第65話 肩書と中身

 馬車を止めて20分ほど休憩を取り、軽食や身支度を整えた後、首都を出発したときと同じくルーとナナキが御者台に移動し馬車を動かし始めた。再び馬車内にはゼロとユフィが入った状態になり、馬車内で4人は現状の確認を行っていた。

 アーファが懐中時計で時刻を確認すると、現在午前5時30分。昨日からの馬車の速度から計算し、このまま最高時速で移動できれば防衛都市までは残り約7時間ほどの距離で、防衛砦までは残り12時間ほどだった。


「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます」


 少なくとも防衛都市に入るまでは大丈夫だろうと判断し、ゼロは簡易ベッドのさらに奥にある荷物置き場へ向かう。


「あ、ベッド使っていいですよ?」

「え?」


 移動するゼロへセレマウが善意の言葉を投げるのだが、その言葉を額面通りに受け取ることができないゼロが硬直する。


「私はあんまり疲れてないから休まないし、セレマウがそう言うんだから使っていいんじゃない?」


 セレマウへ援護射撃をするユフィ。ゼロに手綱をまかせっぱなしで実は寝ていましたなどアーファに言えるわけもないが、少なくとも今の発言に嘘はない。


「せっかくの好意だ。あと半日もしない内に簡単に休むこともできない状態になる。休める時に休め」


 馬車を借りている立場のため釈然としない表情のアーファだったが、緊急事態ということも踏まえアーファがダメ押しする。


「あ、ありがとうございます」


 ゼロは彼女の決定に逆らうことはできず、先ほどまで二人の少女が眠っていたベッドに横になる。彼女たちからすれば普段使いしているベッドと比べれば簡素なのだろうが、ゼロからすれば自室のベッドと大して変わらないベッドだった。


 最初はなんとなくいい匂いがするような気がするなどと思ってしまう脳を全力で黙らせようとしていたゼロだったが、流石に昨日から一睡もしていなかったため疲れていたのか、身体を横にした途端にゼロは小さく寝息を立て始める。


「昨日からずっと起きてて、頑張ってくれてたんだもんね、ゼロさんもお疲れだね」


 ソファーの裏側を覗き見るように寝入ってしまったゼロを眺めつつ、起こさぬように気を付けながらセレマウがそう呟く。


「勝ってほしかったけど、お兄ちゃんに勝った時はほんとにびっくりだったな」


 その呟きにユフィが加わる。彼女もソファー越しにゼロの寝顔を眺めていた。


「大したやつだよ。幼い頃から神童とは聞いていたが、私もあそこまで強いとは思わなかった」


 本人が聞いたら拗ねてしまいそうだが、3人にとってゼロの強さは想像以上だったようだ。ゼロが倒したユフィの兄であるシックス・ナターシャはナターシャ家の名に恥じぬ強者であり、セルナス皇国でもトップクラスの実力を備えた人物だ。ルーとナナキが為す術なく倒された時の絶望感は、今思い出しても冷や汗が出るほどだった。

 だからこそ、ゼロが勝利した時の喜びと驚きは大きかった。

 二人と対面のソファーに座ったアーファは少しだけ自慢気な表情を浮かべる。


「アーファは、ゼロとは友達なの?」

「……は?」


 そんなアーファに対し、ソファーに座り直したセレマウが首を傾げて質問を投げかける。その質問の意味が分からず、アーファは怪訝な顔を浮かべて聞き返した。


「ボクにとって、ユフィとナナキは友達なんだけど」


 その言葉を受けてユフィもまんざらでない表情を浮かべているのだが、自分の感覚とかけ離れすぎているセレマウにアーファは苦笑いするだけだった。


「寝て起きたら、全くの別人だな」


 質問には答えず、起きた時からずっと思っていた疑問を投げかけるアーファ。


「今のセレマウが、法皇の正体か?」


 逆に尋ねられたセレマウは何と答えるべきか答えを探し黙り込む。


「んー。そうだね。今さら取り繕ってもしょうがないし」


 腹をくくったのか、至って真面目な顔つきでセレマウが答える。


「法皇セルナスは、ボクにとっては与えられた役みたいなものだから。友達の前ではセレマウでいたいのさ」

「友達、か……」


 その言葉を受けてアーファの口元に小さな笑みが浮かぶ。彼女が自然な笑みを浮かべることなどほとんどなく、ゼロとルーが見たのならば驚いたことだろう。

 アーファにとって友と呼べる存在は少ない、というかほとんどいない。生まれた時から王族の彼女は、国内の誰よりも高い身分にあったため、彼女にフランクに接することができる者などいなかったのだ。

 幼馴染と言えるリッテンブルグ公爵の孫娘が同い年で唯一の友だと思っているが、頻繁に会うほどではなく、セレマウとユフィほど砕けた関係ではない。今回の計画遂行中のゼロがアーファの人生で最もフランクに話しかけてきていたのだが、王国に戻れば流石にゼロも礼儀を意識した対応に戻ってしまうだろう。


「いい響きだな」


 アーファの言葉にセレマウは屈託のない笑顔を浮かべた。どんな相手でも惹きつけるような、そんな笑顔がどうやったらできるだろうかとアーファは内心考えてしまう。


「今回の件がひと段落したら、正式に終戦宣言と友好宣言をしよう」

「うんっ」


 どちらが年上なのか分からないが、二人の少女は顔を合わせて頷きあう。

 泣いても笑っても、あと半日もしないうちに二国の未来は決まるだろう。

 停戦できれば二人の友情の名の下の同盟が、できなければ友情を引き裂く戦争が。

 コライテッド公爵の思惑を止め、アーファたちは東部の反乱を鎮圧する。

 もう自分たちに退路はないのだと、友情を誓った二人の少女は静かに胸に熱い気持ちを抱くのだった。

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