第87話 白騎士

「団長! 南部前線にて凶悪な死霊が現れたとのことです!」

「わかりました。すぐに向かいます。展開しているヴァイスリッターに伝令。南へ向かいます!」

「了解しました!」

「来たの、かしらね……」


 なかなかシュヴァイン発見の報告が届かなかったことから、戦場中央部後方よりグリューンリッターが生み出し続ける炎の壁をぼーっと見続けていたゼリレアに、ついにその凶報が届く。

 この戦場では多くの者が死に、強き者たちも数多くが倒れていっただろう。

 その死霊がシュヴァインかどうかの判断はつかないが、ゼリレアには何となく、シュヴァインだろうな、という予感があった。


 軍議の際、シュヴァインは自分が相手をする、と言ったはいいものの、実際彼を相手にするとなると、少々気が滅入る。

 部下たちの手前、弱気な態度は見せられないが、生前のシュヴァインと一対一で死ぬまで戦えと言われたら、ゼリレアに勝機はないだろう。

 戦闘の準備に多くの準備が許されるなら分からないが、野戦の戦場でばったり出会う、という形で彼と戦ったとなれば、死ぬのは自分だと彼女自身思っている。

 だが、今回の相手は生前のシュヴァインではない。

 そこに彼女は活路を感じていた。先ほどから観察するに、死霊たちに思考能力はない。本能が赴くままに、生者たちを攻撃するように操られているのだろう。

 だからこそ、思考しないシュヴァインであれば、ただ一撃が速く重く鋭いだけだと、ゼリレアは期待する。


「とはいっても、それだけでも十分脅威なんだけどね……」


 誰にともなく独り呟きながら、ゼリレアは南へ駆けて行く。

 放っておけば、多くの王国騎士たちが死んでしまうだろう。彼を発見したヴァイスリッターが応戦しようものなら、彼女が手塩にかけて育ててきた大切な仲間を失うことになる。


 全ヴァイスリッターの中で最年長のゼリレアにとって、ヴァイスリッターの女性騎士たちは全員が妹や娘のような思いだった。一糸乱れぬ着こなしも、指示に対する返答も、他の騎士団への振る舞いも、全てゼリレアが叩き込んだ賜物だ。


 女だからと言って、舐められてはいけない。女だからと甘く見てくる者には、制裁を。


 誇り高く気高い戦い方をモットーとするヴァイスリッターは、王国の女性騎士にとってはシュヴァルツリッターよりも憧れの存在であり、いつかは自分もと思う場所なのだ。

 そしてそのヴァイスリッターの歴代団長の中でも圧倒的に女性騎士たちからの支持を集めるのが、ゼリレア・アリオーシュだった。


 アリオーシュ家に嫁ぐ前から、彼女の強さは女性騎士のみならず、同年代の王国騎士たちの中でも際立っていた。

 彼女の生まれはディールトット侯爵家といい、代々政務官して活躍する文官の家柄だった。だが幼い頃より武芸に秀でたゼリレアは英雄王に憧れ、強者が多く集う王国七騎士団に入団することを決断し、両親の反対を振り切って王国騎士となったのである。


 彼女を最初に有名にしたのはその絶対的な美貌だったが、英雄王にも実力が認められるのに、そう時間はかからなかった。

 彼女を色仕掛けで出世したと揶揄する者も当初は一定数いたが、彼女は実力でそういった者たちを黙らせて言ったのだ。


 そして順調にゲルプリッターで功績を上げ、軍属3年目にブラウリッターに昇格し、先輩ブラウリッターであったウォービルと出会い、7年目にはヴァイスリッターに昇格。

 ヴァイスリッターへの昇格となった22歳の時に爵位で劣るウォービルと、反対する生家と縁を切る形で結ばれた。


 出産と育児で戦場を離れることもあったが、彼女の強さを超える女性騎士はなかなか現れず、復帰後も変わらぬ活躍を見せた彼女はシュヴァルツリッターに昇格。

 その後もその功績が認められ、5年前に現在のヴァイスリッター団長へと就任した。

 彼女の後釜として囁かれるのは現在リラリッター団長を務めるミリエラが筆頭と言われているが、今なおゼリレアとミリエラではその強さには大きな隔たりがあり、まだまだ後進に譲ることは彼女も考えていない。

 彼女には、教えることがまだまだある。


「団長!」


 戦場を駆ける彼女の目に、一か所だけ炎の壁が打ち消されている場所が目に入る。暗がりではっきりとは見えないが、グリューンリッターが襲われ、警護役のロートリッターの者たちが襲撃者と戦っているように見えた。

 その戦いをそばで観察していたヴァイスリッターの騎士がゼリレアの到着に安堵の表情を見せる。


「……こんな形で再会するとは、陛下が悲しむわよ」


 襲撃者は、当然のことだが死霊だった。

 たった一人でロートリッターたちを薙ぎ払う死霊は、纏う衣服がところどころ敗れ、生前の彼が死ぬまで苛烈な戦いの中にあったことを伝えてくる。

 その死霊は黄色を基調とした軍服を纏っているのだが、その胸元に施された汚れた金糸によるの刺繍が、彼が何者かを教えてくれた。


「せめて私が、安らかに眠らせましょう……」


 しばし目を閉じ、心の中で祈りを捧げる。彼は大切な仲間だった。

 だからこそ、彼をこのままにはしておけない。

 彼の名誉を、守らねばならない。彼の死を、冒とくすることは許せない。


「シュヴァイン、ここで貴方を終わらせます」


 鞘から剣を抜き放ち、魔力を込めるゼリレア。彼女の右手に握られた剣がほのかに白い光に包まれ、彼女の体も身体強化魔法により淡い光をまとう。


 彼女が見据える死霊は、5名ほどのロートリッターたちが囲んでいるが、彼らも迂闊には攻撃ができず、仕掛けてきたシュヴァインの攻撃を捌ききれず、一人、また一人と殺されていく。


「私が彼の気を引きます。その隙に死者たちを弔いなさい」

「はっ」

「では……ヴァイスリッター団長、ゼリレア・アリオーシュ、参ります!」


 華麗な白騎士が、ついにこの戦場を舞った。

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