第66話 両国の英雄
「待たせたな」
法皇法話の翌日午前9時。防衛砦攻略に向けて布陣した皇国軍の本陣に二人の従者を連れて白馬に乗った桃色の髪の騎士が到着した。
「お待ちしておりました」
本陣に集っていた鎧を着た騎士たち18名と魔導団のローブを着た2名が敬礼し桃色の髪の騎士を歓迎する。昨日の早朝に皇国首都を出発したエドガーだったが、移動の疲れも見せずに本陣から眼前に広がる大軍勢を確認する。
現在布陣しているのはリトゥルム王国との国境とされる小高い丘を越え、王国の防衛砦までおよそ20キロ手前の平野部だった。この辺りはしばしば戦場になっていたこともあり、草木は枯れ、荒れた大地が広がっている。
「斥候からの情報によれば国境警備隊の動きなしとのこと。おそらく籠城するつもりなのでしょう」
本陣に詰める騎士と魔法使いたちは皆気品を感じさせる、皇国でも貴族階級の者たちだ。だが彼らに貴族の傲慢さは感じられず、皇国のために戦おうとする高い志があるような気合いの入った表情をしていた。
彼らは神兵と呼ばれる皇国騎士団と皇国魔導団の中でも最上位に当たる実力を備えた者たちであり、それぞれが中隊規模の指揮を執る実力者である。若い者からエドガーと同世代の中年の者まで年齢は様々なようだが、全員がエドガーの信頼する者たちだ。
「我らの人数は把握しているだろうし、それしか策はないだろう。予定通り魔導団に壁破壊をさせ、騎士団で砦攻略を行おう」
「はっ。直ちに伝令を出します!」
総勢1万の皇国軍は9000名の皇国騎士と1000名の魔導団で構成されている。本陣に控える神兵たちはそれぞれ500名ずつの部隊を指揮する立場にあり、リトゥルム王国攻略の先鋒隊として任命された精鋭部隊の部隊長に当たる。その練度は高く、東部の反乱に大群を割いており、王国七騎士団の援軍が期待できない砦攻略はそう時間がかからないだろうと、エドガーは予想していた。
「出陣は1時間後。各員の活躍を期待する!」
「はっ」
各部隊長たちが伝令を出し、出陣の時間を部隊へ伝えさせに行く。皇国軍には出陣はエドガーが到着後とは伝えてあり、出陣の合図がきたことはエドガーの到着を意味する。皇国軍の最高軍事顧問であり、セルナス皇国最強の男の到着は大いに兵士たちの指揮を上げるだろう。
――敵の隙を突くようで少し心が痛むが……いつまでも終わらない戦争をするわけにはいかんのだ……!
本陣の指揮官の椅子に座り、地図を眺めながらエドガーは決意を固める。
法皇であるセレマウは心優しい少女だ。大戦争に心を痛めるだろうが、勝ちさえすれば、後々に流れる血を止めることもできる。
傷はいずれ癒える。セレマウならば、その傷を癒すこともできる法皇となるだろう。
法皇法話で起きた事件を知らないエドガーは、今まさにそのセレマウが戦争を止めに向かっていることを知る由もない。
皇国を背負う最強の騎士は、静かに目を閉じその時を待つのだった。
☆
「間に合ったか」
皇国軍が進軍を開始し、あと数時間で砦攻略が始まるであろう頃に、10騎の騎士たちが防衛砦へと到着した。まだ戦闘が行われている気配はなく、通常3,4日かけて移動する行程を1日ちょっとという強行軍で進んでくれた愛馬の頭を撫でつつ労をねぎらう騎士たち。
彼らは各々が乗ってきた馬を国境警備隊の者に預けた後、迷わずに砦内部に入って行った。
「疲れてる暇はないぞ?」
「御冗談を」
真横を歩く紫色の軍服の美女に冷やかしを入れる黒の軍服を着た男性だったが、この程度で彼女が音を上げないことは分かっている。
冷たくあしらわれたため少しだけ肩をすくめて見せる黒騎士だったが、彼らに従う部下たちは前を歩く二人の体力に驚くばかりだった。
流石は騎士団長というべきか。
皇国軍の砦攻略開始前ギリギリに、ウォービル以下シュヴァルツリッター6名とミリエラ以下リラリッター2名は防衛砦に到着できたことにひとまず胸を撫で下ろす。
「状況は?」
防衛砦の司令室に入るや否や、ウォービルが室内の椅子に座り地図とにらめっこしていた男性へ尋ねる。
「団長自ら来ていただけるとは、感謝申し上げます。2時間半ほど前、北20キロに布陣していた皇国軍およそ1万が南下を開始致しました。防壁上部に弓兵を配備し、現在防衛砦は迎撃態勢を取っております」
「さすがだな」
ウォービルの問いに答えるウォービルと似た黒い軍服の青年が答える。180センチほどはありそうな高身長に、整った顔立ちをしているが、愛想の欠片もないその表情からはカッコよさよりも冷たさが感じさせる、それが防衛砦を預かるシュヴァルツリッター所属のグレイ・アルウェイという青年の印象だ。ロートリッター団長のグロス・アルウェイの次男であり、父に似て非常に真面目な青年である。
彼の兄のマルス・アルウェイと揃って現在シュヴァルツリッターに所属しているが、どちらが次期ロートリッター団長になるのか、一部の騎士たちの間で話題になるほどの実力者である。
「ミリエラも来たのか」
ウォービルの隣に立つ女性にちらっと視線を向けタメ口で話しかけるグレイ。
「陛下がまだ皇国にいる。この砦を落とさせるわけにはいかないからね」
本来であればミリエラの方が騎士団長であり、階級では上のため敬語で話すべきなのだが、二人は貴族学校時代の同級生であり、2年前までは共にシュヴァルツリッターに所属していた旧知の中であるためそれを咎める者はいない。
「陛下にはブラウ団長がついている。大丈夫だろう」
先日この砦を通って皇国へと潜入していった後輩騎士であるゼロを信頼したグレイの言葉に、ウォービルは密かに満足気な表情を浮かべていた。
「皇国軍の進軍を陛下たちが察知しているかは分からんが、無事であればあと1週間以内にここまでは戻ってくるだろう。何としてもこの砦を守りきらねばならんな」
ウォービルの言葉に二人も頷く。今でこそ対等な騎士団長と呼ばれているが、ミリエラにとってウォービルは2年前までの上官だったのだ。彼の言葉に頼もしさを思い返す。
「戦いは数で決まるわけではないこと、見せつけてやるぞ!」
開戦まであと1,2時間ほど。負けられない戦いへ、リトゥルム王国の騎士たちは闘志を燃やすのだった。
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