園の辺りを頼む。私はミステリースポットと海を捜す。何かあったらここに連絡してくれ」

「はい」

 警察官から名刺を受け取る。

「では、また後で」

 警察官は行ってしまった。


「あっ、天宮くん、こっちの方に走ってくる男の人を見なかった?」

 学校の校庭にいた天宮あまみやくんに声をかけた。

「こんにちは、夢乃さん。走ってくる男の人か、見てないよ」

「ありがとう、またね」

「うん、またね」

 天宮くんに訊いてみたが、犯人は来ていないようだ。念の為、もう一人に訊いてみる。

紫陽しよう先生、走ってくる大人の男の人を見ませんでしたか?」

 午前の仕事が終わって帰るのか、門の外に紫陽先生がいた。

「走ってくる男性か。男子生徒ならいたが、大人は見ていないな」

「ありがとうございます」

 どうやら。学校には来ていないようだ。

「次は公園の方に行ってみよう」

 公園はいつも通り日陰で、涼しい風が吹いていた。

「あのぅ、一時間くらい前に走っていった怪しい男性を見ませんでしたか?」

 散歩をしている男の人に声をかける。

「一時間前か。わからんなぁ」

「そうですか。ありがとうございます」

 公園にいる人に声をかけていくが、犯人を見た人は一人もいなかった。

「どこにいるんだろう?」

 一時間前から公園にいて、かつ犯人を見た人に限られるわけだから、見た人がいなくても公園に来た可能性はある。

「この先の森にも行ってみよう」

 木材を取りに行った森で捜してみることにする。

「この辺りは木が生い茂っているし、隠れるには絶好のポイントかも」

 木を切った時は森の入り口に近いのと樵に管理されているため見通しはよかった。しかし、奥に入ると木が鬱蒼うっそうと生い茂り薄暗いため、犯人が隠れるには絶好の場所となっていた。

「犯人さん、いたら出てきてください。隠れても無駄ですよー」

 これで出てきたら逆に驚くが言ってみた。

「やっぱり出てこないよね」

 どんどん奥に進んでいくと、どこからか水の音がした。

「森の奥に湖があったんだぁ。知らなかった」

 水面には大きな葉っぱが浮き、水鳥みずどりが水面を泳いでいる。

「綺麗なところ。こんなところに犯人がいるわけーーいた!」

 大きな葉っぱの上を移動している黒いマスクをつけた人がいた。大きな黒い鞄を持っている。かなり重そうだ。葉っぱが重さに耐えていることがすごい。

「警察に連絡しながら追いかけよう」

 葉っぱに乗り移りながら警察に連絡をする。

「もしもし、公園の先の森の奥にある湖で犯人を発見しました!」

『わかった、今すぐ仲間を連れて向かう。状況が変わったらまた連絡をしてくれ』

「はい!」

 大きな葉っぱは風で動いてしまうため、乗り移ることが難しい。犯人は軽々と葉っぱに乗り移っていく。ミステリースポットを住処にしているし、一体何者なのだろう。悪いことをしなくても生きていけるのではないだろうか。

「ーー危ないっ!」

 水に落ちそうになるが、体勢を立て直し踏ん張った。

「良かった」

 犯人の居場所を確認すると、犯人との距離が遠くなっている。このままではまた取り逃がしてしまう。

「もしかしたら、全力で走れば落ちないのかな?」

 恐る恐る渡っている方が落ちやすいのかもしれない。

「逃げられるかもしれないわけだし、走って行ってみよう」

 走って葉っぱを移動してみると、安定していて渡りやすくなった。

「このまま一気に距離を詰める!」

 犯人は後ろを向き私との距離を確認すると速度を上げた。

「ーーあっ、待って!」

 私も全力で走って追いかける。

 犯人は突然葉っぱから少し離れた岸へジャンプした。私も同じように岸へジャンプしようとして速度を落とす。

「ーーあっ⁉︎」

 速度を落とすとバランスを崩しやすくなることを忘れていた。葉っぱが沈み、私は湖に落ちてしまった。

 咄嗟とっさに濡れてはいけない鞄をお腹の上に置いて、背泳ぎで岸まで行く。

「痛っ!」

 岸に頭をぶつけた。どうやら、岸に着いたようだ。

「よっ、と」

 岸に登り、服を絞って水を落とす。

「あっ、涼しい」

 暑かった風が濡れたことにより、涼しく感じた。

「そうだ、犯人を追いかけないと」

 湖に落ちたことで犯人との距離が開いてしまった。木が生い茂っているため、犯人の居場所がつかめない。

「とりあえず、警察に連絡しよう」

 警察に犯人が岸にいることを知らせた。

「どこに行ったのかなぁ?」

 犯人は遠くに行ってしまったのか、風で葉が擦れる音しか聞こえない。

「いや、でも近くに隠れているかも」

 近くの茂みを捜していると、見つかると思ったのか犯人が茂みから出てきた。

「あっ、待って!」

 犯人は逃亡した。私は犯人の後を追いかける。

「ーーヤバッ!」

 犯人は足元を見ている。歩いていくと犯人の後ろ側は崖になっていた。犯人は崖っぷちに立っている。

「死にたくなかったら、おとなしく帰れっ!」

 犯人は振り向くと言った。

「もう逃げ場はありません。今度こそ、お縄についてもらいますよ」

「これを見てもそれを言うか?」

 犯人は懐から小刀を取り出した。

「それなら、こっちにもありますよ」

 海賊から借りた短剣を出す。

「ただの子どもかと思ったら立派な短剣を持っていやがったか。だが、この俺様に短剣で立ち向かえるかな」

 犯人は小刀を振った。私も短剣で対抗する。小刀と短剣がぶつかり合い、火花が散る。

 もうすぐ警察が来てくれるから、それまで時間を稼ごう。

「刺す気はないのかぁ? 何を企んでいやがる」

 焦らずにチャンスが来るのを待たないと。相手の刀をよく見て、隙ができるのを待つ。

「ーー今っ!」

 小刀の剣先に短剣のつかに近い刃を当て、力を込めて振り切った。

「ーー何っ⁉︎」

 小刀は犯人の手元を離れ、崖から落ちていった。

「そのまま動かないでください!」

「その短剣で俺を刺せるのか?」

「その心配はない」

 背後から声が聞こえた。

「犯人の足止めをしてくれたことを感謝する」

 警察が良いタイミングで来てくれたことで私は安堵した。うまく牽制けんせいをすることができたようだ。

「さぁ、もう逃げ場はないぞ。おとなしくこっちに来るんだ」

「……下にもいるのか。わかったよ」

 警察によって、犯人は逮捕された。


 後日、警察に呼ばれて警察署に行った。

「来てくれたか」

「はい、呼ばれましたので」

 何か悪いことをしたのだろうか。もちろん、身に覚えはない。

「今日は礼をするために呼んだのだ」

「お礼なんていいですよ」

「危険な目に合わせてしまったんだ。それに、君がいなかったら犯人を捕まえることができなかったかもしれん。これを受け取ってくれ」

 警察官から感謝状をもらった。

「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方だ。本当に感謝する!」

 感謝状を大事にしまって砂浜へ行く。

「やっと来たか。ほら、船に乗れ」

 龍獅りゅうじさんはそう言うと船に乗った。私もあとに続く。

「これより、我が海賊の基地に向かう。三十ノットで進め!」

「了解しました。三十ノットで海賊基地へ向かいます!」

 かじを握る星宮さんはおかしらに応えた。

「これを持って少し待ってろ。まだ飲むんじゃないぞ」

 おかしらから飲み物が入った銀のコップを渡された。

 おかしらは台に登ると、仲間たちに向かって叫んだ。

「俺たちは島に着くまで宴だぁ!」

 仲間たちは歓声をあげて、コップを高く掲げた。乾杯の音頭だったようだ。私は一口飲んでみると、濃厚な葡萄ぶどうジュースだった。

 海賊たちはお酒を飲んでいるのか酔っ払って、踊ったり歌ったりしていた。みんな楽しそうだ。

「食事を持ってきたわよ!」

 百鬼なきりさんの姿が見えないと思っていたが、食事を作っていたようだ。

 机に豪勢な料理が並べられていく。山積みになったチキンやフライドポテト、サラダ、刺身など、どれも美味しそうだ。

「好きなだけ食べていいわよ」

 百鬼さんが料理を持ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「それじゃ、宴会を楽しんで」

「はい」

 百鬼さんは料理だけ持ってきて、箸など掴むものを持ってきてくれなかったため、何か掴めるものを探しに料理が並んでいる机に行く。

「龍獅さん」

「どうしたんだ?」

「箸とか掴むものはないですか?」

「それなら、そこにあるぞ」

 私の目の前にスプーンやフォークなどが入っている木の箱があった。

「ありがとうございます」

 船の端に戻ると、龍獅さんも隣に来た。

「宴はどうだ、楽しいか?」

「まぁ、はい。あまりこういうところは慣れていないので、少し気が引けてしまいますが……」

「まぁ、無理もないだろうなぁ。海賊の中に一人で混じっているんだからな」

「みんな楽しそうですね」

「こんな宴はお祝い事がないとやらねぇからな」

 海を眺めていると、近くを白い鳥が飛んでいった。

「料理がなくなったみたいだな。取りに行くか?」

「いえ、大丈夫です」

「それなら、気持ちいいところに連れて行ってやる」

 気持ちいいところってどこだろう。

葵香あいか、皿を持っていってくれるか?」

「おかしら、もう食べないんですか?」

「あぁ、客を楽しませないといけないからな」

 百鬼さんにお皿を渡して、おかしらの後をついていく。

「落ちないように気をつけろよ」

「ーーこれを上るんですか⁉︎」

 おかしらは縄ばしごを上っていってしまう。

「早く上ってこいよ!」

「は、はい……」

 風で揺れる縄ばしごを落ちないように気をつけながら上っていく。

「大丈夫か?」

 上りきった時には疲れていた。

「振り落とされないように柱か柵に捕まって、景色を見てみろ。ここは見張り台だから眺めがいいだろう」

 澄み渡る青い海にキラキラと光る白い波、透き通るような青い空にフワフワとした白い雲が浮かんでいる。爽やかな風が吹き、カモメの穏やかな鳴き声が聞こえた。

「癒されますね」

「そうだろう、そうだろう。自然は美しく、気持ち良い。人に疲れた時に眺めているだけで心が癒される。俺にとって海は全てを癒してくれる場所だ」

 どうして龍獅さんが海賊になったのかわかった気がした。

「おっ、島が見えてきたな」

「あれが海賊の基地ですか?」

「俺らが最初に作ったが、仲間も増えてたくさんの海賊がいるぞ。愉快で面白い奴ばかりだ」

「そ、そうなんですね」

「さぁ、そろそろ降りる準備だ。ここからは結構揺れるから気をつけろよ」

「はい」

 縄ばしごで下に降りた。

「おいっ、みんなよく聞け!」

 海賊たちはおかしらの方を向く。

「これより、下船の準備に取り掛かる。それぞれの位置に移動せよ」

 海賊たちはおかしらに敬礼して、持ち場に戻っていく。

「外にいてもいいが、振り落とされないようにしっかりと捕まっておけよ」

「はい」

 おかしらはそう言って、どこかへ行ってしまった。


 しばらくして、海賊船は島の港に碇泊ていはくした。

 海賊の後に続いて島に上陸する。

「全員降りたか?」

「はい、船の中には一人もいませんでした」

「葵香、ご苦労。しばらくはここにいるから自由にしていいぞ。それでは解散!」

 おかしらの言葉が終わると、仲間たちは四方八方に散らばっていった。

 龍獅さんと百鬼さんと私だけが港に立っている。

「葵香、少し手伝ってもらっていいか?」

「おかしらの頼みでしたら、喜んで手伝いますわ」

「風夏、ついてきてくれるか?」

「はい」

 龍獅さんと百鬼さんのあとについていくと、小屋に着いた。

「中に入って」

 百鬼さんに促され、私は小屋の中に入る。

 小屋の中はいろいろな物があり、中央に小さな机がある。壁際にはハンモックがあり、小さな物置兼別荘というような感じだ。

「確か、この辺にあったはずだが……」

 おかしらは何かを探しているようだ。

「何を探しているんですか?」

「木箱がこの辺にあったはずなんだが……」

「それならこっちです」

「よく覚えているな」

 百鬼さんが木箱をおかしらに渡した。

「おっ、あった。出会った記念と助けてもらったお礼だ。これを持っていけ」

 龍獅さんは木箱から金色のメダルを取り出し、私の首にかけた。

「もらってしまっていいんですか⁉︎ 大事なお宝なのでは?」

「この島には他にもたくさん宝はあるからな。俺たちは天文学的確率で出会ったんだ。お宝の一つぐらいあげても問題ない。これが海賊の考え方だ」

「うちのおかしらはこういう人だから、もらってあげて」

「はい」

「アタイからはこれをあげるわ」

 百鬼さんがくれたのは青玉サファイアだった。

「いいんですか⁉︎」

「えぇ、いいのよ。あなたにとっては珍しいものかもしれないけど、お宝をたくさん持っているアタイたちにとっては綺麗な石だから」

 百鬼さんから青玉サファイアをもらった。

 家に帰ったら、大切に保管しておこう。

「風夏は帰らなくて大丈夫なのか?」

「暗くなる前に帰りたいです」

 もう少し居たいが、親が心配するため日が沈む前に帰らないといけない。

「……そうか。それなら、そろそろ帰らないと間に合わないかもしれないな。夜になると、波が高くなって危ないからな」

「私も行った方がいいかしら?」

「いや、来なくていいぞ」

「おかしらが変なことをしないか心配だから、ついて行くわ」

「なんだぁ、それ?」

「早くしないと暗くなるわよ」

 百鬼さんは小屋を出て行ってしまう。私と龍獅さんも急いで後を追いかけた。


 帰りはモーターボートで送ってもらい、砂浜でお別れをする。

「ありがとうございました。楽しかったです」

「いろいろありがとな。いつでも、船で来てくれていいからな」

「元気でね」

 龍獅さんと握手をし、百鬼さんとは抱き合った。

「さようならー」

 私はモーターボートが見えなくなるまで手を振り続けた。

「さて、帰ろうかな」

 水平線の向こうに太陽が隠れようとしている。

 帰ろうと思って町の方へ振り返った瞬間、黒い影があった。

「ーー誰っ?」

「この海には果てがあることを知っているかい?」

 砂浜にローブの男が立っていた。

「海に果てがあったんですか?」

「あぁ、この海には果てがあるとも。しかし、私たちにはそれを確認することはできない」

「それじゃあ、どうやって知ったんですか?」

「海の神から聞いたのだ」

「海の神?」

「そうだ、海の神だ。海の神は海のことなら何でも知っているからな」

 海の神って栞ちゃんが読んでいた本に出てきた気がする。

「そういえば、私の真実を訊いていたことがあったな。誰だかわかったか?」

「いえ、まだわかりません」

「それなら一つヒントをくれてやろう」

 答えを言ってくれるわけじゃないんだ。

「自ら考えて動いてキーワードを見つけるのだ。そして、常識に囚われてはいけない。常識とは大人数が正しいと言ったことであって、本当に正しいかはわからないからだ。最後に、時には視点をずらしてみることも重要だ。これらのヒントを使えるかどうかは君の力量次第だ」

 ローブの男が言ったヒントをメモ帳に書き留めておくが、これがどのようにローブの男と関わっているのかは全くわからなかった。

「もう、時間切れのようだ。この続きはまた今度」

 ローブの男は暗闇に消えていった。

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