少年は想いのために命を懸ける

第95話 商業都市潜入

 既に完全に日も暮れた頃。

 戦場で何が起きたかも分からぬまま、ゼロとユフィは商業都市の東門をくぐり、都市内部に侵入していた。

 申し訳程度に東門には二人の衛兵が立っていたが、彼らは傀儡兵でもなく、普通の人間だった。

 ただの衛兵など、彼らの前には敵ではない。いとも容易く二人を気絶させ、手足を縛って門の内側でお休みいただいたのがほんの2,3分前のことだった。


「まるでゴーストタウンね……」


 一切人の気配を感じない街並みに、ユフィは無意識にゼロの袖を掴む。人の気配は感じないのだが、何か得体の知れない空気が漂っているように思えた。


「王国軍がここまで辿り着くことはないっていう自信か……罠か?」


 ふと脳裏によぎる予感に、ゼロが急に立ち止まる。


「わ、罠?」


 不穏な言葉を耳にし、ユフィの表情が強張る。都市の中は当たり前のように建物が多く死角だらけで、どこかで誰かが待ち伏せしていたらと考えた彼女は、意識を集中させ周囲の魔力を感じようとする。


「クウェイラートは自信家だけど、狡猾な男でね、今回の反乱も奴にとって勝算があってのことだと思うんだ」


 クウェイラートはここ1年病気療養のため東部のウェブモート領に滞在していたため、まだ軍属3年目のゼロはほとんど話したことがない。

 魔法使いとしてプライドの高いクウェイラートは、前線で戦う騎士たちを自身の手駒として扱い、自身は後方で駒を動かす者だと思っている節があり、好感が持てる相手ではなかった。

 ルーは彼の強さと向上心を尊敬していたようだが、こればかりは親友同士でも相容れない感情だ。


「そう、なんだ……」

「だからと言って、皇国軍の援軍は想定しなかっただろうし、俺たちは勝つしかないからな」

「ん、そうだね」


 この作戦中、二人は仮面をつけていない。お互いの顔を見合わせて頷き、二人は再び歩き始めた。

 警戒しながら商業都市を進み、商業都市中心部にあったひと際大きな屋敷を見つける。周囲の邸宅の5倍ほどはある大きな屋敷だ。


「これが、おそらくオーチャード公爵家だな」

「ほほう」


 ゼロからすると生家であるアリオーシュ家の屋敷よりは大きいのだが、ユフィの反応を見るに皇国のナターシャ家よりは小さいのだろう。

 どこから入るか思案した二人だが、屋敷の中に人気を感じないことからあえて正面玄関に回る二人。


 門をくぐり、玄関前に広がる庭園を抜ける。

 ここ2週間ほど手入れがされていないためか、庭園の植物たちの長さに不揃いが生じているようだ。

 オーチャード公爵と面識があったわけではないが、やはり公爵が処刑されたとの話は本当なのだろうと、目の前の庭園から感じ取るゼロ。

 おそらく、商業都市に住まう民の避難を終えるまでを見届け、公爵は貴族の責務を果たそうとしたのだろう。


 理想とされながら、果たしていかほどの貴族が実行できているか分からない、貴族は民の手本たれ、という英雄王イシュラハブの教え。

 亡き公爵の思いを胸に受け取り、ゼロの顔つきに真剣さが帯びる。


 そして二人が玄関の扉の前に立つと、彼らが触れることなくその扉が開く。

 咄嗟に警戒態勢を取る二人。


「……隠密に暗殺計画は、もう失敗だなぁ」

「だねぇ。むしろ、歓迎されてるのかな?」


 楽観的な言葉を発してくれるその優しさにゼロは小さく笑う。


「……行こう」


 アノンに魔力を込め、黒剣の形状へと姿を変化させたゼロが慎重に中の様子を探り、ユフィに告げる。小さく頷いたユフィもすぐに発動できるように魔導式を展開させ、二人は屋敷の中へ侵入する。


 二人が屋敷の中に侵入した瞬間、背後の扉が閉まり辺りは暗闇に包まれる。

 だが何となくそんな予感がしていた二人は焦らない。

 そしてすぐさま、屋敷内の一部の燭台に火がともり、二人へ一つの道を示すように、屋敷を明るく照らしだす。


「どうやらこれが招待状みたいだな」

「気乗りはしないけど、行くしかないね」


 顔を見合わせ頷き、二人は明かりに照らされた道を進む。

 敵が何人潜んでいるかは分からないが、こちらはどうやっても二人なのだ。緊張に、二人の額に汗が浮かぶ。


――すごい技術だな……。


 断続的に続く光源に、ユフィは内心驚いていた。

 遠距離に炎を生み出すことはもちろん、光源そのものを発生させることは自分にもできると思うが、一定間隔の燭台の蝋に、ピンポイントで炎を灯すなど、果たして自分にできるだろうか。

 おそらくゼロは凝った演出だな、くらいにしか思っていないだろうが、ユフィはこの演出にクウェイラート・ウェブモートという王国最強の魔法使いの評価を高めていた。


――魔力量が勝敗を分けるとは限らない、か……。


 軍人になりたいと父に告げ、訓練を受けている時に言われた言葉を思い出す。

 魔法使いの“力”は魔力量に大きく依存し、同種の魔法だとしても、込められた魔力が違えば威力は全く別物となる。


 だが、“力”は“使い方”次第で勝敗を分ける。

 好奇心という名の原動力が努力はさせてきたが、生来高い魔力を持って生まれたユフィは無意識に自身の魔力量に頼ってしまう部分があるのは否めないのだった。


「あの部屋、か」


 灯った燭台が案内した部屋は、どうやらオーチャード公爵家の応接室のようだった。


「俺たちをおもてなししてくれるってことなのか」

「その心遣いには、応えなきゃねっ」


 扉の先の様子を探ろうとしたゼロをよそに、ユフィが雷撃で扉を破壊する。

 その衝撃に跡形もなくなる扉。いきなりの行動に、ゼロは苦笑いを浮かべていた。


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