第102話 置いてかれてる思い

「意識を取り戻されたみたいで、よかったです」


 二人の少女がゼロを訪れたのは、彼が意識を取り戻して7日後のことだった。

 皇国にも反乱鎮圧の功労者、ゼロ・アリオーシュの快復の報は届けられたのだろう。


「わざわざお越しくださって、ありがとうございます。正直まだ実感とか全然ないんですけど、法皇様は少し大人っぽくなられましたね」

 

 まだ十分に身体を動かせるようになっていないゼロは、王城の一室にて静養し続けていた。その部屋のベッドの上で上半身のみを起こした姿勢で、ゼロは来訪者に得意のスマイルを見せる。


「いや、ほんともう、毎日毎日大変なんですよ~。コライテッド公爵が失脚した今、今までさぼ……公爵に任せてた仕事も私がやらなきゃいけないし」


 今この部屋にはゼロとセレマウとナナキの3人のみだからか、セレマウは法皇モードではなく素の状態をさらけ出していた。

 思わず“さぼっていた”と言いかけたセレマウが慌てて言い直した様を見て、ゼロが苦笑する。

 見慣れてしまった純白の法衣に身を包む黒髪の美少女は、この1年ほんとに頑張ってアーファと築く平和に奔走していたのだろう。

 そんな多忙の中にも関わらず、彼女は無理をいって皇国を抜け出し、ゼロのお見舞いに訪れたとのことだった。


「でも、アーファが頑張ってるから、私も負けてらんないです」


 そう言って笑って見せるセレマウの笑顔は頼もしかった。

 傀儡の法皇と揶揄されていた少女は、もうここにはいない。彼女は自身の足で立ち、自身の目で新たな世界を見つめている、そんな雰囲気が感じられた。


「でも、こんな機会でもないと気楽にナナキと二人でこっちに来ることもできないですし。……ゼロさんの復活をいい息抜きにしちゃって申し訳ないですけど」


 けらけらと笑う彼女を見ていると、なんだか心が落ち着いていくから、不思議な少女だな、とゼロは思う。


「私はあの戦いで死も覚悟しました。でも、生き残れた。本当にありがとうございます」


 セレマウの隣立つ赤い髪の少女も、少しだけ大人っぽくなったような気がした。


「あ、ナナキはですね。なんとあの戦いのあと――」

「――や、やめてくださいっ」


 真面目な顔をしてゼロに礼を述べたナナキを茶化すように、いたずらを思いついたような笑みを浮かべたセレマウの口をナナキが塞ぐ。

 真面目な顔つきから一転、慌てた彼女は耳まで赤くしてセレマウとじゃれ合っていた。


「おーっす。元気か? って、おお、いいタイミングで来れたな!」


 よくわからない少女二人のやり取りを眺めていたゼロだったが、新たな来訪者に視線を向けると、そこには無二の親友が笑顔を浮かべて立っていた。 


「法皇様は、お久しぶりですね。ご無沙汰しております。いつもナナキがお世話になります」


 部屋の主より先にセレマウの側に行き、深く一礼するルー。

 その言葉に、何か引っかかる感じがして、ゼロは怪訝そうな表情を彼に向ける。


「いやいや、お世話になってるのは私だし、私の方こそナナキがお世話になってますだよ~」


 威厳など微塵も感じさせないその空気感に場の空気が和む。ただ一人、ナナキだけは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


「あ、ゼロ。タイミングがなかっただけで言い忘れてたわけじゃないんだけど、あの戦いの後から俺ナナキと付き合うことにしたんだ」

「へ?」


 自分が隠そうとしたことをさらっと言い切ったルーをナナキがすごい形相で睨みつける。ただ睨んでいたのも束の間、彼女はゼロに小さく頭を下げて恥ずかしそうに「そうなんです」と呟いた。


「お、おお。おめでとう。お似合いだと思うよ」


 ようやく一連の話の流れを掴んだゼロがお祝いの言葉を贈る。

 いつの間にそんな仲になったのか気づかなかったが、元々敵同士だった二人が恋仲になるのは、両国にとっても大きな架け橋となるだろう。偽りない心でゼロは二人を祝福した。


「あの戦いの中で、もし俺一人だったら無茶して死んでたかもしれない。ナナキが隣で戦ってくれてたから、たぶん生き残れたと思うんだよな」


 そう語るルーは、いい表情をしていた。その表情にゼロも穏やかな気持ちになる。


「先々の話はまだわかんないけどさ、陛下も祝福してくれたし、仲良くやっていきたいと思うよ」

「おう、頑張れよ」


 ルーの言葉に頷いたゼロが拳を差し出すと、ルーがニッと笑って自分の拳をゼロの拳に当てる。二人の友情に、多くの言葉はいらないようだ。


「この二人みたいに、皇国と王国がもっと仲良くなれたらいいと思うんですよね。まだまだ両国の民同士の交流は実現できてないけど、観光ツアーとか、そういうの少しずつやっていけたらいいなと思います」


 自分の知らないところで、みんな確実に前に進んでいたことを実感し、少しだけ寂しい気持ちにもなるが、力強く語るセレマウに相槌を打つゼロは明るい未来が訪れそうな予感に、自分の勝利を噛み締めていた。


 だが、どんなに目の前の会話に心を向けても、セレマウとナナキが一緒にいる光景に、一人足りないよな、という思いが浮かんでしまう。


「あ、あの」


 公務での定期的な訪問ではセレマウとナナキだけが来ていたという話をアーファから聞いていたため、彼女がいないことに何か意味があるとは想像していた。


 だからこそ、自分から聞いていいものかずっと考えていたのだが、心の誘惑に負けたゼロはセレマウの話を遮ってしまった。


「ユフィは――」

「――ゼロさん。私そろそろアーファのところに行きますね。ナナキも、せっかくだからルーさんと王都を歩いてくるといいよ~」


 意を決して尋ねようとしたゼロの言葉が遮られる。


「じゃ、お言葉に甘えてお借りします。ゼロ、早く元気なれよ」


 明らかに不自然なタイミングだったが、セレマウの言葉にナナキは嬉しそうに感謝し、ルーが彼女を連れ立って部屋を出ていく。

 続いてセレマウも席を立ち、ゼロが療養する部屋の扉前まで歩いて行く。

 彼女らしくないその振る舞いに、ゼロは混乱した。胸の内に、よくわからない不安が訪れる。


「ゼロさん。真実ってのは、耳じゃなく、その目でつかむものですよ。早く元気になってくださいね?」


 部屋のドアノブに手をかけたところで振り返ったセレマウは、なんとも言えない表情でそう言い残し、ぽかんとした表情を浮かべるゼロを一人残し、去っていった。


 手がかりを掴めると思った矢先、それはするすると滑り落ちていってしまった、そんな虚無感が胸に訪れる。


「耳じゃなく、目……?」


 セレマウが言い残した言葉を何度も反芻しながら、ゼロは悶々した感情の処理に苦心するのだった。

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