第90話 誰もが本気で戦っている

「ロート団長、俺に用とは?」


 軍議が終わり、皆自分の持ち場へと戻る中ゼロとユフィがグロスに声をかけられている光景をルーは不思議そうに眺めていた。

 確かに先ほどゼロたちへの指示はなかったが、彼らは自由に遊撃させることにその真価があると思っていたため、特に気にはしなかったのだ。


「ああ。北部部隊よりゼロとユフィ殿の働きぶりは聞いている。君たちには総攻撃の影に隠れ、先行し商業都市の偵察及び、可能ならばクウェイラート暗殺を頼みたい」


 クウェイラート暗殺、その言葉が聞こえたルーの表情が強張る。覚悟はしたはずなのに、どこかまだ彼を団長と信じる自分がいることが、ルーには苦しかった。


「ルー、グリューンリッターの再編成を始めないと……どうした?」


 先に軍議の場であった本陣を後にしていたナナキがなかなか来ないルーを探しに戻ってきたようだ。

 そこで表情を強張らせるルーを見て、彼女は心配そうな表情を見せる。


「いや、大丈夫。うん、行こう」


 暗殺任務が自分に来なかったことに安堵しつつ、ルーはナナキを連れて本陣から出発する。


「俺ら、二人でですか?」


 二人の姿が見えなくなったあともグロスとゼロたちの会話は続く。

 自分一人ならまだしも、ユフィを伴うとなると二つ返事では答えられないゼロ。


「あぁ。ユフィ殿の魔力はこの戦場にいる全ての者を上回る。私が見る限り、エドガー殿よりも数倍は上だろう。クウェイラートも高位の魔法使いだが、彼女ならば彼の魔法にも対抗できると思う。もちろん、ウォービルやゼリレアがいければそれに越したことはないが、彼には疲弊した王国軍を鼓舞する役割を担ってもらいたいし、ゼリレアはここまで2度シュヴァインを撃退しており、死霊となったシュヴァインの相手は彼女が適任だ。二人の子として、この任受けてくれるな?」

「お任せください。私たちが敵の首魁を倒し、傀儡魔法も死霊魔法も止めて見せます」


 答えを渋っていたゼロをよそに、ゼロが決断を渋っていた理由であるユフィ本人がグロスの提案を快諾する。

 彼女の表情には迷いがなかった。


「……分かりました。彼女がそういうのならば、俺も全力を尽くします」

「ああ、ありがとう。もしクウェイラート暗殺が無理だと思えばすぐに撤退するようにな」

「はっ!」


 自分たちで、この戦いを終わらせる。アーファやセレマウの願う世界へ少しでも前進する。その思い胸に二人は顔を合わせて頷き合い、本陣を後にし任務実行の準備へと移っていった。



「なるほど、これは苦戦してたってのも頷けるな!」


 昼過ぎに始まった王国軍の総攻撃開始から既に3時間ほどが経過し、予想よりも敵陣突破に苦戦する戦況を受けながらも、ウォービルはこれまで一度も休むことなくその大剣を振るっていた。

 エドガーと手合わせしていたときは3メートルほどの大きさまで巨大化させていた彼のエンダンシーであるダイフォルガーも、持久戦の見込みから身の丈ほどの大きさにして振るっているようだ。


『傀儡魔法、恐ろしい魔法ですね!』


 ウォービルの声に答えるダイフォルガー。

 おそらく開戦序盤よりも後半の今にかけて、元の能力が高い騎士がでてきているのだろう。

 開戦直後は小隊長のみがかなりの強敵だったのが、今日の敵兵は小隊長のみならず、小隊を組む全員がかなりの強さを持っていた。

 痛みも死も恐れず集団で攻撃してくる傀儡兵を相手に、ウォービルも一つの小隊を相手取るので精一杯のようだ。

 彼のそばで戦う黒騎士、シュヴァルツリッターたちの数も僅かだが減っているように見える。常々部下たちには死ぬくらいなら撤退しろと言い聞かせているため、減った部下は負傷のため前線を離れたと信じつつ、ウォービルはまた剣を振るう。


 ウォービルから10メートルほど離れた場所では、白騎士たちが見事な連携を見せながら戦っている。今はゼリレアは前線にはいないようで、きっと彼女たちは交代制で陣を組んでいるのだろう。

 ちらっと空に目をやり、日没までの時間をウォービルが計算する。


――この状況じゃ、今日の決着は無理か……。


 アーファの期待に応えられないことに申し訳なさを感じつつ、ウォービルは腹をくくり、シュヴァルツリッターを後退させることを決める。

 前線を務めていた彼らに代わり、集団戦法の指示を受けたゲルプリッターたちが前に出てくる。


「なんだか、嫌な予感がするな……」

 南部部隊の兵站まで後退したウォービルは日没が近づく空を見上げながら、そう呟いた。


「皇国と王国の未来へつながる一戦である! 各々、その義務を果たせ!」

 エドガーの指揮の下、北部では皇国軍が見事な連携を見せながら反乱軍と戦っていた。

 前衛の騎士が連携を阻害しつつ、後衛の騎士が魔法で戦力を削っていく。練度の高い連携に、反乱軍を次々に打ち倒していく。

 今回エドガーが率いてきたのは、皇国軍の中でも精鋭揃いであり、全員が常人の魔力の30倍以上は持つ魔法騎士たちだった。

 エドガーが信頼する神兵たちも数多く揃え、5000人の部隊ではあるが小国1つならば攻め落とせると自負するほどの軍勢だ。

 移動の疲れはあるものの、戦場での精神的な疲弊を受けていない皇国軍の強さは圧巻であり、反乱軍を次々と葬り続ける。

 

 だが、倒しても倒しても数が減らない反乱軍にエドガーが違和感を覚えるのには、そう時間はかからなかった。


「本当に、総数2万の反乱軍か……?」


 既に10日間の間に王国軍もかなりの数の反乱軍を倒しているはずであり、王国軍同様南北に部隊を展開する反乱軍の層は薄くなっているはずなのに、先が見えてこないことにエドガーは違和感を覚える。

 空を見上げれば、段々と沈んでいく太陽。この状況では今日中の決着は無理だろうと判断し、エドガーが後退する。


「死霊の軍団か……」


 まだ実物を目にしていない以上、どうしたものかと思いつつエドガーはグリューンリッターがとっていたという戦術を行うため、後方で皇国軍に指示を出すのであった。



 中央戦線は全戦線の中で最も過酷な状況を迎えていた。


 人数こそ一番多い者の、ここには新たに援軍に来た味方はおらず、肉体的にも精神的にも疲弊した騎士が多いのだ。

 そんな彼らを鼓舞しながら、グロスは自ら前線に立ち、剣を振りながら指揮を執っていた。

 アルウェイ家の長男に生まれるということは、騎士となり、ロートリッター団長となり、王国七騎士団の総団長となることが生まれた段階で決まることを意味する。

 だからこそ彼には、弱いことが許されなかった。過酷な訓練を受けながら、既定路線で人生を過ごし、そして予定通りロートリッター団長になったのだ。


 1つ年下の、同じような境遇のシュヴァインとはすぐに打ち解けたが、グロスは自由奔放に強さを求めるウォービルが初めは好きではなかった。

 アリオーシュ家はエンダンシーを所有する王都唯一の貴族だが、特定の騎士団の団長を世襲することはない。ウォービルの父も確かな武人でありブラウリッター団長を務めていたが、先代アリオーシュ伯爵はウォービルが幼い頃に戦死した。先代伯爵、ウォービル、ゼロとブラウリッターの団長を三代揃って努めてはいるが、アリオーシュ家以外の者が団長になっている時期もあり、アリオーシュ家は武家としてアルウェイ家やコールグレイ家とはその存在感が微妙に異なるのだ。


 今からもう20年ほど前、グロスも、ウォービルもシュヴァインもシュヴァルツリッターに所属していた頃、ウォービルと語り合うことで彼も王家に忠誠を誓っていると心から理解することができ、グロスはようやくウォービルを受け入れることができた。

 そして8年前、シュヴァルツリッターの団長が戦死し次期団長を決めるにあたり、彼こそがシュヴァルツリッターに相応しいと推薦したのは他ならぬグロスなのだ。

 そして騎士団長となってからも3人で剣の高みを目指していたが、3人の中で最も剣の腕で劣るのは自分だった。


 その自覚は、今なお消えていない。

 万単位の騎士団を動かす力はシュヴァインには敵わず、単騎で戦局に影響を及ぼすウォービルのような力を持たず、自分には何があるのかとかつてのグロスは苦悩したものだ。


 長い苦悩の中、彼の活路が見いだされたのは8年前。

 皇国と大激突とした砦防衛戦の時だった。当時ロートリッター団長に就任したばかりのグロスは、的確な人材配置と敵の動きを読む力で、皇国の侵攻を防ぎ切った。

 防衛戦は厳しい戦いである。地の利があることもあるが、負ければ終わるのだ。攻める側であれば退却という選択肢があるか、防衛側は負けることは何かを奪われ、失うことを意味する。

 しかし彼は、王家の盾と呼ばれるアルウェイ家の騎士として恥じぬ力を備えていた。

 だからこそ、グロスは負けられない思いに奮い立つ。南北の軍勢が敵陣を突破する時まで、グロスは耐える戦いを選んだのだ。


「決して一人で戦うな! 部隊を維持しつつ、集団で敵を抑えよ!」


 この戦いの中でグロス自身が剣を振るうのは初めてだ。彼は信頼する部下たちとともに、敵を切り捨てていく。

 騎士団の総団長自ら前線に立ち剣を振るう姿は、騎士たちに力を与えていた。

 自分が戦うことの意味を理解しつつ、グロスは剣を振るい続ける。

 まもなく日が暮れる。その不安を覚えつつ、彼は剣を振るい続けていた。

――ウォービル、エドガー殿、頼んだぞ……!


 グロスが剣を振るう前線で、ルーとナナキも戦っていた。

 味方が倒した反乱軍のことごとくを燃やし、迫りくる敵兵を暴風で吹き飛ばす。なるべく魔力を消耗しすぎないようにしながら、確実に敵戦力を削っていっていた。


「まずいな、もうすぐ日没だぞ」

「しょうがない、夜の陣のために、一旦引こう」


 ナナキの言葉に空を見上げたルーは小さく舌打ちをして、前線から後退していく。グロスが前線に立ったことで王国軍は奮い立ったが、如何せん蓄積された疲労が大きすぎる。

 対する敵は自由意思を奪われ、戦闘が終われば死んでしまうのだから、疲労という概念をおそらく持っていない。

 そうなれば戦いが長引ければ不利なのは、王国側なのは明白だった。


 グリューンリッターの陣形を整えるためにルーが後方に下がり、ナナキもそれを追う。

 この戦いでのルーの活躍は、受勲を受けて然るべきほどのものだとナナキは思っていた。

 グリューンリッターの副団長はなぜか彼しかこの戦場にはおらず、まだ若い彼が全グリューンリッターに指示を出しているのだ。そして自らも前線で戦う。贔屓目になっているかもしれないが、彼の活躍は見事だった。


 初めて会った時はゼロの強さばかりが際立ち、彼も自分と同じ、強さを求める者だと思っていたのだが、彼も既に十分に強いのだと理解するのに時間はかからなかった。

 彼は自分にできることとできないことを、明確に理解している。そしてやらねばならぬことに、全力を尽くせる。

 高い自己分析力を持ち、自分の分を弁え、最善を尽くす。単純な強さを持つよりももっと難しいことだと思うことを、彼は成し遂げているのだ。


「必ず、勝とうな」


 後方に下がってグリューンリッターの動きを考え出す彼に、ぽつりとナナキは言葉を漏らしてしまう。それは彼女の心の底からでた本音だ。


「ん、当たり前だろ」


 にっと笑って答える彼の姿に、少しだけナナキの頬が赤くなり、胸が熱くなる。自分の鼓動を感じながら、ナナキは暮れ行く日を眺めていた。




 そして、10日目の夜がやってくる。


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