騎士たちは平和のために剣を振るう

第80話 いつもの馬車

 シュヴァイン率いる王国軍と反乱軍が激突してから5日目。アーファが直々に率いる援軍たちは前日に王都を出発し、東へ進み続けていた。


 春の暖かさはあるものの、今日はあいにくの曇り空。どことなく街道沿いに広がる草原の草花たちも、元気がないように見えてくる。

 進行速度から計算して、まもなくシュヴァインが築いた王国軍本陣に到達すると思われる頃。


「セレマウ、大丈夫?」


 戦場が近づくにつれ、段々と顔色が悪くなっていくセレマウを心配し、正面に座るユフィが声をかける。


「うん、大丈夫だよ。……もうすぐ戦場に着くんだよね。なんかさ、悪意とか敵意とか、そういう感情が大きくなっていくのを感じるんだ」


 ユフィには分からなかったが、セレマウが時折不思議な感性を見せることは経験上知っていた。彼女の言葉にユフィは少しだけ表情に不安を見せる。


「でも、大丈夫。ボクが戦うわけじゃないからね」


 彼女の隣に座るアーファとしては、本当は彼女には王城に残ってほしかったのが本音だった。だが、彼女は戦場へ向かうことを望んだ。曰く「私が行けば、皇国軍が援軍に来るという言葉が真実味を帯びるだろう」と。

 シュヴァインを含め、反乱鎮圧のために出陣した王国騎士たちはまだアーファとセレマウが手を取り合ったことを知らない。一理ある、と判断し王都をリッテンブルグ公爵に任せ、アーファはセレマウの法皇専用馬車を借り、いつもの形で戦場へと進むことを決めたのだ。


「だから、大丈夫」


 純白の法衣に身を包むセレマウの笑顔は儚くも美しかった。ユフィは心配そうな表情を浮かべたまま、それ以上は何も言わない。


「それにしても、その恰好を見るのは久しぶりだな、ブラウ団長」

「や、やめてくださいよ今更……」


 にやついた顔でゼロをからかうアーファの言葉に、ユフィもセレマウも改めてゼロへ視線を送る。

 皇国でゼロと出会ってから昨日まで、彼はずっとクラックス家が用意した礼服を着ていたのだが、王国に戻ってきたこともあり今日は青を基調とした軍服をまとっていた。その胸元には騎士団長であること示すスリーソードの金糸の刺繍。


――やっぱ、カッコいいなぁ……。


 それはユフィが初めてゼロと出会った時の恰好であり、去年からずっとどう倒すかを考えていた者の恰好だ。彼女が出会う時は必ず仮面をつけていたが、今は仮面を外した状態であり、ゼロの顔立ちによく似合った軍服姿にユフィは見とれてしまった。

 御者台に座るルーも緑色を基調とした軍服姿になり、昨日までのイメージとはだいぶ変わってしまった。本当に王国騎士たちと行動を共にしていたのだと思うと、世の中何があるかわからないなと思えてくる。


「ウォービルも合流すれば、グリューンリッターを除く全騎士団長が一同に会することになるか」

「今までこんなことなかったんじゃないすか?」


 王国七騎士団の全団長が同じ戦場に出陣するなど、少なくともゼロの記憶にはない。8年前の砦防衛戦は国王自ら出陣したため、リラリッター含む全騎士団が出陣した激戦だったのだが、当時まだ9歳だったゼロはそれを知らない。


 騎士団長とは王国の安全を守るとともに、国難に対する軍議を行う存在でもあるため、全員が王城を空けるなどあり得なかったのだ。そもそも国王たるアーファが戦場に赴くこと自体初めてであり、もし彼女が王城に残るのであれば、少なくともリラリッターは王城に待機となっていただろう。


「ほんとに、全戦力を投入する戦いなんですね」

「騎士団長さんたちの中で一番強いのは誰なんですか?」


 アーファとゼロの会話に今回の戦いの規模を感じ、気を引き締めたユフィとは対照的に、セレマウがふと浮かんだ疑問を口にする。その質問にはアーファも興味を示したようで、再びゼロへ視線が集まった。

 その質問にゼロは何と答えたものかと少し考えこんだ。


「個人の強さで考えれば……父さんかシュヴァインさんじゃないですかね」

「確かに、ゼロのお父様は私のお父様と同じか、それ以上に強そうだったね」


 ゼロの答えを聞き、バハナ平原でエドガーと手合わせしていたウォービルを思い出すユフィ。


「じゃあゼロさんは、何番目?」

「俺なんかまだまだ一番下ですよ。あ、でも昨日のミリエラさんの反応から、シックス・ナターシャを倒した俺の方が、ミリエラさんより強くなった、のかな……」


 ルーがクウェイラートについて説明している際に出た話題を思い出しながら、ゼロは自信なさげに言葉を選びながらセレマウに答える。


「クウェイラートだん……クウェイラートとは戦ったことがないし、専門分野が違うからなんとも言えないですけど、母さんとグロス団長にもまだまだ敵わないですね」


 戦場で積み重ねてきた経験値が圧倒的に違うロート、シュヴァルツ、ヴァイス、ゲルプリッターの団長たちと手合わせした記憶を思い出し、ゼロは少しだけ苦笑いを浮かべていた。

 戦場での経験値の差は、戦い方の引き出しの差を生む。単純に速く動き、速く剣を振るだけなら、ゼロとてベテランの騎士団長たちと遜色ないとは思うが、やはり先に挙げた4騎士団の団長たちはくぐってきた死線の数が違う。

 アノンという切り札があっても、勝てるイメージが沸かないのがその4人のようだ。


「ゼロのお母様、そんなに強いんだ」

「あんなに優しそうなのにね~」


 ゼロの言葉に意外そうな表情を見せるユフィとセレマウ。ウォービルと手合わせしていたゼロの動きを目で追えなかったユフィには、彼をしてもまだまだ敵わないという者たちの強さはもう想像すらできなかった。戦う力を持たないセレマウからしてみれば、王国で出会ったゼリレアは物凄く綺麗な女性、という印象だけであり今いちピンときていないようだ。


『ゼリレア様の強さはすごいですよ。ゼロが勝てるのは腕相撲くらいじゃないかしら?』


 誰よりもゼロの戦いをそばで見ているアノンの言葉にゼロは苦笑いを浮かべるが、確かにアノンの言う通りなのだ。


『世界は広いんですねぇ……』


 アノンの言葉にユンティが反応するが、彼女自身はユフィと共にあるため、ゼロをかなりの強者だと思っていたのだが、そのゼロをして上がいると断言するアノンの言葉に驚きを隠せなかったようだ。


「誰が一番強いかは私も気になるな。この戦いが終わり、皇国と正式に和平を結ぶ式典でも開いたら、騎士団長たちによる御前試合でも設けるか」


 アーファ自身騎士団長たちが戦場で戦う姿を見たことはない。セレマウたちと同調するように、ゼロの言葉を聞いてそんな提案をするアーファに、ゼロは物凄く嫌そうな顔を浮かべていた。


「勘弁してくださいよ……」


 訓練ならいざ知らず、人前で何敗もする姿など見られたくないゼロが大きくため息をつくと。その様子をみた3人はこれから戦いにいく不安を忘れるように、自然な笑顔で笑うのだった。

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