第二話 【雨空と君②】
『・・・ーーただいまから電車が発車いたします。危ないので乗客なされるお客様は、指定された線より内側にお並びくださいーー』
駅のホームで曇り空に舞い上がる、ユラユラと揺れ動く煙草の煙。
予定の時間より早く駅に辿り着いた俺は、自分が乗る電車が来るまで待機することにした。
余裕を保とうと駅まで走ったのが誤算だった。
心中で問答を繰り返しながら、俺は2本目の煙草に火をつける。
あぁ、もう煙草もやめなければいけないな。
そういつも考えてはいるが、そう考える時は必ずと言っていいほど煙草を吸っている時だ。だから、おそらく当分禁煙をすることは出来ないということだろう。
「さて、これを吸い終わったら珈琲でも買いに行くか・・・ん?」
口元に煙草を這わせながら俺の視線は、ある人物に固定される。
視線の先に居たのは女だった。
黒い艶やかな髪を腰程度まで伸ばし、白いワンピースを着た彼女は、どこか浮世離れした印象を与える。
涼しさを感じさせる凛とした一重。
シュッと筋が通った高い鼻。
少しだけ痩けた頬。
一見すると不健康そうに見えるが、大凡美人の類と言っても差し支えはないだろう。
あの子は一体、あんなところで何をしているのだろうか。
虚ろな表情で線路を見下ろす彼女を遠目に眺めながら、俺はぼんやりと思考する。
考えられるとしたらただボーッとしているか。
それとも飛び降り自殺を考えているか。
どちらにせよ、このまま放っておくわけにはいくまい。
元々あの子の存在に気づかなければ良かったんだろうが、流石に目に入ってしまえば見て見ぬ振りをするというわけにもいかなくなる。
『・・・まもなく電車が四番線路に参ります。危ないので、ご乗客の皆様は黄色い線の内側にお並びくださいーー』
アナウンスの呼びかけが流れても彼女は一向に動く様子はない。
見かねた俺は彼女の肩に手を。
「なぁ、危ないぞ」
俺の声に驚いたのか女は一瞬身体を震わせると、俯いたままゆっくりと身体を斜に向ける。
そして、ポツリと唇を動かし
「・・・すみません」と一言。
覇気のない謝罪だ。
どうやら見た目だけでなく、中身まで内気らしい。
「別に良いよ。それにただ声をかけただけだから」
「いえ、そんな・・・ありがとうございます」
「だから、良いって。・・・それより顔色悪いけど大丈夫? 気分でも悪いのか? 休むっていうんなら、近くにベンチがあるけど」
「別にそういうわけでは。・・・ただ、少し考えごとをしていただけですから」
淡白にそう言い残すと、女は背を向けてホームへ歩き去って行ってしまった。
俺は去っていく女の背中を眺めながら、軽く溜息を零す。
「・・・何なんだ、あの女」
季節的な問題か。それとも精神的な問題か。
どちらにせよ、せめてお礼くらい言えってんだ。
俺はため息混じりに自分のお人好しを後悔した。
もう2度と人助けなどしない。と、自分の中で深い誓いを立てた。
その五分後。電車の中で老人の荷物持ちをしてしまい、自分の性格はおそらく根本的に直らないのものなんだな。と再認識することになる。
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