第97話 淡い理想 厳しき現実
グリューンリッターは近接戦闘を得意とするわけではないはずなのに、彼らの動きは速かった。全員が予備動作もなしに彼らの前にあったテーブルを飛び越え、その手に持つ剣でゼロたちへ襲いかかる。
予想外の速さに驚きつつも、ゼロとユフィは後方へ跳躍し攻撃を避ける。
そのままゼロを前衛として、前後の態勢を取る二人。
「彼らは強いよ。脳に直接魔導式を焼き付けてあるからね。死をも恐れず私の命に従う凶戦士さ」
先ほどまでの怒りを抑え、再びクウェイラートが余裕の笑みを浮かべてそう語る。
その言葉に反論したいところだったが、近接戦闘においては王国上位だと自負するゼロから見ても、目の前に並ぶ4人の騎士たちに隙は無かった。
一対一なら敗れることはなさそうだが、彼らが連携をとってくるとすればかなりの脅威だ。
半身の姿勢でアノンを構えるゼロの頬を冷や汗が伝う。
傀儡とされたグリューンリッター副団長たちの瞳に生気は感じられず、おそらく既に自我は奪われた状態なのだろう。
彼らと対峙してより一層、誇りある王国騎士を駒のように扱うクウェイラートへの怒りがゼロの中で沸き上がる。
緊迫した状況の中、攻撃を警戒するゼロたちから見て一番右の騎士が仕掛けだした。
一気に間合いを詰め繰り出した、ゼロの首を狙う横薙ぎの一撃に対し、ゼロは剣を振り下ろしてそれを防ぐ。
その防御行動を取った瞬間、今度はその隣の騎士が跳躍しゼロの頭上から剣を振り下ろす。
「ごめんなさい!」
だが跳躍した騎士は見えない何かに弾かれるように空中で態勢を崩し、背中から床に落とされた。
ゼロに振り返る余裕はなかったが、ユフィがユンティを起動させ、魔法の矢を撃ったのだろう。気を失ったか、床に倒れた騎士は痙攣していた。
彼女の魔力によって生み出された矢は、実際の矢を伴わずともかなりの威力を持っている。
戦場で対峙した際のユフィは必ず矢筒を持っており、ゼロが実物を伴わない弓矢を受けたことはないが、今吹き飛んだ騎士はかなりの勢いでゼロに向かってきていたにも関わらず、その勢いを物ともせず吹き飛ばした。
その威力から、魔法の矢の威力は容易に想像できる。
もちろん実物の矢に魔力を込めて射ったほうが殺傷力は高いのだが、あいにく今は矢筒を持ってきてはいないことをユフィは悔やむしかできなかった。
二人目の攻撃を凌いだのも束の間、今度は残る二人が同時にゼロへ襲い掛かる。
最初の騎士と剣をぶつけたままだったゼロは、その動きを見るや否や横薙ぎの剣の切っ先のほうへすっと身体の軸をずらして相手の剣をいなし、同時に攻撃してきた二人の剣を回避した。
――腕力は彼らが上か……。
僅かに手に残る痺れから、副団長たちの力が限界以上に引き出されていることを痛感する。
だが考える間もなく、間断ない攻撃がゼロを襲う。
正面から、上から、左から、また上から、右から、波状攻撃で二人の副団長たちが仕掛ける攻撃を捌き続けるも、ゼロは反撃の糸口すらつかめなかった。
もう一人はユフィに向かっており、彼女も魔法詠唱を完成させることができず、ひたすらに攻撃を避け続ける。
徐々に、部屋の両端へゼロとユフィが追い込まれていく。傀儡となった騎士たちと違いゼロとユフィは限界まで動くことはできない。打つ手がないまま、攻撃を避けることに集中し続け、体力が奪われていった。
「意外と粘るな……おい、お前。いつまで寝ている」
予想以上に屈しないゼロとユフィの様子を眺めていたクウェイラートだったが、変化のない状況に飽きたのか、彼はユフィの攻撃で痙攣していた騎士へ何か魔法をかけると、先ほどまでの痙攣などなかったかのように倒れていた騎士が起き上がる。
「お姫様は殺すなよ」
そして起き上がった騎士が定めた狙いはユフィだった。一人の騎士との戦いで精一杯のユフィに、もう一人の騎士が迫る。
「きゃあ!!」
剣を振るう騎士の攻撃を避けた瞬間のユフィへ、起き上がった騎士が体当たりをする。
攻撃を回避した瞬間という隙であったことと、元々の体格さもあり彼女は簡単に床に組み敷かれてしまう。
一人が仰向けの彼女へ馬乗りとなり、その手を押さえつける。
「ユフィ!」
その光景を目の当たりにし、ゼロは激昂した。だが、ユフィへ攻撃をしかけていた騎士もゼロへの攻撃に加わってきたため、彼女を助けにいくことができない。
「くそっ! やめろ!!」
ゼロの叫びも虚しく、押さえつけられた彼女に近づいたクウェイラートは傀儡騎士に命じて無理やりに彼女を立たせる。そしめ後ろ手にする形で彼女の両手を鎖で縛り、彼女の白く細い首に鎖のついた首輪をつけた。
『この無礼者!!』
ユンティの叱責も意に介せず、せめてもの抵抗と睨みつけるユフィと顔を合わせる彼の表情は、愉悦に満ちていた。
「ハハハ! いい様だ!! 想いだけで勝てるほど、世界は優しくなどないのだよ!」
「くっ!」
ユフィへ気を取られたゼロの腕を、敵の剣が切り裂く。左腕に裂傷を負い、裂けた青い軍服の下から、赤い血が滴り落ちた。
『ゼロ!』
痛みに意識を奪われそうになりつつも、アノンの声に気を取り直し、ゼロは目の前に迫っていた攻撃を避ける。
だが、壁際近くまで追い込まれたゼロとユフィとの距離は10メートルはあり、ユフィを押し倒した騎士もゼロへの攻撃に加わってきたことで、四人の敵が立ちはだかる。
――俺に、俺にもっと力があれば……!!
どうにもならない現状に、大切な人を助けたいのに助けられない状況に、ゼロは己の無力を悔やんだ。
「そうだ。少し気が早いが、戦勝祝いに今ここで、私たちの子を生そうではないか。私の王位復帰を祝う見物人もいることだし、いい声で鳴いてくれよ?」
4人の敵に囲まれ何もできないゼロへ見せびらかすように、クウェイラートがユフィの法衣を勢いよく破く。
破かれた法衣の下から、美しい彼女の白い肌と下着が露わになる。
「嫌! 嫌ァァァ!!」
「やめろおおおおお!!!」
ユフィの悲鳴に、ゼロは怒りでどうにかなりそうだった。
怒りに任せた一撃で敵兵の間に隙間を作ると、背後からくるかもしれない攻撃など考えもせず、クウェイラートへ突進する。
「見物人はそこでおとなしく黙っていろ!」
だが、ゼロを一瞥したクウェイラートは向かってくるゼロへ右手をかざし、魔法を放つ。彼の魔法により圧縮された空気は、弾丸のように撃ち放たれ、向かってくるゼロの胸を撃ち抜いた。
「いやああああ!!」
『ゼロ!!』
ユフィの悲鳴も、アノンの叫びも虚しく、突進する勢いを失ったゼロは膝から崩れるようにゆっくりと倒れていった。
「大人しくそこで見物していれば傀儡にしてやろうと思ったが……あとで貴様も死霊にしてやる」
うつ伏せに倒れたゼロへ冷笑を浮かべ、クウェイラートはそう言い放つ。
「ゼロ! ゼロ! ゼロおおおおお!!」
目の前で起きた出来事を受け入れられないユフィは、両目に涙を浮かべ泣き喚くことしか、できなかった。
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