第91話 最強VS最強

「日没か……」


 南部前線後方で憎らしげに空を見上げながら、ウォービルがそう呟く。

 聞けばこのタイミングで小隊編成の傀儡兵たちは撤退し、死霊軍団と入れ替わると聞いていたのが、一行に小隊編成の敵たちが撤退する様子は見受けられなかった。


「おかしいわね、敵が、減らない……?」


 今までになかった敵の攻撃パターンにゼリレアも表情に疑問を浮かべる。

 傀儡魔法を受けているとはいえ、反乱軍も生者であれば死霊たちの襲撃を受けるのではないか。

 なぜ撤退しないのか理解できないまま、ゼリレアは後方で報告を待っていた。


 何となくだが、今日はシュヴァインもやってくる予感がするのだ。

 5日目の夜以降、彼が現れたのは8日目の夜だけだった。他の時は何をしていたかは知らないが、なぜかシュヴァインは現れなかった。それが彼の意思なのか、何者かの思惑なのかは分からないが、死霊を操る者の意図があるのだろう。


 戦場の後方からでも、前線でグリューンリッターたちが展開する炎の壁が視認できたが、時折炎の壁が消える部分もあるようだった。

 おそらく撤退しない小隊編成たちのせいで壁の維持が難しい箇所もあるようだ。


「ゼリレア! 予定変更だ! 俺は出る! いよいよ壁がやばそうだったら、ヴァイスリッターもグリューンリッターの加勢を頼む!」


 先ほどまで隣にいたウォービルがシュヴァルツリッターたちを引き連れて前線へ駆け出していく。


「了解、気を付けてね」


 仕事に行く夫を見守るような笑顔で、ゼリレアは彼を見送った。



 ウォービルが前線に出てから1時間ほどは、安定して壁を維持できているように見えた。

 彼が無茶をしていなければいいなとは思いつつも、きっと彼が魔力を消費してダイフォルガーを巨大化させ、一気に敵をなぎ倒しているのだろうということは、想像するに難くない。


そして。


「……来たかしら」


 不思議なことに彼女の呟きは、伝令の言葉よりも早かった。彼女の第六感が告げる敵の襲来。


「シュヴァインがでました!」

「今日こそ決着をつけます! ヴァイスリッター、出陣!」


 伝令の言葉を聞くや否や即座にゼリレアが指示を出す。その余りの指示の早さに、部下たちの返事が乱れてしまったほどだ。

 伝令が伝えた方向へ駆け足で進む白騎士たち。この戦場での彼女たちの活躍は夜間のものが多く、その美しい隊列は多くの王国騎士たちを鼓舞する力持っていた。


「……なんとまぁ……。そこでも騎士団長をやってるなんて、仕事人間ね」


 シュヴァインが現れたとの報告を受けた場所で見た光景に、彼女は思わず笑ってしまう。

 死霊軍団の中心に立つシュヴァインの左右には、隊列を組み待機する死霊たち。王国騎士や東部の騎士など、恰好はバラバラだが、明らかに意図的な状態で待機しているのは明白だった。

 昨夜までの彼らは意思などないように、ただただ前進を繰り返すのみだったが、これは少し骨を折りそうな相手になってしまった。


――死霊を指揮できるのだとすれば、我々だけを襲うことも、可能……?


 目の前の光景に、なぜ傀儡兵の侵攻が止まらないのかを推測する。そしてもし死霊たちの指揮ができるのだとすれば、それは絶望的な脅威に他ならない。


――彼の指揮下にいそうなのはおよそ200かな……。私がシュヴァインの相手をするとして、あの子たち一人で複数相手いけるかな……。


 ヴァイスリッターには死力を尽くしてもらうしかないのだが、それでもやはり彼女たちに死なれたくないゼリレアは部下たちを心配してちらっと視線を送る。

 だが、今は信じて戦ってもらうしかない。

 だがまだ死霊たちは完全に指揮下にあるわけではないようで、一部の死霊たちは昨夜同様前進を繰り返し、炎の壁に向かって行ったり、案の定小隊編成の傀儡兵たちを襲撃している者もいるようだった。


――この戦術を選ぶとは、なかなかいい性格してるわね……!


 自由意志のない傀儡兵たちは死霊たちを相手にしない。

 彼らに襲撃されたとしても、構わず王国騎士たちに攻撃を仕掛けてくるようだ。どのみち死霊たちに噛まれ、死んでしまえば死霊となるのだ。

 反乱軍の首謀者からすれば、王国側に攻撃できればどちらでもいいのだろう。


 つまり王国騎士たちは今夜、限界まで力を引き出された傀儡兵に加え、死霊たちも相手にせねばならない。

 壁を維持するためにウォービルが小隊編成の傀儡兵とも戦っているようだが、それに加え彼に死霊の相手もさせるとなると、シュヴァインの相手はゼリレア一人で受け持たねばならないようだ。

 2回撃退こそしたが、常に彼女にはヴァイスリッターの援護があったし、シュヴァインも単騎だった。

 だが今は状況が異なる。

 戦場に常識を求めるのは間違っているかもしれないが、ゼリレアは頬を冷や汗が伝う冷たさを感じながら、覚悟を決めた。


「我らはシュヴァイン率いる“デスリッター”を相手とします。私がシュヴァインの相手のみをできるように、各員その覚悟を示しなさい!」

「「はっ!!」」


 今度は一糸乱れぬ返事が返ってきた。この返事を聞くと、彼女は自信が沸き上がる。


 勝てる。


 そう結論付け、ヴァイスリッターはゼリレアがシュヴァインへの敬意を込め“デスリッター”と呼んだ部隊へ突撃していった。



「これが死霊か……胸糞悪いな!!」


 前線で剣を振るうウォービルは怒気を込めて大剣を振り回していた。

 小隊編成の傀儡兵もろとも、死霊たちをなぎ倒す。その一撃の剣速と込められた魔力を受け、死霊たちは身体がバラバラなるほどの衝撃を与えられる。


「くそっ! 数が多いな……!」


 炎の壁がもたらす明かりで見える範囲は限られているが、商業都市側から攻め入ってくる敵兵の数はまだまだ減る気配を見せない。

 今日からこの戦場にやってきたシュヴァルツリッターたちも、慣れない夜戦に苦戦を強いられているようだ。


「死ぬなよ! 死んだら殺すぞ!」


 ウォービルの無茶苦茶な指示を受け、シュヴァルツリッターの面々に獰猛な笑みが浮かぶ。

 彼らは皆王国でも最上位に当たる騎士たちであり、王国にわずか30騎しかいない精鋭だ。

 その彼らをしても、傀儡魔法を受けた敵兵は簡単には倒せない敵だった。

 日中は彼らだけを相手にすればよかったが、今は慣れない夜戦の中で、死んでも死なない死霊軍団も相手にせねばならない。

 その圧倒的不利な状況にも関わらず、シュヴァルツリッターは騎士の矜持を胸に、戦い続けていた。


「シュヴァルツ団長! ヴァイスリッターがシュヴァインの軍勢と交戦を開始したとのこです!」


 剣を振るい続けるウォービルへ、ゲルプリッターの伝令が訪れる。


「シュヴァインの、軍勢?」


 理解できない言葉にウォービルの動きが一瞬止まる。


「団長!」


 油断したウォービルへ迫った一撃を防いだのは、グレイだった。


「む、すまん!」

「いえ! ここは私がなんとかします! 団長は、ヴァイス団長の方へ、奥様の方へ行ってください!」


 敵の攻撃を防いだグレイが剣を翻し、襲ってきた傀儡兵を切り伏せる。


「シュヴァインを倒せるのは、貴方だけです!」

「……わかった! 絶対に死ぬなよ!」

「了解!!」


 小隊を相手にしながら、ウォービルの言葉に威勢よく返事をするグレイ。

 シュヴァルツリッターをその場に置いたまま、ウォービルは伝令が伝えた方向へ全力で駆けて行った。

 既に足場はボコボコで全力で走るのも難しい状態だが、そんなものを気にも留めずに彼は走り続ける。


 グリューンリッターが生み出す炎の壁がもたらす明かりが、王国騎士たちの激戦を見せつけてくる。

 一人、また一人と倒れていくゲルプリッターを横目に、ウォービルは走る。


 そしてたどり着いたヴァイスリッターの戦場は、凄惨なものだった。


 地に伏せたヴァイスリッターの軍服を着た女性たちは両手では足りないほどだった。だがそれでも彼女たちは彼女たちの倍以上はいるであろう死霊たち相手に全力を尽くしていた。 


「ゼリレア! どこだ!」


 彼女たちを助けたい気持ちも山々だが、今は最大の障壁たるシュヴァインを優先し、彼と戦っているであろう妻の名を叫ぶウォービル。


「団長は向こうです! くっ!!」

「ウォービル様! 早く団長を!! きゃあ!」


 シュヴァルツリッターほどではないが、誇り高く、相応の実力を備えたヴァイスリッターたちが苦戦を強いられる光景は信じられないものだった。だが、彼女たちが示してくれた方向へ、ウォービルは駆けだす。


 そして彼はようやく、大柄な死霊の騎士と剣を打ち合う妻を発見した。軍服は傷だらけになり、ところどころ血が滲んでいる。


「ゼリレア!!」


 二人の間に割って入るように、ウォービルがシュヴァインへダイフォルガーを叩き込む。


「ウォービル!?」


 突然の夫の登場に、ゼリレアは驚いた表情を浮かべつつも、すぐさま真剣な顔つきに戻る。


「自分の持ち場を捨てるなんて、グロスになんと言うですか……でも、ありがとう、助かったわ」


 彼女自身、大切なヴァイスリッターの仲間たちが既に何人も死んでいったことを知っている。その悲しさを、悔しさを押し殺し、ゼリレアは目の前に立つシュヴァインと対峙していた。


「わかっていると思うけど、強いわよ」


 シュヴァインに警戒しつつも、今の彼女の隣には、愛する夫がいる。それだけで不思議と力が湧いてくるのが感じられた。


「こんな形でお前との決着をつける日がこようとはな……」


 まだ少し受け入れがたい現実を前に、ウォービルの表情は険しい。

 顔色は悪く、生気も感じない死霊として眼前に立つかつての友。だが彼が王国で自分と同等の強さを持つ者だったことは、彼自身が一番知っている。


「お前を、救ってやる……!」


 剣を構え、ウォービルは気を引き締め直した。



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