第31話 融合

 



「ん……森? あ……夢の世界……」


 目覚めると見覚えのある巨木の下で、シャツとズボン姿で仰向けに寝ていた。


 どうやらいつの間にか机で眠ってしまったみたいだ。身につけていたローブや杖が無いのは死んだからかな? さすがに死んだ時の設定は小説に書いてなかったから不安だったけど、どうやら装備を失った状態で生き返るみたいだ。


 でも現実世界で目が覚めてからまだ5時間ちょっとくらいしか経過していないのに、また夢の中の世界に来るなんて……


 僕はこんなに短時間でまた夢の中の世界に来たことに疑問に感じ、ステータスを開いてドリームタイムを確認した。


「残り20時間? 確か2000ptあったから3倍特典で60時間になってるはずなんだけど……」


 もしかして起きていた時間に比例する? 5時間ちょっと起きてたらで3分1ということ? なら15~17時間起きていればでMAX時間いれるってことなのかな? 確かに社会人のユーザーなら、深夜仕事している人とかもいるもんね。起きていた時間に比例してドリームタイムが計算されるなら納得かな。


 うーん、僕が夕方くらいに起きて、夜眠れなかったら色々計算が狂いそうな気もするけど……どこかでリセットされたりして調整するのかも。これは一度検証してみないとわからないや。


 あっ! こんなことしてる場合じゃない! 僕がこの世界にいるってことは先輩もいるはず! 


 僕は慌てて起き上がり、先輩の無事を確かめようとステータスを確認しようとした。しかし僕が死んだことでパーティは解散扱いになっていて見れなかった。


 僕は一度死んでいるからステータスは全快だけど、先輩は結構ギリギリだったはず。でもあの時間違いなくオークキングが倒れて消えていくのが見えたし、周囲にオークはもういなかった。だから危険はないと思う。


 僕はそう自分に言い聞かせ周囲を見渡した。まずは先輩のところへ行くために、今いる場所がどこなのかを確認するためだ。


 そしてそれはすぐにわかった。少し先にオークの集落が見えたからだ。


 どうやら死んだら少し離れた場所で復活するみたいだ。確かにその場で装備がない状態で復活しても、僕を殺した魔物にまたすぐ殺されちゃうしね。


 僕は僕が死んだと思っているであろう先輩を安心させるために、警戒しながらオークの集落へと向かった。


 先輩……召喚のアイテムを使ったけど昼に寝てしまったから、先輩は夢の世界の先輩のままかな? それとももう現実世界の先輩がいる? 


 昨日保健室で先輩に学校を休んで昼に寝てくださいって言った時に、そうするって言ってたしやっぱり現実世界の先輩になっている可能性が高いかも。だとしたら集落ではなくスタート地点にいる可能性もある。


 僕は色々な可能性を考えつつ、集落を襲撃する時に先輩と一緒にいた場所にたどり着いた。


 そして集落を見下ろすと、集落の中央にある大きな小屋の前に女性がひざまずき、何かを抱きかかえるようにして背を向けている姿が目に映った。


 その女性はボロボロの道着と袴姿で、結んでいた髪も解け頭を下げていてその表情を伺い知ることはできなかった。


 先輩だ……大きな怪我はないみたいだ。特に周囲を見渡したり動揺している素振りはない。やはりまだ現実世界の先輩は召喚されていないみたいだ。


 僕はゆっくりと森から集落へと入っていき、オークキングと戦った場所から動かない先輩のいる場所へと歩いていった。そして小屋を曲がり集落の中心部に出ると、僕の気配に気づいたのか背を向けていた先輩が抱えていたものをその場に置き、腰に差していた刀を抜き立ち上がった。それからゆっくりと僕の方へと振り向いた。


「!? 土御門……君? 」


「あ……い、生き返りました……す、すみません……」


 先輩は涙で溢れていた目を見開き、僕の名を口にした。


 正面から見た先輩はサラシが外れ両乳房がむき出しになっており、ビリビリに破れた袴からも黒いショーツが丸見えだった。僕は一瞬先輩の大きく上向きの乳房に目が釘づけとなったけど、なんとか視線を下にそらし生き返ったことを伝えた。


 そしてそらした視線の先にローブや杖などの装備が置かれていたのを見て、これをさっきまで抱きかかえ泣いていたのかと僕は思った。そう思うと生き返ったことがなんだか申し訳なくなり先輩に謝っていた。


「生き……返った? 」


「はい……僕もびっくりで……え? 」


 僕が生き返ったことが信じられないのか、先輩は呆然とした表情で僕に問いかけた。僕がそれに頷きながら答えると、先輩はゆっくりと僕に近づいてきて……そして僕を強く抱きしめた。


 しかし身長差さから僕は先輩の乳房に顔を埋めることになり……


「心配した……死んだのかと……」


「す、すみません! あの! あの! 」


 僕は先輩のおっぱいに挟まれながら、そのことを伝えようとした。けれど言葉が続かなかった。


 柔らかい……ずっとこうしていたい……でも自分の姿に気づいていない先輩に教えてあげなきゃ! 後で絶対怒られるよ。


 僕は自分との葛藤の末、強い意志で顔を上げて先輩に伝えようとしたその時。僕の額に冷たいものが落ちてきた。


「馬鹿者……私をも守る為に盾になるなど……大馬鹿者だ君は……」


「鬼龍院先輩……僕は……僕は弱いですけど男ですから……女の子を守るために戦うのは当然のことなんです」


 僕はそっと顔を上げ、涙を流している先輩の目を見てそう言った。


「土御門君……私は……私は君を守ろうと思っていたんだ。それが逆に君に守られ、命まで失わせてしまった。私は戦いに酔い、君の指示を無視してオークキングへと吶喊した。その結果気を失い君を犠牲にしてしまった。君に大馬鹿者と言ったが、それは私の方だ。すまなかった……そして私を守ってくれてありがとう」


「うぷっ! い、いえ……」


 僕は後悔と感謝の言葉とともに、より強く僕を抱きしめる先輩の乳房に埋もれながら、死んで良かったと思ったりしていた。


「それに土御門君……」


「は、はい? 」


 僕は先輩の言葉と同時に再び緩んだハグから顔を上げ、なんとか返事をした。すると先輩は真剣な表情で僕を見つめていた。


 どうしよう……顔が熱い。やらしい顔になってないよね? 先輩はいい加減気づいて欲しいんだけど……


 僕は恥ずかしさから先輩から横へと視線をそらした。すると視線の先にはピンク色の突起があり……僕の視線はそこで固まってしまった。


 そんな僕の様子に気がついていないのか、先輩は言葉を続けた。


「私をあの悪夢から救ってくれてありがとう。ここは……君の世界なんだね」


「えっ!? 」


 僕は先輩の言葉に驚き再び視線を先輩へと向けた。先輩はとても優しい眼差しで僕を見ていて……


 え? え? 悪夢って現実世界の先輩? でもオークキングとの戦闘のことを知っていて……


 先輩が召喚されているかもしれないとは思っていた。けどさっきまでの先輩との会話は、この世界で一緒に過ごした先輩じゃないと知らない内容だった。一体どういうこと?


「ふふふ、君が私を呼んだのだろう? 何をそんなに驚いているのだ? 」


「そ、それはそうですけど……本当に昨日保健室にいた先輩ですか? 」


「ああそうだ。現実世界の私と言った方がいいかもな。君に言われたとおり昼に寝た私は、つい先ほどこの世界にやってきた。するとこの世界の私の記憶が一気に流れてきたんだ。君と出会った時のこと。マジックテントで君のために朝食を作ったこと。二人で雑誌を見せあったり、トランプをしたこと。君が現実世界のその……大切な人を救うために、この世界の私とともにオークキングに挑んだこと。君が気を失った私を守るために命をかけて戦い散ったこと……全てをだ」


「記憶が……」


 僕は少し照れた様子でそう言った先輩の言葉を聞き固まっていた。


 これは想定していなかった。まさか記憶を受け継いでいるだなんて……神様が悪いようにはしないといっていたのはこのことだったのか。


「記憶だけではないよ。その時感じた感情も全て受け継いでいる。私は君とこの世界で過ごした鬼龍院小夜子であり、現実世界の鬼龍院小夜子でもあるんだ。この感覚はそうだな……融合したといった方がわかりやすいかな」


「融合……そう……ですか……よかった……よかった……ううっ……」


 よかった……この世界で一緒に過ごした先輩が完全に消えたわけではなかったんだ。現実世界の先輩と一緒になってこの世界に存在しているんだ。


 僕はずっと感じていた罪悪感が少し軽くなった気がして、そのまま先輩の胸に顔を埋め泣いた。


「君はとことん優しいな……ほら、男子たるもの涙を女に見せるものじゃな……なっ!? 」


「うわっ! 」


 先輩に頭を撫でられたかと思ったら、僕は突然先輩に突き放されそのまま後ろへと尻もちをついた。何が起こったのかと先輩を見上げると、先輩は真っ赤な顔をして両腕で胸を隠していた。


 あ……やっと気づいたみたいだ。


 僕は怒られるのを覚悟し、その場で正座をし下を向き先輩の沙汰を待った。


「土御門君……」


「は、はい! すみません! 僕は何も見ていません! 」


 僕は先輩にしてはか弱い声で話しかけられて、その場で必死に頭を下げて謝った。


「……その辺に落ちている魔石を拾い、神様ショップで着替えを購入してくれないか? 」


「はい! すぐに! 」


 僕は瞬時に立ち上がりオークキングとナイトがいた場所に走り、魔石を拾って神様ショップに投げ込んだ。そして大急ぎで先輩の道着と袴。そしてサラシを購入し、目を瞑りながら先輩へと渡した。


「ありがとう。少し後ろを向いていてくれ」


「はい! 」


 僕は直立不動のまま回れ右をして、そのまま先輩が着替え終わるのを待った。




「もういいぞ。まさか戦いに夢中でサラシが破れていたことに気付かなかったとはな……不覚だったよ」


「そ、その……言おうと思っていたんですけどその……言い難くて……」


 僕は着替え終わりった先輩に向き直ったが、先輩はまだ顔が少し赤い。


 流石の先輩もマジックテントでワンピース越しに見たときとは違い、何も着けてない胸を見られたのは相当恥ずかしかったみたいだ。


「……気にするな。私の未熟さが招いたことだ。見苦しいものを見せてしまったな」


「そ、そんな! 見苦しいだなんてとんでもない! 凄く綺麗で柔らかくて最高でした! あっ……」


 しまった! 僕はなんてことを! これじゃあエロい男だと思われちゃうよ!


「き、綺麗? そ、そうか……」


「そ、その! そうだ! 先輩に説明しないといけないと思っていたんですこの世界のこと。そして先輩が悪夢を見ることになったその原因を! 」


 僕は赤面する先輩を前にして、この気恥ずかしい雰囲気に耐えられず、先輩にドリームタブレットのことをすべて話すと伝えた。


「あ、ああ……それは私も知りたかった。ここは夢の中の世界なのだろう? 遠くから見ていただけだった私が、今なぜこうして肉体を得ているのか。そしてなぜ君と私がここにいるのかを」


「はい。全てお話しします」


 僕はドリームタブレットを手に入れたあの日の出来事から、なるべく詳細に先輩へと説明を始めた。


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