第68話 戦局を変え得る男
皇国軍本陣で騒動が起きている中で、撤退命令はまだ最前線へ届かない頃。
「どれ、いっちょ揉んでやるか!」
開戦より30分程が立ち、砦内の指揮官室に滞在していた最強の男がついに立ち上がる。先ほどから攻撃の振動は間断なく感じていたところだが、国境警備兵たちも必死に国境門へ通じる通路の入口を守り続けているのだろう。
「お気をつけくださいね」
心配していなさそうな声で、国境警備隊の指揮官であるグレイはウォービルへ視線を送る。
「俺が死んだら、後は頼むぞ」
「思ってもないことを言うものではありませんよ……」
真顔でグレイにそう言い放つウォービルに、ミリエラがあきれ顔でツッコミをいれる。
幾度とない死線を潜り抜けてきた彼らにとって、戦場は馴染みの場所だ。今でこそウォービルも最前線に立つことは少なくなり、ミリエラも戦場を離れて久しいが、やはり命を懸けた戦場に赴くことに高揚感を感じずにはいられなかった。
「腕は落ちてないだろうな?」
「御冗談を」
指揮官室を後にし、ウォービルとミリエラは部下を連れずに砦外壁上部への階段を登る。彼らにとって自分の戦いに集中するのに、部下は邪魔なのだ。
「初撃、全力を振るう。俺の攻撃の後に出て来いよ?」
「……御意」
それぞれが王国七騎士団の一つを預かる立場でありながらも、やはりかつては上司と部下であっただけあり、ウォービルの半歩後ろを歩くミリエラはまるで自分が副官のようだなと苦笑する。
だが、ウォービルの「全力」という言葉の意味を理解してしまっている以上、彼女はウォービルに従う以外ない。ウォービル・アリオーシュは自分が知る限りこの上ないほど規格外の男なのだから。
外が近づくにつれて、聞こえる喧騒が大きくなる。外壁には絶え間なく皇国魔導団の攻撃が続いているようだ。
「いくぞ!」
国境門は砦1階の通路を進んだ先にあり、国境警備兵たちはその狭い通路に陣取り、数の不利を受けない形で国境門を守っている。通路を突破されれば国境門に到達され、敵軍の王国侵入を許してしまうため、死してなお敵兵を阻む壁となれる最善の陣取りだ。
敵兵の侵入を防ぐために、国境警備兵の9割を外壁上部に配した弓矢で狙撃し、残った1割で狭い通路で密集戦法を取るというのが、グレイが指示した戦略だった。
砦から戦場へ出るにはそのごちゃついた通路を通る必要があるのだが、命を懸ける彼らの戦いを邪魔しないため、ウォービルはあえて外壁上部を目指したのだ・
「……うわ、高いな……」
彼の選んだ選択は、外壁上部から飛び降りて戦場に降りる、というものだった。
高さにして10メートルほどの高さであり、常人ならば飛び降りるという発想にはならない。
外壁上部に立ち、眼前に広がる大量の皇国軍と眼下の地面を交互に眺め、ぽつりとミリエラは弱音を吐く。
「お先!」
だが、その高さをためらいなくウォービルは飛び降りる。王城に詰めている時の彼はもっと威厳を感じさせる存在であるが、気心知れたシュヴァルツリッターの面々だけといるときだけは、時折少年のような振る舞いを見せることがある。それもまた彼の魅力なのだろうと、ミリエラは思う。
「いくぞダイフォルガー!!」
外壁から飛び降りながら、ウォービルは自身持つ大剣に魔力を込める。
『御意!』
ウォービルの呼び声に応え、彼の持つエンダンシーがその真価を見せる。一瞬眩く発光したかと思えば、その剣は常識では考えられないほどの長騎剣へと変化した。
「ふんっ!!」
その大剣を地面に突き刺し難なく着地をするや否や、ウォービルは両手に構えた大剣に魔力を込め一閃する。
刃を天に向ける形で振りぬかれたウォービルの大剣は、外壁の高さと同じくらいの長さまで伸ばされ、一気に数十人の皇国兵を吹き飛ばした。
あまりにも大きすぎる剣を振るったというのに、ウォービルの体は重さに流されることもなく着地した位置から変わらない。それどころか翻した一閃が強烈な剣圧を生み出し、さらに多くの皇国兵を吹き飛ばす。
「ウォ、ウォービルだぁ!!」
突然現れた男の攻撃により、国境門を突破しようと攻め寄っていた皇国兵たちがたじろぎ、後ずさる。
一隊を率いる隊長格の神兵たちも、この男の前に言葉を失い無意識に後退してしまう。目の前に現れた男が構える常軌を逸した大剣は、幾度となく皇国兵の命を奪ってきた大剣であり、王国を何度となく守ってきた大剣だ。
この男の前では、どんなに兵数を揃えて無駄だと思わせるような、そんな思いを抱いてしまう。
「派手にやりましたね」
その彼の横に降り立つ青色の髪の美女。着地と同時に薄っすらと彼女を包んでいた光が消えうせる。王国七騎士団の一つリラリッターを率いるミリエラ・スフェリアは、リトゥルム王国でも屈指の魔法騎士であり、身体強化魔法を駆使して戦ったり、剣撃に魔法を付与したり、間合いをとって攻性魔法を放ったりとあらゆる局面で活躍し、今の地位まで上り詰めた一流の騎士なのだ。
彼女にとって10メートルほどの高さから降りることは、何ら難しいことではない。
「あ、あの女、ミリエラか!?」
皇国兵たちにとって初めて見る紫色の軍服を身にまとってはいるものの、2年前までシュヴァルツリッターの一員として前線で戦っていた彼女もまた、皇国兵たちにとっては畏怖の対象のようである。シュヴァルツリッターはリトゥルム王国における最上位の実力を持つ騎士たちの集まりであり、王国の黒い軍服はそれだけで周囲に恐怖を与える存在なのだ。
――まだ覚えられてたか……陛下の護衛をゼロくんに任せて正解だったわね。
2年経っても覚えられていたことに、そんなことを思うミリエラ。
背後にそびえる外壁は皇国の侵入を阻むものであるとともに、二人の退路を断つものでもあるのだが、その状況にもミリエラもウォービルも焦った様子は全くないようだった。
国境門への通路へ攻め入っていた皇国兵たちも、二人に背後を取られる危険を察知してか攻撃をやめ、先ほどのウォービルの攻撃を警戒して半径10メートル以上離れて陣形を作り直す皇国兵たち。
何事かと通路から顔を出した国境警備兵たちも、王国兵の誰もが憧れる黒の軍服の存在に気づき、目を輝かせていた。
「さて、この門を通すわけにはいかんのでな。8年前の再来といこうか!」
ウォービルの啖呵に、皇国兵たちはまたじりじりと後退する。8年前、今と同じこの場所で繰り広げられた両国の激闘を経験した兵たちの脳裏によぎるウォービルの強さ。当時はブラウリッターだったミリエラも、8年前の戦いの功績でシュヴァルツリッターに昇格するほどの活躍を見せたのだが、やはりあの戦いの最大の功労者はウォービルだったと、あの戦いに参加した者は全員が断言するだろう。
8年前、皇国軍2万に対峙したのは王国軍1万5千程だったが、1か月に渡る激戦の末、王国軍三千人、皇国軍約七千人もの死者を出し、皇国軍が砦攻略を諦めた戦いだ。
砦前に広がるバハナ平原で繰り広げられた大激戦を生き残った者は今なお自慢の種として話せるほどの激戦でもある。
皇国軍にとっては、皇国最強の男であるエドガー・ナターシャがウォービルを食い止めなければ、その被害はもっと拡大していたかもしれなかった負の歴史。
たった二人の強者の前に、皇国軍は手を出せずに戦局は膠着するのだった。
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