第63話 伝え合う想い
夢うつつの二人の想像とは正反対に、御者台の二人から会話は消えていた。
なんとなく気まずい空気になってから小一時間ほど、ゼロは無言で手綱を握り続けている。闇夜の街道の景色は変わらず何も見えず、日の出まではまだまだ時間がある。
心のもやもやと合わさった得体の知れない不安が押し寄せてくるような、言葉に出来ない感情がゼロの胸中に広がっていた。
時折横目にユフィの様子を伺っていたが、少し俯いたまま彼女は先ほどからずっと動く様子はない。
「……もう1年も前かぁ」
俯いたまま紡がれたユフィの言葉は小さく、揺れる馬車の音にかき消されそうなほどだった。
「え?」
その言葉を何とか聞き取ったのだが、ゼロにはその言葉の意味が分からず聞き返す。
「私が初めて戦場に出た日」
「あー、ああ」
それはつまり、ゼロとユフィが初めて出会った日だ。今さらになって、隣に座る少女との出会いが戦場で、それからも何度か戦いを繰り広げた相手だということに、人生の不思議さを感じるゼロ。
「そこでさ、変な仮面のやつが現れたと思ったらそいつがわけわかんないくらい強くてさ。全然勝てる気がしなくてさ。知ってる? 私帰ってから悔しくて泣いたんだよ?」
そこで初めてユフィの顔が上がり、彼女はゼロの方へ顔を向けた。戦場から生きて帰れたことを喜ぶべきだというのに、強敵の登場に悔しくて泣くなど非常識にもほどがあるとツッコミをいれたくなったが、ゼロへ向けられた彼女の表情は真剣そのもので、その美しさに心を奪われたゼロに彼女を否定することはできなかった。
「変なやつって……あんなマスクつけてた奴に言われたくないぞ?」
「うっさい」
目を細めて拗ねた表情になるユフィは、彼女の素を感じさせるようでゼロはようやくほっとした気持ちになれた。彼女のせいで、さっきから感情が東奔西走してしまっているようだった。
「そっから私は仮面男を倒すんだーってずっと訓練続けてさ。ゼロと戦うために、お父様やセレマウにもお願いして戦場に出させてもらったんだよ?」
「あのマスク女が、まさかナターシャ家のご令嬢とは思わなかったよ」
彼女の言わんとすることは分からないが、饒舌に語り出したユフィに今は合わせることを決める。思い出しながら話すユフィの表情は楽しそうだったり悔しそうだったり、苦労を思い出して疲れた顔になったりと、見ていて楽しかった。
「私は仮面男がゼロ・アリオーシュって名前なのは知ってたわよ?」
リトゥルム王国でエンダンシーを持つ貴族家は二家しかなく、王国七騎士団の中ではアリオーシュ家以外いないため、ゼロがエンダンシーを使ったことから彼の名前を特定するのは難しいことではなかっただろう。
「でもまさか、仮面の下がそ、そんな顔だなんて思わなかったけど……」
まじまじとゼロの顔を見た後、再びユフィが視線を外して下を向く。
「それはお互い様だろ」
照れるユフィに比べて、ゼロはさらっとそう言ってのける。思ったままを口にしたゼロだったのだが、その言葉にユフィは首を直角レベルに曲げて下を向いてしまった。
「ああもう! そんなことはどうでもよくはないけどどうでもいいの!」
「え、ご、ごめん」
急に大きな声を出されて怒られたと感じたゼロは反射的に謝る。
「だから、つまり、私はこの1年ずっと、ゼロのことを考えてたの!」
「……へ?」
何がつまりなのか分からないゼロは、必死に彼女の言い分を理解しようと頭を回転させる。
「俺を、どう倒すかってことを考えてたってこと?」
「そ、そうよ! あんたと戦うのは楽しかったから、どうやって仮面をはいでやるか、この1年ずっと考えてたの!」
自分と戦うのが楽しかった、と彼女は言う。奇しくもそれはゼロ自身も考えていたことだ。
戦場で出会ったマスク女は圧倒的な魔力を持ち、ゼロもどう倒すかを日々考えていた。
そして戦場で交わす言葉から彼女に敵意がないことには気づいていたため、面倒な敵だとは思いつつ、マスク女と戦うのはゼロにとっても楽しみの一つであった。彼女との戦いは、他の騎士にも譲れなかったからこそ、皇国の進軍を聞けば必ず出陣を決めていたのだ。
「でもさ」
ふっとユフィのトーンが落ち着く。
「ゼロと戦うのも楽しかったけど、一緒に戦うのも楽しかった」
法話の行われた広場での共闘を思い出し、ゼロも彼女の思いに共感するように頷いてみせる。あの時は味方として初めて戦ったわけだが、抵抗なく背中を預けることができた。振り返ってみてもうまく連携がとれた、そんな自負もあった。
「もちろん、さっきの戦いは怖かったよ? あんな大勢が相手だし、倒したと思ったら今度はお兄ちゃんが相手だし……」
ゼロとて一人では多勢に無勢で為す術なく皇国兵たちにやられていただろう。シックスとの戦いなど、思い出しただけでもよく勝てたなと自分を褒めたくなるほどだ。
「でも、セレマウを守りたい想いもあったけど、ゼロがいてくれたから、なんとかなるって思えた」
ユフィが紡ぐ言葉を穏やかな表情で受け止める続けるゼロ。彼女の声は、今までの人生で感じたことがないほどに心地よかった。
「ゼロは?」
頬を赤く染めながらも真っ直ぐにゼロを見つめ、ユフィが問う。
「俺も、同じこと思ってたよ」
心のどこかで、彼女も同じことを思っているのではと思っていた。だからこそゼロは自然な笑みを浮かべる。ユフィはその表情にゼロの本音だと感じ取ったようだ。
「……そっか」
簡単な返事だが、ユフィの表情が満足感を物語る。その表情にゼロは何か温かい感情を胸に感じる。
「うん。そうだね。しょうがないよね」
満足気な表情で独り言を呟くユフィ。その横顔をゼロは不思議そうに眺める。
「セレマウと女王様の理想通り、戦いがなくなって、ちゃんと戦わなくていい関係になれたら、考えてあげるっ」
「え?」
何の話か分からず、ゼロが首を傾げるのだが。
「さっきの話!」
話の筋が見えた途端、今度はゼロの顔も熱くなっていく。夜風の冷たさなど感じないほどに、顔を紅潮させながら見つめ合う二人。
「でもその時はちゃんと渡して。適当に渡そうとしないで」
「お、おう」
上目使いで見つめながら発せられたユフィの言葉の破壊力は絶大だった。ゼロの人生で経験したことがないほどに、一気に自分の心拍数が上昇する。
「約束するよ」
思考停止に陥りかける中、何か言わなければとゼロは何とか言葉を絞り出したのだが、その言葉にユフィは感情を抑えきれず破顔する。
ユフィの嬉しそうな顔を見て、段々とゼロも幸福感に包まれていく。今までに恋人がいたことがないわけではないが、ユフィとの友達以上恋人未満の約束は別格だった。
邪な理由だが、今まで以上に両国間の終戦を実現したいと決意が固まる。
「ねぇ」
先ほどまでよりもゼロの近くに、肩が触れ合うほどの距離に座り直したユフィは、少しだけ甘えたような声を出す。セレマウたちといるときは自分が支え、守るんだと強気でいることの多いユフィだが、彼女にとって自分よりも強いと認めるゼロだからこそ、素直に甘えられるのだろうか。
「セレマウと、女王様の願い、叶えてあげようね」
変わらぬ調子のままそう言い、ユフィはこてんと首を傾げゼロの肩に頭を預ける。あまりの愛しさに悶絶しそうになりながらも、ゼロは全力で平静を保とうと努力する。
「ああ。叶えるよ。陛下の願いも、法皇様の願いも。俺が、二人の願いも、ユフィも、全部守ってみせる」
右肩に彼女の温もりを感じながら、ゼロは手綱を持つ手に力を込めた。
闇夜の街道の先は見通せず、夜明けもまだ先だというのに、二人には進むべき道が明るく見えるのだった。
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