第13話 後輩

 



「朝……か……不思議だ。ずっと起きてる感じなのに全然寝不足な感じがしないや」


 昨夜も先輩に会うのが楽しみでなかなか寝付けなくて、眠りについたのは遅い時間だった。それから5時間のうち2時間はあの世界で意識があったのに、まるで8時間寝たあとのように頭も身体もスッキリしている。


 夢を見ていたと言ってしまえばそうなのだろうけど、確かにあの世界ではハッキリとした意識があったし動き回って疲れたりもした。それをまったく引きずっていないどころか、5時間の睡眠とは思えないほどの爽快感。


 やっぱりこれも神様の力なのかな?


 まあ考えてもわからないし、今はラッキーくらいに思っておこう。


「さて、結構戦闘したしドリームポイントはどれくらいもらえたかな」


 僕は先輩との初戦闘がどう評価されているのか気になり、ドリームタブレットを起動させた。

 そしてカミヨムサイトを開くと『300pt達成報酬獲得』という表示が最初に現れた。


「やった! 一晩で100PTは獲得したってことか。300ptの報酬はどんなのだろ? 」


 僕は寝る前は200pt超えたばかりだったのに、一晩で100ptも増えていたことに嬉しくなった。そして報酬を確認してみると、なんとドリームタイムが今後2倍になるというものだった。


「え? 2倍? つまり300ptなら3時間だから、それが6時間になるってこと? ほんとに!? す、すごい! これは嬉しい! 」


 6時間も先輩と……いや、もっとポイントを稼げば一日中一緒にいることもできるようになる! あのマジックテントで時間を気にせず先輩と夜を過ごすことも……


 僕は先輩と朝からテンション上がりまくっていた。


「これは更新頑張らないと。フォロワーさんがたくさんいれば、それだけ小説を評価してくれる人が増えるわけだし」


 僕は先輩とのお泊まり会を実現させるため、小説を書く意欲がより一層強くなった。


「そうだ。今のポイントはっと……総合ポイントが304ptで内訳がフォロワーが81人に増えて、小説を評価してくれたのが9人でドリームポイントは110pt。昨日が40ptだったから、戦闘をしたことで70ptもらえたってことになるな。明らかに小説を評価してくれた人数より多いよね」


 これは小説は評価ポイント入れないけど、夢の世界での行動はポイント入れるという人が一定数いるということになる。複雑な気分だ。


 でもフォロワーさんを増やせば分母が増えるから、小説や夢の世界の評価をしてくれる人も増えるはず。それならやっぱり小説の更新頑張らないとね。一日2千文字程度だけど、毎日投稿していればきっと増えるはず。


「よしっ! がんばろう! でも今夜が楽しみだ」


 僕は今夜寝るのを楽しみにしつつ、学校へ行く準備をするのだった。



 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



「オッス優夜! 昨日剣術部の女子更衣室を覗いた先輩がいたの知ってるか? 」


 教室に着いてしばらくすると三上が登校してきて、楽しそうな顔をして僕に昨日のあの事件のことを話してきた。


「うん、ちょうどその場面に出くわしたからね」


「マジか!? さっきツイスターやNineやらでさ、顔面ボコボコにされた先輩が晒されてるのを見てビックリしたぜ。しかもソッコー停学食らったらしいぜ? 馬鹿だよなぁ。過去に剣術部や槍術部を覗いた奴らがどうなったか知らなかったわけじゃねえだろうに」


「捕まると毎回悲惨だよね。でもそのリスクを覚悟してたんだろうし自業自得だよ」


 ほかの部の女子は下着姿で追い掛けたりしないけど、剣術部と槍術部は勇ましい女の子が多いから追い掛けてくるのは有名だ。昔、着替えてるところを動画を撮られて拡散されたことがあるらしいんだよね。だから対応も苛烈になる。


 でもまだまだ地獄はこれからだ。恐らく覗きをしたあの二人は強制入部させられているはず。停学明けからは剣術部の男性部員からの壮絶なシゴキが始まるんだ。卒業までの1年耐えられるかな? ちなみに過去覗きをした人たちはみんな転校していった。


「まあな。停学明けの地獄にどんくらい耐えられるかな。ほんとやるならほかの部にすりゃいいのによ。鬼龍院先輩があのサラシを取るとでも思ったのかね? 」


「それはないんじゃないかな? 部活以外でもずっとサラシを巻いてるみたいだし。部活が終わったあとすぐに実家で稽古してるんでしょ? 」


 先輩は夏もずっとサラシを巻いている。それはまあ、夏にブラウスから透けて見えるからわかるんだ。最初は不思議だったんだけど、三上が教えてくれたんだよね。毎日部活が終わると実家の道場で鍛錬してるって。だからずっとサラシを巻いたままみたい。


「そうそう。取り巻きの子がさ、今はスポーツ用のブラとかもいいのがあるからって勧めたらしい。でもどうも落ち着かないらしくて結局使わなかったそうだ。鬼龍院先輩は中学からずっとサラシを巻いてるらしいぜ? まあ中学から大きかったってことだな」


「そ、そうだね。すごいよね」


 そんな早くから大きかったんだ。


「マジで一度拝んでみてえ……きっと先輩たちもそう思って、せめてサラシの姿だけでもと覗いたんだろうな」


「どうだろ? 何組の子か忘れたけど、ギャルっぽいけど2年の綺麗な子もいたしその子狙いかもよ? 」


 あの赤い下着の子は口調も行動も怖かったけど、顔は綺麗な子だった。確か1年の時に隣のクラスだったのを覚えてる。


「ギャルっぽい? ああ、そりゃ酒井美和だろ。あの男女はすぐ手が出んだよ。確かに見た目はいいがアレはないわ〜」


「ははは、確かに少し怖かったね」


 僕はあの覗き魔の顔に、躊躇なく木刀を叩き込んだ彼女の姿を思い出して身震いをした。


 痛そうだったな〜





 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢





「あっ! センパイ! やっと見つけたっスよ! 」


 午前の授業が終わり三上は学生食堂に行き、僕は今日は外で母さんの弁当を食べようと運動場横にあるベンチに座って食べていた。するとどこかで聞いた声が後ろからしたので振り向くと、そこにはすごく可愛い子が俺を指差しながら全力で走ってきていた。


「え? え? その声と話し方は……え? でも……」


「センパイ! 探したっス! 2年生に聞いても誰もセンパイのいるクラス知らなくて、相変わらず影が薄すぎっス! 」


「え? あの……どちらさんで? 」


 僕は誰だかは見当がついていた。けど、あまりに見た目が変わっていたから自信がなかった。


「酷いっス! 私のことを忘れたなんてあんまりっス! 仁科っスよ! センパイの心のオアシスの仁科 陽菜にしな ひなっス! センパイがこの学園に入学したって聞いたから、必死に弓術の練習して特待生で入ったのにあんまりっス! 」


「ええ!? 仁科さん!? ご、ごめん。あまりにも見た目が変わってたから……」


 やっぱり同一人物だった……でもわからないのは仕方がないと思う。僕の知る彼女は中学2年の頃の彼女で、ショートカットのすごくボーイッシュな女の子だ。


 それが今僕の目の前にいる彼女は肩に掛かるほど髪が伸びていて、目がクリッとして眉もまつ毛も整えていて薄いメイクまでしている美少女だ。なにより胸もかなりあって正直別人としか思えなかった。特徴的なしゃべり方じゃなければ、まだ疑っていたと思う。


「そっスか? これくらいは普通っスよ。あ、でも胸は急に大きくなったっスね。それよりセンパイを追い掛けてきた可愛い後輩に、ほかに何か言うことはないっスか? 」


「僕を? からかわないでよ。でも特待生で入れるなんてすごいね。頑張ったんだね、おめでとう」


 別にNineのやり取りもしていたわけでもなく、学校でたまに顔を合わせて大会応援しにきてくれって言われるくらいの関係だ。そんな相手を追い掛けてなんてくるわけないよね。そもそも僕にそう思われる要素が何一つないし。


 でも2年の時にあれだけ不調で大会が終わると泣いてばかりいた仁科さんが、特待生として認められるまで頑張ったんだ。そこは素直に祝福してあげたい。


「は、はいっス……でもそこはハグして耳元で言うのがベストっス! 相変わらず奥手っスね! 」


「仁科さんはなんというか、明るくなりすぎじゃない? 」


 中学の時の彼女は確かに明るい子だったけど、ここまでじゃなかった。間違っても僕を追い掛けてきたなんて冗談を言える子じゃなかった。それが男をからかえるほどにまでなってるなんて……1年で見た目も中身もすっかり変わっちゃったんだな。


「私はセンパイの記憶に残ってる純白の天使のままっス! むしろ女を磨いて女神に昇格したっス! 」


「女神にねえ……確かに見た目は見違えるほど可愛くなったけど……女神ねえ……」


「え? いまセンパイなんて言ったっスか? 私が可愛いって言ったっスか!? 言ったっスよね!? 言った! 嬉しいっス! 」


 僕が思ったままのことを口にしたら、仁科さんはガッツポーズをしながら飛び跳ねて喜んでいた。僕は同時に上下に揺れる胸から目を離そうと横を向いた。


「え? 自覚ないの? そこまで社交的ならモテるでしょ? あ〜でもしゃべり方で引かれてるかもね。僕は慣れてるから気にならないけど」


「ひ、酷いっス! これはセンパイ用のコミュニケーショントークっス! 普段は普通に話してるっスよ! 」


「なんで僕にだけとか色々問いたいけど、もうお昼休みが終わっちゃうから。とりあえず弓道部にいるんだね。また昔みたいに見に行くから練習頑張ってね」


 確かにこんなに可愛くなった仁科さんに普通に話されたら、調子狂って今みたいに話せなかったかも。彼女が中学の時のままのしゃべりだから話せてるってのはあるよね。


僕は後輩の気づかいに感謝しつつ、広げていたお弁当を片付けてベンチから立ち上がった。


「ほんとっスか!? また私の弓を見に来てくれるんスね! 頑張るっス! センパイも追い掛けてきた鬼龍院先輩と頑張るっスよ! 」


「あ〜前に話したっけそれ。ははは、まあ頑張ってみるよ」


 そういえば一昨年の冬になんで皇桜学園を受験するのか聞かれて話したっけ。なんか武道に力入れてる学園に行くのは自殺行為っスとか、いじめられるっスとかすごい心配された記憶がある。


「その様子じゃ進展ナシっスね。フラレたら慰めてあげるっス! 早く当たって砕けてくるっス! 」


「なんで砕けるのを前提に言うの!? そりゃそうなる確率は高いけどさ。まあ先輩が卒業するまでにはね……ははは」


「相変わらず奥手っス! 先が思いやられるっス! 私が女の口説き方を教えてやるっス! 」


「当たって砕けろとか言う子に教わるのも不安しかないよ。あ、予鈴が鳴ったからもう戻るよ。それじゃあまたね! 」


「はいっス! いつでも相談待ってるっスよー! 」


 僕は元気いっぱいに手を振る仁科さんに手を上げて応えて教室へと戻るのだった。


 それにしても驚いた。あの仁科さんがあんなに変わってるなんてね。また大会の時は応援に行こうかな。


 僕は中学の後輩に再会できて、驚きとともに少し嬉しく思っていた。


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