第70話 偉大なる父
「見事なものだな」
動き出した馬車の中でアーファが戻ってきたセレマウへ称賛の言葉を贈る。
馬車を降りる直前までふわふわしていたセレマウの変わり身は本当に見事の一言だった。聞けば政務の全てをコライテッド公爵が考え、セレマウは決定していただけというが、先ほどの振る舞いや発言は彼女自身が考え、発したものだった。
自然と先ほどの対応ができたということは、コライテッド公爵に政務を委任していたとしても、彼女が思考をやめていなかった証拠に他ならないだろう。
定まりきらないセレマウの評価を、アーファは内心で上方修正するのだった。
「私だって、怒るときは怒るからねぇ……あー疲れた」
緊張の糸が切れたのか、またふにゃふにゃし出すセレマウにアーファは苦笑いを浮かべる。馬車の外でコライテッド公爵と対峙する彼女を見ていたユフィは、セレマウの見せた冷たい視線に内心ぞくっとしたものだ。
「でも、エドガーがいい判断してくれたみたいでよかったよ」
馬車が進む周囲には待機状態の皇国兵たちが数多くおり、戦場になるはずだった場所を勢いよく豪華な馬車が進んでいく光景を不思議そうに眺めていた。
聞けば1時間ほど前にエドガーは前線へ向かったというから、すでに大部分の兵たちには停戦の命令が出ているのだろう。
王国の危機の一つが回避できたことに、アーファはほっと胸を撫で下ろしていた。
「お父様もコライテッド公爵をよくは思ってなかったからね、家に帰ってきた時は、よく文句言ってたのよ」
「でも、もうコライテッド公爵に頼れないとなると、これから大変だなぁ……」
先ほどまでの頼もしさはどこへやら、一気に弱音を吐くセレマウ。もう楽をできなくなる、その事実に気づき少しだけ気が滅入ったようだ。
「大変なのはこれからだぞ。和平について具体的な話し合いをせねばならんからな」
そのセレマウへ追い打ちをかけるアーファ。その言葉にセレマウは「ああ……」と頭を抱えるような仕草を見せる。
「頑張ってね」
面倒くさがるセレマウを楽しむように、にこやかな笑顔を浮かべユフィがセレマウの頭を撫でる。
「それはさておき、皇国軍から援軍を出してくださるんですか?」
一連の流れを見ているだけだったゼロが、先ほどのセレマウの発言に対し質問をする。ゼロとしてはユフィとセレマウとはここで一旦別れ、王国側のことは王国側だけで対処するものだと思っていたようだ。
「ああ、うん。そのほうがこれからの話がスムーズになるかなと思って。勝手に決めちゃったけど……迷惑でしたか?」
もしかして迷惑だったのかと心配になり、セレマウはおずおずと上目遣いでゼロに尋ねる。生来人懐っこいセレマウなのだが、まだゼロとは自然体で話すことができず敬語を使っているのがユフィにはおかしかったのか、彼女はその話し方を見て小さく笑っていた。
「いやいや! ありがたい申し出です。感謝致します」
王国東部で起きた反乱の詳細がわからない以上、戦力は大いに越したことはない。そう思うからこそ、ゼロは得意のスマイルを浮かべてセレマウへ謝辞を述べる。
「しかしここまで予定通りに来ることができたし、既に停戦になっているとは、少しうまくいきすぎていて怖いくらいだな」
「不吉なこと言うもんじゃないよ~」
王たるもの非常事態や最悪のケースも常に想定し、いかなる状況にも対応せねばならぬと思うアーファに対し、セレマウはものすごく楽観的だ。
二人を足して2で割ったらちょうどいいのかなと、二人の会話を聞きつつ、ゼロとユフィは偶然にも同じことを考えるのだった。
☆
1時間少々馬車で戦場を駆け抜けた先で、御者台のルーとナナキは剣をぶつけ合い対峙する騎士たちをその視界に捉えた。
「な、なんだこの魔力!?」
「な、なんだあの剣は!?」
対峙する騎士の内片方ずつを知る二人は、知らないもう一方の騎士の異常さにそれぞれ驚く。ルーは桃色の髪をした白色系の上質な軍服を纏う双剣を構える騎士の膨大な魔力に、ナナキは黒髪の黒い軍服を着た騎士の構えるあまりにも巨大な剣に。
周囲の兵や騎士たちは次元の違う戦いを茫然と眺めているのみだった。
「セレマウ様! 見つけました!」
御者台から振り返り、ナナキが馬車内にいるセレマウへ連絡をする。
「エドガー様が交戦中のようです!」
「え!? なんで!?」
停戦を決定したはずのエドガーが、なぜ誰かと戦っているのか皆目見当も付かず、セレマウが焦りを見せる。
「と、とりあえずすぐそばまで行って! 止めなきゃ!」
近づきすぎると巻き添えをくらう危険性を考慮しつつ、戦場に不釣り合いな馬車が対峙する二人に接近を試みる。
部隊を率いる皇国軍の神兵たちがその馬車の存在に気づき、跪いていく。
彼らの動きから察するに、既に停戦命令は伝わっているように思えたのだが、50メートルほど先で二人の騎士たちは剣をぶつけ合っていた。
二人の剣がぶつかると同時に、それぞれに込められた魔力が弾け、馬車のあたりまで衝撃が伝わってくる。二人が生み出す魔力の衝突は、先日見せたゼロとシックスの衝突の比ではなく、一般兵など命がいくつあっても足りないと思わせるものだった。
「これ以上は危険かもしれません……!」
「ん、わかった! 馬車を止めて」
ナナキの判断に従い、馬車を止めさせてからまずはユフィが先陣を切って下車をする。馬車から姿を見せた美少女に、周囲の皇国兵たちの視線が集まっていく。
続けてセレマウが降りようとしたのだが。
「私も行く。ゼロ、供をせよ」
「了解っす」
降りようとするセレマウを制止し、アーファがセレマウへそう告げる。
「え、でも」
「危険は百も承知だが、我らが揃って姿を見せること以上に、両国の終戦を意味することはあるまい」
「……わかった」
アーファの真剣な眼差しを受け、セレマウが法皇モードのスイッチを入れ、仮面をつけたゼロとアーファを先に下車させた後、自身も戦場の最前線へ降り立った。
停戦しているはずなのだから危険はないと思うのだが、見渡す限りに広がる数千人の兵たちを眼前にし、内心でセレマウはかなりの恐怖感を覚えていた。
――こんなところで戦ってるなんて、みんなすごいな……。
今彼女が立つ場所は戦場であり、当然周囲にいる者たちは皆武装している。停戦状態でなければ彼らが皆敵兵を倒さんと戦っていることを想像すると、恐ろしさと悲しさとが合わさった感情が胸を押しつぶそうとしてくるようだ。
「法皇様だ……!」
「おお……俺、初めて見たぞ……!」
「なんとお美しい……!」
「ユフィ様も、相変わらずお美しい……」
「隣に立つあの少女は誰だ……?」
「あ、あの仮面の少年は……!」
ルーとナナキも御者台から降り、馬車に乗っていた全員が戦場に降り立つと、周囲の兵たちがざわめき始める。純白の法衣は法皇の証であり、彼らはその恰好からセレマウが法皇と判断したのだろう。
セレマウやユフィの美しさを称える声や、セレマウの隣に立つ黒い法衣を着たままのアーファが何者かを問う声、戦場に仮面をつけて現れた王国騎士の存在に驚く声、たくさんの声が6人の耳へ届けられる。
だが、そのどの声にも反応を見せず、御者台にいた二人も合流するとセレマウたち6人は対峙する二人の騎士たちの方へと歩を進めていく。
「あれが、ゼロのお父様……?」
「すごいな、ユフィの父さん……」
最前列を歩くゼロとユフィは、圧倒的な強さと存在感を見せつけるそれぞれの父親に開いた口が塞がらない思いを感じていた。二人にとって父とは圧倒的強者であり、まだまだ自分よりも遥か先にいる存在だと自覚している。
だが、隣に立つ者の父もまたそれと同等の存在なのだと思い知らされ、二人は世界の広さを知るのだった。
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