第81話 未知の軍勢

 時刻は正午を回ったであろう頃。シュヴァインが築いた本陣に到着したアーファたちは引き連れてきた騎士たちを待機させ、本陣の中を訪れていた。


「へ、陛下! このような所までお越しになるとは、どうなされたのですか?」


 アーファの来訪に気づいたのは、黄色を基調とした軍服に身を包んだ若い騎士だった。彼はアーファの姿を目にすると驚いた表情を浮かべつつ彼女の前に跪いた。彼の軍服の胸元には銀糸で刺繍されたスリーソードがあり、まだ若いが彼がゲルプリッターの副団長であることを伝えていた。

 通常戦場に赴くはずのない女王の来訪に、若い騎士は緊張した面持ちを浮かべる。


「ライダーか、シュヴァインはどうした?」


 自分の前に跪く黒髪の若い騎士はアーファも知る青年だった。彼の名はライダー・コールグレイ。コールグレイ公爵家の次男であり、ゼロやルーと同年代だったと記憶している。彼の兄は現在シュヴァルツリッターに所属し、ウォービルが防衛砦へ行く際に伴った騎士の一人だ。

 また彼の姉はヴァイスリッターに所属し、ゼリレアの指揮の下この戦場にやってきている。二人とも王国騎士の中でも上位に当たる実力を持つ騎士であり、コールグレイ公爵家を支える重要人物だ。

 だが、ライダーは兄や姉よりも剣の才能に秀でており、コールグレイ家の出身でなければ、いつブラウリッターに昇格してもおかしくない実力者だ。貴族学校時代からゼロとはライバル関係にあり、兄や姉を退けて彼こそが未来のゲルプリッター団長候補としての呼び声も高い。

 パッと見勝気で粗暴そうな見た目に気を取られるが、よく見れば非常に野性的な整った顔立ちをしており、笑顔が得意なゼロとは系統が違うイケメンだった。


「父さ……シュヴァイン団長は……昨夜の危機に際し最前線に突入し、ま、まだ戻ってきておりません……」

「なんだと?」


 その勝気な見た目とは裏腹に、少し表情に影を落としながら答えたライダーにアーファが眉を顰める。アーファの後方にいる面々も怪訝そうな表情を浮かべていた。


「昨夜の危機、とは?」


 ライダーの言葉が気になったグロスが尋ねる。そこでようやくアーファの後方にものすごい面々が控えていたことに気づき、再び彼は畏まって頭を下げた。


「しょ、詳細はわかりませんが、反乱軍は負傷や死を恐れることなく、非常に統率が取れた4人1組の小隊を組んで、練度の高い連携を取って攻撃をしてきます。特に各小隊の隊長格は皆、かなりの強さで、俺……私も一度やられそうになりました」

「お前が?」


 ライダーの言葉に思わず聞き返すゼロだったが、その声に気づいたライダーはキッとゼロを睨み返し、ゼロは苦笑いを浮かべて言葉をつぐんだ。

 ライダーの強さは相当なものであり、貴族学校を卒業して以来手合わせをしてはいないが、在学中に行った手合わせでは、ほぼ五分五分の戦績だったのだ。

 卒業後もゼロやルー同様15歳で即軍属となり、訓練を怠ったなどということはないだろうから、彼をして苦戦する敵が4人に一人もいるなど想像がつかなかった。


「続けろ」


 グロスの言葉にライダーは再び頭を下げ話し出す。


「それでも私たちは戦死者を出しながらも、陣形を突破させずに、反乱軍の侵攻を抑えていたのですが……。昨夜、状況は一変しました」


 僅かにだが、ライダーの肩が震えていた。その様子にアーファが首をかしげる。


「どうした?」

「い、いえ……3日目の夜までは、比較的穏やかな夜でした。ですが、昨夜の完全に日も落ちた頃、……日中と変わらぬ侵攻を受けました」

「日中と、変わらぬ侵攻?」

「奇襲ではなくて?」


 ライダーの言葉に反応したのはゼリレアとミリエラだ。長引く戦いの場合、基本的に夜間に攻撃は行わない。皇国であれば魔道具で灯りを用意することもできるかもしれないが、魔道具という文化のない王国にとって、夜間の攻撃は敵味方の区別がつきづらく、同士討ちのリスクが高まるからだ。

 遠距離からの魔法攻撃であれば行うこともなくはないが、王国ならばグリューンリッターが、他国なら魔導団などが魔法攻撃の警戒に当たるのは戦場の常識であり、その攻撃が成功する確率はほぼない。

 奇襲という形でヒットアンドアウェイによる攻撃も作戦として展開されることはあるが、日中と変わらぬ侵攻、とは全部隊による通常攻撃であり、先に述べた敵味方の判別がつきづらいというリスクを負うことになる。


 だがもし夜間の通常攻撃を受けるとなれば、部隊は休むことができなくなる。十分な休息を取れずに戦い続けては、いずれ敗北することは必至だろう。


「そうです。日の出とともに奴らはいなくなったようですが……正直、今思い返すだけでも恐ろしい敵でした」


 昨夜の戦いを思い返すライダーの額を冷や汗が伝う。アーファを前にしての発言に嘘はないのだろう。彼の様子から、ただならぬ事態が起こっていることを援軍に来た騎士団長たちは感じていた。


「その敵とは?」

「信じられぬかもしれませんが……」


 ライダーが言葉を濁す。その姿に彼を知るゼロとルーは違和感を拭えなかった。ライダー・コールグレイという男は、常に自信に溢れた男であり、戸惑っている姿など貴族学校時代に見たことがなかったのだ。


「死人でした」

 

 至って真剣な表情でそう言い切る彼の言葉に嘘はないのだろうが、一様に皆が眉をひそめた。人はいずれ死ぬ生き物だが、死んだ者が動くことなどあり得ない。


「どういうことだ?」

 ライダーの言葉に嘘はないと思うものの、全く想像がつかなかったアーファが聞き返す。言いづらそうにしていたライダーも、覚悟を決めた表情で説明を始めた。


「私たちが反乱軍との戦いを初めて今日で5日目になります。既に我らは3000の兵を失いましたが、同等の反乱軍を殺したと思います。本来であればすぐにでも死んだ同胞を弔いたいところではありますが、戦局は一進一退、死んだ同胞たちを本陣まで連れ帰る余裕はありませんでした」


 雲が動いたか、先ほどまで届いていた日の光が途絶え、日の光を浴びていたライダーの顔が暗くなったのは、偶然だったのだろうか。


「昨夜に私たちに襲い掛かってきた敵勢の中に、確かに王国七騎士団の軍服を着た者がおりました。最初は何かの冗談と思い声をかけ続けましたが、奴らは何の反応も示さないどころか、私たちに攻撃をしかけてきたのです」


 王国七騎士団の軍服は全て王都で生産されており、東部には流通していない。退役した騎士が東部に譲ったとしても、とてもではないが大した数にはならないだろう。


「敵勢に、ロートリッターの軍服を着た者がいた、というのか?」


 自分の部下が王国を裏切るなど信じられなかったグロスが、悔し気な表情を浮かべて聞き返す。


「そうです。反乱鎮圧軍として組織されたゲルプリッターも、グリューンリッターの者も、おりました。困惑した我々もやむなく反撃にでたのですが、奴らは……腕を落としても、首をはねても、止まらないのです」

「なんと……」


 想像しただけでおぞましい。そんな者と戦わねばならないことを知ったミリエラは青ざめた顔色をしていた。


「足を切り落とすことでその進軍は止まりましたが、胴体はまだ動き続けていました。グリューンリッターたちが死人の身体を燃やし尽くすことでなんとか対処しましたが、日の出までの間の戦いで同胞が1000人は死んだと思います」

「殺しても死なない、死人の軍団、か……」


 腹をくくって全てをライダーが伝え終えると、アーファは顎に手を当ててそう呟いた。彼女の表情に浮かぶのは、怒りの色だった。

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