第94話 これが戦場
「これで! 終わりだぁ!!」
「危ない!!」
ウォービルの一撃はシュヴァインの剣を掻い潜り、ついに彼を捉え、全力で振りぬかれた大剣はシュヴァインの上半身と下半身を切断し、吹き飛ばす。
ウォービルは、シュヴァインに勝利した。
だが。
「くっ……!」
完全にシュヴァインのみを見据えていたウォービルに迫る死霊たちを捉えたゼリレアは、彼を守るためにその攻撃を防ごうと駆け出した。
体力が万全であれば、全ての攻撃を捌けたかもしれない。
だがシュヴァインとの戦いで傷ついていた彼女の剣は、ウォービルに迫った3本の剣を全て防ぎきれなかった。
もしこの戦場が自由意志を持つ生者の戦場であれば、騎士の誉れある二人の戦いを妨害する者などいなかったかもしれない。だが、この戦場で彼女たちが戦っていたのは、理外の存在だった。
1本の剣が、彼女の腹部を貫く。
それは全ての歯車が狂ってしまったが故の悲劇。
「ゼリレア!!」
『奥様!!』
シュヴァインを倒した実感を得る間もなく、自分の背後で起きた事態に気づいたウォービルは一瞬の間に死霊たちを薙ぎ払い、彼女を支える。
だが貫かれた腹部からの出血が、彼女の白い軍服をどんどんと赤く染めていく。
それは、明らかな致命傷だった。
「だ、誰か! 手を貸してくれ!」
王国最強の男といえど、人の傷を消すことは出来ない。戦場で幾人もの命を奪ってきた男は、今愛する者の命が奪われようとしている事態にただただ狼狽えていた。
だが周囲の死霊たちは容赦なくウォービルたちに襲い掛かる。
彼女を地に横たえさせたまま、ウォービルは死霊たちを薙ぎ払うことを余儀なくされる。
「団長!!」
少し離れたところで戦うヴァイスリッターたちが事態に気づき、駆け寄ってくる。
「頼む! 少しでも回復をさせてやってくれ!!」
ウォービルの表情に浮かぶのは焦り。彼にできるのは、彼女に近づく死霊たちを蹴散らすことだけだった。
「かふっ」
横たわるゼリレアが苦悶の表情を浮かべ、吐血する。
月明りに照らされる、今にも死んでしまいそうな愛する者の表情に、ウォービルは青ざめた表情のまま剣を振るい続ける。
彼の動揺に安定した魔力の供給が途絶え、ダイフォルガーは既に大剣の大きさを保てず、通常のブロードソードと同じほどの大きさになっていた。
「お前! 頼む!」
そこでようやく一人の白い軍服がゼリレアへたどり着く。それに気づいたウォービルは少しだけ安堵してしまった。
だが。
『ウォービル様! いけません!!』
近づいたヴァイスリッターの背に剣が突き刺さっていたことにウォービルが気づいた時には、遅かった。
「ぐっ!」
ゼリレアへたどり着いたと思っていたヴァイスリッターは、既に戦場に倒れ死霊と化した元ヴァイスリッター。
そして彼女は、ゼリレアに噛みついた。
「き、貴様ぁぁぁぁ!!!」
後悔した時には、全てが遅かった。怒りに身を任せたままウォービルは全身に魔力を込め、ゼリレアに噛みついた死霊に一撃を放つ。
膨大な魔力の一撃を受け、死霊は爆散した。
「うおおおおおおお!!!」
まるで阿修羅の如く怒り狂ったウォービルが握るダイフォルガーは、刀身が5メートルはあるのではないかと思うほど強大化していた。
『ウォービル様! 落ちついてください!!』
一切の制御のない魔力の暴走にダイフォルガーが彼を諌めようとするも、既に彼の耳に言葉は届かない。
ダイフォルガー自身も懸命に自分の形状を保つように全力を尽くす。
そして、彼の周囲の死霊たちは全て消し去られるのに大した時間はかからなかった。
燃やし尽くすまでもなく、ウォービルの一撃を受けた死霊たちは全て彼の一撃に爆散したのだ。
遠くから彼の暴走を眺めていたヴァイスリッターたちの目には涙が浮かぶ。それは団長であるゼリレアに向けられた涙なのか、ウォービルに向けられた恐怖なのか、分からなかった。
月明りの中、茫然と立ちつくすウォービルの全身は爆散した死霊たちの破片で汚れていた。
「ごめん……ね」
立ち尽くすウォービルの耳に、か細い声が届く。
「ゼリレア!!」
我に返ったウォービルはすぐさま彼女に駆け寄り、膝をつき彼女の上体を支える。
「おい! 誰か来てくれ! 彼女を助けてくれ!!」
ウォービルの悲痛な叫びに現実に引き戻されたヴァイスリッター数人が駆け寄り、ゼリレアへ身体強化魔法を施し始める。
だが、ゼリレアの身体は冷たくなるばかりだった。
「死ぬな! ゼリレア!」
王国最強の男の目に浮かぶ涙が、愛する妻へとめどなく落ちていく。
「ごめん、ごめんね、ウォービル……。一緒に生きようって約束したのに……ごめんね」
彼女は、精一杯の笑みを浮かべていた。
彼が王国で一番美しいと思う顔に、苦しいのは彼女の方なのに、彼女は優しい微笑みを浮かべていた。
「ゼリレア……死ぬな……!」
力なく伸ばされた彼女の指先が、ウォービルの顔に触れる。
その指先は、冷たかった。
「ゼロと、セシリアにも、お母さん……死んじゃってごめんねって……伝えて」
息も絶え絶えになりながら、彼女は精一杯言葉を紡ぐ。必死に彼女の傷口を塞ごうと、流れ出る血を止めようと手を当てるも、彼女の出血は止まらない。
溢れ出す血の温かさとは真逆に、彼女の身体は冷えていく。
「死ぬな……俺を、置いていかないでくれ……」
戦場に立つ以上、死ぬ可能性があるのは理解していた。覚悟もしていたはずだった。
だが、自分同様に王国最上位の強さを持つ自分たちは、死なない、いつの間にかそう思い込んでいた。
いつかはゼロに後を託して退役し、孫を抱いたりしながら、彼女と共に余生を穏やかに過ごすのだと思い込んでいた。
「ごめんね……でも私、あなたと出会えて、家族になれて幸せだった……」
彼女の視点が、定まらなくなっていく。
「ゼリレア……」
「あの子たちのことも、陛下のことも……支えてあげてね……」
もう目は見えていないのだろうが、彼女はわずかな力を振り絞って、ウォービルの声がする方へ顔を動かし、微笑んだ。
今にも消えゆくその美しさに、ウォービルの涙は止まらない。
「最後のお願い……私が、死霊になる前に……騎士の誇りを失う前に……燃やし、て……」
振り絞るようなその声に、彼女に魔法を施すヴァイスリッターたちが嗚咽を漏らし、魔法の詠唱が途絶え始める。
「……わかった」
その一言を告げることが、どれほど辛かったことだろうか。
王国最強の男と呼ばれ、戦局を変える強さを持つと持て囃されても、ウォービル・アリオーシュも、一人の人間に過ぎない。
人間は永遠に生きることはできない。
それは、遅いか早いかの話なのだ。
死という世界の理の前に、彼はただの人間でしかなかった。
「ありが、とう……愛し、てる……」
それが、彼女の最期の言葉となった。
王国最強の女性騎士と呼ばれ、女性騎士の憧れの的となった美しき女性騎士ゼリレア・アリオーシュは、愛する者の腕の中で、42年というその生涯に幕を下ろす。
死してなお、彼女の表情は穏やかな笑みを浮かべていた。
「……頼む、燃やしてくれ……」
そっと彼女の亡骸を地に横たえ、ウォービルは彼女から離れた。
嗚咽を漏らし、狼狽えるヴァイスリッターたちにウォービルは静かに命じる。
しばし彼女たちの嗚咽する音だけが響き渡った後、美しい火柱が上がる。
「ゼリレア……お前を一生、愛している……」
彼に何と声をかければよいのだろうか、ダイフォルガーは答えが出せず、ただ沈黙するのみ。
王国最強の男は、愛する者を失った悲しみを胸に、火柱を見つめながらただただその場に立ち尽くしていた。
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