第11話 強さ

 



「土御門君どうしたのだ? 」


「え? あっ……は、はい! すみません! 」


 僕は先を歩く先輩に声を掛けられ、慌てて先輩との距離を詰めた。


 そっか、昨日は歩いている最中にドリームタイムが終了したからか。


 部屋で眠りについてからの意識の切り替えが難しいな。でも意識が落ちる瞬間なんてわからないし、慣れるしかなさそうだ。


 それにしても本当にドリームタイムが終わると、この世界の時間は止まっているんだな。


 僕は一人の時にそうだろうと思っていたことを、昨日とまったく同じ姿をして同じ場所にいる先輩を見て実感することができた。


「森の中はどんな獣がいるかわからない。気を抜いていると怪我をするぞ? 」


 先輩が腰に差した刀の鞘を握りながら少し強張った声で言った。


「はい、すみません」


 僕は先輩の半歩斜め後ろで謝りつつ、今度は時間切れになる前に休憩を提案しようと心に決めた。


「フッ、すまんな。私も見知らぬ森に突然来たことで少し緊張しているようだ。キツイ言い方になってしまった」


「いえ! 鬼龍院先輩の言う通り確かに森には危険な生き物がいますから」


 僕は先輩に謝られたことで恐縮し、手をブンブン振って僕が悪いのだと伝えた。


 そりゃあいきなり森の中に放り出されれば不安になるよね。自分の世界だからって落ち着いてる僕が不自然なんだよね。


 あっ! そうだ! 残り時間を確認しなきゃ!


 僕は寝る前に確認したポイントがしっかり反映されているか、先輩に気付かれないよう小声でステータスと言って画面を開いた。そこにはドリームタイム『1:58』と表示されていた。


 よしっ! ちゃんと反映されてる。


 そう、早くも僕の小説は209ptに到達したんだ。これによりドリームタイムは2時間となった。つまり先輩と2時間も一緒にいられるってことだ。


 僕は嬉しくて半ばスキップするような気持ちで先輩の後を歩いていった。




「しかし君は本当に肝が座っているな。こんな状況なのに怯える素振りも見せない。私はもしもこの刀を使うことになると思うと緊張して仕方がないというのに……」


 周囲を警戒していた先輩が、僕に振り向きそう言った。


 やばっ! 浮かれてるのがバレたかな? 僕の顔はニヤついてたりしてないよね?


「そ、それは痩せ我慢です。女の子の前でかっこ悪いところ見せたくないだけですよ」


「ふふっ、そうか。男の子だな」


「見た目はひ弱ですけどね。ははは」


「強さとは見た目ではないよ。学園にはそれが強さだと思っている者が多いがな」


「ん〜……僕にはよくわからないです。刀技場の剣士たちは強くて憧れますし、僕もああなりたいと思ったりします」


 刀技場の選手は防具なんて付けていない。刃こそ潰れてはいるけど、本気の戦いを繰り広げている。


「刀技場か……所詮は刃の潰れた刀と槍での死合いではなく試合だ。真剣で戦ったことのない者の強さなどあてにはならんよ」


 え? 先輩は刀技場で戦う人たちを強いとは思わないの?


 それに死合いって殺し合いのことだよね?


「し、死合い……ですか? 」


「ああそうだ。死ぬかもしれないという戦いの中でこそ、私は本当の強さが測れると思うのだ」


「それは……戦時中ならまだしも現代では……」


 戦時中は皇国の各道場の老剣士と槍士たちが、残された女性の門下生たちを率い上陸した米国の駐屯所を奇襲して次々と斬り殺していっていた。そういったゲリラ戦で時間を稼いでいる間に、皇国が米国に落とされた核の開発に成功した。そして5機の神風特攻隊が米国の防空網を突破し都市を爆撃した。それにより米国民は核を落とされるかもしれないと恐れたのと、世界情勢の変化により米国は多方面での戦争を余儀なくされ退いていったんだ。


 でも今は銃に向かって剣と槍で突撃するような猛者はいない。あれは時代が創り出した英雄なんだ。


 先輩の基準は戦時中の英雄たちってこと? ハードル高すぎなんだけど……


「フッ……そうは言っても私も真剣で戦ったことなどないのだがな」


「でもそれが普通ですよ」


「そうだ。それが普通だ。だからこそ怖いのだ……この森で猛獣が現れた時に、死ぬかもしれない状況で私は戦えるのかと……私は自分の弱さを知るのが怖いのだ」


 先輩は刀に手を掛けながらその美しい顔を歪め震えていた。


 それは猛獣が怖いのではなく、自分の弱さを知ることになるかもしれない恐怖からの震えのようだった。


「最初は……怖いと思います。でも鬼龍院先輩なら戦えると思います。なんでかって聞かれても答えられないですけど、先輩なら絶対大丈夫だって思えるんです」


 僕でさえゴブリンと戦えたんだ。先輩にできないはずがない。


「そうか……ふふふ、そんな真っ直ぐな目で言われるとそんな気がしてきたよ。しかし命懸けの戦いをしたことがあるような口ぶりだな? 」


「え!? いや……そんなことは……も、もしもの時は僕が鬼龍院先輩を守りますから! 僕みたいなひ弱な男に言われても安心できないかもですけど……」


 僕はしまったと思いつつ、大口を叩いてごまかした。


「私を守る? 私が男の子に守られるのか……それは初めての経験だな。だが私は守られるだけの女ではないのでな。私が君を守るさ」


「そ、それはそれで男としてかっこ悪いですね……現状その可能性が高いですけど」


 今はそうだけど、この世界ならレベルを上げれば僕にだって先輩を守ることはできる。


「なら強くなってみせてくれ。女を守れるほどにな」


「はい! じゃあ鬼龍院先輩は僕の後に付いてきてください! 必ず守ってみせますから! 」


 僕はそう言って先輩を追い抜き獣道らしき道を進んだ。


「ふふふ……私を守る……か」




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「 土御門君待て! 」


「え? 」


 僕が意気揚々と歩いていると、すぐ後ろにいる先輩に肩を掴まれた。


「左手の方向に何かいる」


「まさか……」


 僕が先輩の指差す方向を見ると、藪の先からギャアギャアと話し声のような声が聞こえてきた。


 この声はゴブリンだ! しかも3体はいる!


 ストーリーではもう少し先にいるはずのゴブリンがなぜこんなところで……いや、ここは小説の世界だけどストーリー通りにはいかない。それは前作のゴブリンとの戦いで学んだはずだ。


 予定より早くなったけど、僕と先輩の経験値になってもらおうかな。


 僕は先輩の戦う姿が見れることにドキドキしていた。


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