第71話 停戦
「そこまでだ! 剣を納めよ!」
6人が近づき始めたことを察していたのだろう、セレマウたちが歩き始めてから、対峙していた二人が互いの剣をぶつけ合うことはなかった。
10メートルほどの距離まで近づいたところで、セレマウが制止をかけると、素直に二人ともが構えを解き、セレマウの方へ振り返る。
「お待ちしておりました。コライテッド公爵が現れた時より、法皇様がいらっしゃると思っておりましたよ」
先ほどまで双剣を構えていた桃色の髪をした整った顔立ちの中年の騎士が、穏やかな笑みを浮かべて左手に持った剣を鞘へ納める。腰には2つの鞘が携えられているが、いつの間にか右手に持っていた剣は鞘に収納されているようで、ゼロは右手の剣が彼のエンダンシーだったのだろうなと理解した。
「停戦の申し入れがあったと聞いているが、どういうことだウォービル?」
続けてセレマウの隣に立つアーファが、先ほどまで振るっていた大剣を入るはずがない大きさの鞘に納めた黒い軍服の男へ問いかける。
ウォービルと呼ばれた男へ堂々とした態度で話しかけた少女を、周囲の兵たちは驚愕の表情で見つめていた。
「陛下のお帰りをお待ちしておりました!」
アーファの問いに答えるでもなく、ウォービルは清々しい表情を浮かべてセレマウに対し片膝をつけ跪く。彼が“陛下”と呼んだことにより、周囲の兵たちにどよめきが走る。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。こんな機会またとないので、全力の戦闘訓練をさせていただいておりました」
ウォービルの代わりにアーファに答えたのはエドガーだった。その答えにあきれ顔を浮かべつつも、娘よりも年下の敵国の女王に対して敬意を払って物腰穏やかに話すエドガーにアーファは好感を覚えた。
「確かに、殺気はなかったような……」
エドガーの言葉にゼロがそう呟く。若い頃はしばしば戦場でぶつかってきたウォービルとエドガーだが、彼らも国内での地位が高くなればなるほど、最前線に出ることはなく、本気を出しても勝てるかどうかわからない相手と戦う機会は皆無となっていっていた。
二人は昔からのライバルであり、その強さを認め合う仲だったのだが、せっかく戦えると思っていた矢先の停戦命令により、周囲の兵たちの軍事行動を止めさせた後、二人による戦闘訓練を開始したのだった。
周囲の兵たちが茫然と二人の戦いを眺めていたのは、そういう理由だったようだ。
「申し遅れましたが私はウォービル・アリオーシュと申します。ゼロの父であり、シュヴァルツリッターを率いる者です。このような場で法皇セルナス・ホーヴェルレッセン89世様とお会いできようとは、世の中何があるかわからないものですな」
そう言いウォービルがセレマウへ頭を下げる。法皇モードのセレマウは無表情にウォービルに頷いていたが、正直彼がゼロの父というのは見た目が違いすぎて頭がついてこないのだが、それを表に出さないように必死に自分と戦っているのだった。
「無事に陛下を守り切ったようで何よりだ。ルーも、ゼロが迷惑をかけたろう、礼を言う」
ウォービルの誉め言葉を受け、ルーは小さく笑っていた。停戦という情報は知っていたが、やはりウォービルがそばにいるという安心感に勝るものはない。
現状の安全を理解したところで、ゼロは仮面を外していた。
「陛下!!」
彼らが交戦していたわけではなかった事実を知り、ほっと一息ついたアーファだったが、新たな女声の接近にわずかに彼女の眉が顰められたことに気づいた者はいただろうか。
その声は遠くから聞こえたと思ったら、あっという間に声の主がアーファに近づき彼女を抱きしめた。
「お怪我はありませんか? お疲れではありませんか?」
ゼロと似たような体型のすらっとした青い髪の女性は抱きしめたアーファの顔を見つめながら心配そうな表情を浮かべて問う。敵意がなかった、というか知った気配だったためゼロは対応しなかったようだ。
「うむ。無事だ。だが、ええい、鬱陶しい。離れろっ」
「……わ、わかりました」
皇国側の面々が呆気に取られた表情を浮かべていることに気づいた青い髪の女性はしょんぼりした表情を浮かべてアーファから離れ、セレマウの方へ向き直る。
ユフィとナナキもアーファへ抱き着いた女性に敵意を感じないためか、構えたりはしなかったが、彼女が何者か分からず困惑する。セレマウだけは真面目そうな顔をした美人さんだなぁ、と法皇モードの表情を浮かべつつも、のんびりしたことを考えていた。
「お初目にかかります。私はミリエラ・スフェリア。王国七騎士団の一つ、リラリッターの団長を拝命する者です。我が陛下の和平への願いを聞き入れてくださったとのお話を聞いております。心より御礼申し上げます」
先ほどまでのハイテンションから一転、ミリエラがそう述べセレマウへ深く礼をする。
騎士団長、という言葉にユフィとナナキは驚いていた。兵数で皇国より劣るリトゥルム王国が皇国相手に長く戦い続けられたのは、純粋に王国七騎士団の存在が大きい。ゼロもウォービルもそうだが、単純に騎士として高い力量を持った者が王国には多いというのがユフィとナナキの共通認識だったのだ。特に、騎士団長と呼ばれる者は別格だ。
パッと見は綺麗なお姉さんなのだが、女性ながらに騎士団長まで上り詰めた実力は伊達ではないのだろう。
「私も名乗るタイミングが遅れてしまいましたな。非礼をお許しください。我が名はエドガー・ナターシャ、皇国軍を預かる者であります」
ミリエラの名乗りに自身の非礼を感じたエドガーだったが、慌てた様子もなく彼はアーファの目を見ながら一礼する。彼を値踏みするようにアーファが見つめ返していたが、ゼロとルーも噂に聞く皇国最強の男をまじまじと見つめていた。
「君がウォービルの息子のゼロくんか。先ほどウォービルから君の話は伺ったよ。まさかユフィが話していた仮面の騎士がウォービルの息子だったことにも驚いたが、いやぁ、母親似に生まれてよかったね」
「おい、それはどういう意味だ?」
エドガーに声をかけられるなど思っていなかったゼロは緊張したように顔を強張らせていたのだが、エドガーの言葉にウォービルは不満気な表情を浮かべていた。
「お前の娘さんだって、本当にお前の娘かってくらい綺麗じゃないか」
両国は現在停戦しただけであり、まだ正式に友好を結んだわけでもないのだが、ウォービルとエドガーはまるで旧友と話すような雰囲気を醸し出しながら、緊張する若者たちをしり目に言葉を交わしていく。特にアーファとセレマウを除く軍属の4人は、ウォービルとエドガーに対して戦うことにならなくてよかったと心から思うほど、その力量差を痛感しているようだった。
「ウォービル殿。停戦を受け入れていただき礼を言う」
「滅相もございません。ご存知のこととは思いますが、我が国は現在国内での反乱鎮圧に部隊を大きく割いております故、皇国軍と戦う余裕などなかったのですよ。礼を言うのはこちらの方です」
「いや、これも全ては貴国の女王陛下の勇気ある行動と、ゼロ殿とルー殿のお力あってのものだ。私一人では、コライテッド公爵の陰謀を止められなかったよ」
ウォービルと話すセレマウの様子は堂々としたもので、周囲の皇国兵たちはセレマウの振る舞いに感動にも似た思いを抱いているようだった。
「停戦の話が伝わっているのならば話は早い。こんなところで話すのもなんだ、積もる話もあるが、これまでのことと今後のことについて一度整理をしたい。ウォービル、砦へ我らを案内せよ」
「はっ」
セレマウとウォービルの感謝合戦が始まりかけたのをアーファが制し、その場をまとめる。既に日もかなり傾いており、屋外で話すには適さない時間帯だ。
ウォービルとミリエラを先頭に、6人にエドガーを加えた一行は防衛砦の中へと歩を進めていった。
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