第18話 就寝タイム

 


「今月号も興味深い記事がありなかなか内容が濃かったな。しかしまさかこれが読めるとは思いもしなかった」


 先輩は読んでいた雑誌を閉じて僕に顔を向けそう言った。


 この雑誌は食事をしている時に、先輩が明日発売予定だった人気月刊誌の『華の武道』を読めなかったのは残念だったと言っていたのを聞いて、僕は神ショップのコンビニのに雑誌があったのを思い出して買ったものだ。


 ちなみに華の武道は女性武道家の専門誌だ。お洒落な道着や女性用の防具に、木刀や小物類に現役女性刀士のインタビュー記事なんかが書かれている。僕も毎月買ってたりする。


「僕もびっくりですよ。週間『刀技場』を読めるとは思ってもいませんでした」


「神ショップか……不思議な加護だな。ん……どうやら眠くなってきたようだ。そろそろ寝るとするか」


「あっ! 僕はこのソファーで寝ますので先輩はベッドで寝てください」


 僕は神ショップで購入した毛布を手に持って先輩へとそう言った。


「気をつかってくれるのは嬉しいが、このテントは君の空間収納に入っていたものだ。君がベッドで寝る権利がある。なに、父と山籠りした時などは木の下で寝袋のみでよく寝たものだ。女だからといって私のことは気にしなくてもいい」


「そこは気にさせてください。僕は弱っちくて男っぽくないかもしれませんが、男としてのプライドだけは持ってます。女の子をソファーで寝かせて自分だけベッドで寝るなんて耐えられません」


 僕はこれだけは譲れないと、強い意志を込めた目で先輩を見て言った。


「男子たるものそんなに自分を卑下するものではないぞ? それに君は弱くはないよ。しかしそうか……男子のプライドを守るのも女の務め。ならば二人ともベッドで寝ればお互い納得できるな。私は構わないから一緒に寝るとしよう」


「ちょ、待ってください! 僕は大いに構いますから! 鬼龍院先輩と同じベッドでだなんてドキドキして眠れませんから! 寝る時まで自分と戦わせないでください! 」


 そんなの眠れるわけないよ! いくら何かあっても僕を撃退できるからって先輩も大胆過ぎだよ!


「ぷっ……くくく……土御門君……君は……ふふっ、君は正直だな。変に下心を隠す男より好ましく思う。そうか、そういう男の子の気持ちも考えねばならなかったな。いや、君なら大丈夫だと思って言っただけなんだ。半日程度だが一緒にいてそう思えたんだ、悪かったな。ではお言葉に甘えてベッドを使わせてもらおう。ありがとう、土御門君」


「い、いえ! なんか僕、慌てて変なこと言ってすみません。どうぞベッドをお使いください。ぼ、僕は先に寝ますので、おやすみなさい」


 僕は先輩に好ましいと言われたのが嬉しくて、毛布をかぶってそのままソファーで横になった。


「ふふふ、おやすみ」


 先輩がそう言ってリモコンで電気を消し、ベッドへと歩いて行く音が聞こえた。


 あ〜めちゃくちゃ恥ずかしかった。


 先輩と同じベッドだなんて眠れるわけないよ。そりゃいつかはって思うけどさ。いつになるかわからないし、幻想のままで終わるかもだけど。


 でも先輩と一緒の空間でたくさん話せてご飯も食べて、雑誌を読んでる時もすぐ近くにいてたまにこの防具どう思うって聞いてきたりして……幸せな時間だったな。


 あれ? でもここで眠ったらどうなるんだろ? 夢の中で眠れ……そうだ。なんか眠いし身体も疲れてる。


 寝ている間にドリームタイムが終わって、明日の夜もこのソファーで深夜に目が覚めるのかな? そしたらこの世界での睡眠が不足しちゃうような……


 僕は夢の中で眠るという初めての体験に頭がこんがらがっていた。それでも一応ドリームタイムの残り時間を確認しようと、小声でステータスを開いた。


 あ30分か……そうなると明日はここで目が覚めて、ずっとこのソファーの上で朝が来るのを待つのかな? まあそれでも先輩と同じ空間にいれるならいいか。とりあえず眠いから寝……よう……



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 カチャッ


 ジュー


 チンッ


「ん……朝……あれ? 」


「ああ、起きたか。おはよう土御門君。いま朝食を作っているから顔を洗ってくるといい」


「え? あれ? なんで鬼龍院先輩が……ここは家……じゃなくてテントの……」


 僕はソファーから身をお越し、キッチンにワンピース姿で立っている先輩を見て軽くパニックになっていた。


 え? 確か寝る前はドリームタイムが残り30分だったはず……身体の疲れの取れ具合から、間違いなく数時間は眠ってたと思う。なのになんでまだマジックテントの部屋に……


「ふふふ、私も先ほど起きた時は、自分の部屋ではなかったことに一瞬だが混乱したよ。でもすぐにこの世界に来たことを思い出した。夢ではなかったんだとね」


「あ、はい……そうでした。僕も少し混乱していたみたいです。か、顔を洗ってきます」


 僕は先輩が勘違いしてくれたことに乗っかり、とりあえず洗面所へと向かった。


 そして顔を洗って頭をスッキリさせ、ステータスを開いた。


「残り6分? これはもしかして寝ている間はカウントが止まるってことか……」


 僕はステータス画面のドリームタイムが残っているのを確認しそう結論づけた。


 寝る前は30分か残っていたから、寝付くまでの時間と起きてからの時間の分が引かれてこの数字なんだろう。


 なんて親切仕様なんだ。神様も寝ているとこよりも冒険が見たいってことなのかも。


 でもこれなら先輩ともっとたくさん話せる。


 それなら今日はこのまま歯を磨いてタイムアップした方がいいよね。そして明日の夜は先輩と朝から冒険の再開だ。


 僕はそのまま歯を磨いてタイムアップを待ち、口をすすぎ終わったところで意識が遠のくのを感じそのまま身を委ねた。


 こうして僕の3日目の夜の冒険は終わりを告げたのだった。




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