第88話 かつての友も今は敵

「では……ヴァイスリッター団長、ゼリレア・アリオーシュ、参ります!」


 たった一歩の踏切で、ゼリレアはシュヴァインとの距離を一気に詰める。彼女の名乗りが耳に入ったロートリッターたちが彼女と替わるために後退する。


 5日間の戦いが続き、夕暮れ前にはグリューンリッターたちが激しく炎熱魔法を使っていたため、平原地帯は凹凸が激しく足場も悪くなっているのだが、そんなことを気にも留めず、ゼリレアの足は止まらない。


 彼女の視線の先には、生前の覇気を失い、感情を失った表情を浮かべるシュヴァイン。無機質な表情のまま剣を振るう様は正直ゾッとするほど異様だったが、戦うと決めた以上引くことはできない。


「はあっ!」


 跳躍し、重力を味方に上段の構えからシュヴァインへ切りかかる。

 ゼリレアとしては不意をついたつもりだったが、新たな強者の登場を察していたようでシュヴァインはその攻撃を防ぐ。

 闇夜の中、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。


「ロートリッターたちは新たな死霊の接近を警戒! グリューンリッターは壁を維持しなさい!」


 シュヴァインと鍔迫り合いを演じながら、彼女は周囲の騎士たちに指示を送る。二人の戦いを茫然と見ていた騎士たちも、彼女の指示に慌てて動き出す。


――重い……!


 剣を打ち合わせることで伝わる情報は多い。彼の強さはやはり脅威だとゼリレアは理解した。

 剣をぶつけ合うも、じりじりとシュヴァインの力に押されていくゼリレア。こればかりは男女差という、生物的な体格の差が顕著に出てしまう。


「あなた、本当に死んでしまったのね……!」


 一旦間合いを取り、再度剣を打ち込みながらゼリレアはシュヴァインに語り掛ける。仕掛けられる攻撃は悉くシュヴァインに防がれるが、彼女はそんなことを気にした様子はない。

 語り掛けられるシュヴァインの表情は、無。

 今ここで自分と戦っていること、何の反応も示さないこと、全てが彼の死を伝えてくる。

 生前の精悍で周囲の背筋を伸ばさせるような、子どもが見たら泣き出しそうないかつさも、全てが消えうせていた。

 今彼の精悍な顔立ちに感情の一つも感じられない。その様は、異様だった。

 

 止まることなく仕掛け続けるゼリレアの攻撃を淡々とすべて捌き切るシュヴァイン。周囲の騎士たちが介入することもできないほどのハイレベルな攻防を、集まったヴァイスリッターたちが心配そうに眺めていた。


 片方が死霊となってしまっているとはいえ、騎士団長同士の戦いは滅多に見られるものではない。

 王都の訓練場で見学できたのならば、どれほどよかったことだろうか。

 ゼリレアの戦い方を一つでも自分のものとしようとしつつ、これは命を懸けた戦いだということは忘れず、ヴァイスリッターたちはいつでも彼女を支援できるように魔導式を脳内に展開させて待機しているようだった。


――やはり、思考能力はもうないのね……。


 あらゆる攻撃を捌かれる中で感じた違和感があった。シュヴァインは迫る攻撃に圧倒的な速さで対応しているのみで、ゼリレアの攻撃の先読みは行っていないように感じられた。


――もう、戻れないわね。


 シュヴァインはウォービルの5歳年上で、ゼリレアとは7歳年が離れているが、一時はロートリッター団長のグロスと4人でシュヴァルツリッターに所属していた時代もある。

 

 ゼリレアは出産と育児のために軍を離れている時期もあったため、彼らほど一緒に所属していた時代は長くはないが、それでもあの頃の思い出は大切な思い出の一つだった。

 全員が親となり、子を育てる中で、あの4人でいる時間はまるで若い頃に戻ったような、純粋に強くなりたいと思っていた頃を思い出せる時間だった。

 騎士として生きる以上、最悪の事態も覚悟はしていたが、それでも皆が生き残り退役できる日が来るのを彼女は信じていた。


 だが願いは叶わず、よもやまさか今ここで戦っている運命を恨みたくもなる。


「はああああ!」


 そんな運命も、悲しみも全てを打ち消すように白騎士は戦場に舞う。

 覚悟を決めた彼女の放つ流麗な連続攻撃は速度を増し、シュヴァインの身体に傷を生じさせていく。

 だが痛覚にない死霊はひるまない。


「くっ!!」


 ゼリレアの連続攻撃で傷を受けることを気にも留めず、想定外の反撃に転じたシュヴァインの一撃がゼリレアを吹き飛ばす。

 ギリギリの所で剣を出して即死は免れたが危ない場面だった。


「団長!」


 周囲を囲むヴァイスリッターたちが吹き飛ばされたゼリレアに身体強化魔法を施し、身体の回復速度を高めさせてくれる。


「ありがとう」


 死霊となったシュヴァインは吹き飛ばしたはずのゼリレアに追撃を迫ろうと構えていたが、それよりも早く周囲のヴァイスリッターたちが彼女のサポートに入ったためか、追撃を躊躇った。


――躊躇った……考えた?


 立ち上がったゼリレアが再びシュヴァインに構えを取ると、予想外にもシュヴァインは撤退して行ってしまった。

 炎の壁のそばで戦っていたからこそ視界が開けていたが、壁から離れられてしまえば、その姿はあっという間に闇夜に紛れる。


「……死霊が、逃げた?」


 彼らに思考能力がないはずと思っていたゼリレアは不可解な事実に立ち尽くし、シュヴァインの次の動きを考えてみるが、死霊の思考など彼女に分かるはずもなく。


「ヴァイス団長!」


 不可解な出来事に不気味さを感じさせていたゼリレアのそばへ、若きグリューンリッターが駆け寄ってきたことで、彼女の思考は中断させられた。


「ゲルプ団長が襲来し、ここだけ壁が維持できていないと聞き加勢に来たのですが、ゲルプ団長はもう倒されたのですか?」

「ルーくん、ありがとね。でも、シュヴァインは倒せなかったわ。彼は、撤退していったの」


 剣を鞘に納め、吹き飛ばされた時についた軍服の汚れを払いつつゼリレアがルーに答える。何度もアリオーシュ家を訪れたことがある息子の親友に状況を知らせるゼリレアの表情は、普段の彼女のものに戻っていた。


「死霊が、撤退、ですか?」

「ええ。私も驚いちゃった。……ところでお隣の子は、法皇様のお付きの子と思っていたけど、ルーくんのガールフレンド?」


 今起きたことを伝え終えると、ゼリレアの表情にいたずらを思いついた子どものような、楽し気なものになる。

 ルーの隣に立つ闇夜に紛れてしまいそうな黒の法衣を着た赤髪の少女は、アーファと共に王城に現れた法皇の隣にいた少女だったはずだ。法皇の侍女なのだろうと思っていたのだが、なぜかルーの隣にいることから推測を行うゼリレア。


「ち、ちがいますよっ」

「わ、私はナナキ・ミュラーと申します。法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世様の侍女を仰せつかっております、皇国軍の魔法騎士です。ご挨拶する機会がなく、名乗りが遅れました非礼、お許しください」


 ルーと同様に赤面した少女はその場に片膝をついてゼリレアに名乗りを行う。

 その様子の微笑ましさにゼリレアは先ほどまでの緊迫感を忘れる。


「まったく。ゼロもルーくんも、皇国に何をしに行ってたのかしらね?」


 口元に手を当てて優雅に笑うその様の美しさに二人は一瞬見とれてしまったが、即座に二人揃って首を振って否定する姿が、より一層ゼリレアの心を楽しくさせた。


「ま、そういうことにしておいてあげる。とりあえず、当面の危機は去ったと思うから、私は陛下に報告に行ってくるね。ルーくんはグリューンリッターの立て直しをお願いできるかしら?」

「は、はい! お任せください!」


 ルーの威勢のいい返事を受け、ゼリレアがシュヴァインと戦った戦場を後にする。

 倒せはしなかったが、ロートリッター数名の犠牲を払ったものの、自身は大きな負傷もヴァイスリッターの欠員も出さなかったことを幸いと思うことにする。


――明日の夜以降もこれが続くと考えると、ちょっとしんどいわね……。


 戦いはまだまだ終わらないだろう。そして当然夜はやってくる。

 今日からの戦いでは死霊を生み出さないように戦っているため、少しずつ夜間の襲撃者は減ると思うが、長丁場となりそうな戦場にゼリレアは小さくため息をつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る