第20話 確認
「駄目だ。気になって書けないや……」
僕はキーボードを叩く手を止め、ため息をついた。
昼休みに先輩に呼び出された時のことが気になって、小説を書くことに全然集中できない。
あれから教室に戻って、三上になんで鬼龍院先輩が優夜に会いに? どこで何を言われた? とか質問責めにあって、僕もわからないし何もなかったと言ったんだけど信じてもらえなかった。
授業が終わって放課後に三上に図書室でのことを全部話して、やっと何もなかったと信じてくれたよ。
僕ちには心当たりがあったけど、さすがに友達でもタブレットのことは言えないし。
それから家に帰って小説の続きを書いてたんだけど、先輩のことが気になって全然集中できないや。
「うーん……もしも夢の世界の先輩に、現実世界の先輩の意識が入っていてそれが僕の仕業だと知ったら……」
怒る……よね。
そりゃそうだよ。自分の夢を他人に、しかも好きでもない男に干渉されてたと知ったらそりゃ怒る。いや、気持ち悪がられるかもしれない。
でも確認しなきゃ。このまま前作に切り替えて逃げることもできる。けどもしも先輩の意識があったとして、今日の今日で急にあの世界の夢を見なくなったらその方が怪しまれる。
ちゃんと現実世界の先輩かどうか確認して、それで本当に先輩の夢に干渉してたのなら謝って事情を話して二度とあの世界には呼びませんと言わなきゃ。
気が重い……
「はぁ〜……今日は書けそうにないや。昨日多めに書いた分だけ投稿してM-tubeで見て寝よ……」
それから僕は遅くまで動画を見てそのまま眠りについた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
目が覚めると僕はスウェット姿で洗面台の前に立っていた。
「あ……あのまま携帯で動画を見たまま寝落ちしちゃったのか……」
『土御門君、朝食ができたぞ』
「は、はい! 今行きます! 」
僕が鏡を見ながら寝る前のことを思い出していると、部屋から先輩の声が聞こえた。
僕は返事をして慌てて洗面所を出ようとしたところで、洗濯機の上に僕のパンツとシャツが置いてあることに気付いた。
それは綺麗に畳まれていて、先輩が僕のパンツを手にしたことを恥ずかしく思いつつも、急いでパンツを履いて洗面所を出たのだった。
「簡単なものだけど食べてくれ。今日も魔物と戦うことになると思う。しっかり食べておかなねば力が出ないからな」
「は、はい。すみません。ご飯の用意までしてもらって」
僕はキッチンの前のテーブルの上に、料理を並べ終えた先輩にそう言って頭を下げた。
でも内心では、テーブルの上の白飯に焼き魚に味噌汁に納豆。それにほうれん草のごま和えとたくあんを見て先輩の手料理だぁと感動していた。
「たいしたことではないよ。昨夜土御門君が用意してくれたコンビニにあるような物ばかりだ。私は米を炊いて味噌汁を作り、魚を焼くくらいしかしていないよ」
先輩は両腕を胸の下で組みながらそう言って薄く笑った。
「それでも十分です! 鬼龍院先輩の手料理を食べれるなんて、ファンの人たちが知ったら血涙を流して悔しがりますよ」
先輩の手料理! 先輩がキッチンに立っていたことで期待はしていたけど、本当に食べれるなんて!
「ふふふ、それは大げさに言い過ぎだ。部の合宿の時にほかの女性部員たちとよく作っているよ。そんなことよりも冷める前に食べてくれ」
「はい! いただきます! 」
僕は箸とお茶碗を手に持ち、勢いよく食べ始めた。すると先輩も僕の対面の椅子に座り、背筋を伸ばし静かに食べ始めた。
その姿はとても優雅で、食事をする時も先輩は綺麗だなぁと僕はその姿をこっそりと見ながら食べていた。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。お米はふわふわで、お味噌汁もうちの母が作るのより美味しかったです」
「ふふっ、ありがとう。米の炊き方と味噌汁の作り方は亡き母に教わったんだ。美味しいと言ってもらえて嬉しいよ」
僕が美味しかったと言うと先輩は箸を置き、とても嬉しそうに笑ってくれた。
亡き母か……先輩のお母さんだから相当綺麗な人だったんだろうな。でも確か鬼龍院家当主のお父さんには奥さんがいたはず。元剣士の女性で刀技場の役員として、よくテレビや雑誌に出てるのを見たことがある。
結構な年齢だったと思うから、その女性が一人目の奥さんなのかな? まあそんなこと聞けないけど。
「そうだったんですね。本当に美味しかったです。毎日でも食べたいくらいです」
「そんなたいした物は作れないよ。しかしこれを機に少し勉強してみようと思う。コンビニの弁当ばかりというわけにもいかないからな。料理本もあるんだろう? 」
「はい、あります」
「なら勉強してみるかな。土御門君には毒味をお願いすることにしよう」
「毒味だなんて! 鬼龍院先輩が作るものなら喜んで食べさせていただきますよ! 」
「ふふふ、そうか。ならば私も美味しいものを作れるようにならないとな」
先輩の料理なら苦手なゴーヤが出てきたって食べてみせる! コンビニにゴーヤはないけど。
ああ……でも先輩の料理を毎日食べることができるなんて幸せだなぁ……
って、喜んでる場合じゃないよ!
聞かなきゃ……先輩が本物かどうか聞かなきゃ。
僕は先輩の手料理に浮かれていて、大切なことを忘れかけていた。
聞くなら早い方がいい。手料理を食べれなくなるかもしれないけど、モヤモヤしたまま森で戦っても集中できない。その結果、先輩を危険に晒すかもしれない。
だったら聞くのは今しかない。
僕は意を決してなるべく自然に昨日の昼休みのことを聞いてみた。
「あ、そうだ。あの先輩……昨日の昼休みに僕のクラスに来たことなんですけど……」
「ん? 土御門君のクラスに私が? なんのことだ? 私は君のクラスに一度も行ったことはないぞ? 」
「え? あれ? そのあと図書室に一緒に行ったこともですか? 」
先輩は僕のクラスに来たことがない?
先輩の表情は覗き魔の時の話をした時と同じで本当に知らなさそうだ。
ということは現実世界の先輩の意識は入ってない?
「何を言っているのだ? 君とは図書室で会ってこの世界に一緒に連れてこられたのではないか。まさか夢とごちゃ混ぜになってないか? 」
「あ……あれ? そうでした。図書室で会ったんでした。ちょっとリアルな夢を見てごちゃ混ぜになってたみたいです。すみません。あははは……」
僕は目の前にいる先輩が本物ではないことに安堵しつつ、夢のせいにしてごまかした。
「ふふふ、いいさ。私も今朝目が覚めた時は、自分の部屋でないことに少し混乱したからな。こんな世界に突然連れてこられたのだから仕方あるまい。さて、食べたなら片付けるからソファーでコーヒーでも飲んでいてくれ」
「あっ、僕が片付けます。先輩はソファーでゆっくりしていてください」
「これは女の仕事だよ、男がやることじゃない。母からそう教わったんだ。私にやらせてくれ」
「え? で、でも……いえ。はい……お願いします」
僕は片付けをしようと手に持っていた食器をテーブルに置き、先輩に軽く頭を下げてお願いした。
料理を作ってくれたうえに片付けますでさせるのは申し訳ないと思ったけど、先輩がお母さんにそうするように言われたのならそれを尊重したいと思ったんだ。
「ふふっ、ありがとう」
先輩は僕に優しく微笑んで食器を片付けていった。そして台所で食器を洗う姿を僕はソファーに座りながら眺めていた。
先輩って結構家庭的だなぁ。こんな僕のことも男だからと立ててくれるし。
それにしてもこの世界の先輩は、現実世界の先輩じゃないのはもう間違いないと思う。
ならなぜ現実世界の先輩は、図書室で確認しようとしんだろ?
うーん……神様がこの世界の先輩の姿や記憶を創る時に、現実世界の先輩に干渉したのは間違いないと思う。でなきゃこんなにもそっくりには創れないだろうし。
もしかしたら現実世界の先輩に干渉した時の副作用か何かで、あの図書室の夢を現実世界の先輩が見たのかも。それがハッキリした夢なのか、普通の夢としてなのかはわからない。でもその夢を連続で見たから確認しようとしたんだと思う。
先輩はあの時、僕に何かを知らないかとか、夢のこととか何も聞かなかった。ということは僕が何かをしたとは考えなかった可能性もある。
少し気になったから確認してみたって感じだった。
もしかしたら予知夢か何かだと思ったのかもしれない。だからあの席に座って本を読んでいた時、何も起こらなかったことで先輩は笑ったのかも。
予知夢か……これなら先輩のあの行動に納得がいくかな。
それによくよく考えれば、この世界の先輩に現実世界の先輩の意識があるとしたら、僕と同じように五感がハッキリ感じられるはずだ。普通はそんなの絶対ただの夢じゃないって思うよね。でも昨日の先輩はそんな確信めいていた感じはしなかった。
うん、やっぱり予知夢的な何かだと思って確認しただけっぽい。
良かった〜ならこの世界で先輩とまだいれる。ほんと一時はどうなることかと思ったよ。
「土御門君。洗い物が終わったから私は着替えてくるよ。君も準備をしておいてくれ。今日は昨日より多くの魔物を倒すつもりだからな」
「は、はい! がんばります! 」
僕が先輩とまだ一緒にいれることに安心していると、先輩は道着を手に持って洗面所へと入っていった。
その姿は心なしかとても楽しそうに見えた。
でもこれで心置きなく冒険ができる。
今日はいっぱい魔物を倒してレベルを上げて、使った分のお金も稼がなきゃ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます