最終話

 



「優夜、待たせたな」


「あ、鬼龍院先輩」


 夏休みが終わりしばらくした頃。お昼休みになり僕が剣術部の前で待っていると、小夜子さんが手にお弁当箱を持って校舎裏から現れた。


 小夜子さんは急いで来たみたいで、少し呼吸が乱れているみたいだった。


「少し授業が長引いてな。さあ、あそこの木の下で食べようか」


「はい」


 僕は先輩に誘われるまま桜の木の下へと移動して、用意していたシートを敷き小夜子さんと一緒に腰を下ろした。


「ふう、まだまだ暑いな。さあ、今日のは自信作なんだ。食べてみてくれ」


「凄く美味しそうです。鬼龍院先輩、毎日ありがとうございます」


 僕は小夜子さんがシートの上に広げたお弁当が、僕の好物ばかりだったので嬉しくなった。


「小夜子だ。二人きりの時はそう呼ぶ約束だぞ? 」


「でも二人でいる時間が長いから、学校では意識して言うようにしないとどこかでボロが出そうで……」


「優夜は門下生になったのだから、どうとでも言えるさ。だから気にすることはない。それとも優夜は私と親しいと思われるのは嫌なのか? 」


「そ、そんなことあり得ないですよ! それはあっちの世界での僕の行動が証明しているはずです」


 僕は悲しげな表情の小夜子さんに、ハッキリと否定した。


「ふふふ、冗談だよ。あっちの世界でもう1年以上一緒に生活をしているのだからな。優夜の気持ちはわかっているさ。そ、それにあれだけその……求められればな」


「あ……アハハ……すみません」


 僕は恥ずかしそうに夢の世界での夜のことを口にする小夜子さんに、笑ってごまかすことしかできなかった。


 好きな女性と一緒にお風呂に入って、一緒のベッドで寝ていたら仕方ないよね。




 そうか。夢の世界ではもう一年以上一緒にいることになるんだなぁ。


 夢の世界で小夜子さんに告白して、夢の世界限定の恋人関係になってから現実世界では4か月と少ししか経過していないのにね。長い時はドリームタイム2倍チケットを買って、一晩で二週間近くあっちの世界にいるしそれくらい経つのは当然か。


 でもこの4ヶ月はほんと色々あったなぁ。


 小夜子さんと恋人同士になったあの日。小夜子と今後のことを話し合ってから、ドリームタイムを終了したんだ。そして目が覚めると夕方になっていて、それから1時間ほどして家に小夜子さんがやってきたんだ。母さんはびっくりしてたよ。僕にこんな美人の子が会いに来るなんてってさ。


 そんな母さんに学校の先輩だと紹介して、小夜子さんが鬼龍院て名乗るとさらに母さんはびっくりしてた。まあ有名な家だからね。それに虚弱体質の僕との接点がどこにあるのかって不思議に思うのも仕方ないと思う。


 それから小夜子さんを部屋に入れて、やたらと覗きに来ようとする母さんを何度も追い返しながらドリームタブレットを見せたんだ。


 でも小夜子さんにはカミヨムサイトが見えなかった。僕の目にはちゃんとサイトが見えるのに、小夜子さんには見えなかったんだ。不思議に思って母さんにも見せたんだけど、母さんにも見えなかったんだよね。


 これは神様の力だと思った僕は、小夜子さんにどうやら所有者しか見えないみたいだと説明した。


 小夜子さんは残念そうにしていたけど、ドリームタブレットを見るのが目的だったからいいと言ってくれたんだ。そしたらどんな小説の内容なのか聞かせて欲しいって言われて、僕はあの『僕と先輩の異世界恋戦記〜憧れの先輩と召喚された世界は魔物溢れるとんでもない世界だった!〜』という恥ずかしいタイトルと小説の内容を話した。そしてパソコンにメモしてあった設定集を見せたんだ。


 小夜子さんはクスクスずっと笑ってたよ。でも僕の手を握って嬉しいとも言ってくれた。そしていい雰囲気になって、現実世界の小夜子さんともと思ったら母さんがお茶菓子を持ってきて邪魔してくれた。お約束過ぎて泣きたくなったよ。


 そのあとは小夜子のリクエストをずっと聞いてたよ。こんな技が使いたいとか、こういう刀が欲しいとかね。そしてバギーも隣に座れるタイプのを用意して欲しいとも言ってた。どうやら森の中をバギーで走るのを気に入っていたみたい。


 そんなこんなで今後小説に登場させるスキルやアイテムを二人で決めて、家で一緒に夕ご飯を食べてから小夜子さんは自宅に帰って行ったんだ。


 そして次の日。学校に登校して、休んでいたことを心配する三上にもう大丈夫と言って授業を受けた。そしたら昼休みに小夜子さんがまた教室に来て、馬鹿なっ!って顔の三上を置いて小夜子さんに校舎裏へ連れられた。


 そこで小夜子さんに、悪夢を見せていた犯人をカミヨムサイトから退会させたと聞いてびっくりしたんだよね。そこで初めて犯人が誰なのか教えてもらったんだけど、その男は僕も知っている人だった。というか一度会っただけなんだけどね。そう、あの時の覗き魔の一人だったんだ。その人は須賀屋という3年生なんだけど、覗きの件で停学中だったんだ。それで更新が早かったんだと納得したよ。


 で、その須賀屋の家に、小夜子さんは朝早くに道場の人と乗り込んだらしい。


 そりゃあもう本人も家族もびっくりしてたみたい。本人はドリームタブレットのことを知っていた小夜子さんに驚き、夢に干渉していたことを聞いてさらに驚いていたみたい。やっぱり他人の夢に干渉できることを知らなかったようだ。たとえ故意ではないとしても、放っておけば小夜子さん以外の女性が今後犠牲になる可能性があるからその場で退会させたらしい。


 もしも誤魔化そうとしてもランキングを見れる別の所有者がいるからすぐにバレると言われ、本人は泣く泣く退会したそうだ。そしたらなんとその場でフッとドリームタブレットが消えたらしいんだ。その話を聞いて僕は驚いた。まさか消えるとは思わなかった。宅配便で届いたのに退会すると消えるのかと、色々ツッコミたかったけどそういうものだと思うことにした。


 でもよく退会を決意させましたねって聞いたら、小夜子さんはフフッて笑ってた。目は笑ってなかったから、それ以上は聞かなかった。鬼龍院家は色んなところと繋がってるしね。門下生に大企業の社長やら役員、警察官に政治家までいたりする。世の中には知らない方が良いこともあると思うんだ。


 僕は話題を変えようと、これで小夜子さんと一緒に呼ばれたほかの女子生徒も助かりますねと言ったんだ。そしたら小夜子さん以外の夢には干渉していないと言われて、このことにもびっくりした。小夜子さんは三日連続で悪夢を見た時に、夢に登場する学園の女子たちにそれとなく確認したそうなんだよね。そしたら誰一人悪夢なんて見てないって、毎日違う夢を見てるって言ってたそうなんだ。どうも干渉できるのは一人だけっぽい。


 よく考えてみれば一人の作品に100人現実世界の人間を登場させたとして、全員の夢に干渉したらもはやテロだもんね。そりゃ制限はあるか。でも、たくさんの登場人物の中でなんで小夜子さんの夢だけに干渉できたんだろうと疑問にも思った。多分だけど、書き手の想いが強い人に干渉するのかも。須賀屋は小夜子さんを逆恨みしてたみたいだしね。


 そして改めて小夜子さんにお礼を言われて、また今夜と言って別れたんだ。


 そのあとはたまたま近くを通り掛かった仁科さんに、とうとう告白したんすかってしつこく聞かれたり、教室に戻れば戻ったらで三上にヘッドロックされて吐けっ! 何があったんだって拷問されたよ。朝に僕の身体を心配していた友達とは思えない仕打ちだった。


 まあそんなこんなで小夜子さんと夜は夢の世界で同棲して冒険して、日中は学校で普通の先輩と後輩としてお昼をたまに一緒に食べるようになったんだ。


 そして二週間後。3000pt達成ボーナスで2000G貰えたのと、その後に貯めた分で僕はとうとうカミヨムショップで【健康体】と【筋肉体質】と【成長1】を購入したんだ。


【健康体】で僕の虚弱体質の難病は一瞬で治った。通院している病院の先生があり得ないって絶叫して、その横で母さんと帰国して帰ってきた父さんが泣いていたのを僕は一生忘れないと思う。神様ありがとう。そして父さん母さん、今まで心配かけてごめん。こんな僕を愛し支えてくれてありがとう。


 そして【筋肉体質】で筋肉が付きやすくなった。さらに【成長1】で身長が10cm伸びて、小夜子さんと同じ身長になったんだ。これは夏休みに入るタイミングで使用したよ。夏休み明けに三上と仁科さんが、僕の背が伸びていることに気付いてびっくりしてた。僕は成長期だからかなってとぼけたけど。


 夏休みの間は、僕は基礎トレーニングをずっとやっていた。毎朝夕走って腕立て伏せに腹筋。そして夢の世界で小夜子さんから習っている刀の素振りをやっていた。小夜子さんは小夜子さんで道場の合宿と交流試合で忙しくしていたみたいだけど、夜になると僕たちは必ず会えるからね。寂しくはなかったよ。


 夢の世界ではチュートリアル最後のボスのオーガキングを倒して、最初の街の冒険者ギルドに加入した。それからはその街を拠点に、僕たちは魔物を狩る毎日を送っていた。夜は街の宿に泊まっているんだけど、設備が酷過ぎて部屋の中でマジックテントを展開して結局森の中と同じ生活をしていたよ。それでも小夜子さんと街でデートしたり、異世界の幻想的な風景を眺めたりで楽しい毎日を送っていた。


 そして夢の世界で5ヶ月ほど経った頃かな。我慢できる自信が無かったからずっと断ってたんだけど、いつまでもソファーで寝かせられないと小夜子さんが怒っちゃってさ。恋人に負担をかけたくないって言われて、僕は観念して一緒のベッドで寝るようになったんだ。


 二週間は我慢したよ? でも、両思いの子と同じ布団で寝て、寝る前はキスするようになってたから、もう最後までいくのは自然の流れだと思うんだ。小夜子さんは凄く綺麗でさ、あの時はもう一度死んでもいいと思ったよ。


 翌日以降、若い僕たちが毎晩愛し合うことになったのも仕方ないと思う。お風呂も毎日一緒に入るようになった。それでも現実世界の僕は童貞のままなんだけどね。なんだか不思議な感じだ。


 そんな現実世界では顔を合わせないのに、夢の世界では濃密な時間を夏休み中ずっと僕たちは過ごした。それでも夏休みが終わる頃には小説のポイントが12000ptくらいにはなってた。ランキングは98位てとこかな? 頑張ればもっと稼げたんだろうけど、小説の更新も筋トレのために毎日更新をやめちゃったからね。


 小説の内容も完全に僕と小夜子さんの自己満足ストーリーなので、フォロー数はそれほど増えていない。戦闘もレベル30になったところで、僕は魔法使いから魔法剣士にジョブチェンジしたから堅実にやってる。だから毎日ドリームポイントが50~100ptほど入るくらいだ。


 これまで一日で獲得したポイントが一番多かったのは、小夜子さんに告白したあの日だった。オークキングと命懸けで戦った時より多かったのを見て、個人的になんだかなぁと思ったけど。感想欄なんか女神様たちが興奮しまくってて、凄く恥ずかしかった。



 そして僕は新学期が始まると同時に、小夜子さんの実家の道場の門を叩いたんだ。基礎体力はまだまだだけど、一年近く夢の世界で小夜子さんに付きっきりで剣術を教わっていた。そして現実世界の誰よりも実戦経験があったし、なにより1万ptを超えた時の達成報酬がとんでもない物だった。僕は現実世界の小夜子さんと恋人になるため、刀技場優勝に向けての第一歩を踏み出したんだ。


 道場に入門した僕を見て、小夜子さんは凄く喜んでくれたよ。その時初めて現実世界の小夜子さんとキスをした。現実世界では初めてのキスなのに長く濃厚だったのは、お互い現実と夢の世界の区別がつかなくなっているからだと思う。なおさら小夜子さんをほかの男に渡せないって思ったよ。



「私も女だ……その……好きな男子に求められるのは嬉しいよ。行為自体も嫌いじゃな……そ、そんなことより早く食べてくれ。優夜が好きなひじき煮もあるぞ」


「は、はい。いただきます」


 僕は真っ赤になった小夜子さんに箸を渡され、それを手にしてお弁当を食べ始めた。


 夏休みが終わってから、毎日小夜子さんがお弁当を作ってきてくれる。そしてこの人があまり通らない場所で二人で食べてるんだ。でも遠くから視線を感じることが多々ある。まあたいていが仁科さんと三上なんだけどね。


 僕は剣術部には入っていない。入ろうと思ったんだけど、学校では一年以上ずっと虚弱体質と報告していたから先生に止められたんだ。治ったと言っても信じてもらえなかったよ。だから放課後に小夜子さんの実家の道場に毎日通ってる。


「ふふふ、しかし父が優夜の能力に驚いていたぞ? 技術はまだまだだが、戦闘の勘と度胸がずば抜けてるとな。私は嬉しいよ」


「あはは、夢の世界で毎日実戦してますからね。技術はさすがに現実世界のこの身体に反映させるのは難しいですが、毎日夢の世界で小夜子さんに教わったことを反復してますから必ずモノにしてみせます」


 夢の世界で僕が小夜子さんに教わり実践してることは、現実ではイメージトレーニングのようなものだ。何度も反復して身体に覚えさせないと、夢の世界のような動きはできない。こればかりは時間が掛かるのは仕方ないんだよね。


「確かに持久力といい技術といい、夢の世界の動きには遠く及ばない。しかしそれでもほかの屈強な門下生と対等に打ち合えている。本当に4ヶ月前までは虚弱体質で筋力0だったのか? 」


「健康体と筋肉体質のおかげですよ。アハハ……」


 僕は頭を掻きながら小夜子さんにそう答えた。そして心の中でスキル一覧表示と唱えた。


【身体強化(中)】 1/3回


 そう、1万ポイント達成報酬で、僕はランダムで小説の中のスキルを一つだけ現実世界で得ることができたんだ。もちろん神様によって色々制限は掛けられている。身体強化に関しては効果時間が1時間から20分になったし、一日3回までしか使えない。それでも試合の時などで使えば有効だ。なんたって筋力が1.5倍になるからね。


 次の達成報酬も現実世界の僕への能力付与だ。そこでもしも相手の動きがスローに見える心眼を覚えることができたら、僕は刀技場で優勝できると思う。え? それはチートじゃないかって? 好きな女の子をほかの男に取られるくらいなら、チートでもなんでも使うさ。僕は刀技場で優勝して名誉が欲しいわけじゃないんだ。大好きな小夜子さんが欲しいんだ。そのためならなんだってやってやるさ。


「ふふふ、この調子なら優勝も夢ではないな。なにより父が優夜を気に入ってるよ。強くなることに貪欲で、それでいて素直でいい子だってね。さすが私の恋人だ」


「まだ夢の世界だけの恋人ですけどね。必ず小夜子さんをこの現実世界でも恋人にしてみせます」


「ばかだな君は……夢の世界と身体は違っていても、心は同じなのに……」


「え? いま何か言いました? 」


「ふふふ、なんでもない。ほら、この白身魚は美味しいぞ? 食べさせてあげるから口を開けてくれ」


「は、はい。あ〜ん」


 僕は小夜子さんがボソリと言った言葉がなんだったのかわからないまま、夢の世界と同じようにご飯を食べさせてもらった。


 あれ? こんなとこを誰かに見られたら誤解されないかな? 


 もう現実と夢の世界の区別がつかなくなってきているよね。いいのかな?


 まあいっか、遠くから眺めていただけの憧れの先輩とこうして毎日一緒にいれるんだし。


 これも全てドリームタブレットと、カミヨム小説投稿サイトのおかげだよね。


 神様ありがとう。


 僕は今、凄く幸せです。




『かみよむ! 』 終わり



※※※※※※※※※※



ご愛読ありがとうございました。


本作は新しいジャンルに挑戦した作品でしたが、筆者にはラブコメとかまともな恋愛を描くのは無理だと勉強になりました。


今後は初心に戻り、汚れた心を持つ大人の主人公を書いていこうと思いますw

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かみよむ! 黒江 ロフスキー @shiba-no-sakura

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