第24話 悪夢
コンコン
「失礼します」
「あら? 土御門君じゃない。 また具合が悪くなったの? 」
僕が保健室に入ると、保健医の先生が机でパソコンに何か打ち込んでいるところだった。
先生は椅子から立ち上がり、また僕が具合が悪くなったのかと心配している。
保健室には貧血とかで結構な頻度でお世話になってるからね。
「はい……少し休ませてもらえないかと……」
「ええ、いつものベッドで横になってなさい。ほかの生徒もいるから静かにね」
「はい。すみません」
ごめんなさい先生。
僕は授業が始まっていることもあり、具合が悪くないなら戻りなさいと言われると思い仮病を使った。
結構厳しい先生なのでほかの生徒だと仮病とかすぐ見抜いて追い返したりするんだけど、日頃の行いからか僕はまったく疑われることはなかった。
虚弱体質が役に立つ時が来るなんて思わなかったよ。
僕は机に戻る先生の後ろを通り、奥にある3つのベッドへと向かった。
そしてカーテンで仕切られている窓側のベッドの隣へと腰掛けた。
すると隣のベッドの仕切りカーテンが開き、上半身を起こした先輩が少し驚いた表情で話しかけてきた。
「やはり土御門君か 」
「あ、はい。先輩はどこか具合が悪いのですか? 」
僕は先輩がここにいることは知っていたけど、知らないフリをしてそう答えた。
やっぱり先輩はまだいた。三上から聞いていた情報から、高確率で先輩は先生にベッドで寝かされると予想していたけど……三上の言うとおり目に力が無く、明らかに具合が悪そうだ。
「いや、ちょっと不注意で足を捻ってな。軽い捻挫なんだが、先生が休んでいけと言うからな。土御門君こそどこか具合が悪いのか? 」
「は、はい。僕は身体が弱いのでよくここで休ませてもらってるんです」
「そうだったのか。私は保健室でお世話になるのは初めてでな。寝ろと言われてもなかなか寝れるものでもなくてな……」
『土御門君。ちょっと納品業者さんが来てるみたいだから、少し席を外すわ。何かあったら携帯を鳴らしてちょうだいね』
「あ、はい! 電話します」
僕が先輩と小声で話していると先生が出掛けるらしく、僕に何かあったら電話をするように言ってきた。
こういうことはよくあるから、先生の携帯番号を僕は知っている。いつも横になるだけだから先生も僕に頼みやすいみたいだし。
保健室を出て行く先生に返事をした僕は、改めて先輩に向き合った。
「確かに家以外だとなかなか眠れませんよね。でも先輩顔色が悪いですよ? 家でも眠れてないんじゃないですか? 」
「……そう見えるか? 」
「ええ、ファンデーションで隠してるようですけど、クマがありますよね? 」
「ふふっ、男子なのにわかるのだな」
「え、ええ」
三上から聞かなかったら気付かなかったけど。
「ふふふ、そうだ。君のいう通りだよ。ここ数日眠れなくてな」
「何か悩み事とかがあるんですか? その……家のこととか? 」
やっぱり婚約者に何かされたのかな? そうだとしたらあまり踏み込んで聞けないよね。
「いや、そうではない。なんというか……眠いのに眠れないのだ」
「眠いのに眠れない……ですか? 」
眠いなら眠れると思うんだけど……
「ああ……そうだな。君は3日連続で同じ夢を見たことがあるか? 」
「え!? れ、連続で……ですか……」
え? え? なんでいきなり夢の話に?
「普通はないことだが、先週の月曜日から連続で同じ夢を見るようになったんだ。それがあまりにも鮮明でね。これはおかしいと思って木曜日にその……君に確認をしたわけだ」
「あ……そ、そうだったん……ですか……た、確かに鮮明な夢を連続で見れば何かあると思いますよね……」
ええー!? 月曜日から連続で同じ夢を見て木曜日に僕に確認したってまさか……
「ああ、結局何も無かったのだがな。あの時は変なことに付き合わせてしまって悪かったな」
「い、いえ! ぼ、僕でも気になると思うので……その……ちなみにどんな夢だったんですか? 」
「それは……少し恥ずかしいな。いや、あの時文句も言わず付き合ってくれた君には話すべきか……その……笑わないで聞いて欲しい」
「わ、笑ったりしません! 大丈夫です! 」
「そうか……まあその……あの図書室で異世界の森に召喚されたのだ。そしてその森で私にそっくりな女性が、君にそっくりな男の子とまるでゲームに出てくるような魔物と戦っていたのだ。その姿を私は宙に浮いている状態でずっと見ているような夢だった。それを3日連続で見たんだ。ふふっ、変な夢だろ? 」
「い、異世界で……ですか……」
「ああそうだ。そこで私は刀を振り回して、君は魔法を使っていたよ。お伽話みたいな夢だったよ」
目の前で恥ずかしげに笑う先輩に対し、僕は心臓が大きく高鳴り動揺していた。
夢の世界を先輩は見ていたんだ。
僕みたいに夢の世界の先輩の中に入っていたわけじゃなくて、最初の頃の100pt貯まる前の僕と同じ幽体離脱しているような状態でずっと……
図書室でのあの出来事は、夢の中に登場する僕が同じ夢を見ていないか確認するためだったのかも。
まさか先輩の夢に干渉していたなんて……いくらなんでもこれはやり過ぎだよ神様。召喚のアイテムがなくても他人の夢に干渉できるなんて……
ど、どうしよう。話す? その夢は僕が先輩を小説に登場させたから見るようになったんですって。ここで全部話す? だって僕のせいで先輩は眠れなく……いや、ちょっと待って。
木曜日に図書室に呼ばれた時は別に先輩は具合が悪いようには見えなかった。
先輩が体調が悪そうに見えたのは、金曜日の放課後で剣術道場で見た時が最初だった。ということは木曜日の夜から眠れなくなった可能性がある。
もしかして……いやまさか……でも……
「せ、先輩。3日連続で見ていたその夢は今も見てるんですか? 」
「いや、木曜日の夜からは違う夢を見始めた。それがもう4日続いているんだ」
「4日も……」
そんな連続で見る夢は間違いない。
僕と同じドリームタブレットの所有者が先輩の身近にいる。
そしてその人が書く小説にも先輩が登場している。
でもなぜ木曜日の夜から僕の夢の世界を見なくなったのか……木曜日の夜……明けて金曜日……
あっ! ランキング!
恐らく僕の夢の世界を先輩が見なくなったのは、ランキングが関係しているのかも!
そういえばランキングの注意書きに、ランキングの上位者には優先権があるようなことが書かれていた。あの時はショップの限定数販売の商品とかの優先権だと思ったけど、あれは恐らく夢の世界に呼ぶ優先権のことだったのかもしれない。
ということは、先輩が今見ている夢は僕よりランキングが高い人の小説の世界……
そしてその夢は良いものではない? だから寝不足に?
「ああ、4日も続いているよ。まあそれが眠れない原因なのだがな」
「悪夢かなにかなんですね? 」
「ああ、そうだよ。いや、記憶が鮮明なぶん普通の悪夢よりたちが悪いかもな」
「その……その悪夢がどんなものか教えてもらってもいいですか? 」
僕は予想通り悪夢だったことに顔をしかめつつ、聞き難かったけどそれがどんな夢なのか聞いてみた。
「悪夢の内容か……そうだな……最初は……そう、私そっくりの女性とよく知る学園の女生徒たちが、顔見知りの男に奴隷になれと言われて断ったところから始まった。次に一人づつ武器も何も持たされず、迷宮と呼ばれる迷路のようになっている地下室に飛ばされた。そこで虫の化物に永遠と追い回され最後は殺されていた。私に似た女性は、死んでも翌日また眠ると迷宮のどこかで生き返っていたな。そしてまた虫に殺されるの繰り返しだ。毎回私に似た女性が死ぬと目が覚めるのだが、そのあと眠るのが怖くてな……昨夜はその夢を見るのが怖くて寝なかった。そのせいか階段で足を踏み外してね。ここにこうしているわけだ」
「そんな……酷い……」
酷い……小説の中とはいえ、先輩にそんな思いをさせてそれを見せるだなんて……
いや、僕と同じで先輩の夢に干渉していることを知らないのかもしれない。小説の中だけで、夢の世界の中だけで先輩に酷いことをしているだけなのかもしれない。
でも今日実装されたカミヨムショップにある、あの召喚のアイテムをそのドリームタブレット所有者が知ったら?
いや、もう知っているかもしれない。
先輩を迷宮に放り込んで虫に殺させたりを平気でやる人間だ。先輩を召喚をする可能性は高い。
もしもあのアイテムを使われたら、今まで宙に浮いた状態で眺めていた先輩が虫に殺される体験をすることになる。
そんなこと絶対にさせない! 僕が先輩を助けなきゃ!
「そんな顔をするな。ただの夢だ。でも話したら少しスッキリしたよ。ふふっ、誰にもあの悪夢の話はしたことがなかったのだがな。不思議と君にならと思ってしまった。これも夢の中の君の影響かな? 」
「僕の影響……ですか? 」
「ああ……夢の中の君は頼り甲斐がある男の子だったからな。君の指示に従っていたら、全てのことがうまく運んだんだ。とても楽しかったよ」
え? 先輩は僕との冒険を楽しんでくれていた?
僕と二人きりのあの冒険を……
「先輩。僕は先輩の夢の中に出てくるような、頼り甲斐のある男じゃないかもしれません。ですが一つだけして欲しいことがあります」
「私にして欲しいこと? 」
「はい。今ここで寝てください。絶対に悪夢を見たりしませんから」
僕は先輩の目を真っ直ぐみつめてそう言った。
ドリームタイムはタブレット所有者が眠った時にスタートする。それはタブレット所有者が眠っている時に起きていれば、夢の世界に呼ばれることはないということだ。現に先輩は昨夜寝ていない。寝なければ夢を見ないのは当たり前だ。
逆にタブレット所有者が起きている時に眠れば、夢の世界に呼ばれることはないということにもなる。
先輩に悪夢を見せているドリームタブレット所有者は、夜に寝ているのは間違いない。なら今なら大丈夫なはず。もしも先輩がうなされたりしたら僕が強制的に起こせばいい。
「ここで……私に眠れと? しかし……」
「大丈夫です。僕がカーテン越しに起きて見守ってますから。何かあればすぐに起こします。僕を信じてください」
「土御門君……君はもしかして何かを……そうか……わかった。正直もう限界だったんだ。君を信じて少し眠ることにするよ」
「ありがとうございます。必ず先輩を悪夢から救い出しますから」
必ず僕が悪意あるドリームタブレット所有者から、先輩を助け出しますから。
それから午後の授業が終わり、放課後となり各部活動が終わるまで僕は先輩の隣のベッドで見守っていた。
先輩は予想通り、うなされることなく静かに眠っていた。
そして保健医の先生に起こされた先輩に、ありがとう本当に悪夢を見ないで眠れたよと笑顔で言ってもらえた。
僕は今夜だけ我慢して起きていてくださいと、できれば明日は休んで日中に眠ってくださいと先生が呼んだタクシーに乗り込む先輩にお願いした。先輩はそうすることにすると、君を信じるよと笑みを浮かべながら答え家へと帰っていった。
僕は先輩を見届けた後、急いで家へと帰った。
先輩を悪夢から救うために。
僕より上位のランキングにいる、ドリームタブレット所有者から先輩を取り戻すために。
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