第10話 覗き
「せん……ぱ……あ……元の世界か……」
僕は目が覚めて現実へと戻されたことにガッカリしていた。
「もっといたかったな……でも先輩と2人きりであんなに話ができたんだ。先輩が僕を見て僕の名前を呼んで……」
今まで遠くからしか見ることができなかった先輩と、あんなに近くで話ができた。
僕はそれだけでとても幸せな気持ちになれた。
たとえ僕が書いた物語の世界に登場する、先輩そっくりのキャラクターだとしても……
「優夜〜ご飯よ〜」
「はーい! 今起きたとこー! 」
僕が夢の世界の余韻に浸っていると、母さんが呼ぶ声が聞こえた。
僕は明日からもう少し早起きすることを心に決め、部屋を出て洗面所へと向かうのだった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「オッス優夜! 」
「おはよー三上。珍しいねこんな時間のバスにいるなんて」
僕が学園の最寄駅でバスに乗り込むと、ドアが閉まる直前に三上が乗り込んできて僕の隣にやってきた。
「今日は校門で新入部員の勧誘があんだってよ。めんどくせー」
「あ〜去年もやってたね。格闘系は部員集めるの大変そうだね」
日本であらゆる年齢層に人気のある戦技場は、剣と槍の武芸者たちの戦いだから将来プロになりたい人はそのどちらかの部に入る。
けれど若い年代に人気のヴァルハラは、徒手格闘であればなんでもOKだ。学園には空手や少林拳やキックボクシングに、ムエタイや柔術など色々な部がある。そうなると当然人も分散してしまう。
この学園にはかなり高レベルの指導者がいるし、プロになる時に良い条件でなれるコネクションもある。だから何かしら武道をやってた人が入りたくて受験するんだけど、武道特待生でさえそこそこの学力が必要なこの学園に受かる者は限られている。剣術と槍術をやっている人は文武両道の人が多いけど、徒手格闘系は勉強が苦手な人が多いみたいだ。
そうなると部の予算を学園からより多く得るために、未経験者を勧誘しないといけない。そのため新入生が入ると熾烈な勧誘合戦が始まる。
ちなみに僕は一度も勧誘を受けたことがない。見た目からして弱っちいから誰もが目を逸らすんだ。まあ激しい運動ができない身体だから好都合なんだけどね。
「うちは実戦空手だからな。防具もないし怪我が多いから敬遠されるんだ。『ヴァルハラ』で柔術に負け越してるってのもあるけどな」
「ヴァルハラの影響は大きいよね。見ていて空手はどうしても組まれると厳しいように見えるかな」
「組ませなきゃいい話なんだけどな。それに頭部への攻撃と目潰し金的以外なんでもありだ。俺なら組まれてもどうにかできるんだけどな」
「うえっ……痛そう。僕は見ているだけでいいかな」
痛いの嫌だから賢者になったわけだしね。ゴブリン相手に痛い思いしたけど。
「優夜はガッツがあるからやれると思うんだけどな。でもすぐ貧血になるからな。体質ばかりは仕方ないか」
「これでも筋トレしたりしたんだけどね。筋肉も付きにくいみたい。でも五体満足なだけいいよ」
「まあな。引退者でずっと足を引きずってる人もいるしな。そういう人よりは生活に困らないよな。まあ俺はヴァルハラで駆け上がってよ、世界的有名になって二号さん持ちになるけどな! 」
「SNSで同じこと言ってる人をたくさん見かけるよ。まあがんばって」
二号さん持ちなんて社会的地位が高くてお金持ちしかなれないのにね。
世界第2位の先進国なのに、この国にはこう言った古い慣習が根強く残ってる。おかげで世界中の女性人権団体から叩かれまくってる。それでも政治家や大企業の経営者とかは、下手したら三号さんまで奥さんがいるからまったく聞く気を持たない。
皇国では政治経済面で安定して高い地位と権力と財力を持つ人や、トップクラスの武道家が二号さん。まあ2人目の奥さんのことなんだけど、何億円というお金を保証金として国に納めると持つことが認められる。
戦前は妾という二号さんのような地位の人がいたらしいんだけど、奥さんよりかなり低い地位だったみたい。それが戦後女性の地位が向上してからは、ちゃんと奥さんと同等の権利を得るようになった。
もちろん男性が二号さんになることもある。その場合は保証金は少なくて済むみたいだ。そもそも保証金は本人が破産した時に、奥さんや子供に残すお金だからね。男性の二号さんへの保証金が少ないのは仕方ない。
まあその武道家枠を三上は狙ってるんだと思う。いつもハーレムハーレム言ってるしね。同じ男として気持ちはわからなくもないし、動機はどうあれ目標があるのはいいと思う。
僕は三上とそんなくだらない話をバスの中で学園に着くまでしていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「あ〜終わった! んじゃ俺は新入部員歓迎試合に行ってくるわ」
「うん、また明日」
午後の授業が終わり三上は気怠そうに教室を出て行った。
僕はそれを見送ってから少し授業の復習をして、先輩をひと目見てから帰ろうと教室を出て剣術道場へと向かった。
そして剣術道場へ向かう途中の校舎の角を曲がろうとしたころで、剣術道場のある方向から突然大声が聞こえてきた。
「待て! 逃すか! 」
「え? 先輩の声? うわっ! 」
「「なっ!? 」」
「ぐっ……痛い……」
僕が角を曲がろうとしたら、走ってきたであろう男2人とぶつかり吹き飛ばされた。相手も予想していなかった衝撃にバランスを崩し、2人とももつれるようにその場に転んでしまった。
「捕まえたぞ覗き魔! 貴様3年か! いい度胸だ! 」
「「ひいっ! 」」
「え? あ、きりゅういん……せん……ぱい……」
僕は男たちを追ってきたのか、木刀を持って現れた先輩を見て固まった。
僕の前に立つ先輩の姿が、制服のスカートの上がサラシ一枚の姿だったからだ。
そのサラシに包まれた胸もとは大きく盛り上がっていて、キツく締め付けられているからか深い谷間を作っていた。
「よしっ! 連れて行け! 」
「「「はいっ! 」」」
「ほらセンパイ立ちなっ! 天国を見た後に地獄を見せてやるよ! 」
「「あぎゃっ! 」」
先輩が後から来た3人の女性部員に指示をすると、赤い下着の上からブラウスを羽織っただけの茶髪の女性がいきなり木刀で男たちの顔を突いた。男たちは痛みに顔を押さえていたけど、ほかの女性部員たちに髪を掴まれ引きずられていった。
痛そう……でも先輩の着替えを覗いたんだ。当然の罰だ。
「君は……土御門君……だったな。捕まえてくれてありがとう。怪我はないか? 」
「え? あ、はい! 大丈夫です。たまたまタイミングよくぶつかっただけで……捕まえたとかではないです」
先輩は厳しい表情から一転、柔らかい表情で尻餅をついたまま固まっている僕を心配してくれた。けど僕はなぜ先輩が僕の名前を知っているのか不思議に思っていた。
「そうか。それでも不届き者を捕まえることができた。礼を言う」
「いえ、そんな……それよりあの……その……鬼龍院先輩これを……」
僕は立ち上がって学ランを急いで脱ぎ、サラシ姿の先輩へ差し出した。
きっと今の僕の顔は真っ赤になってると思う。
でも先輩の胸の谷間から目が離せない!
「フッ、これくらい見られても構わないさ。道場も近いしな。ありがとう、気持ちだけ受け取っておこう。それでは私は戻るとする」
「は、はい……」
僕は薄っすらと笑みを浮かべる先輩にそう答えるのがやっとで、木刀を手に去っていく先輩の後ろ姿をボーッと眺めていたのだった。
それから家に帰る間も帰った後も、僕は先輩の胸の谷間が脳裏から離れず小説を書くことに集中できないでいた。
やむなく先輩を思い出して一人でしたのは仕方ないと思う。
そして落ち着いた僕は無心のうちに小説を書き上げ、その日の投稿を済ませたのだった。
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