第76話 受け入れがたい苦戦

 時間は少し遡り、アーファたちが王城に到着する日の正午頃。


「くそが……! どうなっているのだ!」


 リトゥルム王国王都から通常の行程で馬車ならば2日ほどの距離に、かつてオーチャード公爵が治めた商業都市は存在する。現在は東部の反乱軍により支配されているとの情報を受け、反乱鎮圧及び商業都市奪還のために王都を出立したゲルプリッター団長シュヴァイン・コールグレイ率いる2万5000の軍勢は現在王都と商業都市のちょうど中間点で反乱軍と“思わしき”軍隊と交戦していた。


 王都が保有する全戦力は3万。その大半を動員した今回の反乱鎮圧軍、それも王国で最も練度の高い王都の騎士団。負ける要素はおろか、苦戦する要素すらないと思っていた。


 それなのに。


「なぜ押し切れん……!」


 彼が率いる反乱鎮圧軍を構成するはゲルプリッター2万1000名、グリューンリッター2500名、ロートリッター1500名の精鋭たち。皇国の大侵攻すらも食い止められるであろう圧倒的戦力のはず、だった。

 反乱鎮圧軍本陣に控えるシュヴァインはいら立ちを隠しきれず誰にともなく当たり散らす。


「諜報部の情報では兵数は2万のはずだろう!?」


 攻城戦ならまだしも、野戦は兵の数がものをいう。これは兵法の常識だ。加えて、王国七騎士団は常々皇国軍と戦ってきており戦闘経験も豊富であり、王国東部の兵とは戦いに対する練度も大きく異なるはずなのだ。


「なぜだ、なぜ我らが押されている!?」


 戦局を伝える伝令の言葉は先ほどからどの部隊が敗走しただのの連絡ばかり。鎮圧に時間がかかるとは思っていたが、まさか押されるなどとは考えていなかったシュヴァインは本陣で頭を抱える。

 反乱軍との戦いが始まったのは3日前。アーファたちが防衛砦を出発した日に遡るのだが、伝令兵たちの連絡から戦局は芳しくない。

 リッテンブルグ公爵が西部や南部に援軍を要請しているだろうが、軍をまとめここに来るまでに最低でも10日は要するだろう。それに南部はまだしも西部の騎士団は当てにならないというのが王都の騎士団から見た彼らの評価だ。


「……やむを得ぬが、ロート団長に援軍を要請せよ……! 要請内容は王都の騎士団全軍だ……!」


 王国七騎士団は王都における警察の役割も担うため、100万人が暮らす王都から全兵を派遣することはできない。

 王都に置いてきたゲルプリッター4000名の大半はまだ若い騎士たちのため、いくらか上位騎士団を王都に残してきたのだが背に腹は代えられない。

 ゲルプリッターを率いるシュヴァイン・コールグレイが家長を務めるコールグレイ公爵家は大公家とも呼ばれる自治領を持つほどであり、リッテンブルグ公爵と並ぶ王国の大貴族だ。貴族家としては格の落ちるロートリッターを率いるアルウェイ侯爵家や、3騎士団を率いるアリオーシュ伯爵家に対して頭を垂れることを好まない。

 それを知っているからこそ、シュヴァインの側に控える従者は、彼の要請へ返事をするのをためらった。


「……王国の危機だ……! 行け……!!」


 憤怒の表情を浮かべつつ、シュヴァインは指示を繰り返す。

 既に2000名の兵が死んだ。反乱軍をいかほど倒したかはわからないが、いまだに反乱軍の親玉がいるであろう商業都市に斥候がたどり着くこともできていない。

 たった3日で王国の騎士たちが2000名も死ぬなど、8年前の砦防衛戦に匹敵しかねない大損害だ。

 シュヴァインは苦戦する状況に歯ぎしりをしながら、行きどころのない怒りを込め、愛剣を地に突き刺すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る