第60話 王国最強、出陣

「なぜこのタイミングなのだろうな!」


 皇国軍が防衛砦へと進軍するその最中、リトゥルム王国王都より北上する街道を10騎ほどの騎馬が駆け抜けていた。最前列を駆ける2頭には、黒い軍服に身を包んだ黒騎士と、青い髪色をした紫色の軍服の女性騎士が乗っているようだ。


「嫌な予感しかしませんね!」


 先頭を進む黒騎士の言葉を受け、彼の隣を併走する生真面目さを感じさせる整った顔立ちの女性騎士が険しい表情を浮かべてそう答える。

 二人に続く後続の騎士たちは6人が黒、2人が紫の軍服を着用しているようで、彼らの部下のようだ。一団が駆る馬たちも軍用の装備を着用しており、彼らが戦場を目指しているのは明白であった。


「陛下の御身が無事であればよいのですが……!」


 彼女の脳裏に浮かぶ、平和のためにセルナス皇国の法皇の人となりを知りたいと訴えた可愛らしい少女の姿。胸元に金糸によるスリーソードが刺繍された紫の軍服の女性騎士は、健気に平和を願っていたアーファの胸中を思い、胸を痛めていた。

 予定通りであれば今日がセルナス皇国で法皇法話が行われているはずであり、皇国にとっても最重要な日であるはずなのだ。なのに、このタイミングで皇国の侵攻作戦が計画されていると諜報部が伝えてきたのである。

 東部の反乱に頭を悩ませていた王国首脳陣だったが、彼女にとって最優先なのは王都ではなく女王陛下その人であり、本来王城を出ることがない立場でありながら、迷わずに彼女は黒騎士の出陣に同行を願い出たのだった。


「ゼロくんを信用していないわけではないですが、もし陛下の御身に何かあれば許しませんよ!」


 かなりの速度で街道を進んでいるため、会話するにはけっこうな声量が必要となる。黒騎士、ウォービルにとって紫の軍服を着た女性騎士が大きな声を出しているのを見るのは初めてな気がした。


「ああ見えてあいつにも王家への忠誠は宿っている! ミリエラ! まずは我らが陛下の帰る場所を守らねばだ!」

「無論!」


 名を呼ばれた女性騎士、リラリッター団長ミリエラ・スフェリアはウォービルへ向けた鋭い視線を進行方向へと戻し、気合を入れ直し愛馬へ鞭を入れた。ぐっと馬が前に進み、さらに加速したように感じさせる。

 スフェリア伯爵家の出自の彼女は、クールな美しさと王国でも屈指の魔法騎士としての腕前を兼ね備えた女性騎士であり、次期ヴァイスリッター団長候補との呼び声高い存在だ。性格は超がつくほどの真面目であり、アーファの皇国潜入作戦を聞かされた際も近衛騎士の本分として同行を願い出たが、アーファから「真面目すぎる」と却下されてしまった程である。

 先代国王崩御にあたり、近衛騎士も同性がよかろうとの計らいでリラリッター団長に就任した彼女だが、一回り以上年下のアーファに対する彼女の忠誠は国内随一といっていいほど高い。


――しかし東部の反乱に続き、このタイミング……陛下の動きがバレていたか?


 考えても答えの出ない問いを抱きつつ、まずは目の前の危機を打破するために馬を走らせる。

 2日前に東部の反乱軍が商業都市を制圧したとの報を聞いたばかりだというのに、皇国軍1万が進軍中との報が入ったのは今朝のことだった。防衛砦を守るのは自身の部下でもあることから、軍議に参加もせず飛び出すようにウォービルは王都を出発したのだ。


――ゼロ、陛下を頼むぞ……!


 セルナス皇国で何かが起きたことは間違いない。その何かの中心にいるであろう息子を思い、ウォービルも愛馬に鞭を入れ先を急ぐのであった。

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