第79話 そして再びの戦場へ

「さて、他に何か聞きたいことはあるか?」


 アーファが皇国の3人へ尋ねると、今度はセレマウが口を開いた。


「クウェイラート・ウェブモートという者について、聞かせていただきたい」

「クウェイラートか……ルー、答えてさしあげろ」

「は、はいっ」


 会議室の最も下座に座るルーは不意に指名されたことを受け、返事をする声が裏返る。その姿にナナキが小さく笑っていたこと、気づいた者はいただろうか。


「クウェイラートだんちょ……」


 気を取り直して話し出そうとしたルーが、癖で団長と呼ぼうとしてしまう。やはり軍属した当初よりルーにとっての上官はクウェイラートだったのだ。反射的に身体に馴染んだ呼び方なのだろう。だが、誰に叱責されたわけでもないが、ルーは一度言い直すために語尾を濁した。


「反乱軍の首謀者と思われるクウェイラート・ウェブモートは、約3000名が所属するグリューンリッターの中でも圧倒的に格上の魔法使いです。グリューンリッターに所属するには常人よりも15倍ほどの魔力を備えていれば入団の条件を満たせますが、クウェイラートの魔力量は常人の250倍ほど。ナターシャ家のユフィ様には及びませんが、副団長を仰せつかる私が80倍ほどですので、王国内では魔力量において彼の右にでる者はありません。間違いなく、“王国最強の魔法使い”です」


 “王国最強の魔法使い”、その言葉にさしもの騎士団長たちも表情を強張らせる。

「魔法の練度込みでいえば、陛下はお覚えのことと思いますが、皇国で私とゼロが戦ったシックス・ナターシャ殿よりも上だと思われます」


 250倍だの80倍だのの数字を出されてもアーファはピンときていないようだったが、実物を目にしたシックスの名前を出され、あの戦闘力を思い出し顔をしかめる。ユフィは不意に自分の兄の名前を出され、不思議そうな顔をしていた。


「シ、シックス・ナターシャと戦った!?」


 ルーの報告に、場を忘れるほど動揺したのはミリエラだった。その表情には驚愕の色が浮かんでいる。


「あ、し、失礼しました。そ、それで、君らは勝ったのか?」

「あぁ。ゼロが見事に撃破したぞ。だからこそ我らは無事帰ってこれたのだぞ」

「な、え、えええええ!?」


 ミリエラ・スフェリアというリラリッター団長は冷静沈着で非常に真面目という印象を持っていたゼロだったが、驚愕の表情を隠しもしない彼女の視線を一身に受け、彼女のイメージが変わる。なぜどや顔でアーファがゼロの勝利を報告したのかは理解できなかったが。


「……信じられん」


 顔色を白くしたグレイがぼそっとそう呟くのを、ゼリレアは聞き逃していなかった。

 彼女はウォービルから聞いていたのだ。ミリエラもまだシュヴァルツリッターに所属していたころ、ミリエラとシックスの二人が共闘してなお、若きシックス・ナターシャに勝てなかったことを。

 ゼロがシックスを倒したという話は初めて聞いたゼリレアだったが、その記憶から思わず顔を綻ばせる。

 息子を戦場に送ることに心苦しさを覚えることはありつつも、王国の武を支える一族として、誇らしくもあるようだ。


「ユフィの兄さんって、やっぱり有名なんだな」

「そりゃ、伊達に大司教の近衛騎士団長任せられてるわけじゃないからね。一応、皇国でもトップ5に入るって言われてるかな」

「え、そんな強かったのか……」


 驚くミリエラやグレイをよそに、少し会議室内がざわついたことを受け、隣同士に座ったゼロとユフィがひそひそと会話をする。


「ちなみに、ユフィの魔力ってどのくらいなんだ?」

「んー……秘密」

「え」

「ご想像にお任せするよ」


 にこっと微笑んだユフィにはぐらかされ、その可愛さを食らったゼロはそれ以上の追及を諦めた。


――まーたイチャイチャしやがって……。


 本人たちは気づかれていないと思っているのだろうが、広くない会議室で隣り合った二人がこそこそと話していて気づかれないわけがないのだ。彼らの様子に気づいたルーが苦笑いを浮かべる。


「ごほんっ。ルー、話を戻せ」


 他の者たちよりも席を近づけて話をする二人を見とがめ、アーファが咳払いをする。はっとして二人が席を戻したのを確認し、ルーが話を再開する。


「性格は自信家……いや、傲慢ですね。基本的に自身は前線に出ることは少ないですが、自分で何でもできると思っている節があり、戦闘は一人で行うことを好みます。高速詠唱や魔導式の多展開も可能で、距離を取って戦うとなればかなりの脅威ですね」


 淡々とした調子で話すルーの言葉に、魔法を得意とする者たちが眉を顰める。


「魔導式の、多展開……」

「味方であったならば、ぜひともその方法を知りたかった技術ですね……」


 通常魔法は魔導式を脳内で展開し、そこに魔力を流し込むことで発動するのだが、魔導式の多展開は文字通り、脳内に複数の魔導式を展開することで、一度に複数の魔法を行う技術だ。一度に複数の考え事をするような困難さと、同時に魔法を発動させるための大量の魔力が必要な、ユフィやミリエラでもまだ行うことができない技術だ。


「クウェイラートに関する情報は以上です」

「……自信家、傲慢……。反乱の先を見据えていないような者を、許すわけにはいかないな」


 大きな声ではないが、静かなセレマウの言葉が会議室に響き渡る。

 彼女の言う通り。手を取り合ったセレマウとアーファは、平和な世界を目指した。

 その世界を壊そうとする者を許すわけにはいかない。


「明日の正午、ゲルプリッター3000を残し、シュヴァインの援護に向かい、クウェイラートを討つ! 各々抜かりなく準備せよ!」


 これ以上の質問が出ない様子を受け、アーファが命令を下すと、力強い返事が会議室内に響き渡る。

 この戦いは、絶対に負けられないのだ。

 ゼロは力強く右手で拳を握りしめた。



 その日の夜21時頃、王都へ前線にいるシュヴァインから伝令が届いた。リッテンブルグ公爵がアーファに告げた内容は「戦線の状況は芳しくない。至急援軍求む」というものだった。既に援軍は決定しており、追加でアーファが何かを決定することはなかったが、久しぶりの愛用のパジャマで自室のベッドに寝ころびつつ、アーファはシュヴァインの言葉の意味を考えていた。


「芳しくない、か……」


 シュヴァイン・コールグレイはプライドの高い男であり、彼が弱気なことを言うところをアーファは見たことがない。


「……私は誰にも死んでほしくないのに、なぜ戦い続けなければならないのだ……」


 彼女の言葉に答える者はない。


「早く、戦いなど終わればいいのに……」


 彼女の願いが、ぽつりとこぼれる。

 きっと今回もあいつがなんとかしてくれる。アーファの願いとともに浮かぶのは、今回の計画中、ずっと自分を守ってくれたあの顔。

 ゼロならば、必ず自分に勝利をもたらしてくれるはず。

 不安な気持ちを打ち消すように、今日まで続いていた計画を思い出しながら、アーファは眠りにつく。

 彼女の願いは、果たして叶うのか。

 王城の外の夜空には雲一つなく、美しい星空が浮かんでいた。

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