第一話 〜学校の噂②〜

 突如床に現れた矢印。

「三組の方に向いているね。こっちに何かあるのかな?」

「あっちにも何かありますわよ?」

 霊華ちゃんは階段の向かいの壁にある、張り紙を指差した。

「またですの?」

「今度は三つかな?」

「そうね、三つのようね」

 張り紙には三つのマークが描かれている。一つ目は赤と青の人、二つ目はフラスコやビーカー、三つ目はピアノやヴァイオリン、トランペットなどだ。

「早く終わらせて帰るっスー」

 さっきまでの元気はどこへ行ってしまったのだろう。

「これは、トイレと理科室と音楽室かな?」

 マークから推測してみる。

「きっと、一階に戻れということですわっ!」

 霊華ちゃんは階段を下りようとする。

「--ちょっと待って!」

 霊華ちゃんの手を掴み、空ちゃんが必死に止めている。

 確か、三年生の先生に理科と音楽の先生がいたはずだ。

「空ちゃん、理科の先生と音楽の先生のクラスって知ってる?」

「えぇ、知っているけど、それがどうしたの?」

 空ちゃんはまだ気づいていないようだ。

「先生のクラスに何かあるのかなって」

「そういうことね。確か、一組が理科の先生で三組が音楽の先生だったはずよ」

 四階に全部あるから、これが正解かな。

「三つの場所があるから分かれる? それとも、下の階と同じようにみんなで行く?」

「小夏さんは一人でいいわよね? それじゃあ、行きましょう、ふうちゃん、霊華ちゃん」

「--ちょっと、置いてかないでよっ!」

 空ちゃんは私たちの手を引っ張り、どこかへ連れて行こうとする。

「空ちゃん、どこに行くの?」

「どこに行こうかしら?」

 決まっていなかったらしい。もしかして、空ちゃんは千尋ちゃんに仕返しをしようとしているのかな。

「--置いていかないでってばぁ!」

 千尋ちゃんは目に涙を浮かべている。

「あら、怖いのかしら?」

「いや、怖くはないんだけど……一人でいるのはヤダっ!」

「怖くないなら別にいいじゃない?」

 空ちゃんは顔の下からライトで照らしている。かなり怖い。

「ねぇ、一緒に行こうよ。私たち、友だちでしょ?」

 千尋ちゃんの声が震えてきている。今にも泣き出しそうだ。

「もういいんじゃない、空ちゃん?」

「怖がっているところを見られたから、このぐらいにしておいてあげるわ。次、私を揶揄ったら容赦しないんだから」

「はい、反省します」

 空ちゃんは本気で怒っているようだ。次やったら、千尋ちゃんが消されるかもしれない。

「私は一人でも大丈夫ですわよ?」

「霊華ちゃんは一人の方がいいのかしら?」

「いえ、そうは言っていませんわっ!」

 霊華ちゃんは慌てて訂正した。

「それで、どこから行きますの?」

「トイレからでもいいかな?」

「トイレからっスか。鏡には気をつけるっスよ?」

「そうですわね。コピーを取られるのは嫌ですわ」

 あれ、霊華ちゃんにその話をしたかな。

「ふうちゃん、大丈夫?」

「ボーッとしていると逸れてしまいますわよ」

「ほら、行くっスよ」

「えっ、あっ、うん」

 私たちはトイレの前にやってきた。トイレの入り口には鏡がある。

「入り口には鏡があって入れませんわよ」

「そうね、コピーに対抗できるものはないかしら?」

「懐中電灯じゃ、ダメかな?」

「それでいってみましょうか」

「そんな感じで大丈夫なんスか?」

「だって、それしかないでしょ?」

 コピーを懐中電灯でなんとかできるかはわからないが、それに賭けるより他に方法はない。

「みんなはここで見張ってて。私が行ってくるから」

「ふうちゃん、一人で大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ。みんながここにいてくれたら、コピーが出てきてもわかるしね」

「確かにそうですわね。コピーは私たちでなんとかしておきますわ。その間に謎を解いてくださいまし」

「うん、行ってくるね」

 私は鏡の前を通り、トイレの中へ入る。

「特に変わったところはなさそうだね」

 なんの変哲もないただのトイレだった。

「とりあえずお花を摘みに行こう」

 一番奥の個室に入って、お花を摘む。

「きゃ〰〰っ!」

「出ましたわ〰〰っ! 空さん、早く光を当ててくださいまし〰〰っ!」

 どうやら、私のコピーが出てきたらしい。

「ちょっと待って、わかっているわよ」

「動きが止まったっスけど、このままでいいんスか?」

「おそらく大丈夫ですわ」

 トイレを流し、私は個室から出る。

「--何これっ⁉︎」

 個室から出てみると、他の個室から黒い影が出てきている。コピーというよりかシャドウのほうが近いだろう。

 私は窓側の壁に追い詰められた。幸い、懐中電灯は持っている。

「--なんですの、これはっ⁉︎」

「ふうちゃん、光を当ててっ!」

「動きが止まるはずっス!」

 懐中電灯を影に向けた。

 空ちゃんも同じように光を影に当てている。

 --ウオォォォッ!

 影は唸り声をあげて、静止した。

「助かった、の?」

「風夏さんが無事で何よりですわ」

「ここはこれで終わりかしら?」

「マークを見に行ってみるっス」

「そうね、何かわかるかも」

 トイレを後にし、マークを見る。

「一つ目はクリアできたようですわね」

 トイレのマークが黒く塗りつぶされている。

「良かった〰〰」

「まずは一つね」

「あとは二つですわ」

「誰が塗りに来ているんスかね?」

 一つクリアしたことで、少しほっとした。

「一組と三組、どっちにするっスか?」

「音楽と科学……どちらも怖そうですわね」

「音楽の方が怖くないんじゃないかしら。音楽って楽しむためのものでしょう?」

「じゃあ、三組からだね」


 三組の教室の前に来て、中の様子を確認する。

「ピアノが置いてあるわね」

「肖像画もありますわ」

「怪談でこういうのよくあるよね」

「顔が怖いっス」

 ゆっくりとドアを開け、教室の中へ入る。

 --ガシャンッ!

「鍵、閉まったね」

「必ず鍵が閉まる仕組みですわね」

「気をつけていきましょう」

 これまでと同じように、教室から出るための手がかりを探す。

「やっぱり、ピアノと肖像画が怪しいですわね」

「いかにもって感じだもんね」

「他の楽器も怪しいわよ」

 ピアノの他にも金管楽器や木管楽器、打楽器など様々な楽器がある。

「黒板に文字が書いてあるっスよ」

「もうすぐ演奏会が始まるって」

「きっと聴けば何か起こるのですわね」

「そうね、座って待ってみましょうか」

 一番前の席に四人並んで座る。

 机の上には今日の曲と書かれた紙が置いてあった。

 --ガラッ!

 閉まっていたはずの前のドアが開き、真っ黒い人影が入ってきた。誰かのコピーなのだろう、その影は教卓の前に来ると一礼し、持っていた棒を高く掲げる。

 --パチパチパチパチッ!

 周りから拍手の音が聞こえてくる。

 振り返ってみると、どこから現れたのか、影の観客たちが拍手をしていた。

 さらに、楽器を持っているのも影たちだ。

「どうなってるの?」

「コピーたちの演奏会のようですわね」

「大人しくしていれば、襲ってはこないようね」

「どんな曲を聴かせてくれるか、少し楽しみっス」

 千尋ちゃんの元気が少し戻ったようだ。

 指揮者の指示によって、演奏が始まる。

 曲目が書かれた紙をみると、今日の曲は『宇宙の創造』という曲らしい。

 打楽器を主とした全ての楽器を使った壮大な始まりはビッグバンを想像させ、会場は一気に盛り上がった。その後は一度落ち着き、木琴と鉄琴、ピアノが主となり柔らかいハーモニーを奏で、美しく幻想的な宇宙をイメージさせた。サビに入ると、打楽器が再び主となり、一気に迫力を増した。今度は地球の誕生といった感じだろうか。

「--す、すごいっ!」

 まるで宇宙の歴史を遠くから眺めているような壮大さだ。

 教室とは思えないほど音が響き渡り、ここが学校ということとさっきまでの出来事を忘れさせるぐらい、心が惹きつけられる。

 二番が終わり、いよいよ終盤に差し掛かる。

 木琴や鉄琴、ピアノ、その他の楽器も混ざり、少しずつ変わっていく感じが星の消滅や誕生を物語っている。

 最後はこれまで以上に盛り上がり、壮大さが輪を掛けて増している。未だ成長を止めない宇宙の果てしなさを表しているようだ。

 演奏が終了すると、影たちの拍手が教室中に響き渡る。

 素晴らしい演奏に思わず、私たちも拍手をしてしまった。

 指揮者が礼をすると、影たちはより一層拍手をし、そのうち手拍子に変わっていく。

 指揮者は観客の拍手を見て、再度一礼をすると、手拍子は再び拍手に変わった。

 --アンコールだ!

 指揮者は棒を掲げ、演奏を再び始める。

 アンコールの曲は軽快なリズムで始まった。

 指揮者は途中で指揮をやめ、大きく手拍子をし、観客に手拍子を促している。

 観客参加型の曲で、演奏者と観客のみんなで曲を作り上げていく。

 演奏会は盛大な拍手によって幕を閉じた。

 指揮者と演奏していた影たちが礼をすると、影たちは闇に消えていった。そして、観客の影たちも徐々に姿を消していく。

 歓喜に包まれていた教室はあっという間に静寂を取り戻した。

「終わったね」

「楽しかったですわね」

「コピーにしてはいい曲っスね」

「そろそろ、私たちも行きましょうか」

 何かを忘れている気がするが、今はこの余韻に浸っていたい。

 余韻に包まれながら、外に出ようとした時だった。

 --ガタンッ!

 音がした方を振り返ると、壁にかかっていた肖像画が落ち、微かに動いている。

「--あっ!」

 肖像画の目と私の目があってしまった。

 肖像画は獲物を発見したように一瞬動きを止めた。その時、私には肖像画が笑ったように見えた。

 ゆっくりと後退ると、肖像画もゆっくりと近づいてくる。

「--向かってきた〰〰っ!」

 私は怖さに耐えきれず、叫んで全速力で走る。

「逃げますわよっ!」

「早く、こっちよっ!」

「ヒャッホーッ!」

 完全に千尋ちゃんは元気を取り戻している。さっきまでの千尋ちゃんは何だったのだろうか。

 一足先にドアに辿り着いた空ちゃんが手招きしている。

 私は机を動かし、肖像画の行方を阻んでいく。

 肖像画は机にぶつかっても追いかけるのをやめようとしない。しかし、机で防いだおかげか、肖像画のスピードが落ちているようで、追いつかれることなく教室の外に出ることができた。

「綺麗な演奏を聴かされたことで、完全に油断していましたわ」

「このやり方はちょっとヒドイっスね」

「まさか、肖像画が本当に動くなんて思わないもの。仕方ないわよ」

「はぁ、はぁ、怖かった〰〰」

 無事に脱出できて、安堵の息をつく。

「後は科学の部屋のみですわね」

「早く行って終わりにしましょう?」

「うん。もうこんなところに居たくないから行こう」

「あの不穏な雰囲気は何だったんだろう?」


 私たちは最後の教室に移動する。

「なんだか、蒸し暑いわね」

「さっきよりか、気温が上がっているような気がいたしますわ」

「汗が出てきたっス」

 今夜は熱帯夜になりそうだ。

「ドアに何か貼ってあるわね」

「『入るな! 危険‼︎』だって」

「でも入るしかありませんわよ?」

「なんだか楽しそうっスね」

 どうしたらその発想ができるのだろう。

「それじゃあ、開けるよ」

 私は恐る恐るドアを開けた。

 一組の教室に入ると、薬品の独特な匂いが鼻を突く。

「何なんスか、この教室は?」

「実験でもしましたの?」

「換気しておいてほしいわ」

 この匂いを嗅いでいると、頭がクラクラしてくる。早く謎を解き明かし、廊下に出たい。

「あっ、蝋燭ろうそくとマッチがあるよ」

 教卓の上には蝋燭とマッチが置いてあった。

「あっちには水槽もありますわね」

 窓の近くの机には水の入った水槽があった。

「そこには鉄とレモンとスピーカー、それに電球かしら?」

 後ろのドアの近くの机の上に二枚の長方形の小さな鉄板と導線、レモンと小さなスピーカー、電球があった。

「ロッカーの上に箱があるっス」

 ロッカーのは立方体の箱が置かれていた。

「これって暗号かな? マークが書いてあるよ」

 箱の周りに集まり、箱を調べる。

 箱の上部分にはマークが、その下には『零』が五つ並んでいる。

「これは何かのマークですわね」

「あっ、これ、数字を変えられるよっ!」

 霊華ちゃんと一緒にやってみる。

「ボタンを押すと、数字が変わっていく仕組みね」

 少し遠くから見ていた空ちゃんが言った。

「それで、何をしたらいいのかな?」

「マークの意味の解読からですわね」

「左は炎ね。きっと、ふうちゃんが見つけた蝋燭ね」

「次は右っスか? これは霊華が見つけた水槽っスかね?」

 雫のような形をしていた。

「これは何かしら? 錆びていてよくわからないわね。その次は光のように見えるけど、今は何の手がかりもないわ」

「最後はスピーカーのようですわね」

 スピーカーは空ちゃんが見つけたものだろう。

「何から調べる?」

「空さんが見つけたものが一番わかりやすいですわね」

「そうね、これから試してみましょうか」

「できるものからやってみるっス」

 後ろのドアの近くの机の周りに集まる。

 懐中電灯で照らすと、銅色に輝くものと銀色に輝くもの、レモンが置いてある。

「銅板と亜鉛板かしら?」

「電池の役割ですわね」

「どうやって使うんスか?」

「レモンに刺したらいいの?」

「ええ、それで大丈夫よ」

 私はレモンに銅板と亜鉛板を刺し、電極を繋ぐ。最後にスピーカーに繋ぐと無機質な音声が流れ出した。

「レモン電池『九』」

 スピーカーのマークの暗号は『九』のようだ。

「--ウオォォォ〰〰〰〰」

 スピーカーから何かのうめき声がしている。

「何、この声」

「どうしたの、ふうちゃん?」

「スピーカーから変な声が聞こえて……」

「何の音もしませんわよ?」

 霊華ちゃんはスピーカーに耳を近づけている。

「本当に聞こえないの?」

 スピーカーから少し離れていても、聞こえている。

「大丈夫、ふうちゃん?」

「風夏、具合が悪いんスか?」

「……大丈夫だよ」

 みんなには聞こえていないみたいだ。これは幻聴なのかな。

「空さん、暗号を入れてくださいまし」

 空ちゃんは箱のスピーカーのマークのボタンを押し、暗証番号の一つ目を入力している。

「風夏、大丈夫っスか?」

 千尋ちゃんが心配してくれている。

「この匂いのせいかもっスね」

 千尋ちゃんの言う通り、匂いのせいで頭がおかしくなっているのかもしれない。

「次は何をしますの?」

「他のものの手がかりを見つけましょう?」

 私の動きが止まっている間に話が進んでいる。

「辛かったら無理しなくて大丈夫っスよ」

「ううん、大丈夫」

「何かできることがあれば、何でも言ってくれていいっスから」

「ありがとう、千尋ちゃん」

 私も手がかりを探すのに加わる。

「黒板に何か書いてないかしら?」

 空ちゃんが指差したところは黒板の中央、チョーク入れの上だ。

「また、チョーク入れの中に何かあるのかな?」

 チョーク入れに向かって矢印が書かれていた。

「今度は勝手に落ちるなんてことはないですわよね?」

「何があるかわからないっスから気をつけるっスよ」

 私はゆっくりとチョーク入れを引き出していく。

「折り畳まれた紙が二枚とピンセットが入っていたよ」

「なんて書いてありますの?」

 紙を取り出し、開いてみる。

「箱にあったマークと同じだ!」

 紙には箱と同じ炎と雫のマークがそれぞれの紙に描かれている。他には何も書かれていなかった。

「何をしたらいいのかしら?」

「描かれている通りやってみるしかありませんわね」

「何をするの?」

「炎のマークは燃やして、雫のマークは水に浸すのですわ!」

「失敗したら終わりっスよ?」

 霊華ちゃんは得意げに言うが、千尋ちゃんの言う通り、失敗したら暗号が解けなくなってしまう。

「その時は一つずつ数字を変えて試していけば、いつか当たりますわ!」

「確かにできなくはないけど……」

「それはすごく時間がかかるっスね」

「できれば成功してほしいわね」

「まずは水からですわ」

 霊華ちゃんは雫のマークが描かれた紙を持って水槽のところに行くと、紙を水に浸していた。

「文字が浮かび上がってきましたわよ」

「なんて書いてあった?」

「何ですって、この私を馬鹿にしていますのっ⁉︎」

 霊華ちゃんが手にしている濡れた紙を見ると、紙には『残念でした。これはハズレでーす』と書いてあった。完全に馬鹿にされている。

「それじゃあ、こっちもハズレっスかね?」

「試してみましょうか」

 空ちゃんは教卓に行くと、マッチに火をつけ蝋燭に炎を灯す。

「燃やしてもいいかしら?」

「うん、お願い、空ちゃん」

 空ちゃんに炎のマークが描かれた紙を渡すと、空ちゃんは蝋燭の炎で紙を燃やした。紙は燃えて消えてしまうのかと思ったが、そうはならなかった。紙には特殊な何かがつけられているようで、一部だけが焦げて数字が浮かび上がってくる。

「炎のマークの暗号は『二』ね」

 私は箱のボタンを押し、炎のマークのところの数字を『二』に変えた。

「残るは三つっスね」

「雫のマークはどうなったのかしら?」

「他にも紙があるのかな?」

「雫のマークの他にも光のマークの方は手がかりもないですわよ」

「そうね。まだ見ていないところもあるし、探してみましょう」

「これは大変っスね。探すのだけで一苦労っス」

 再びヒントを探す。

 空ちゃんは黒板の近くを、霊華ちゃんは机の中を、千尋ちゃんは床を、私はロッカーの辺りを探すことになった。

 ロッカーの中を見ていると、何かいろいろと入っていた。

 ロッカーの中からそれらを出し、近くの机の上に置く。レンズと何かが書かれた紙、何も書かれていない紙、目盛りや突起のついた細長い鉄の板があった。一体、何に使うのだろう。

「何かいろいろあったよ。何に使うものかはわからないけど」

「何がありましたの?」

 近くにいた霊華ちゃんが見に来てくれた。

「これは何かの装置、ですの?」

 霊華ちゃんでもわからないようだった。

「何か見つけたの?」

「どうしたんスか?」

 空ちゃんと千尋ちゃんも駆けつけた。空ちゃんなら何かわかるかもしれない。

「……このホルダーは紙や凸レンズを置くところ、かしら? あとは電球とコードさえあれば何か映るかもしれないわね」

 空ちゃんは何なのか閃いたらしく、何か呟いている。

「空ちゃん、わかったの?」

「ええ。だけど、これだけでは使えないわ。電球とコードがあればいけると思うのだけど」

「電球ならありますわよ」

 霊華ちゃんは先ほどスピーカーを鳴らした机に行き、電球を取ると戻ってきた。

「あとはコードがあればできそうね」

「コードはないっスね。レモン電池はもう使えないだろうし……」

 レモン電池は効力を失ったようで、スピーカーからは微かに呻き声がしている。不気味さが増していた。

「またそれぞれの場所を探しましょうか」

「それが一番ですわね」

「うん、そうだね」

「探すっス」

 手がかりの捜索を再開する。

「ロッカーには他に何もなさそう」

 全てのロッカーの中を見終え、続いてロッカーの上を探してみるが、やはり何もない。端から端まで行くと、ロッカーと窓の間にある棚を見ていないことに気づいた。

「これって何だろう?」

 掃除用具入れは廊下側だし、他の教室にはこんなものはなかった。鍵がかかっているようで、開けようとしても開かない。

「--スイッチを見つけたっス!」

 謎の棚を調べていると、突然千尋ちゃんが大きな声を出したため、私はビクッとした。

「急に大きな声を出さないでよ。それで、スイッチって何の?」

「それはわからないっスけど、きっとヒントのスイッチっスよ!」

 ヒントだったらいいけど、また追いかけられるのは嫌だ。

「押しても大丈夫っスかね?」

「……押してみよう?」

 一応、逃げる準備はしておく。空ちゃんと霊華ちゃんにも話が聞こえていたようで、警戒していた。

 千尋ちゃんはスイッチに手をかけ、そして押した。

 --カチッ!

 天井にライトがあったようで、ロッカーの上あたりの壁が照らされた。

「壁に何かあるっスね」

「これは何だろう? 日時計とか?」

「そうね。日時計のようね」

「日時計っスか。現代にもあるんスね」

 椀状わんじょうの形をしたものの上に細長い棒が壁から出ている。

「何でこんなところに日時計がありますの?」

「それより、日時計の時間って何時かな?」

「今の時刻と何か関係しているのかしら?」

 みんなの視線が教室の時計に集まった。

「二時ね。さっきから変わっていないようだし『二』が暗号になるのかしら?」

「でも、マークには日時計なんてありませんでしたわよ」

 確かにそんなマークはなかった。

「いや、一つだけ錆びていてわからないところがあったでしょ? あれが日時計なんじゃない?」

「そうね。とりあえずやってみましょう」

「違ったらやり直せばいいっスよ」

「そうですわね。それでは変えますわよ」

 霊華ちゃんはボタンを押して『二』に合わせた。

「あと二つですわね」

「そうね。引き続き手がかりを探しましょう」

「コードと水に関係ありそうなものだね」

 先ほどと同じ場所に分かれて探し始める。

「そういえば、まだ掃除用具入れを見てなかった」

 掃除用具入れのところに行き、扉を開けた。

 中は他の教室とあまり変わらなかったが、一つだけ違うものがあった。バケツの中に細長いものが入っている。

「これは実験に使う管かな? 何でここにあるんだろう?」

 手に取ってみると思ったより重かった。

「--ってこれコードじゃん⁉︎」

 見つけたそれの片方の先端にはプラグが、もう一方の先端には電極--電球につけるのだろう--がついていた。

「コード見つかったよ」

「教室の後ろの方にあることが多いわね」

「風夏さん、早く繋いでくださいまし」

「私は光の装置が置いているところに行き、一番近いコンセントにプラグを差し込み、コードの反対側を電球に繋いだ。

「スイッチ、オン」

 スイッチを押すと、電球は眩しく光った。無事、点くことを確認したから、一度スイッチをオフにする。

「それで空ちゃん、どうやって組み立てたらいいの?」

「この前、実験したわよね?」

「実験なんてしたっスか?」

「あの時は班の人がやってくれたから……」

 千尋ちゃんはそもそも実験をした記憶がないようだ。

 空ちゃんは慣れた手つきで装置を組み立てていく。さすがは優等生だ。

「できたわ」

「何が映るのかやってくださいまし」

「それじゃあ、つけるよ」

 スイッチをオンにすると、電球は再び光が灯った。

 何も書かれていなかった紙に虚像が映る。

「これは『一』だね」

 私は箱の光の数字を『一』に変えた。

「残りは水だけね」

「手がかりも見つかっていないし、どこにあるんですの? 一通り見ましたわよ」

「ロッカーの方も全部……あっ、あれはあるけど、開かないんだよね」

 私は窓とロッカーの間にある棚を指して言った。

「私も気になってはいましたわ」

「あれからは怪しい臭いがするっス」

「あの中に何があるのかしら?」

「鍵穴もないし、何かをすると開くようになるのかな?」

「今は無理そうですわね」

「そうね。他の手がかりを探しましょうか」

 元の場所に戻り、何かないか探す。

「もう、だいぶ見たしなぁ」

 もう一度、ロッカーの中、上、掃除用具入れを見るがやはり何もない。

「あっ、あったわよ」

 黒板の方へ振り返ると、空ちゃんは折りたたまれた紙を持っていた。

「どこにありましたの?」

「もう一度、チョーク入れの中を探してみたら、二重になっていたの」

「それはわからないよ」

 まさか、チョーク入れが二重になっていて、見るだけではなく触ってみないとわからない仕組みらしい。

「さっそく、水に浸してみましょう」

「やってくださいまし」

「空ちゃん、お願い」

 空ちゃんは水槽に紙を浸す。

「何か、文字が出てきたよ」

「また、ハズレですの⁉︎」

「違うわ。『おめでとう。こっちが当たりだ』ですって。数字は『二』ね」

 みんなで箱のところに移動して、空ちゃんが数字を変えていく。

 --カチャッ!

 ロックが解除される音が聞こえ、箱が開けられるようになった。

「みんなで開けましょう」

「そうっスね」

「いいですわよ」

「せーのっ!」

 箱を開けると、赤いボタンが一つ入っていた。

「ねぇ、ボタンに『押すな、危険』って書いてあるよ」

「押さないとここから出られませんわよ! ここで一生を過ごすのは嫌ですわ〰〰」

「一生ではないわよ。明日の朝になれば誰かがきっと開けてくれるわ」

 霊華ちゃんを励ます空ちゃん。

「一生でなくても、朝まで出られないのは嫌ですわっ!」

 空ちゃんにツッコミを入れる霊華ちゃん。

「それじゃあ、押すっスよ。逃げる準備はできているっスか?」

「うん、大丈夫」

「いつでも大丈夫ですわ」

「ええ。いつでもいいわ」

 --ポチッ!

 千尋ちゃんはボタンを押した。

 --カチャカチャッ!

 ドアの方と窓の方で音がした。

 窓の方を見ると、謎の棚が空いている。近くには人体模型の歩く姿が--

「--キャアアア〰〰!」

 私たちは人体模型の方を見ながら後退り、状況が理解できると猛ダッシュして外へ出た。

「はぁはぁ、あそこに人体模型が控えているなんて思わなかったよ」

「誰が予想できますのっ⁉︎」

「腰が抜けるかと思ったわ」

「これは予想外っス」

 --ガタンッ!

 出てきたドアが開き、教室から人体模型が姿を現した。

「--きゃあああっ!」

 二度目の悲鳴が廊下に響いた。

「他の教室では出てこなかったのに、何で出てきているの〰〰っ⁉︎」

「どこに逃げればいいんですの〰〰っ⁉︎」

「わからないわ〰〰っ⁉︎」

 どこに逃げればいいのかな。

「西に行くっス!」

「西ってどっち⁉︎」

「三組の方よ!」

「もう、どこでもいいですわ〰〰っ!」

 横を走っていた霊華ちゃんが二組のドアを開けようとしていた。

「霊華ちゃん、そこはダメ。きっと罠だよっ!」

「そうなんですの⁉︎ どこに行けばいいんですの〰〰」

 霊華ちゃんは完全にパニックになっていた。

「霊華ちゃん、こっち!」

 霊華ちゃんの手を握り、誘導する。

 人体模型が追ってきている。

「空ちゃん、千尋ちゃん、三組か四組のどっちか開く?」

「やってみるわね!」

 少し先を行く空ちゃんと千尋ちゃんに確認を頼む。

 空ちゃんが三組のドアを開けようとしたが開かないようだ。一方、千尋ちゃんは四組のドアを開けて、中へ入った。

「みんな、こっちっスよ!」

 千尋ちゃんが四組の教室から顔を出して呼んでいる。

 後ろを振り返ると、人体模型がもうそこまで迫ってきていた。

「霊華ちゃん、先に入って」

「はいですわ!」

 霊華ちゃんを先に入らせ、急いで私も中へ入る。

 --ガタンッ、ガチャッ!

 私はドアを閉め、鍵をかけた。

「これで、中に入って来れないよね?」

「ええ、おそらくね」

「危ないところでしたわ。ありがとうございます、風夏さん。もし、二組に入っていたらどうなっていましたの?」

「多分、無事ではなかったと思う」

「助かったっスー」

「まだこっちを見ているわ」

 廊下側の窓を見ると、人体模型がこっちを見ている。

「どうしようか。外には出れないし、この教室に何かあるのかな?」

「ここで一晩過ごすのは嫌ですわっ! 何か探しますわよ」

「一見、何もないっスけどね」

「そうだとしても、やれることはやってみましょう」

 先ほどと同様、空ちゃんは黒板の近くを、霊華ちゃんは机の中や床を、私はロッカーの辺りを探すことになった。

 ふと窓から空を見上げると、真っ赤な月が空を赤く染めていた。

「月って赤かったかな?」

「何を言っているっスか? 月は黄色っスよ」

 近くにいた千尋ちゃんに指摘され一度瞬きをすると、月は黄色くなっていた。

「あっ、黄色に戻った」

「大丈夫っスか?」

「大丈夫、だと思う」

 引き続き手がかりを探す。

「これはなんだろう?」

 ロッカーの上に細長い棒があった。その棒を調べてみるが、先端が曲がっているだけで、ただの棒だった。

「ただの棒じゃ、使えないね」

 ロッカーの中、掃除用具入れの中、ロッカー付近の床を見たが、特に何もなかった。

「ふうちゃん、天井に何かあるかしら?」

 黒板の近くに行くと、空ちゃんが言った。

「てんじょう?」

「ええ、天井よ」

「取手のようなものがあるけど、あれは点検用の屋根裏じゃないかな?」

 点検する人が見るようなところが一箇所だけあった。それ以外は特に何も変わったところはない。

「見つけた紙には『この部屋から上に行け!』って書いてあるのよ」

「この教室から?」

「その点検用のところから上にいけるのかしら?」

「できることはやってみるっス」

「でも、取手には何か引っ掛けないと--」

 私はロッカーに向かった。

「ふうちゃん、何かわかったの?」

「ちょっと待ってて」

 ロッカーの上にある細長い棒を天井の取手に引っ掛けた。

 取手を引くと、梯子はしごが降りてきた。

「これで、上に行けるね」

「お手柄っス」

「そう、ね」

 空ちゃんは驚いているようだ。

「そういえば、霊華ちゃんは?」

「さっきまで、そこにいたはずだけれど?」

 教室内を見渡すが、三年四組の教室に霊華ちゃんの姿はなかった。

「人体模型がいなくなっているし、帰ったんじゃないかしら?」

「そんなことあるんスかね?」

「まぁ、そういうことにしておこう?」

 夜だし、きっと帰ったのだろう。帰るって言っていたしね。

「屋上に行こうか」

「ええ、上に行きましょう」

 私たちは梯子を上った。


 しばらく狭く暗い通路を通ると、生暖かい風を感じた。

「外かな?」

「外に出られそう?」

「うん、風が通った感じがした」

「それなら、もうすぐっスね」

 暗くてわからないが、広いところに出た。上を見てみると、点々としている光がある。生暖かい風がまた吹いた。

「やったよ、空ちゃん。屋上に着いたみたいだよ」

 狭い通路から出てきた空ちゃんに言った。

「良かったわ。やっと屋上に着けたわね」

 続いて千尋ちゃんも出てきた。

「ちょっと待って、落ち着くにはまだ早いかも……っス」

 フェンスに手を掛け、外を眺めているローブに包まれた何者かがいた。フードを深くかぶっているため、顔は見えない。

「誰、かしら?」

「わからないけど、何か不吉な感じがするっス」

「ここからでもできるし、天体観測をしちゃおう?」

「そうね」

 星空を見上げて、自由研究の材料を集める。

「私の仕掛けはどうだったかな?」

 突然、ローブの人が問いかけてきた。声から推測するに男性だろう。

「……」

「一年三組の地下通路。そして、ボタンやスイッチたち、影の音楽会、科学実験。最後に人体模型のロボット。これらは全て私が仕掛けたものだ。楽しんでもらえたかな?」

「……まぁ、それなりに楽しかったっスよ」

 ローブの人の問いに千尋ちゃんが答えた。

「あなたは誰ですか?」

 私はローブの人に訊ねる。

「真実を知りたいのかい?」

「はい」

「まだ知るには早すぎる。真実は人から教えられてはつまらないだろう? もう少し考え、それでもわからなければヒントを出そう。それでは、また会おうではないか」

 ローブの男の最後の言葉とともに強い風が吹き、思わず目を閉じてしまった。

 もう一度目を開けた時にはもうローブの人の姿はなかった。

「何だったのかしら?」

「風の妖精っスかね」

「天体観測して帰ろうか」

「天体観測はやめて、今夜のことを自由研究の題材にしたらどうかしら?」

「私の真似をするんスね? それでは一緒にやるっス」

 自由研究のテーマは天体観測から、学校の噂になった。

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