第82話 ばらばら

「死人の軍団……」


 ここまでずっと黙って話を聞いていたユフィが、ぽつりと言葉を漏らす。そこで初めて薄紫色の法衣の少女をはじめ、彼の知らない純白の法衣の少女と黒色の法衣の少女がいることにライダーが気づく。

 彼は「誰だ?」というような怪訝そうな表情を浮かべるが、アーファたちは既に彼女たちを知っているであろう状況を察し、疑問を飲み込んだようだ。


「何か、心当たりがあるのか?」

 

 ユフィの呟きに、険しい表情を浮かべたセレマウが聞き返す。


「ええ……たしかウェイレア王朝に死者に魔導式を書き込み、死霊を生み出して使役する死霊魔法と呼ばれる、そんな禁忌魔法があるって何かで読んだ気がする」

「ウェイレア王朝? なんだってそんな国の魔法が、ここに?」

 

 ユフィの言葉に対して皆が思ったことを、代表してゼロが尋ねる。ウェイレア王朝はカナン大陸の王朝ではなく、カナン大陸と海を隔てた東の大陸の、世界六大国に数えられる、セルナス皇国に並ぶ魔導大国だ。

 東の大陸ではウェイレア王朝はネイロス公国と覇権を争って交戦状態との情報が伝わっているくらいで、カナン大陸と東の大陸との交易が行われなくなって久しいため、誰も彼もがウェイレア王朝についてはよくわからないというのが実情だった。


「死者が二度と蘇らないように、死霊はもう助けられない。そして死霊に噛まれた者には死霊となる魔導式が伝播して、さらに増え続けるって、書いてた気がする。大元の術者を止めないと、その増加は止められない……」

「なんだと!?」


 王国にはない知識だったが、魔法文化が根強い皇国だからこそ伝わっていた話だったのかもしれない。ユフィの話を聞いて、グロスが焦ったような表情を浮かべていた。


「昨夜、1000人は死んだと言わなかったか?」


 彼の焦りは、先ほどのライダーの発言と結びついたものだったようだ。グロスの言葉の意味を理解したアーファたちの表情が青ざめていく。


「もし誰かが死霊に殺されたのならば、すぐに燃やして遺体を消さないと、夜には死霊になってしまうかもしれません……!」

「命を賭して戦った者たちが、今度は敵兵となるというのか……!」

「そんなの、永遠に倒しきれないではありませんか!」


 倒しても倒しても敵兵が増えるという場面を想像して、誰にともなくグレイとミリエラが怒りをぶつける。昨日まで味方だった者が、物言わぬ敵兵になるなど、理性では理解できたとしても、感情では納得がいかなかった。


「王国のために死した殉死者を、すぐに燃やせだと……? 遺族の元にも返せないだと……!?」


 アーファの表情に、悲しみと怒りが入り混じった色が浮かんでいく。


「ライダー、この戦いが終わった後、全ての殉死者を報告せよ。必ずだ!!」

「は、はい!」

「このような悪魔の所業を為すとは許せん……!」


 アーファの怒りに同調するように、この場に居合わせた者たちへ沸々と怒りの感情を沸き上がり始める。


「……最悪のケースも考えなければならないかもしれませんね」


 ライダーが死人の話を始めた頃から沈黙を守り続けていたゼリレアのみ、怒りの感情を抑えて冷静な表情を保っていた。彼女の言葉の意味を探るように、一同の視線がゼリレアに集まる。


「シュヴァインが、戻っていないのでしょう?」


 ゼリレアの指摘は、その場にいる者を絶望へ落とすに十分な言葉だった。彼女の言わんとする意味を想像してしまったライダーが、認めたくない可能性を想像して唇をかみしめる。


「シュヴァインは強い。今この場にいる誰よりも強いでしょう。ですが、シュヴァインは人間です。一晩中戦い続けるなど、それは人の限界を超えています」


 この発言をしたのが自分よりも身分の下の者だったら、おそらくライダーは怒りのままに詰め寄っていたかもしれない。固く拳を握りしめたまま、彼はゼリレアの言葉の意味を必死に飲み込んでいた。


「……シュヴァインが死霊となるなど、考えたくもないな……」

「シュヴァインの実力は夫に匹敵します。彼が死んだなどと思いたくはありませんが、万が一彼が死霊として襲い掛かってきたならば、私たちはさらなる同胞を失うことになるでしょう。この広い戦場で一人の亡骸を探すなど簡単なことではありませんが、一刻も早く見つけられればよいのですが……」


 今はまだ日中であり、死霊たちが動ける時間ではないようだが、もしシュヴァインが死霊たちとの戦いの末死んでしまっていたのならば、今夜は彼も死霊となり王国軍に牙をむく可能性がある。一刻も早く見つけて燃やさなければ、恐るべき相手を敵としなければならないのだ。

 彼女の言葉に皆の表情が強張る様子に気づいた彼女は、皆を安心させるように微笑んで見せた。王国で最も強く気高く美しい女性騎士の笑顔はゼロと似ていて、悪意がなく人の心にすっと入ってくるような笑顔だった。


「万が一の事態が起こりましたら、私がシュヴァインの相手を致しましょう」


 いつも通りの様子でそう言い切ったゼリレアは頼もしかったが、一人だけその言葉を受け入れられない者がいた。


「いくら母さんだって、シュヴァイン団長の相手は無理だろっ」


 彼女自身が言っていた通り、シュヴァインの実力はウォービルに匹敵する。エンダンシーを持つ分ウォービルに分があるが、長い修練により高められたシュヴァインの実力に、ゼリレアが及ぶとはゼロには思えなかった。

 ゼロの反論を受け、ゼリレアは微笑んだままゼロの前へ進む。その表情は穏やかで、ゼロが知る、母の顔だった。髪の色こそ違うが、よく似た美しい顔立ちが向かい合う。

 不満そうな視線をぶつけ続けるゼロと、ゼロと向き合う穏やかな表情を浮かべたゼリレア。一同の視線が二人へ集まる中。


 パンッ。


「何を馬鹿なことを言っているのですか?」


 振りかざした彼女の手は、ためらうことなくゼロの頬を打った。何が起きたか理解できなかったゼロは目を開いて驚きの表情を浮かべ、少し間を空けて頬に手を当てる。驚きの後についてきた痛みを感じつつ、ゼロは戸惑いの表情で母を見つめていた。

 アーファたち含め、皆が二人の様子を見守る。


「最悪のケースを常に想定しつつ、我らの持てる戦力をしかと分析なさい。シュヴァイン不在の今、全体の指揮を執るのはグロスを置いて他はありません。そうするとなると彼が敵として現れたのならば、私が相手取るしかないでしょう。倒せないまでも、ヴァイスリッターの支援があればお父さんが来るまで、私が持ちこたえて見せる。それが、この戦場での最善策です」


 穏やかな表情から一転、真剣な顔つきでゼロに言い放つ彼女の雰囲気に、他の者も圧倒される。普段は優しい母にぶたれたのはいつぶりだろうか、ゼロはぼんやりとそんなことを考えつつ、ゼロは内ポケットから愛用の仮面を取り出し、装着した。

 その様子にゼリレアは再び穏やかな笑みを浮かべた。


「わかればよろしい」


 ゼロの行動の意味を察したのだろうが、親子にしか分からないその感覚にアーファが苦笑いを浮かべていた。


「とりあえず、四人一組で攻撃してくる反乱軍の攻撃を抑えつつ、グリューンリッターには死体をどんどん焼いていってもらう、というのが戦略となりますかな」


 シュヴァインが敵として現れた場合は、ゼリレアをはじめとするヴァイスリッターが相手を務める、ゼリレアの決意を決定と判断したグロスが今後の動きをまとめ始める。


「兵数では敵を上回るのが幸いですね。敵が夜半にも攻めてくるならばやむを得ない。部隊を3分割し、前線部隊・待機部隊・休息部隊に編制します。皇国軍の援軍が来るまで、南北に長く部隊を展開、皇国軍の援軍が合流したのちは、北側を皇国軍に、王国軍を中央と南側に編制しなおし、畳みかけましょう。ルー、ライダー。グリューンリッターとゲルプリッターの編成を頼めるか?」


 脳内に戦場となる平野部の地図を広げつつ、迅速にグロスが指示を出していく。王国七騎士団の総団長を務めるだけあり、誰も彼の言葉に異論を挟む者はいない。


「お任せください」

「わかりました!」


 グリューンリッターの副団長としては最もキャリアが浅いが、他の副団長たちが今どこにいるのか分からない以上、ルーは責任を持ってグロスの指示に頷いて見せる。ライダーも、偉大なる父はもう死んだのだと割り切り、自分にできることを決意する。


「私はロートリッターを編成後、中央で指揮を執る。ヴァイスリッターは夜半の死霊部隊が登場するまで待機。リラリッターは陛下と法皇様の警護を。皇国軍が来るまでゼロは北側、グレイは南側を任せる。最優先は敵兵を増やさないこと。近くにグリューンリッターの者がいなければ、死んだ相手であっても必ず足を切り落とせ!」


 グロスの指示を受けた騎士たちは力強く頷くと、続々と己の持ち場へと移動を開始する。

 既に前線では王国軍と反乱軍の戦いが続いているわけだが、まもなく王都からここまで一緒にやってきた者たちも、戦闘を開始するのだ。誰かが死ぬかもしれない。その現実にセレマウの表情は空と同じく曇っていた。


「セレマウ、私、ゼロと一緒に行くね。ナナキ、セレマウをお願い」


 そんなセレマウの様子を察しつつも、ユフィがセレマウのそばを離れていく。彼女が駆け出した先には、青い軍服を着た黒髪の少年の姿。


「ユフィ様、お気をつけて」


 ずっとセレマウのそばにはユフィとナナキがいたのに、離れていくユフィの姿にどうしようもない寂しさを覚えるセレマウ。だが、彼女は力を持っている。自分にはできなくとも、彼女ならできることがあるのはわかっている。


 ならば自分もできることを考えなければならないだろう。


 不安な気持ちを抑えきれないまま、セレマウは自分にできることを考え続けていた。

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