第78話 初めての両国軍議

「揃ったな」


 王城内の会議室の机は長方形になっており、最奥にアーファ、その左右にグロスとリッテンブルグ公爵が着座していた。ゼロたちが到着した時、アーファ何か資料が書かれた紙を読んでいたようだったが、遅れて到着した3人が席に着き、メイドたちが紅茶を配り終えると、彼女は顔を上げて話を切り出した。


「グロス、現状の報告を頼む」

「はっ」


 アーファの指示を受け、深紅の軍服を着たグロスは小さく返事をし、手元の紙に目を落としながら報告を始める。皆一様に彼へ視線を向けていた。

 あえて座ったのだろうが、アーファと対角の、会議室の入口側に座っているセレマウの表情のみ、反乱が起きていること自体に心を痛めているのか、少しだけ悲しそうな表情を浮かべているのがゼロには印象的であった。


「東部の反乱軍は4日前に商業都市を占領。敵陣の情報はあまり多くありませんが、目算でその数は2万。東部都市のいずれとも連絡は取れず、送り出した斥候に帰還した者はありません。これほどまでの大軍を反乱軍として動かせるとなると、十中八九首謀者はウェブモート公爵家と思われます」


 グロスの報告に「やはりか」とつぶやきながらも、アーファはその表情に影を落とす。


「占領された商業都市からは一切の報告がなく、オーチャード公爵も既に処刑した、と奴らから連絡がありました。この事態鎮圧に向け4日前にシュヴァインがゲルプリッター、グリューンリッター、ロートリッター連合軍2万5000を率いて出陣致しました。定期報告によれば、あまり色よい報告はまだありません。現在は王都と商業都市の中間点の平野部において両軍交戦中、いまだに商業都市の内情を持ち帰った者もおりません」


 淡々と報告するグロスだが、彼の報告に今日王都に戻ってきたばかりのアーファたちは動揺を隠せなかった。


「シュヴァインが率いて、その状況か……芳しくないな」


 シュヴァイン・コールグレイが家長を務めるコールグレイ大公家は代々ゲルプリッターの団長を世襲するほど、大規模軍隊の指揮能力に優れた能力を持つ一族だ。

 シュヴァイン自身もウォービルに匹敵するほど高い戦闘能力を持つが、やはり彼の真価は軍隊指揮にあると心得られている武人である。


「商業都市は武力に乏しいため、不意を突かれる形で占領を許したものの、東部の力はさほどでもない、と思っておりましたが……」


 アーファ不在の間、代理を任されたリッテンブルグ公爵は申し訳なさそうに肩を落とす。


「王都の残存兵力は?」

「概算でゲルプリッター4000、グリューンリッター500、ロートリッター500、リラリッター全軍、ヴァイスリッター全軍、シュヴァルツリッター20、ですね」


 アーファの問いの即座にグロスが答える。


「全軍で5000ほどか……。あと6日もすればウォービルがエドガー・ナターシャ殿とともに皇国の援軍を連れて来るはずだ。そこまで粘ればいかな反乱軍とて討ち果たせよう」


 アーファは報告でしか戦争を知らない。王位について2年間、繰り返される皇国軍との戦いや、各地で時折起きる小規模な反乱や野盗たちに対して、グロスやシュヴァインが指示する兵数を覚えていたアーファは、戦場では数が物を言うことを知っている。


「あの、いいですか?」


 ほぼアーファとグロスのみで進められる会話に、新たな声が加わった。声の主はセレマウの右隣に座るユフィだった。一気に彼女へ視線が集まる。


「私たち……皇国と繰り返し戦ってきた王都の騎士団が、なぜ東部の軍団と互角なのか、東部とはどういう地域なのか教えてもらえませんか?」

「ふむ、では私が――」

「いや、私が説明しよう」


 説明しようとしたリッテンブルグ公爵をアーファが制する。


「王国東部を治めるのは、元々あの地域を治めていたウェブモート公爵家だ。現在公爵の息子であるクウェイラートにはグリューンリッターの団長を任せている」


 そこまでは既にユフィも知っている内容だったが、おそらく彼女の説明は、知った素振りを見せつつ、真面目に聞こうとしているセレマウに向けたものなのだろう。だからこそ、公爵の説明を遮ってくれたのだとユフィとナナキは察していた。


「英雄王イシュラハブの偉業を語るのはまたとして、元々リトゥルム王国が小国だった群雄割拠時代に強国だったのは中北部のリッテンブルグ王国、コールグレイ王国、南部のグレムディア王国、そして東部のウェブモート王国だ。その中でも最後までイシュラハブ王と争ったのがウェブモート王国。他3国がイシュラハブ王に従ってくれたからこそ、勝利し従わせることができたのだ」


 リトゥルム王国の面々は目を閉じ、アーファの言葉を聞き続ける。子供たちが学ぶ王国史では、英雄王イシュラハブの偉大さに周辺国が従ったと教えられるが、王家に残る記録をアーファは知っていた。

 英雄王イシュラハブの勇ましさによりリッテンブルグ王国が同盟を結び、そこから王国の覇道が始まったのは事実だが、コールグレイ王国もグレムディア王国も、ウェブモート王国も、戦い、勝利し、従えたというのが王国の真実だった。


 騎士になりたての頃はまだ存命だった英雄王に思いを馳せ、ベテランの騎士たちは少し感慨深げな表情を浮かべていた。


「ウェブモート公爵の治める東部は豊かな大地の恵みに溢れ、王国で唯一港もあり、農業と漁業が盛んな地域だ。王国が世界六大国と呼ばれるようになってからは貿易は断たれたが、かつては別大陸の国家とも取引をしていたと言われている。王都に次ぎ栄えているといっても過言ではないだろう」

「貿易……」


 その言葉をセレマウは口の中で転がす。彼女が生まれたセルナス皇国の東部も海に面した土地だったため海を見たことはあるが、皇国に港は存在しなかった。

 カナン大陸と異なる大陸ではネイロス公国とウェイレア王朝が覇権を争う戦いをしているとの話は知っているが、かの国たちと貿易を行っていた記録は長い歴史を持つセルナス皇国でも存在しない。

 カナン大陸が持たない技術や動植物、食料なども、かつては取引されていたのだろうか。もしそれらがまだ東部に残っているのだとすれば、それは東部を豊かにする原動力となったのだろう。


「リトゥルム王国が現在の統治体制になって以来、セルナス皇国と戦ってきたのは王国七騎士団と国境警備隊のみだ。東部の騎士たちは、東部に存在する我らに従わぬ小国家と争っていたとは思うが、常識的に考えれば、騎士団の熟練度は王国七騎士団に勝るはずはない」

「何かあるとすれば、かつての貿易時代の何か、ですか」


 アーファの話の筋を理解したユフィの言葉に、アーファが頷く。

 そして一口紅茶に口をつけてから、小さくため息をついた。


「クウェイラートの父にあたる現ウェブモート公爵が生まれた頃には、既に元国王が先代公爵となっていた頃だろうが、先代公爵が何を伝えたかは知らんが、公爵は王国時代の話を伝え聞いているのだろう。そしてそれはクウェイラートにも伝わっていると考えて間違いない。……ウェブモート公爵は王政に協力的だったが、クウェイラートはどこで何を思ったのだろうな」


 自嘲めいた笑みも浮かべるアーファへ、言葉を返す者はない。

 静寂が、会議室に広まった。


「東部が強いのに理由はあるだろうが、理由までは分からない、ということか」


 静寂を破った聞き馴染みのない声に王国の面々が視線を向ける。見方によればその発言は王国への非難であり、この場において許されるものではない。

 だが今日だけは、それが許される者が唯一存在している。


「皆が黙るからな。それを認めてくれて感謝する。戦況に関わる情報は伝えられなくてすまないな」


 苦笑いを浮かべているのだが、アーファはどこか嬉しそうだった。この国では誰もがアーファの機嫌を伺い、叱ってくれない。はっきりとした叱責でなくとも、セレマウの言葉が嬉しかったのだ。

 法皇モードのセレマウもアーファも見た目は幼いが、言葉遣いや振る舞いはかなり大人びている。だが、久しぶりに見たアーファの喜んでいる姿は、会議に参加している年長者たちに複雑な心境を与えていた。

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