第77話 母は強し
夕暮れが美しく王国の王城を照らす頃。
「陛下、ご無事のご帰還心よりお祝い申し上げます」
王城の門にアーファたちを乗せた馬車が到着するや否や、高価そうな礼服に身を包んだ白髪の老紳士が出迎えた。彼の両脇には赤い軍服を着た男性に、白い軍服の女性、紫の軍服の女性と黒の軍服の青年が立っていた。黒の軍服以外は、胸元に金糸によるスリーソードが刺繍されており、彼らが王国七騎士団を率いる騎士団長なのだということを伝えてくる。
「これはこれは、豪華な顔ぶれだな」
先に馬車を降りたゼロとルーが跪くと、続けてアーファが馬車から姿を見せる。懐かしの面々に出会い、言葉とは裏腹にアーファの表情は穏やかだった。
アーファ不在の王国を支えたリッテンブルグ公爵、ミハエル・リッテンブルグを筆頭に、ロートリッター団長グロス・アルウェイ、ヴァイスリッター団長ゼリレア・アリオーシュ、リラリッター団長ミリエラ・スフェリア、シュヴァルツリッターのグレイ・アルウェイらもアーファの無事を確認し、ほっとした表情を浮かべている。
ゼリレアだけはゼロの方へちらちらと視線を送っているようだったが。
本当は飛びついて歓迎したミリエラも、全騎士団の団長に相当するグロスを前に行動を控えているようだった。
「話は聞いているな?」
「はっ。陛下の願いが叶ったようで、何よりです」
「うむ。紹介しよう、セルナス皇国を治める法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世だ」
アーファの言葉に従うように、純白の法衣をまとったセレマウが姿を見せる。初めて彼女と会った王国首脳陣は思わず息を忘れるほどの緊張をしながら、彼女と対面する。
「初めまして、王国を支える方々よ。ご紹介に預かった私が法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世である」
当然のことのように法皇モードのセレマウは、外行きの優雅な笑みを浮かべ一礼してみせる。
彼女に続きユフィも馬車を降り、笑みを浮かべながら一礼する。彼女もまた皇国貴族としての正装である薄紫の法衣を優雅に纏っている。見慣れつつあるというのにその姿にゼロは見とれてしまうのだった。
「皇国と王国が、長くよき関係となれることを、私は望む」
見た目こそまだ若き少女でしかないが、セレマウの放つ気品に、王国の名だたる面々も圧倒されるような感覚に陥ってしまう。
「無茶な計画だったが、大成功だろう?」
小さく鼻で笑いながら、満足気にそう言い放つアーファ。皇国で法皇法話に参加すると彼女が言い出した時、当初は大反対だったリッテンブルグ公爵らも、この成果には何も言い返すことはできなかった。
「本来であれば今後のことについてじっくりと話し合いたいところだが、今はそうも言っていられない。公爵、軍議を開こう。この場にいる者皆参加せよ」
自身の成果を誇ったのも束の間、すぐさまアーファは平常運転で東部の反乱への対処に頭を切り替える。
彼女の言葉に全員が頷くと、一行は城内へと入り、会議室へと移動を始めた。
☆
「ねぇ、あの白い軍服の人、もしかして?」
城内には数多くの灯りが灯されており、窓のない通路でも明るく照らされているようだった。その通路を移動中、最後尾を歩くユフィが隣を歩くゼロへひそひそと話しかけているようだ。
「もしかしてって?」
「なんか、ゼロと似ている気がするんだけど……」
「あぁ。あの人はヴァイスリッター団長、ゼリレア・アリオーシュ。俺の母さんだよ」
バハナ平原でエドガーがゼロに母親似でよかったな、と言っていたのを聞いていたユフィは、一目で彼女はゼロの母ではないかと予測をつけたようだった。
髪の色こそ違うが、ゼリレアとゼロは確かによく似ていた。17歳の息子を持つ女性とは思えないほどスタイルで若く見える女性は、同性のユフィから見ても非常に綺麗だった。
「団長って……聞いてはいたけど、ゼロの家族ってほんと、すさまじいわね……」
「なんだよ、ユフィの家だって大して変わらないだろ?」
一家から3人の騎士団長を輩出するアリオーシュ家もたしかにすごいが、皇国軍最高軍事顧問たるエドガーに、大司教の近衛騎士団長のシックス、法皇直属の警護役を担うユフィと、ナターシャ家も相当な一族だとゼロは思う。
しかもナターシャ家の面々は軍属する全員がエンダンシー使いという規格外さを持つのだから、両家を比べてどちらがすごいかを議論するのは難しいだろう。
「あなたが、ユフィさんね?」
本人たちは声のボリュームを落として話していたつもりなのだろうが、どうやら少しずつ声が大きくなってしまっていたこともあり、少し前を歩いていたゼリレアは立ち止まり、美しい顔に優しい微笑みを浮かべていた。どうやら彼女にも声を聞かれてしまっていたようだ。
ゼリレアが立ち止まったため何人かはちらっと彼女のほうへ振り返るが、アーファたちは会議室へと向かう足を止めることはなかった。
「は、はいっ」
自分の母も綺麗だが、それ以上に綺麗に見えるゼリレアに見つめられユフィは返事をする声が裏返ってしまう。全身を冷や汗が流れるのを感じるが、止められる気はしなかった。
「ミリエラから聞いたの。ゼロがお世話になったらしいわね。礼を言うわ、ありがとう」
にこっとした効果音がぴったりなほどの笑顔を向けられ、ユフィの方が照れてしまい若干彼女の頬が赤く染まる。
――あれ、この笑顔……。
照れつつも、はっと気づく。それは時折ゼロが振りまくスマイルと、よく似た笑顔だった。
――この母にして、ゼロあり、なんだな……。
「いえいえ、助けてもらったのは私のほうですから」
ぺこっとゼリレアに対してお辞儀をするユフィ。二人のやり取りに、ゼロは少し気恥しそうにしているようだった。
「噂には聞いていたけど、ほんと、エドガーの娘とは思えないほど綺麗な子ね」
「あ、えと、ゼリレア、さんも父を知っているんですか?」
ゼロから彼女の名を聞いていてよかったと安堵しつつ、ユフィは父の名を出してきたへ問い返す。ユフィはウォービルとともに戦場に出たことがないため、父がどれほど王国軍に知られているのかよくわかっていないようだった。
「ふふ。ユフィさんは、あまりお父さんのことを知らないのね」
既にアーファたちは姿が見えないほど置いていかれてしまっていたが、全く気にせずゼリレアは話を続けるようだった。
ゼロは早く行こうぜと言いたげだったが、何も言わないあたり母には逆らえないのかもしれない。またゼロの新たな面を見れた気がして、密かにユフィは嬉しくなった。
「この大陸に、エドガー・ナターシャを知らない軍人なんていないわよ。でもまぁ、戦ったことがあるのは……そこまで多くはないかしら?」
「あ、父と戦ったこともあるんですか?」
「ええ、もうだいぶ前だけど、伊達に27年も軍人やってるわけじゃないからね」
「に、27!?」
既に17歳の息子を持つ女性なのだから、別に不思議はないのだが、見た目が与える情報がユフィの脳に混乱を与える。
「ええ、こう見えてもおばさん、15歳からずっと軍人さんだからね」
なんと“おばさん”という言葉が似合わないことか。どう上に見積もっても30台前半の容姿にしか見えない目の前の女性が既に40台だと気づき、ユフィの表情が若干引きつる。
「でもよかったわねゼロ。こんなに可愛い子と仲良くなれて」
「え?」
急に話題を振られたゼロの表情には困惑の色。年頃のゼロにとって同年代の女の子と仲良くしているところを親に見られるのはやはり気恥しくてたまらないようだ。
そんなゼロを気にもとめず、ゼリレアは優しい笑顔をゼロに向ける。
「それに、ちゃんと陛下の目的を達成させてあげられて、えらいぞっ」
だがゼリレアは止まらない。無事に息子が帰ってきたのがやはり嬉しかったのだろう。まるで小さい子を褒めるようにゼロの頭を撫でる。
「や、やめろって」
ゼリレアの手を払いつつ、顔を赤くするゼロ。
――ゼロ照れてるなぁ。ちょっと可愛い。
二人のやり取りを見ると、なんだか温かい気持ちが沸き上がる。引きつっていた表情も消え去り、思わずユフィの表情にも笑顔が浮かぶ。
「アノンも、ありがとうね」
『お褒めに預かり光栄です。私にとってもいい経験となりました』
もし彼女が人間だとしたら、おそらくいい笑顔を浮かべてそう答えただろう。どことなく、アノンも上機嫌な声になっているように感じられた。
「さ、遅れちゃったけど、私たちも会議に参加しましょ」
母は強しというところか。振り回されっぱなしではあったが、ゼロとユフィはお互い顔を見合わせ苦笑いを浮かべた後、先に進んだゼリレアの後に続き王城内を移動するのだった。
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