少女は友の国に降り立つ
第75話 馬車内講義
「なんだか、昨日までと一緒だね~」
法皇専用の馬車が行く道は、リトゥルム王国王都へ進む街道。長い歴史の中で、この馬車が他国を進むことなどあっただろうか。
防衛砦での打ち合わせの翌朝、グレイとミリエラを見送った一行は、皇国軍の再編成をエドガーとウォービルとシュヴァルツリッターの面々に託し、王都への旅路をスタートさせた。
御者台にいるのはルーとナナキ。馬車内にはセレマウ、アーファ、ゼロ、ユフィの4人。一昨日から変わらぬ移動に、セレマウは緊張感のない声を出す。
「王都まで少し急ぎ目に進んで、3日ってとこですかね」
「行きは4日半だったか。もう少し早く着けるといいのだがな」
セルナス皇国の首都から防衛都市まではありえない強行軍で1日半で踏破したのだが、おかげで皇国が育てた馬車馬たちが極度の疲労状態になってしまい、今馬車をひいているのは防衛砦のそばの宿場町にいた馬たちであり、昨日までの速度を出すことはできなくなっていた。
「町ごとに馬を変えていけば、もう少し早くつくかもしれないっすね」
「うまく調達できればいいな」
窓から外を眺めるアーファは、少しだけ嬉しそうだった。久しぶりに帰ってきた自分の国の景色は、皇国と大差はない。大陸東部に位置する両国は同じ気候、植生を持つため、両国に大きな差はないのだ。
だがここは彼女が治める王国に他ならず、進む方角が異なれば、見える景色も変わってくる。王都からここまで離れたのは初めてだったため、帰りの道もしっかり記憶しようと、アーファはしきりに外を眺め続ける。
――こうしてると、やっぱ14歳の女の子ね。
そんなアーファを眺めるユフィは、小さな肩に大きな責任を背負い込む少女に微笑みを浮かべていた。
「あ、あの木はうちでも生えてるよー」
アーファの隣に移動したセレマウは、彼女と触れ合うほどの距離で同じ窓から外を眺める。東部の反乱を鎮圧するために移動しているとは思えないほど穏やかな景色に、セレマウは楽しそうな表情を浮かべていた。
「王国の地図を見る限り、都市の配置とかは皇国とだいたい同じだね」
窓から外を眺める二人を楽しそうに眺めつつ、ユフィはゼロの隣に座りテーブルの上に置いた地図に視線を移す。
「そうだな、王都のある中北部には、王都の他に占領されているって話の商業都市、リッテンブルグ公爵家が治める工業都市、レドウィン侯爵家とユール侯爵家による共同統治の研究都市、そしてコールグレイ大公が治めるコールグレイ自治領の5都市がある感じだな」
「ほうほう……って、え? ルーさんって、領主様のご子息なの!?」
王国の話をゼロから聞く中でさらっと聞かされたレドウィン侯爵家が研究都市なる都市を治める領主だという話に、ユフィは全力で驚いてしまった。
「あれ、言ってなかったっけ? あいつには兄貴がいるから次期領主じゃないけど、いいとこの出だよ。あいつ」
思わず御者台側を見ると、ナナキと楽しそうに話しているルーの姿。
「っていうか、ユフィの方がどう考えたっていい家柄だろ?」
驚くユフィにゼロがあきれ顔を見せる。コライテッド公爵が失脚した今、法皇に次ぐ地位はナターシャ公爵家だ。アリオーシュ家は爵位の上では伯爵家であり、爵位だけで見れば二人の身分差は相当なものだ。
「まぁ、それほどでも?」
だが、二人はそんな身分差を感じさせないほど親しげに話す。一昨日の夜から一気に距離を縮めた二人には身分への意識など欠片もないのだろう。
「この街道を進んで、少し西にずれるとコールグレイ自治領があるけど、寄り道になっちゃうから今回は寄れないな」
地図上で指を動かしながらゼロは説明を再開する。
「コールグレイ……あ、ゲルプリッターを指揮する貴族家、だよね?」
「あぁ。ゲルプリッターの団長を世襲する、英雄王イシュラハブによる王国統一前まではここら一帯にその名を馳せた元王家だよ」
「60年前だっけ。歴史書でしか知らないけど、コールグレイ家と、リッテンブルグ家が、この辺りだと強力な王国だったんだよね?」
皇国史ならまだしも、さすがに王国史についてはユフィもうろ覚えのようだった。
「あぁ。でも英雄王はそれらをまとめ上げた、偉大な人さ」
「どうやったの?」
「え……ん、ん~……が、頑張ったんじゃない、かな?」
「なによそれー」
あまりに雑な説明にユフィは思わず噴き出して笑ってしまう。馬車内に響いた彼女の笑い声に気づき、外を眺めていたアーファとセレマウもユフィの方へ振り向いた。
「決戦前だというのに、しまらない奴らめ」
あまりにも自然体で笑うユフィと恥ずかしがるゼロを見て、アーファはついにユフィもゼロと同等に扱いだす。
「なになに、どうしたのー?」
セレマウが尋ねたことにより馬車内ではアーファによる王国史講座が始まった。
――このくらいが、ちょうどいいのかもな。
王国史について説明しながら、アーファは内心でそんなことを思い出す。いつも肩に力の入った彼女だが、彼らの穏やかさに小さな笑みを浮かべる。
3人がそれに気づいたかどうかはわからないが、アーファは決戦に向けての気負いや不安が和らいだような気がするのであった。
そして3日後の夕刻、一行はついに王都へと到着する。
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