第32話 告白

 




 まず僕は、先輩にある日ドリームタブレットが届いた時のことから話し始めた。そしてカミヨム小説投稿サイトの存在に、僕が書いた小説のこと。その小説の世界に夢の中で行けること。そして現実世界の人間を小説に登場させると、その人の夢に影響を与えてしまうことを説明した。


 先輩はタブレットやここが僕が書いた小説の世界であることに驚いていたけど、僕の話を疑うことなく黙って聞いてくれていた。



「そうか……ここは君が書いた小説の世界だったのか。しかも現実世界の人間を小説に登場させると、その人間も夢の中でこの世界を覗けるというわけか」


「はい。僕も最初はそのことを知りませんでした。図書室での先輩の行動にまさかと思い、保健室で悪夢の話を聞いた時に確信しました。勝手に先輩の夢に干渉して申し訳ありませんでした」


 僕はそう言って頭を下げた。


「なるほど。だからもう一人の私に覗き魔の話をしたのか……君が意図して私の夢に干渉したのではないことは疑っていない。なによりも……ふふっ、私は不快には感じていないよ。それどころかとても新鮮で楽しい夢だったよ」


「ありがとうございます。そう言って頂けると助かります」


 よかった……嫌われてはいないみたいだ。


 僕は楽しそうに笑う先輩を見て、夢に干渉したことを不快に感じていないようでホッとした。


「しかしそうなると私にあの悪夢を見せていた者がいるということだな」


「はい。間違いなく僕と同じくドリームタブレットの所有者だと思います。夢の中で先輩が会ったという男が犯人だと思います」


「……そうか。よく知っている男だ。現実世界に戻ったら問い詰めよう。土御門君。そのドリームタブレットを使えなくするためにはどうすればいいのだ? 」


「は、はい! その……カミヨムサイトを本人が退会手続きをするか、1ヶ月小説を投稿しなければ自動的に退会したことになります。タブレットは紛失した場合すぐ見つかるようになっていると書かれていたので、恐らく取り上げるなどしても本人の元に戻る可能性があります。やはり本人に退会させるのが確実だと思います」


 僕は先輩からにじみ出る怒りのオーラにビクビクしながら、カミヨムサイトを退会させるのが確実だと説明した。


 やっぱり凌辱王は先輩の知り合いだったみたいだ。誰なのか気になるけど怖くて聞けないよ……


「ふむ……ならば道場の者を連れて訪問しよう。ああ、タブレットとカミヨムサイトのことは誰にも言わないから安心して欲しい。それは約束しよう」


「は、はい……ありがとうございます」


 鬼心一刀流道場の門下生たちを連れて行くとか……凌辱王は確実に退会するだろうな。故意か不可抗力かわからないけど、先輩にあれだけ酷いことをしたんだ。当然の報いだよね。


「フッ、感謝するのは私の方だ。あの夢が悪意をもった人間により見せられていたというのがわかったのだからな。それに君は私をあの悪夢から救おうとしてくれたのだろう? 保健室で私になんとかすると言ったことと、その……もう一人の私に言ったことを考えるとだな……そういうことにその……なるのだが……」


「は、はい……そ、そうです……いま鬼龍院先輩が遠くからではなく肉体を持ってここにいるのは、この世界で活躍することで得られるポイントで買ったアイテムの力によるものなんです。それを先輩に悪夢を見せた人に先に使われたくなくて……僕が先に使いました」


 僕はもう一人の先輩にマジックテントで、現実世界の大切な女性を救うために協力して欲しいと言った言葉を思い出した。そして顔が熱くなるのを感じながら召喚のアイテムの存在を先輩へ説明した。


 あの時は現実世界の先輩に知られないと思って言ったんだけど、まさか融合して記憶を共有されて知られるなんて……恥ずかし過ぎるよ。


「土御門君……君は私のために、あれほど必死に戦い傷つき命まで落として……そこまでして私を……たとえ君が私を召喚していなくとも、私があの悪夢の世界に召喚されることなど無かったというのに」


「え? 召喚されることが無かった? え? 」


 ど、どういうこと? 


「やはり知らなかったようだな。私が昼に眠りについた時に、この世界の情景とこの世界で君ともう一人の私が冒険している姿がまぶたの裏に浮かんだのだよ。そして『召喚されますか? 召喚されるとこの世界に行くことができます』という表示が現れてな。私は迷わずはいと答えたんだ。その瞬間、私はこの場所に立っていた。そして一気にもう一人の私の記憶が流れ込んできたんだ」


「ええ!? そうだったんですか!? 」


 召喚て任意だったの!? 普通召喚って強制ってイメージだったんだけど……


 ああ、だから召喚のアイテムを使った時に、召喚が成功したかは夢の世界でわかると表示されてたのか。


 なんだ……それなら召喚しなくても先輩が凌辱王の世界に行くことなんてなかったんだ。


 僕は一気に身体の力が抜けていくのを感じていた。


 あんなに痛い思いをして、死を経験してそれが全て取り越し苦労だったなんて……ハハハ


「それでも君は私を救おうと必死に戦ってくれた。ありがとう。その気持ちがすごく嬉しい」


 先輩は脱力している僕の頬を、両手で優しく撫でながらそう言った。


 僕は先輩の手の感触と、僕を見つめるその目に胸が張り裂けそうなほど高鳴っていた。


「あっ……ぼ、僕にとって鬼龍院先輩は……た、大切な人なんです……だから僕は……ただ守りたかったんです……」


 僕はつっかえながらも素直な想いを先輩に伝えた。


 あ……こ、これ告白になってる? 勢いで言ってしまったかも……


「そ、それは私のことがその……」


 ああ……どうしよう……ここで告白したということになったら……もしも断られたらもう先輩とこの世界で一緒にいられなくなる。


 でも、それでも僕は自分の気持ちを、先輩を想う気持ちをごまかすなんてできない。


「はい……3年前に初めて鬼龍院先輩を見た時に一目惚れして、それからずっと好きでした」


 言った! 言ってしまった! もう後には退けない!


「あ……そ、そうだったのか。わ、私は現実世界では君のことはよく知らない。けれど、もう一人の私は君のことをよく知っている。君を強くて優しくて真っ直ぐな男の子だと。そして現実世界の大切な人を守るために、必死に戦う君を彼女は憎からず想っていたみたいだ」


「そ、そうだったんですか……」


 この世界で一緒に過ごした先輩がそんな風に思ってくれてたなんて……ならここにいる先輩も?


「だがそれは、もう一人の私にはしがらみが無かったからだろう。君の気持ちは私も嬉しい。できれば私も君の気持ちに応えてあげたいと思っている。けれど君も知っているように私には許嫁がいるんだ。しきたりでね。分家の男で若くして刀技場で準優勝までした男だ。父は強い男が好きでね。困った父だが、私を育ててくれた父を裏切るわけにはいかないんだ。だから……君の気持ちには応えられないよ」


「……はい。知って……いました」


「すまない……本当に……」


 知ってた。僕の気持ちが受け入れられないのはわかってた。


 でも……先輩のそんな悲しそうな顔を見たら……僕は……


 はいそうですかだなんて引き下がるわけにはいかないよ。


 許嫁がいることなんてわかってた。僕はそれでも先輩が好きなんだ。だったら……だったら僕は……僕ができることは……


「鬼龍院先輩。いえ、小夜子さん! ぼ、僕は刀技場で優勝しますっ! そして先輩のお父さんに認めてもらいます! だから僕と付き合ってください! 必ず優勝して先輩のお父さんに認めてもらえる強い男になります! 」


 僕は先輩の手を握りしめ、力いっぱい大きな声でそう宣言した。


 生まれた家柄はどうしようもない。いや、僕の家だって何百年か前までは有名な陰陽師を排出した名家らしいし、家系図を見つけ出せばなんとか家柄はクリアできるはず! ならあとは強さを証明すればいい!


 現実世界の僕は貧弱だ。刀なんて振るったこともない。そんな僕が世界中から刀と槍の名手が集まる刀技場で、先輩が結婚する4年以内に優勝するなんて夢のまた夢だ。


 でも僕にはドリームタブレットがある! 健康体と筋肉体質を身に付けて、現実世界で身体を鍛えまくる。そして夜はこの夢の世界で命懸けで戦い続けて技術を磨けば不可能じゃない! 僕は死を経験しているんだ。死んだことのない人間に負けるわけがない! やれる! やってみせる!


 僕は無理やり優勝できる理由を集めて自分を鼓舞した。先輩のためならできると、先輩を望まぬ結婚から救うんだと。


「つ、土御門君……本気か? 刀技場のことは君も雑誌を購読しているくらいだ。よく知っているだろう? そこで優勝することが、どれほどのことか理解しているはずだ」


「はい。よく知っています。それでも、それでも僕は必ず優勝します」


 僕は驚く先輩の目を真っ直ぐ見つめ、必ず優勝すると言い切った。


「……ふふっ、今まで色々な男性に告白されたが、そんなことを言ってくれたのは君が初めてだよ。こんなに胸が熱くなったことも……刀技場で優勝するだなどと、普通なら無理だと、出来もしないことを言うなと思うのだがな。不思議だ……君ならできる気がする。現実世界の君はあんなに細い子なのにな」


「できますよ。僕はひ弱ですけど、先輩のためならなんだってできます」


「……嬉しいよ土御門君。そこまで想ってもらえたことなんて今までなかったから……その……もう一つ聞きたいのだが、君は私が戦っている時の顔が好きだと言っていたと思う。魔物を斬って笑っている私の顔が、戦いに酔い刀を振るい嗤っている私の顔が……それは本当なのか? 」


「はい。好きです。だって3年前に駅で木刀を振り回していた男を打ちのめした時の先輩に、僕は一目惚れしたんですから」


 あの時の先輩の妖しくも美しい笑みに。


「あの場所に君が……わ、私は刀で生きている物を斬ることに悦びを感じている……それは私には鬼の血が流れているからなんだ。剣術の試合でもいつもやり過ぎないように心の中の鬼を抑えている。私の血は……鬼龍院家は鬼と人との混血の一族なんだ。そんな私でも……そんな私のために君は刀技場で優勝すると言うのか? 」


「はい、優勝します。先輩に鬼の血が流れているとかそんなの関係ありません。好きな子がたまたま鬼の血を引いていた。それだけのことです」


 僕は急に俯いて、弱々しい声で鬼の血が流れていると話す先輩の両手を強く握りしめた。そしてそんなことは関係ないとはっきりと伝えた。


 鬼が実在していたのかどうかは知らないけど、だからなんだってことだよね。そんなの関係ない。先輩が鬼だというのなら、僕は鬼の先輩を好きになったってだけの話だ。たとえ先輩に角が現れても僕はその角ごと先輩を好きだって言える。


「あ……そ、そう……か……ならば君が刀技場で優勝するか、父を納得させられたなら現実世界の私は君の想いに応えると約束しよう」


「あ、ありがとうございます! 必ず優勝して鬼龍院先輩を恋人にします! 」


 やった! 駄目だと思っていたことに希望が見えた! あとはやるだけだ! 絶対に刀技場で優勝するんだ!


「さ、小夜子だ……」


「え? 」


「こ、恋人になったのだから名字で呼ぶのはおかしいではないか……ゆ、優夜」


「恋人に? で、でもそれは僕が刀技場で優勝したらの話って……」


 目の前で顔を真っ赤にして僕の手を握り返し、恋人になったと告げる先輩の言葉の意味がわからなかった。


「そうだ。現実世界の私は君が刀技場で優勝すれば恋人になる。しかしここは君の書いた小説の世界だ。この身体は現実世界の私の身体ではないし、親もいない。つまりこの世界では私に許嫁はいないんだ。だからここにいる私は優夜のその……恋人になったのだ」


「え? い、いいんですか? 僕はまだ何も……」


 つまり夢の世界で先に恋人になるってことだよね? 僕と先輩が現実世界より長い時間一緒にいることのできるこの世界で恋人に? 本当にいいの? 


「ゆ、優夜は強い。私は強さとは腕力ではなく、心の強さだと思っている。優夜の心は私の知る誰よりも強い。私はそんな君が……そんな君を……」


「さ、小夜子さん……」


 僕は恥ずかしそうに下を向き、僕の手を見つめる先輩の名前を呼んだ。


「優夜……」


「大切にします。そして必ず現実世界の小夜子さんとも恋人になります」


「ああ、待っているよ。ずっと……」


 先輩顔を上げ、頬を染めながら僕にそう言った。


 僕は普段の凛々しい表情とは違い、普通の女の子のように恥ずかしがる先輩がすごく可愛くて……僕は握っていた先輩の手を引き寄せ、ゆっくりと先輩へ顔を近づけていった。


「あっ、優夜……んっ……」


 そして僕は先輩の唇に僕の唇をそっと重ね合わせた。



 今日僕は、ずっと好きだった先輩と恋人(夢の世界限定)になりました。


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